神はどーだっていいとこに宿る


by god-zi-lla

怖ろしい味(遅ればせながら追悼、勝見洋一)

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3年ほど前にアンドレ・シャルラン録音のミヨー自作自演「屋根の上の牡牛」のレコードについてあーでもないこーでもないと書いたところ、いつもコメントを下さる宗助さん(当時、代助さん)が、勝見洋一の短編集のなかに「センチメンタルな声」というシャルランについて書かれた作品があるよと教えてくださり、すでに版元品切れだったのを古本で買い求めて読んでみたのがこの「怖ろしい味」という光文社文庫の1冊なのだった。

爾来手放すこと能わず。たいがいの本は読むと処分してしまうおれがずっと手元に置いて、折に触れてはちょっと寝苦しい夜などにナイトキャップがわりに1篇読んだりするというごく珍しい1冊になっちゃってね。まあ、いわゆる文学の香り高いというような小説じゃなくって著者の周囲でほんとにあったことなのかよくできた作り話なのか、もしかしたら語るほうも聞くほうも酒のせいでちょっと朦朧としてくるような丑三つ時、四軒目に寄った酒場の薄暗いテーブル席のすみのほうで、いやここだけの話なんだけどさ、と語り始められた文字通り虚実皮膜の間を行きつ戻りつ漂うような、しかしとびきり面白い話が20篇。

くだんの1篇でアンドレ・シャルラン氏の録音現場に立ち会えることになった著者と思しき人物が、そこで見たのはシャルラン氏が若い恋人に去られる瞬間だった。それからなん年も後になってそのとき録音された弦楽四重奏曲を著者が六本木の自宅で再生してみるとふたつのスピーカーの外側で、若い恋人を乗せて遠ざかるスクーターのエンジン音に混ざってシャルラン氏の「こん畜生(もちろんフランス語で)」という、いままで気づかなかったかすかな呟きを聞いてしまう。

シャルラン氏がラグビーボールみたいなカタチの特製マイクロフォンで自分の嘆きまで拾ってしまう哀しみというのか可笑しみというのか、それよりもそんなレコードが実際にあるんだったらぜひにも聞いてみたいもんだなと思いつつ、いやそもそもおれんちのスピーカーでそんな「外側」のかすかな呟きなんて聞き取れるのかなんて、それこそ著者の思うツボというものではあるまいか、なんてね。

それはたまたまレコードとオーディオにまつわる作品だったのだが、もちろんこの人ならではというような食い物の話であったりクルマであったり何かキカイであったり万年筆であったりじつにさまざまな、なんというか「男好きのする」あれやこれやなのであるが、それにたとえばアンドレ・シャルラン氏であるとか、白い手だけで姿を見せない鮨職人だとかレストランガイドの星付け調査員のアルバイトであるとか、あるいは川端康成であるといった面妖かつ極めて魅力的な固有名詞付きの人物と匿名の人物が絡みついてくるわけです。本当なんだか嘘八百なんだか。

そういう小品をこの数年何度となく読み返しているんだけど、なかでも繰り返し読んで飽きることのないのが第一に「執事の偏愛」、それからシャルラン氏の「センチメンタルな声」、そして「鮨屋の怪」に「笑う天麩羅蕎麦」など。もはやタイトルを聞いただけで楽しめるくらいのものである。いやまったく本を読む手間すら省けて大変によろしい。

それがつい先日、おれの奥さんが都内のホテルで開かれたある出版界の人物の「偲ぶ会」に出席して、その席上、出席者のひとりがじつは勝見洋一の「偲ぶ会」にも行ってきたばかりでさと言ったというのを又聞きして(偲ばれた両故人はかつて一緒に仕事をしたことがあるんだそうだ)、このじつに洒脱かつ鼻持ちならない短編集を物した三面六臂の兼業作家が今年4月に亡くなっていたというのを知ったのだった。

勝見洋一、2014年4月17日没。64歳。
死因は筋萎縮性側索硬化症(ALS)による呼吸不全。
ALSに罹ると患者は身体の自由を病に奪われていきながらも、死の直前まで正常な脳のはたらきを保っているのだそうだ。64歳の作家の脳なら尚更だろう。だけどそれがどんなことであるのか、想像することすらできない。とにかく遅ればせながら、合掌。

著者の本はこの「怖ろしい味」のほか「ごはんに還る」をずいぶん前に読んだだけなんだが、見ると「中国料理の迷宮」という講談社現代新書がサントリー学芸賞を取っている。紀伊國屋書店のウェブサイトで検索してみると勝見洋一の著書の大半はすでに版元品切れで、賞を取ったその本も同じ境遇らしい。だけどサントリー学芸賞と大佛次郎賞の受賞作には面白いものが多いから、このさいまずこれを探して読んでみよう。とくに関係ありませんけど、本屋大賞なんてのは近ごろまるで興味を引かないんだけどね。

Commented by ab at 2014-07-15 13:38 x
god-zi-llaさん、ショーターといい趣味が合いますね(笑)。こちらもこの本、毎晩読みつづけていまして、これともうちょっと軽いですが「匂い立つ美味」2巻を常読しています。勝見文体ジャンキーです。たしかHi-Viには直前まで文章も寄せておられましたね。追悼文も載っていたような。某SS誌の随筆もまとまってほしいですね。
Commented by god-zi-lla at 2014-07-15 16:40
abさん こんにちは。

そうでしたか、abさんも愛読されていたんですか。この短編集にはやはり何か独特の香りが漂っているんでしょうね。だけどHi-Viに連載があったのは知りませんでした。SS本誌のほうの連載エッセイがちょっと唐突に終わったので、編集部と何かあったのかと思ってたんですが、そういうわけでもなかったんですね。

どこかの出版社がオーディオヴィジュアル系の文章もまとめてエッセイ集を出してくれるとうれしいんですが、どうでしょうね。
Commented by ab at 2014-07-15 17:13 x
「行列のできる〜」という本もオモシロいですが、一押しは「男の書斎」というのに紹介されていたヨコハマのお宅です。あのオーディオはどうなってしまうんでしょう。大人は最後になにを聴いたんでしょうね・・。(遠い目)
Commented by god-zi-lla at 2014-07-16 08:11
abさん

どこかで中国骨董だらけの部屋でにんまりしている勝見洋一の写真を見た覚えがあるんですが、あれが「書斎」だったのかな。

いずれにせよ著者本人が亡くなって、著作を目に出来る機会がどんどん減ってしまいそうなので、気をつけないといけませんね。
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by god-zi-lla | 2014-07-08 18:11 | 本はココロのゴハンかも | Comments(4)