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![]() たまたまちょっとした巡り合わせでおれが仲間への連絡係になって、 先輩やら同級生やらにメールと電話で知らせていくことになったんだ。 「サカモトが死んだよ」 「正月3日に入院して、亡くなったそうです」 「覚えていらしゃいますか、ぼくらの同期のサカモトが亡くなりました」 「じつは急な知らせで、おれにもよくわからないんだ」 「あーオカダですけど、ご無沙汰してます。じつはサカモトが…」 「そうなんです、あのサカモトです」 「サカモトが亡くなりました」 「昨日の夜だそうだ」 「昨夜です」 「亡くなった」 同じことを、ちがう人たちに伝えるたびに、 ずずん、ずずんと心が重くなっていくのがわかる。 メールで知らせると、折り返し電話かけてくるやつもいる(そういう世代なんだな)。 そうするとまた、ずずんと心に重たいものがたまる。 去年の暮れの14日、同級生10数人が集まって銀座で飲んだ。 やつは仕事場からたしか8時すぎくらいにやってきた。 やつの仕事場から銀座のその店まで、まあ歩いてこれなくもない距離だから、 もしかしたら歩いてきたのかもしれない。 やつが死ぬことを知ってたやつはいなかったし、 やつだって自分が死ぬとは思ってなかったろうと思う。 だから他愛のない話を、みんなでけっこう遅くまでその店でして、 じゃあ、よいお年を、なんてありきたりの挨拶をしながら、 またやろうな、とか言いつつ別れた。 そのときいっしょにいたやつらは、もちろんおれも含めて、 こんなことになるんだったら、もっとやつと話をしとけばよかった と悔いる。 たまたま別件の忘年会やなんかがあって(そりゃあ忘年会シーズンのどまんなかだしさ)、 欠席したやつらは欠席したやつらで、 こんなことになるんだったら、ムリしてでも行くんだった と悔いる。 しかしなあ。 そんなこと後悔したって無駄なんだよ。 だけど、 無駄なんだってわかってても、 おれらにはそうするしかほかになんにもない。 さよなら。 享年55歳。 またやろうな。 そのうち、そっちで。 ![]() よかったね。 それにしてもなんだか蒸し暑い秋の東京だ。 ロバート・ジョンソンのリマスターCDが出たときすぐに聴いてみて、もしかしてずいぶん音が良くなったんじゃないのと思ったんだけど旧盤を聴き直して確かめたわけじゃなかったんでそのままだったのを思い出して聴いてみたのでした。 そしたら案の定こいつはたいした音質改善ですぜ旦那。 新盤聴き始めると冒頭すぐにわかるんだけどサーフェイスノイズが盛大にきこえてくる。 あーこれはリマスターの考え方を旧盤から完全に改めたなあと思ったくらい。 旧盤はノイズを除去しすぎて音の鮮度、躍動感、生命感まで奪ってたんだな。 古いレコードなんだからノイズ取っちゃったらこうなっちゃうの仕方ないでしょっていう、 CD登場して10年くらいの間SPレコードの再発盤にありがちだったれいのアレですわ。 さいきんの流れはやっぱりレコード特有のノイズ除去に気を取られて音楽のおいしいとこまで取り除いちゃったら元も子もないでしょっていうふうになってきてるから、それほど極端なものは減ってきてるとは思うんだけどさ。 あのCD黎明期というかCD登場の初期のころのウリ文句のひとつが、レコードに比べてCDは断然ノイズが少ないってことで、イコールそれが「音の良さ」の重要な部分だということになってたから、たいがいのSP復刻したCDはサーフェイスノイズやスクラッチノイズはすごく少ないんだけど、いかにもノペーっとした音になっちゃってるのが多かった。 CDの音が良いっていうのの正体はあの当時、ノイズが少ないってことだったんだよ。 だからみんな自分自身の杜撰な管理と粗悪なレコード針で痛めつけたノイズだらけのレコード捨てて、CDに雪崩をうって乗り換えちゃったんだよ実際のところは。 まあそれはイヤミな余談ですけどね。 だからイマドキの真っ当な考え方でリマスターされたのが今回のバージョンのロバート・ジョンソンだったわけですから、これはもう残念ながら写真に写ってる20年前に出た豪華貼り箱入り2枚組は箱と立派な48ページのブックレットだけの存在価値ということになっちゃったんでした。 とにかく最初のトラックKind Hearted Woman Bluesの途中でファルセットになるところで、こんどのリマスター盤はちょっと背筋がヒヤっとするような感じがしたりして、よりいっそうロバート・ジョンソンがギターの腕前と引き替えに悪魔に魂を売り飛ばしたって話に信憑性を与える音になってるんでした。 で思うわけだ。 このリマスターCDのようにノイズより鮮度や音楽の生命感を重視して、過去にいちどリマスターしてしまった古いSPレコードもぜひあらためてリマスターし直していただきたいと、SPレコード買って聴くわけにはいかない音楽好きとしては切にお願いしたいわけでございます。 ちなみにおれが持ってる国内盤のLP(CBSソニー、20AP2191と20AP2192)より、こんどのリマスターCDのほうが明らかに音いいです。旧盤のCDとこのLPだったら、LPのほうがいいと思う。 VocarionのオリジナルSPというのも、機会があれば聴いてみたいよ。 ![]() 人生こういう始末のつけかたもあるのか、というか、老いるということを中村とうようはこういうふうに考えていたのか、というか、そんなことがいいことなのか悪いことなのか、許されるのか許されないのか、さらにいえば自分が起こした雑誌とはいえそこに死後こういうものを掲載させること自体がいったいどうなのか。 どれもこれも、おれにはよくわからない。 よくわからないから、とりあえず書き留めておく。 すくなくとも後味の良い内容じゃないから、ひとさまに勧めるようなものでもない。 後味のよくない、なんだか納得いかない「とうようズ トーク」ってのは過去いくつもあった。 当たり前だけどそれとは違う後味の悪さ、納得のいかなさだ。 来月号で追悼特集をやるというから、もう1号はこの雑誌に付き合ってみる。 ![]() なんてヘンテコリンな言い方なんだ。わははは。 実物みるとこれはしかしあなた。 ぬめぬめとアヤしい艶をたたえたコーティングも手伝って、シックかつゲージツ的なジャケットに仕上がっておるではありませぬか。 さがしてたわけじゃないんだけどもこうやって手に入ってみると、こいつを同じアトランティックレーベルのチャールズ・ミンガスOH YEARと並べといたりすれば結構いいコレクションかもしんない。 とにかく国内盤も見たことなかったもんな。CDは出てたんでしょうかね。 ジョン・ルイスつう人は決してマイナーなミュージシャンじゃないと思うんだけどさ。 少なくともいま現役の国内盤てのはなさそうです。 まあ聴いてみるとさもありなんという感じではあるんだ。 どうもこのサード・ストリーム・ミュージックの流れってないまいちノリ切れない音楽っつうか、最初のココロザシは高邁ではあったんでしょうけど実際できちゃった音楽はヌエのようなといと失礼かもしれませんけど、でもなんかやっぱ正体不明のジャズでもないクラシックでもない、ホントは関係者一同このふたつのジャンルをアウフヘーベンしようとしてたんでしょうけど全然そうはならなかったんだろうな。 つか、このレコードなんか聴いてるとクラシックとジャズを統合したっつうよりか、むしろモンクの音楽をうろ覚えの門外漢がある種の勘違いでやっちゃうとこんなふうになることがあるのかもしれない的な感じがして、少なくともジャズとクラシックがどーたらっつう音楽にはあんまりきこえないんだけどね、おれには。 だからまあ売れなかったのも当然で、 だからまあおれが見かけなかったのも当然だと。 いやそこまで言ったらシツレイでしょ。 そしたらなんでジャケットデザインはともかくとしてそんなレコード買ったかってば、それはもう言うまでもございませんがエリック・ドルフィーがここにいるからなんです。 いるの。 いるっつうことが大事なのね。 いるだけでいいといいますか。 いやそれにしても、ソロも取ってないなんて。 アルト・フルートってクレジットされてるけど、あそこんとこですか。 アンサンブルのなかにちゃんといることはいるが、ソロっつうもんではない。 ドルフィーはジョン・ルイスのこの一連のサード・ストリーム・ミュージック系の録音にいろいろと付き合ってますけどもそれはルイスのドルフィーにたいする評価が高かったから声掛けたってのと、ドルフィーのこの種の音楽にたいする親近感てのもきっとあったんだろうと思うんだけどさ。 でもドルフィー自身はこういう音楽をやろうと思ったことはないんじゃないかな。 ドルフィーの音楽ってやっぱり基本的にはチャーリー・パーカーのビ・バップを発展させてったもんで、おれはやっぱり基本的にはあくまでもジャズの主流のところにいた人だと思って聴いてんだけどね。ついでにいうとコルトレーンはだれも入ったことのない別の(ことによると音楽かどうかも問題でない)世界に行っちゃって、ラーサーン・ローランド・カークはジャズにおさまんなくてもっと広い黒人音楽の世界にジャンル飛び越えて行っちゃったっつうか。 かつてブルーノートから発掘発売されたOTHER ASPECTSのドルフィーを聴いてみると、そういうジャズの本流とは関係のないところで実験をやっていて、だけどそれはジャズとクラシックをアウフヘーベンするなんてことじゃなくって、そういうジャンル分けそのものがまったく意識のなかにない、どっか自分探しのような個人的な音楽にきこえるんだけどね。 だからもしかするとジョン・ルイスなんかのやってることを、なんか中途半端なことやってるよなあ協力はするけどさー、みたいな目でドルフィーは見てた可能性もあるんじゃないかとおれは勝手に邪推してるんです。 いかんいかん、またとんだ枝線に入っちまったぜ。 ようするにまあそんなこた単なる屁理屈でどーでもいいんです。 肝心なのはこれでまた1枚ドルフィー入りのアルバムが手元に増えましたウヒヒヒヒっつう、そのことだけなのよ。 で、こうなっちゃうと総本山THIRD STREAM MUSICつうまさにそのものズバリなタイトルのアルバムを持ってないことが気になって気になってもう仕方なくなっちゃうのでした。 そいつはじつは過去数十年何度も何度もエサ箱で出合ってるんだけどさ。なにせそのTHIRD STREAM MUSICつうのはMJQ名義のアルバムだからぐっとメジャーな存在だったんでしょうね。だからべつに珍しくもなくいつもエサ箱のなかに刺さってたような気がするんだよな。でも見かけるたんびに買わずにきてしまいました。やっぱ欲しいレコードの先頭とかには絶対こないアルバムだからさ。 しかしそうこうしてるうちに、ちかごろぜんぜん見かけなくなってきた。 だから、こいつは次に見かけたときには買うことにします。 そんな結論かよ。 ![]() けさラジオで知って驚いた。 昨日亡くなったそうだ。58歳。 おれがゲイリー・ムーアを知ったのは彼がブルースをやるようになってからだから、そんなに古いファンてわけじゃない。聴きはじめてせいぜい15年とかそんなもんと思う(追記。20年以上たってました。時のたつのは早いわ)。 だけど、この80年代後半に作られたWILD FRONTIERというアルバムをずいぶん後になってから聴いてぶちのめされた。 ブルースやってもやらなくても、男っぽいアイリッシュロッカーだったんだ。 来日ライヴも1回だけだったけど、こうなってしまうと聴けてよかった。 ごろんと太った中年ロッカーがギター掻き鳴らしながらジャンプしてた。 会場から思わず「…、と、飛んだ」と呟きがきこえた。 2010年4月27日。 おれがいままで行ったなかで最高音圧ライヴのひとつだった。 JCBホール出て水道橋駅に向かう雑踏がしいんと静まり返ってると一瞬思ったくらい。 きょうはまずこのWILD FRONTIERから聴こう。 男の、ブルースはそれから。 きょうは、このひとの古めかしいロック聴きます。 Perfumeはまたそのうち聴いてみます。湯島の親方。 ![]() ![]() もうひとつ書いておくけれど、かの国の西海岸ではわが国が放った風船にくくりつけた「原始爆弾」で数名の死者が出てパニックが発生したそうだが、それはようするに9.11への反応と同じことだ。 かの国は9.11と同等かそれ以上の危害をほぼ定期的に数年を措かず世界中のあちこちで加え続けて飽くことがないが、それについても勿論かの国はいっさい良心の呵責に苛まれた形跡はない。 「原始爆弾」への報復が原子爆弾か。 21世紀初頭かの国がやったことは、それといったいどうちがうというのだ。 8月6日、 8月9日。 せめて、暗い怒りは心の底に失うまい。 それから、この残暑の青空に核兵器を積んだ戦略爆撃機の機影がないことに感謝しよう。 けさ、シルクジャスミンがひとつだけ花をつけた。 ときどき飛んでくるアゲハチョウに知らせてやりたい。 長崎、広島の原爆はじめ米軍による無差別空爆、砲撃、機銃掃射、火焰放射などによって犠牲になった日本全国すべての非戦闘員の御霊に合掌。
サイテーな年の瀬になっている。
くそっ! そう、くそなのさ。 当分の間、更新しません。 申し訳ないけど、しばらくはコメントにも返事しないと思う。 くそっ。 ![]() あんまりどんよりして気分も晴れないうえにバタバタしてレコード聴く時間もないもんだから、やけくそで3月に撮った横浜港の青空の写真をば貼り付けてみましたけど、どんなもんでしょうかね。 ここはゆっくり日がな一日レコード三昧で過ごしてストレス解消したいもんだよなあ。 そういえば先日発注したモンも届いちゃいるんだけど、そいつを試すこともできず箱から出したまんまだしなあ。いやまったく時間がなくて困ったもんだ。ほんとにもうなんでもいいから早いとこ隠居したいもんだわい。 おらぁもう会社勤めは飽きちゃってんだよ。とっくのとうに。 < 前のページ次のページ >
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