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震災・原発事故 常用レコード絵日記 音楽つか屁理屈すね 本てばやっぱあれすか、 食いモンは恥ずかしいぞ 物見遊山十把一絡げ オーディオもねぇ… 酒だ酒だ酒だ酒だ 阪神タイガースもなあ Macとか、あれとか 日日是好日? 悪口雑言罵詈讒謗 未分類 最新のコメント
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![]() つうわけで、べつに不満もなにもありませんでしたけどさすがに先頭から2周置いてかれるってのもナンでしょうしねと思って、あんまり深く考えずにApp Storeからダウンロードして(OSをダウンロードする時代が来るなんて思いもしなかった)インストールしたら上記写真の如き状況出来せり。 そうだったんですね。 Appleはついに、というか、とうとう、というか、いつかこの日が来るとは思ってたんだが、というか、まあAppleにしたらよくガマンしたほうだというか、ようするにここで最後に残ってたPowerPCの残骸を捨てたんだってことに実際インストールして気づかされたところが、毎度毎度のことではございますがおれってホントにトンマよね。 Dockに駐禁みたいな標識が立ってるのはWordとExcelとPowerPointのアイコンす。 つまりそのあれです。インストールしてあったOfficeがPowerPCネイティヴアプリケーションのまんまヴァージョンアップもなーんにもしてなかったってことをいまのいままですっかり忘れてたっつうことで、いやまったくなんと申しましょうかトンマの上塗り。 べつにOfficeが最新ヴァージョンである必要はまったくないんだけど、PowerPointとWordはともかくとしてExcelが使えないのはやっぱし困るからamazon.co.jpでワンクリック注文しちまいましたが、これでまたこんなことがあるまでヴァージョンアップのこと忘れて使い続けるんだろうな。 それにしても思えばアタクシのPowerPCの時代。必死の思いで買った中古のPowerBook540cに大枚叩いてPowerPCアクセラレータを突っ込んだら全然スピード上がんなくって怒り心頭だったあの日に始まって、MacOS X LionをインストールしたらOfficeに駐禁マークが貼り付けられて終わっちゃうという、なんだかみょーにトホホな感じを醸し出してくれてるよなあ。 べつにいいんですけど。 話はきのうの続きですけど、考えてみたらレコードジャケットはたしかにレコードのパッケージでしかないんだからレコードを買うってことの本質は中身の盤を買うってことにあるようではあるんだけど、でもそのレコード盤だってじつのところ音楽を入れたパッケージにすぎないわけだもんな。 じゃあおれがレコードを買うのは、いったい何が欲しいからなのか。 そりゃあ当然、音楽が聴きたいからさ、じゃあ済まないからわざわざこんなことを考えてるわけでさ。だったら中身の音楽とそれを入れたレコード盤とそのまた外身のレコードジャケットが一体となったものに総合的な価値を見出して買ってるんだってか? なんとなくそうなような気もするんだけど、でもどっかしっくりきてない自分があったりする。 ひとは、いりもしないモノをなぜ買ってしまうのか。 って問いはどうだ。 関係ないかな。 関係あるような気もするんだけど。 まあいいや。 それにしてもこの雪だ。 ![]() 先っちょが見えてた春は、どっか行っちゃったかな。 トシとるにしたがってなんだか年々寒さに弱くなってる気がする。 こっちがウチんなかでもフード付きのパーカかなんかむくむく着込んでる横で息子が半袖Tシャツだったりするのが信じられないんだけど、考えてみたらおれだってあの年頃にはああやって真冬でもTシャツでいたかもしれないなあなんて、ちょっと思ったりもする。 こないだなんか近所の児童公園で小学生がやはり半袖のポロシャツでサーカーボール蹴りっこしてるの見て、ちょっとびっくりした。さすがだね。なんたって子どもは風の子ですから。 しかしこのあたりって外遊びできる場所があんまりないんだけど、ああやって小さな児童公園でボール蹴ってたり、せんだって書いたみたくオフィスビルの前のちっちゃな車寄せで丸めて裏返した手袋とカサで三角ベースやってる男の子がいたり、こんなに寒い日だってそれなりに外遊びを楽しんでるのがなんだかちょっと頼もしかったりするね。 しかしまあそれはそれ。 そーゆー元気は子どもたちにまかせといてオヤジは酒であったまるんだ(笑) 考えてみたらずいぶん長いことこの場所で一升瓶の写真撮ってなかった。 もちろん毎晩飲んでるんだけど、秋鹿とか竹鶴とか神亀とか常連さんが多かったからね。 なので新顔もあることですし、ひさしぶりにお酒いってみますかね。 いちばん左、おなじみ広島の竹鶴のこの門藤夢様ってミョーな当て字がまずもって大問題だな(笑)。そういえば80年代全国各地の歓楽街の場末には来夢来人(らいむらいと)つう名前の酒場が必ずあってよく笑わしてもらったもんたけど、門藤さんという方がお作りになった酒米で醸したお酒なんだってさ。そう裏ラベルに書いてあった。「門藤農園 門藤温三」て。門藤農園の合鴨農法米だそうです。 竹鶴一家としたら穏やかなほうでしょうかね。 まあ、そこいらへんの酒と比較したらそれでもタイヘンなもんですが。 だけどこの当て字はなあ。よりによって「もんどーむよー」はなあ。 だいたい門藤さん本人は喜んでいるのだろうか。 そのつぎが秋鹿の「速醸 火入原酒 参年熟成 山田錦 奥鹿」。 秋鹿もウチじゃ常連だけど20BYつまり2008年醸造の、竹鶴とか神亀みたいに長く熟成させた秋鹿は飲んだことなかったなあ。 これがけっこうゴツゴツくる酒でね。 となりの来夢来人じゃなくて門藤夢様よりガツンとくる感じで、どっちかっつうと穏やかでバランスがいい酒って印象を秋鹿には持ってたんですけど、これはちょっとびっくりする。竹鶴のお株を奪うっていう感じですかね。 これは田中農場産山田錦100%とあるから、鳥取の諏訪泉に使われてる山田錦と同じ生産者かな。きっとかなりの大規模稲作農場なんだろうな。 そのとなりが徳島の山笑。 これは今年になってから、いつもネットで頼んでる徳島の酒屋さんで買い求めて一発で気に入って早くもこれが2本目なんだけど、こういう酒はまず関東地方で出回ることのない小さな蔵元の酒だから、こうやって地元の酒屋さんが送ってくれないと出合えないんだよ。 インターネットが有り難いと心底思うのは、こういうときだけだな。 いやホントにさ。 それから佐賀県小城市天山酒造、七田の純米無濾過生で精米歩合75%の低精白す。 ここんとこ、こんなふうにあんまり米を削らない酒に肩入れしてるんです。できるだけモッタイナイことをしないでちゃんとしたウマい酒をこさえようっつうそのごく真っ当なチャレンジ精神が、きょうびのなんだか情けないニッポンを鑑みるに、ずいぶん頼もしくもうれしいじゃありませんか。ねえ。 夜になって、ますます寒い。 明日は雪だって天気予報は言ってます。 よしよしよしよし。 昔っから子どもは風の子、オヤジは燗の子って言いますからね。 (いわんか) ![]() 春の先っちょは見えてるんだけど、お出ましはまだ少し先のようだな。 というわけで、写真がすべて語ってますから以下すべて蛇足でございます。 ジャケット上部にSTEREOと特筆大書してあります。 60年前後のマーキュリーはみんなこんなジャケットだから不思議でもなんでもないの。 ところがレーベル面にはLONG PLAYING HIGH FIDELITYとあるだけでSTEREO表示なんてどこを探したって見あたりません。ほんらいSTEREO盤であればマーキュリーのロゴの上にレーベルのフチに沿ってSTEREOの文字があるはずだと思うんだけど、なぜかそれがない。 そのうえジャケットに印刷されてるレコード番号はSR 60606で、この「SR」ってのがステレオ盤であることを示してるのにもかかわらずレーベルにはMG-20606って番号が印刷されてんだよ。 つことは、これってモノラルですか? ウカツなことにウチに持ち帰ってさあいっちょ晩メシの支度にかかる前に聴いてやろうと、レコードクリーニング機械のターンテーブルに乗っけたときにようやくジャケットとセンターレーベルの食い違いに気づいたの。 じつはレコード屋のレジで検盤してるんだ。 なのにそのときはまーったく気づきませんでした。 いったいぜんたいおれはなにを「検盤」してたんでしょうか。 んー、おれも耄碌したもんだぜなんてぶつぶつ独りごちながら針を降ろしてみたところ、これはやっぱり正真正銘モノラルレコードだったんでした。 まあいいんですそれは。 ジャケットとレーベル(と中身)でステレオ、モノラルの表示が違ってるなんてことはしょっちゅうあるわけじゃないけどそんなに珍しいことでもなくて、50〜60年代の、とくに米国産のレコードをそれなりの枚数持ってるひとのコレクションのなかに1枚や2枚かならずあるようなモンだと思うんだよな。 だからそんなことはいいっちゃあいいんです。 モンダイはそういうことじゃなくって、たとえばの話、おれが1960年とか61年とかにバリバリ最先端のステレオ装置一式を大枚叩いて誂えた新しモン好きのレコードマニアだったとしてだよ。こんなふうにジャケットにはでかでかとステレオと謳ってるににもかかわらず喜び勇んでぴかぴかのステレオピックアップのついたレコードプレーヤーでかけてみたら、2台のステレオスピーカーのどまんなかでアル・コーンとズート・シムズはじめバンドの5人全員が一列縦隊になってずんどこずんどこ演奏してる。 ぬあんてことが勃発するわけだ。 いや実際このレコードの最初の所有者のリスニングルームでそういう事態が勃発していなかったとは、だれも断言できないわけです。 そのとき彼は怒ったでありましょうか。 そりゃあ怒ったさ。 だってステレオって書いてあるレコードを買ったらモノラルだったんだ。 しかもステレオ装置を新調したばっかだもん。2台のスピーカーの間にばあーっと広がったクインテットを聴こうと思って買ったレコードなのに、なにが悲しくてあたしゃ最新式立体音響装置で古めかしいモノラルレコードなんか聴かなきゃいかんのですか。 彼はくだんのレコード盤をひっ掴むや一目散にレコード屋へ駆け戻り店のオヤジにフリスビーのようにサイドスローで投げつけた。うりゃあ、さっさと出せよステレオ盤。ありませんだなんてヌカしゃがった日にゃテメーただおかねえからな、と一気呵成に英語でまくしたてたんだな。 運良く返品交換用のステレオ盤があればいいんだけど、 ことによったら血の雨の降る夜だってあったかもしれない。 なんちて。 しかしそれから半世紀たった21世紀のこんにち、てっきりステレオだと思って買ったこいつがじつはモノラルだってってことが判明したとき、当のあたくしは実際どう思ったかといいますと。 ラッキー(^o^)/あのね。白状しますとこいつと同じエサ箱になぜかモノラル盤も刺さってたの。 だけどきょうび50年代から60年代に作られた中古ジャズレコードのお値段の常識ではありますが、こいつもステレオ盤よりモノラル盤のほうが2割ほど高かった。 なにせそのときステレオ盤1枚やっと買えるだけの持ち合わせしかなかったんだ。 べつに何万円もするような盤じゃないんです。4桁のなかに悠々おさまるお値段。 いやーレコード屋に入るまえに本屋に入っちゃったのがいけませんでした。 あそこで本3冊買ってなけりゃ、いや、せめて1冊だけにしときゃ、モノラル盤が買えたんだ。 なんてことをチマチマ後悔したりして、 まったくなさけないヤツだねえ、おれって。 まあしかし名だたるマーキュリーのことだからステレオだってそうそう悪いもんじゃないぜきっと、せめてステレオ盤買えるお金が残ってただけ有り難いと思わなきゃ、なーんて自分で自分をなぐさめながらステレオ盤をレジに持ってったんでした。 そしたらこれだ。 ステレオだと思ってたらモノラル。 やっほー! だもんね。 つうようなわけでこのたび買い求めたこの盤には50数年前ニューヨークのレコード屋でフリスビーのように投げられたとき、アナログ式金銭登録機のカドに当たってついたキズがB面のデッドワックスにいまも深々と残っているのでした。 うそだけど。 聴いてみると特にB面の構成がじつに変化に富んでて良いアルバムだった。 ピアノにモーズ・アリソン(歌わない)、ベースはメイジャー・ホリー(1曲だけオクターヴ唱法やってる)、ドラムスはオジー・ジョンソン。 (それにしても買えなかったあのモノラル盤、もしかすると中身はステレオだったりして) ![]() 2月4日はTOHOシネマズ有楽座(ニュートーキョーのビルの3階)でペントハウス見物す。 それからちょっと遡った2月2日には有楽町マリオン、丸の内ピカデリーでJ.エドガー見物せり。 歌舞伎は六代目中村勘九郎襲名披露公演で襲名披露の口上が目当てだったりしたんだけど、当の新勘九郎の春興鏡獅子に歌舞伎初心者は感動。御存鈴ヶ森の吉右衛門もかっこいいし、鴎外のじいさんばあさんのこれはやっぱ橋之助の憎々しげな敵役がよかったなあ。 口上ってな、本人親兄弟はもとより居並ぶ大幹部全員がひとことずつ挨拶するんだね。 そんなことも初心者なので初めて知ったあたくしなんでした。 J.エドガーは、 って歌舞伎のつぎにこれってすごく違和感あるけど、映画自体がなんだか薄気味の悪い、っつうか映画もさりながらむしろフーバーって男の存在そのものが、そしてその存在を長年にわたって許し続けてきたアメリカ合衆国って国がとんでもなく薄気味悪いよなあという気分だな。 そしてデカプリオ、ひじょうにブキミでよろし。 どーでもいいディテールをひとつ申し上げますとリンドバーグ愛児誘拐事件の現場でわざわざ名前の呼ばれる地元警察のえらいさんのシュワルツコフというのは、そうですあの湾岸戦争んときに有名になったシュワルツコフ将軍のおとっつぁんだからです。 ペントハウスはフツーに面白い映画でした。 ダイハードIをうんとチャチでチャラくしてコメディーにしちゃったような映画なんつうとムチャなマトメでしょうか。しかしまあこんなこと申し上げたらあれですけど、面白い映画ってことだったらおれはせんだっての宇宙人ポールのがずっと面白かった。 そしてこれはいかにもアメリカだなーっつう映画です。 だけどこれはやっぱどこかウソんこのアメリカで、ホンこのアメリカってなJ.エドガーの世界な気がする。しかしそうだとしたら、それはやっぱいくら脳天気なアメリカ人でも気が滅入っちゃうだろうなあ。 ホンこをほじり出すのも映画なら、 ウソんこで気を紛らわすのも映画の仕事ってか。 (べつべつにやろうと思ってたんだけど、メンドくさくなっちゃってさ。すまんね) ![]() 扇のカナメに近いほうの2枚をせんだって1月のなかごろだか御茶ノ水のユニオンで買い求めてきて、まあそれについて自慢たらたらやってやろうとしてたらちょっとした問題発生。いや問題ってべつになんのモンダイもないんですけどね。問題なんていうと後で叱られちゃいそうなことなんですけど、とにかくヘンなことに気づいてしまったんでした。 あ、あのですね。 なんだかしょっちゅう登場して申し訳ないんですけど、どれも中身はおんなじウェストミンスター盤のシューベルトの五重奏曲「鱒」、ピアノがパウル・B=スコダにバリリ四重奏団とコントラバスがオットー・リュームという50年代ウェストミンスターに2種あるB=スコダの「鱒」のうちのステレオ録音のほう。 コンツェルトハウス四重奏団と演ったモノラル盤のほうは名盤のホマレ高いんだけど、こっちのステレオのほうはそこまでの評価じゃないみたいなんだけどね。 とにかく6枚ともその中身は同じステレオ盤なんです。 ![]() で、この左のやつがその先月買った盤で、右はたしか去年手に入れたやつで両方ともUS盤だけど今回のやつのほうが古いプレスすね。 いやそれで何がいったいモンダイなのかというとジャケットです。 どっちもなんだかクラシックのLPレコードにありげなどーってことない風景写真でさ。 しかも垢抜けないっつうのか、左のなんかは垢抜けないどころか、どーしてこんなことするんですかっていうくらい品のないSTEREOの文字が肝心の「TROUT」よりデカい図体で躍ってたりしてもう何をか言わん哉でございましょ。 だけど使われてる写真はどっちもおんなじなんだ。 どーってことないってば、どーてことのない渓流の写真。 ところがですね。 その品のない黒べた帯に赤と黄色のだんだらSTEREO盤の写真左下のスミっこ。 ![]() おー、そうだったんですか。 これはたんなる渓流の風景写真じゃなくって鱒が水面からぴちっと跳ね上がった決定的瞬間をとらえた、なかなかみごとなネイチャーフォトというようなものではありますまいか。 んー、しかしこれってどうやって撮ったんだろ。 狙って撮ったんだったら、すごいですね。 きっと何日も何日もここで張り込み続けて、ここだってところに目星をつけてじいーっと待って待って待って一瞬のチャンスを逃さなかったってことなんだろうか。 いや、だけどたまたまシャッター切ったらそこに鱒が跳ねてるのが写ってたとしたって、それはそれでやっぱスゴイことではあるよなあ。 んー。どっちにしたって、なかなか撮れるような写真じゃなさそうです。 それをどーってことのない風景写真だなんて、たとえ一瞬とはいえホント申し訳ないことを考えてしまいました。ごめんなさい。 だけど同じ写真を使ったジャケットをまえから持ってたのに、おれいままでそんなこと全然気づいてなかったじゃんか。いやーマジ観察力ってのが足らないからさーおれって。ほんと自慢にもなんにもなりませんけど。 ![]() あたたたたた。 と思ったらおれが気づかなかったんじゃなくて、右のジャケットの左下すみっこにゃモトモト鱒なんてどこにもいないじゃんか。おいおいおいおいおい、こりゃまたいったいぜんたいどうしたことですか。 いや、よく見るといないわけじゃなくてアタマだけちょっと見えてるわ。 だけどこのアタマだけじゃわからんてば。少なくともこれが鱒だってわかるひとはエラい。 いやーしかしなんだな。 先に手に入れてたこっちのジャケットの盤ってウェストミンスターがABCパラマウントの傘下に入ってからの再発のようなんだけど、再発を担当したデザイナーだかABCのひとだか知りませんが、とにかくおれよりまだそうとう観察力つうか注意力つうか、そーゆーもんの足らないうすらトンマなやつの仕業だぜこれってば。 ここにこんなふうに鱒がピチピチっと跳ねてて、だからわざわざこの「鱒」のジャケットにこの写真使ったんだってことを、こーゆーふうにトリミングしちゃった張本人はまーったくわかってなかったつうことだよな。 まあたいがいのクラシックレコードに使われる風景写真なんてべつにたいした意味なんかなさそうだから、これもテキトーに選んだアリモノの風景写真だと思ったんだな、きっとよく見もしないでさ。 だけどトリミング変えるときに気づかなかったのかなあホントに。 鱒のアタマんとこで切ってんだぜ。 ばっかだねえ。 (つうわけでヘンなことに気を取られてしまったんで自慢たらたらはあらためてやることにする) ![]() 娘がこんなモノを持ってきた。 で、油で揚げたらもきもきもきっと膨らんで、一瞬のうちにこういうモノになった。 ![]() そしてひとたび食い始めると止まること能わず。 この分量の2倍揚げて、揚げたはしから熱いのをさくさくさくさくさくさくさく。 あっちゅーまに一人で全部食っちまったんでした。 さすがエビセンやね! (しかもまだヤマほどあるのが、ちょっとコワイのよ) ![]() アデルの右がティナリウェンのタッシリでワールドミュージック(だったかな)、その真下がご存知パット・メセニーのワッツ・イット・オール・アバウトでニューエイジ・ミュージック。アデルの下はテデスキ・トラックス・バンドのリヴェレイターでブルーズ。 ウチにあったことしのグラミーウィナーはこの4枚だったのでした。 そういえばブログに書いたの1枚もないすね。 アデル以外は日頃どれもよく聴いてるんだけどさ。 アデルは買ってしばらくしたらラジオでガンガン流れるようになってきたもんだからCDかける必要がなくなっちゃったんだよ(笑) ティナリウェンはこの人たちなりのアンプラグドつう感じではあるんだけど、おれは前作までのエレキのほうがいいな。芥川賞や直木賞が作家のベストじゃないやつに贈られたりするのと似てるかもしんない。 テデスキ・トラックス・バンドは来日中だけど惜しくも行けず。 今回渋谷公会堂だったけど、これで次回はもっとデカい会場になっちゃうかな。 夫婦ものの双頭バンドでダンナのデレク・トラックスはオールマン・ブラザーズのギタリスト。 親方グレッグ・オールマンのロウ・カントリー・ブルーズも同じ部門にノミネートされてたんだけどね。 おれだったらグレッグ、かな。 いやテデスキ・トラックス・バンドもすごくいいんだけど、強いて言えばってやつ。 パット・メセニーは止まっちゃいそうなイパネマの娘がサイコー。 グールドの二度目のゴルトベルクも真っ青つう超低速。 全曲あの調子の突拍子もないアレンジで押し通せばよかったのにって思うんだけど、なんかごくありふれたイージーリスニングっぽいっつうか歌のない歌謡曲っぽいっつうか、とにかくそういう編曲のトラックもいっぱいあって全体としてどーゆーコンセプトなんだかちょっとわかんないとこがね。 まあしかし、どれもなかなかなモンでございます。 ![]() せんだって久しぶりにエリントンの極東組曲を聴いてみたくなって、おれエリントンのレコードって10枚も持ってないと思うんだけど、その数少ないエリントンの陣地からずいぶん昔(学生のころかもしれない)買った日本ビクター謹製の極東組曲を引っこ抜こうとしたら、これがどーしても見つかんないんだな。 もちろんビッグバンドのとこは全部探したし、もしかしてピアノのあたりにないかとか、最終的には棚の端から端までぜんぶ捜索したんだけど、なぜか出てこない。 おっかしいなあ。 おれレコードをひとに貸さないからさ。 貸したのに返してもらってないってケースはありえない。 大昔ひどいことがあったからそれ以来レコードだけはひとに貸さないことにしてるので、だからだれかに貸したまま返ってきてないというケースは絶対ないんです。 話ちがいますけど本でもなんでも貸して戻ってこないことはままあることで、まあそれはそれでいいとは言いませんけど仕方ないってば仕方ない。だけど貸したレコードが戻ってきたとき、キズが入ってたっていうと仕方ないじゃすまないのね。 本だったら1ページ、いや1ページぶんて実際はありえないけどとにかくページをビリビリと破りとられちゃったのと同じだからね、レコードのキズってのは。 本貸したらちょっと折り目がついて返ってきたとか少し汚れたとか、そういうことがないわけじゃないけどまあ本は読めなくなるわけじゃないからさ。貸してあげた本人が「ごめん、ちょっと汚しちゃった」っていっても「いいよいいよ、かまわない」っていう。 だけどレコード(CDも)にキズつけたって意識が借りたほうにもなかったりするんだよ。 レコードやCDのキズってよく見えないからさ。 それから人柄がよくて仲良しの友だちなのにレコードの扱いはひどくぞんざいなやつってのも、昔は意外といたもんだった。 まあだから昔いろんなことがあって、相手がだれであれレコードは貸さないんです。 それはともかく極東組曲はけっきょく行方不明。 で、仕方ないのでせんだって御茶ノ水の明治大学の近所に用事があったとき時間調整のために寄ったディスクユニオンのJAZZ TOKYOで探してみたら、おあつらえ向きに良いコンディションのやつが1枚エサ箱にささってたんでした。 えへへへへ。 ひょんなことから国内盤がUS初期盤に化けちまった。 そういえばこういうことが今までにも何回かあったんだ。 ないないと思って仕方なく新しいの買ったら、そのあとでひょいっと出てくるの。 不思議なことになぜかヘンな場所から、だけどそこはそのとき絶対探したよなってとこから顔を出すんだ。 だからこいつも、もしかしたらそのうち出てくるかもしれない。 で、久しぶりに聴きました極東組曲。 A面イスファハンで聴けるジョニー・ホッジスのソロの、まあなんというこのトロトロさ加減。 それからアドリブ・オブ・ニッポンのステレオタイプな日本観と隔絶したサウンド。 そして全編を縦横無尽に駆け巡るエリントンのアブストラクトでアグレッシヴなピアノが、なにより息をのむほどすごいんだ。 ![]() アントワープ、コペンハーゲン、パリ、カールスルーエ、ストックホルムの6つのライヴでAgitation、Footprints、'Round Midnight、No Blues、Masqualeroというようなレパートリーを繰り返し繰り返し演ってるんだけど、なんど聴いても全然飽きない。 とにかく御大マイルスはもちろんウェイン・ショーターもハービー・ハンコックもトニー・ウィリアムズも、それにロン・カーターまでもが過激なうえにめちゃくちゃかっこいい。 67年というとソーサラーとかネフェルティティをスタジオで作ってた時期だけど、そこはライヴとスタジオ別ものがお約束なマイルスバンドです。65年プラグドニッケルのライヴのときよりマイルスが元気なぶん、全員一丸となってどしゃめしゃに暴れまくってるのがすごい。 長年ブートレッグとしてマニアなひとたちのあいだでひそかに楽しまれてたライヴなんだそうですけど、こりゃあしかしそーゆーひとたちに独り占めさせといちゃモッタイナイぜっていう傑作す。音だって隠し録りとかエアチェックじゃないからぜんぜん悪くないしね。ホント、ふつーのジャズファンとしたらこんなにうれしいことはないよ。 しかしプラグドニッケルとかセラードアとかこのヨーロッパツアーとかコロンビアがちゃんと録音してあるライヴがたくさんあってしかもそれが片っ端からすごい聴きもので、このブートレッグシリーズも第2弾が待ち遠しくて仕方ありません。 もしかするとブートマニアの人たちはガッカリかもしれないけど、とにかくマイルスの残りモノでまだまだひと稼ぎもふた稼ぎもしてやろうっつうコロンビアのがめつい横着者たちがヤル気を出してVol.2から先どんどんリリースしてくれるように、マイルスファンのみなさまこぞってお買い求めくださいまし。 しかしこのときトニー・ウィリアムズって弱冠22歳だぜ。 おれはここしばらくトニーのドラムスにフォーカスを合わせてこのアルバムを聴いてるんだけど、この年齢でこんなトンでもない現場にいたってことがトニー・ウィリアムズの人生をきっとどこかで縛ってきたにちがいないと、そのあと33年の「余命」に残されたアルバムを聴くと思わざるをえない、そういう演奏が詰まったアルバムだと思う。 トニー・ウィリアムズのドラムスがよくきこえる音量までヴォリュームを上げていくと、 背筋にじわじわと汗が流れ出すのがわかるんだ。 ![]() (鳥獣花木図屏風。かなり変形・加工されちゃってるけどね) < 前のページ次のページ >
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