神はどーだっていいとこに宿る


by god-zi-lla
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つうようなわけで京王線明大前駅近くで奥さん1時間半ほど用事のため、その時間使って井の頭線に乗り下北沢に出てみることにした。明大前にいても全然面白いことないからね。

だけどその下北沢。パンデミックになってからこっち一度も降りたことがない。まあウチから行くには地理的にちょっとメンドいのもあってもともと足繁く通うようなとこじゃないんだが、それでも年に一度か二度芝居を見るために来てはいた。

芝居に行かなくなると、もう下北沢に用事がない。

なので久しぶりに下北沢をちょっとブラブラしてみようかと思ったんだけど、まあブラブラするんだったらおれのばやいレコード屋か本屋かなってことに当然なっちまう(古着屋とか用ないし)。

それに聞けば、ここんとこ下北沢には面白そうな(新刊・古本問わず)本屋が何軒か出来てるっていう。

かれこれ10年(もうちょっとか)くらい前、面白い新刊書店が出来たと聞いて芝居見物のついでに覗いてみたことがある。それが〈B&B〉つう本屋で、これが、古書店かと一瞬思わせるような結構古い既刊本まで交えて棚を作ってる面白い書店で、売れ筋の新刊本を平積みにしたりはしてない。なるほどいかにも下北沢らしいっちゃ下北沢らしい書店で、こういう書店が何軒かあったらシモキタ行って本屋回るだけでも楽しいんだけどな、なんて思ったもんだった。以来芝居が始まる前に少し時間を作ったりして何度か行ってみたんでした。

でそのB&Bが路地裏の古い雑居ビルから小田急の廃線跡(なんて魅力的なコトバなんだ!)に建ったオサレな商業施設に引っ越したっつうので、そりゃいっぺん覗いてみたいもんだと思ったのがちょうど2年くらい前のウィルス全盛期だ。しかし老人は怖くて下北沢まで電車に揺られて行く度胸がない。

だからこの日は「廃線跡」に行ってみようかと一瞬思ったんだけど、いや今日は古本屋を見よう。知らないところへまず行こう。

でね。ウチを出る前にいちおう予習しといた。B&Bは分かってるからほかにもどっかないか。そしたら〈クラリスブックス〉って古書店がたまたまヒットした。駅からも近そうだし。よし、とりあえずそこへ行ってみよう。

それが上の写真。小さいビルの2階。

ところがですね。現在時刻11時35分なのに開店は正午だって。なんだよーレコード屋と一緒かよー。んー、寒空に震えながら待つなんてセールのユニオンじゃあるまいし。どっか行ってコーヒーでも飲んでるか(カフェならいくらでもある)。でも、シモキタめったに来ないんだし、久しぶりに来たんだし、そこらへんをブラブラ歩いてみるか。もしかしたら別の本屋(かレコード屋)に出っくわすかもしれんし。

で、なんとなくブラブラ歩きながら、それにしても古着屋が増えたよなー。その古着屋を覗いて歩く若い人も増えたよなー。でもたしかこのへんに昔芝居見たあと入ったウマい肴を出す飲み屋があったと思ったけど、ここじゃなかったっけなー。

なんてキョロキョロしながら右の路地から左の路地へと渡り歩いていたのだった。

そうこうするうちに、なんとなくスズナリのところまで来てしまった。




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考えてみたらスズナリで芝居見たのはいつだったかしらん。わりと縁が薄いんだよねスズナリ。本多劇場にはそこそこ行ってるのに。なんて思いながら前を通り過ぎてみるとスズナリの数軒先に、おーこんなところにどうしてお誂え向きに古本屋さんがあるのであろうか。

それにしてもヘンな名前の本屋さんだな。「ビビビ」ってなに?

まだ12時ちょっと前で、ここも12時開店らしくお店のひとが百円ワゴンなんかをゴトゴト外に出してるところだった。おー、ここを覗いてみよう。それからさっきのクラリスブックスに引き返せばいいや。




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開店時間前だったけどお店のひとに、もう入ってもいいですかと尋ねたら、どうぞどうぞと言ってくれたので中に入ってみると、おー、なんかここいいじゃんか。入り口のガラス窓のところに「下北沢の中心部」とか赤い字でデカデカと書いてあったりして、ウサン臭さバクハツしてるんだけど入ってグルグルっと見渡しただけでこれは楽しめる本屋だと一発でわかった。

サブカルっぽい店ってのはきょうびわりかしどこにでもあるんだが、おれとしたらサブカルだけってのはちょいシンドイ。できればそこに普通のカルチャーも、ちょっと目つきの鋭いカウンターカルチャーもあってくれたらそのほうが断然楽しい。なるほどこういう本屋が、もしこんなふうな個性のある本屋がいくつか出来てるんだったら、これからはたまに来ないとな(芝居ばっかじゃなくて)。

小さな店だから店内の棚をほぼ隈なく眺めてみたんだが、わりと新しめの岩波少年文庫とか絵本のコーナーとか、たしかに世田谷は住宅街だから子どもや少年少女向けの本も必要かもね。

アイドルの写真集なんかはお約束の品揃えでしょうが、懐かしいアグネス・ラムの写真集が面陳してあった。手には取らなかったけど、きっと高いんだろーなー。でもラムちゃんて、ひょっとしておれとトシ変わんない? 還暦過ぎてる?。帰ってウィキペディアで見たら、おれと同い年の1956年生まれで66歳。うひゃあ。

ま、そんなことはいいんだ。

結局30分くらい棚を眺めてまわって買い求めたのが、田中小実昌と小林信彦。コミさんは「絶筆」の作品含む短篇集とある。んー、これ読んでなかった。ウカツなり。奥付の発行日は2000年6月25日(田中小実昌同年2月26日没)。

もう1冊はなんと「唐獅子株式会社」。こんなん出てたのかー。新書サイズで分厚い。ラッピングしてあったのでそのときは分からなかったんだけど、唐獅子シリーズ全作品初収録の本らしい。2016年12月発行だからまだ「現役」の本だな。でも、もう一度読みたかったんだよ唐獅子株式会社。しかもこのカヴァーイラストって江口寿史でしょ。オビのところには『解説=江口寿史』としか書いてないけど。

あのころ、20代初めのおれにとって小林信彦はスーパースターだった。筒井康隆と並んで。







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ちかごろ田中小実昌も小林信彦も旧作が新刊書店にあるのをまず見ない。あるとしたら文庫だろうけど、棚からどんどん消えていってる気がする。小林信彦は高齢とはいえ存命で、小説の新作はここんとこ絶えてるものの比較的新しいと思われる『うらなり』や『流される』あたりも文庫が品切れになっている。そんなだから『唐獅子株式会社』とか『紳士同盟』とか『ちはやふる奥の細道』とか、かつての傑作群なんてあるはずもない。

田中小実昌もそうだけど、たとえば山口瞳や色川武大の作品もどんどん文庫から姿を消してる。開高健もそうだし半村良もだ。古本探して読むか、そうでなかったら図書館で探すしかなくなってきてる。じつに困ったモンである。

それにしても小林信彦は存命なんだぜ(90歳)。ひょっとして各社の文庫から忽然と消えてなくなってるのは著者本人の意向だったりするのかしらん。だけどこの〈フリースタイル〉が復刻した『唐獅子株式会社』は小林信彦コレクションと称してシリーズ化されてるみたいだから、つまるところ旧作として在庫が「動かなく」なってるから版元はどんどん品切れ重版未定(実質絶版)にしてってるってことなんだろう。残念だ。

そこいくとエライなあフリースタイル。たまたま古本で『唐獅子…』に気づいて買ったけど、この調子で『ちはやふる奥の細道』も『サモアンサマーの悪夢』も『紳士同盟』もやって欲しいなあ。こんだは新本で買いますから。

それはそれとして下北沢の本屋はちょっと面白そうだな。また機会を作って回ってみたいもんだ。

そうそう、最初に行こうとしたクラリスブックスには結局行けずじまいになったんでした。ビビビで小実昌と信彦を買って店を出て、さあこれからクラリス覗こうと思ったとたん、奥さんからもうすぐ終わりますとメールが来た。あちゃー、こりゃ急いで井の頭線に乗って明大前に戻らなきゃ。




天国までぶらり酒 田中小実昌(実業之日本社)
唐獅子株式会社 小林信彦(フリースタイル 小林信彦コレクション)








# by god-zi-lla | 2023-02-03 08:12 | 本はココロのゴハンかも | Comments(0)

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つうわけで昨年末最後の更新で野口久光の《思い出のヨーロッパ映画》を出したエントリーの続きなり。年が明けたらすぐにやろうと思ってたんだけど、とんだ救急車→入院→手術の騒ぎでそれどころじゃなくなっちゃった。

なんでまた野口久光が描いたレコードを集めてみようと思い立ったかってのは後回しにして、まずはジャケットを並べてみることにする。

まず最初。左はナット・キング・コール。見れば分かるな。この原画は何度も使い回されてるようで、これが初出じゃないのは多分まちがいない。この盤自体は1967年か68年リリースの「ベストヒット」物。ステレオとモノラルと擬似ステが混在。

右はジェリー・ロール・モートンのこれもベスト集で2枚組、野口久光画伯による詳細な読みごたえのある解説付き。これは多分1962年発売。この写真じゃよく見えないでしょうが、ジャケット暗色の地色のところにはニューオーリンズのストーリーヴィルあたりの地図がさらさらっと描かれている。中身は1926年から1939年にかけてのSP盤が音源で、おれのようなモンガイカンとしたらジェリー・ロール・モートンのレコードは(野口画伯の懇切丁寧な解説と相俟って)このアルバムひとつあれば必要十分なんじゃないかって気がする。







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つぎの2枚。左はアート・ペッパー。以前書いた〈ダイレクト・フロム・オリジナルSP〉シリーズのチャーリー・パーカー2枚に続く第3弾で、中身はDiscovery→Savoy原盤《Surf Ride》セッションのオリジナルSP盤からの板起こし。多分パーカーと同じ1985年のリリース。

右はフランク・シナトラ。これも見ればわかるな。キャピトル時代にビルボードPOPチャート入りした30曲にファーストシングルの2曲を加えた2枚組みベストアルバム。1982年リリース。

どちらも黒一色の素描だけどもシナトラは鉛筆、ペッパーはペンで描かれてるように見える。ペッパーのほうが「手数」が多くて、そのわりにはあまり似てない。逆にシナトラのほうはさささっと描き上げた感じがあるのに特徴を捉えて見事。

画材のちがいもあるんでしょうけど、やっぱシナトラは「銀幕のスター」でもあったから野口画伯はペッパーよりシナトラの容姿によく親しんでたってことなのかとも思う。アート・ペッパー描くのに手数をかけてしまうってのは、なかなかジャストな描線を見つけられなかったってことでもあるか。





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そこいくと、このふたりは見事なモンだと思うね。野口画伯はサッチモに直接会ってるし(NYのサッチモ邸でふたりが肩を並べた写真がある)、確認したわけじゃないが画伯はチャップリンとも会ったことがあったんじゃなかろうか。ごく近くで表情やしぐさを観察したことがあるように、このジャケット画からは思えるんだけどね。

サッチモのほうは1951年1月カナダ・バンクーヴァーでのライヴアルバム。リリースは1977年か78年。Discogsによるとこの51年1月バンクーヴァーのライヴは67年にカナダのレーベルから2枚組みで出てるものの、コンプリート盤か抜粋盤かを問わず日本国内盤はこの野口久光ジャケット盤しか出たことがないみたいだ。

チャップリンのほうはチャップリン映画の音楽をフランスの楽団が演奏したイージーリスニングLPで72年録音の86年リリース。解説は野口久光画伯自身で、川喜多かしこの短いエッセイまで付いているのがさすが。だけど同じ映画音楽のイージーリスニング集だったら《思い出のヨーロッパ映画》の石川晧也率いるレオン・ポップス・オーケストラ(キングレコード専属楽団)のほうが演奏もアレンジも品があっておれは好きだな。






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7インチ盤もCDも野口久光画伯は手がけている。7インチシングル盤のほうは言うまでもない名画《禁じられた遊び》のサントラ盤。イエペスのギター。これはよく知られたスチール写真から描き起こした画だけども、「禁じられた遊び」というタイトルも画伯による書き文字なのが映画のポスターほか宣伝美術作品群とおんなじで、そこがとってもうれしい(フィルムを模した黄色地の『サウンドトラック盤』て表示がなかったら、もっとうれしかったのに)。

映画関係の仕事とちがってレコードジャケットのほうにはイラストレーションだけでなく画面のなかの文字まですべてが野口久光の手によるものという仕事はほとんどないんじゃあるまいか。そこんとこがレコード好きのおれとしたら、ちょっとさびしいところではある。

このサントラシングルは何度も再発されてるようで(そりゃそうだよな)、オリジナルがいつ出たのかはわからない。この盤には1969年のコピーライト印が付いてる。

CDのほうはビリー・ホリデイのDECCA録音のコンプリートアルバム2枚組み。とても愛らしい "Lady Day" だ。レコードだけじゃなく野口作品がフロントカヴァーを飾るCDもあるんじゃないかと探してたとき、これを見つけてすごくうれしかった。1989年のリリース。ビリー・ホリデイのDECCAコンプリートはアメリカではLPも出てたらしいが、野口久光イラストレーションはもちろん日本盤CDだけだからLPなんていらない。国内盤LPはリリースなし(たぶん)。






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左の赤いジャケットはジーン・ノーマンが主催したジャスト・ジャズ・コンサート(1947年〜49年)のコンピレーション3枚組み。ノーマン・グランツのJATPのレコードと同工異曲の実況録音盤。

ジャケットに描かれてるミュージシャンはチャーリー・バーネット、ナット・キング・コール、ハワード・マギー、バーニー・ケッセル、ピート・ジョンソン、エロール・ガーナー、ルイ・ベルソン、ウォーデル・グレイ・スタン・ゲッツ、ヴィック・ディケンスン、ウィリー・スミス、ベニー・カーター、ドード・マーマローザという、JATPがビバップ寄りというならこっちはどっちかつうとジャズ雑誌のいうところの「中間派」の面々ですかね。この盤は1984年リリース。巡業のジャムセッションだから全体に大ざっぱなプレイが多くて、まあ良い演奏もあればそうでないのもあるかなあって感じ。

プレイヤーのイラストレーションは(デザイナーがレイアウトしたのでなく)全員を1枚の紙のうえに描いて仕上げてあるように見える。ひとりひとりの名前がそれぞれの顔の下にアルファベットで手描きされている。これはペン画みたいだ。

最後の1枚は画伯の子息・野口久和のWELCOMEというバンドのサードアルバム。84年リリース。久和氏はいまやジャズピアニスト・アレンジャー・バンドリーダーだけどもこれはいわゆるひとつのシティポップってヤツで、なんつうかこのバンドの音楽は(とくに詞が)超こっぱずかしい。久和氏自身もいま聴くとこっぱずかしいんじゃあるまいか。

その子息のためにイラストレーションを描き下ろしたんだろう。でも、この若者(子ども?)って誰? それが分からない。

このジャケットは裏面に収録曲名がクレジットされてるんだが、これが珍しくも画伯の書き文字なのだった。細いペンで描かれた、優しくて控えめで繊細な文字(カリグラフィーと言うべきか)。だけど、できたら表側にあの特徴的なフリーハンドで手描きされたアルバムタイトルを入れてほしかったなあ。

さっきも書いたが、野口久光の映画宣伝美術の真骨頂はイラストレーションだけじゃなくタイトルやその他の文字の大部分を手描きによって作り上げられる、そのトータルが「野口久光」ってところにあるんだけども、レコードジャケットの場合その仕事のほとんどが残念なことに「イラストレーター」という範疇にとどまってる。そこがレコードジャケット好きとしたらすごく残念なとこだ。もしかするとレコードジャケットに配する文字は既成の活字や写植文字(あるいはそれらを加工したもの)のほうが良いと画伯が判断してたのかもしれないけど、でもやっぱり「映画」の世界をレコードジャケットでも見たかったよなあと勝手なことを思ってしまうのだった。

ところで野口久光が手がけたジャケットはまだまだ沢山ある。トスカニーニやハイフェッツのSP盤のアルバムなんてのもあるし、LPならジョン・ルイスや穐吉敏子やカウント・ベイシーなどのアルバムがあるのもわかってる。

でもね。こうやって集めてみると、野口久光のレコードジャケットの仕事の典型的なところはほぼ手元に来たんじゃないかなという気がする。べつにコンプリートを目指すなんて気はハナっからないし、あーこれはいいよなーと眺められればそれでいい。だからもうこれでおしまいにする。お、こんなに良いのがまだあったのか、ってのを見つけたらその時はそのときだ。

そもそもコトの発端は2009年に見た展覧会《生誕100年記念 グラフィックデザイナー野口久光の世界》なのだった。そこに数点のレコードジャケットが飾られていて、あーこれはレコード屋でパタパタやってるときに見かけたら買ってみようと思ったんだよ。

でもさ、そう思ってレコード屋さんでパタパタしても出てこないもんだから(野口久光コーナーなんてのは当然あるわけないし)そのうち忘れてしまった。それがひょんなことからチャーリー・パーカーのSP盤「板起こし」ダイレクトカッティングシリーズのジャケットイラストが野口久光作だとわかって速攻で買い求めた。ヤフオクで見つけたんだが商品説明のどこにも野口久光の名はない。これはきっと野口作品だなと商品写真を拡大して見ると右下隅にサインが入ってる。

まあヤフオクなどのネットオークションにせよ、レコード屋のエサ箱にせよオンラインショップにせよジャケットが野口久光の作品だなんて説明があることはまずない(明記されてたのは最後の《鐘/WELCOME》だけだった気がする)から、これはそうかもしれないと思ったらサインを見つけて確認するしかない。

でも、そうかもしれないとアタリをつけて、そうでなかったことは一度もない。それだけ野口久光の作品にははっきりした個性があるってことなんだろう。

でもやっぱり、最後に手に入れた《思い出のヨーロッパ映画》が最高だな。




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NAT KING COLE GOLDEN SERIES VOL.1 Pretend(CAPITOL/東芝音工 CP-8293)LP
The Best of JELLY ROLL MORTON AND HIS HOT PEPPERS(VICTOR/日本ビクター RA-5133~4)2LPs
DIRECT from ORIGINAL SP Vol.3 ART PEPPRE(SAVOY/キングレコード K23P-6338)LP
THE HIT MAKER・FRANK SINATRA(CAPITOL/東芝EMI ECS-40209-10)2LPs
LOUIS ARMSTRONG ALL STARS 1951(OVRESEAS/テイチク ULX-80-V)LP
チャップリンの素晴らしい世界(Vogue/キングレコード K25P4157)LP
禁じられた遊び(LONDON/キングレコード)7inchシングル盤
BILLIE HOLIDAY / THE COMPLETE DECCA SESSIONS(DECCA/ワーナーパイオニア 45P2-2821/2)2CDs
GENE NORMAN presents JUST JAZZ CONCERTS 1947-49(GNP/キングレコード K18P 6259/61)3LPs
鐘 Ding-Dong Bells(ビクター/SJX-30254)LP












# by god-zi-lla | 2023-01-27 16:49 | 常用レコード絵日記 | Comments(0)
以下、自分のための備忘録。本人としては今回の入院と手術がこれから残りの人生を生きていくうえで貴重な経験になったと思っているが、べつに面白いものじゃないし、面白おかしく書いてるわけでもないので、興味のない方は捨て置いて下さい(長いし)。とくに何かの役に立ちそうな気はまったくしませんが、もし参考になるようなことがあれば幸いです。



1月4日(水)夕方 

近所のかかりつけ病院の外来終了間際にタクシーで駆け込む(ふだん徒歩10分の距離が苦しくて歩けない)。

その日の内科外来担当は消化器内科医で(ふだん診てもらってるのは循環器内科医の院長)、すぐCT撮影。CTデータから小腸イレウス(閉塞)の疑い。当院では治療できないので地域の総合病院へ至急行くよう強く勧められる(つか指示される)。

《追記》いったん自宅に戻ってからタクシーで向かいたいと医師に言ったが、ここから直接行くよう強く言われた。

点滴開始。《追記》医師が総合病院に受け入れ要請の電話を入れる。移動のため救急車を要請。15分ほどで救急車到着(最寄り署ではなく『旗の台』の救急車だった)。かかりつけから総合病院のERに救急搬送。所要時間約5分(マジで近い)。

陰圧室に収容されPCR検査。採血。小腸イレウスの疑いで入院決定。陰性判定の後消化器内科病棟へ移る(個室)。腹部のレントゲン撮影。絞扼性イレウスと診断。

鼻から胃へドレーンのチューブを挿入される。胃の内容物を鼻から排出(9日まで継続)。ドレーンチューブ固定の邪魔になると口髭をシェーバーで剃らされる。

心電図モニターも繋がれる。点滴+胃のドレーン+モニターのワイヤハーネスでがんじがらめ。
その夜はほとんど眠れない。


1月5日(木)

朝から腹部エコー。レントゲン撮影。血管に造影剤を点滴してCT。移動は車椅子。

担当の消化器内科医師から、腹腔内の組織に小腸の一部が絡まって締め付けら閉塞しているが、自然にほどけることもあるのでとりあえず経過を見るとのこと。最悪手術もありうるがそこまでのことはないだろうと、この時点では楽観視。

この病気の「原因」はなんなんですかと質問。いや「原因」はありません。「たまたま」なるんです。だから予防も出来ません。なりやすい体質というのもありません。そんな「病気」があるのかとびっくり。そもそもそういうのって「病気」っていうのか。しかし確かに苦しいんだから病気なんだろう。

胃腸が異常に膨張している実感。
鼻から突っ込まれた胃のドレーンから内容物はある程度自然に排出されるが、看護師が時々手動ポンプで排出。結構な量。
4日から絶食。以後1週間点滴で生きる。

水は飲んでも構わないが、飲んだ量を記録せよと言われる。以後ペットボトルの水を飲む。なにしろ口から水を飲んだところで胃から下には落ちず、溜まった水分はドレーンから排出されるだけだ。しかし明らかに脱水状態で唇はカラカラに乾いて皮が剥けてくる。せめて口腔内を潤すためだけでも水を飲みたい。

奥さん面会。面会はすべての病棟・患者に対してごく限られた時間帯に1日1回家族1人のみ病室で10分間限定。奥さんも体調すぐれないのに無理して来てくれたが、わずか10分のために来てもらうのは申し訳なし。以降退院まで面会なし。

この夜もほとんど眠れない。寝返りも打てない。

1月6日(金)

朝から腹部レントゲン撮影。看護師が付き添い点滴とドレーン袋をぶら下げた棒をガラガラ押して自力で歩いて行く。
午後になって担当の消化器内科医師ふたりが、経過観察していたが改善されていない。手術したほうが良いと思うがどうかと問われる。そうするしかないならしてくれと答える。

娘がコンビニで買った550mlペットボトルの水6本差し入れてくれた。

連休に入ると大変なので、これから急いで再度腹部エコーと造影CTを撮って最新データを見ながら外科と協議したいと担当医師ふたりがおれを車椅子に乗せて病院内をほとんど走るように移動。そんなに緊急なのかよ。

手術は7日15時と決定。
おいおい、って感じ。

《追記》37.0度から38.0度の発熱が続くので手術を前に念のため再度PCR検査。結果は陰性。


1月7日(土)

執刀外科医から説明。手術は腹腔鏡で2時間程度。今のところの所見では小腸自体を切る必要はなく絡みついた組織(脂肪などの膜のようなものらしい)を切除すれば小腸は「絞扼」から解放されるが、小腸の一部が壊死していたりするとその部分を取り除き、場合によっては小腸を切り詰める必要が生じることがないとは言えないと。

看護師から術後は外科病棟(大部屋)に移ると説明。手術までに荷物をまとめとくように指示。そこいらへんのあれやこれやを奥さんが差し入れてくれたエコバッグに詰める。

15時少し前に手術着に着替え、車椅子で手術室に移動。

麻酔の前に背中に「痛み止め」薬剤の針を刺される。

麻酔は点滴と口からマスクで。

尿道にカテーテル挿入(9日まで継続)。

そして気がつくと外科病棟の4人部屋。

手術は思いのほか簡単で40分くらいで終了したと。小腸自体にダメージはなく、経過さえ良ければここから1週間から10日程度で退院できる見込みという執刀医の説明。

腹腔鏡手術の「跡」は3つ。多分メインがヘソのところ、その左右にひとつずつ。傷の痛みというのは麻酔が覚めたあともほとんど感じない。背中に刺された痛み止めの効果もあるんだろうけど、意外なくらい痛くない(そもそもおれは痛みに鈍感だってのもあるだろうが)。

しかし小腸が「開通」したという実感乏しく、胃のドレーンからは排出続くし胃腸全体の膨張した感覚はそのまま。

鼻に刺された胃のドレーン、尿道のカテーテル、点滴、小型の心電図モニター、それから背中に刺された「痛み止め」のチューブとその小型容器。これらをぶら下げて、明日からは積極的に起き上がって病棟内を歩いて身体を動かして下さいと看護師の指示。可能な限り指示に従おうと思うものの、歩くところは限られており、廊下を歩いて談話室へ行き読書、スマホいじり、水のペットボトルを自販機で買うくらい。小用は尿道の管から排出されるからトイレには行かない。



1月8日(日)

午前中レントゲン撮影 《追記》これ以降、検査のための移動はすべて自力歩行。

執刀医の回診。経過は良好と。

これ以降、巡回の看護師に「お通じ」はあったか「ガス」は出たかと聞かれる日々。でもね、4日から何も食ってないから「お通じ」あるとしたらそれ以前の残存物。出ない。ガスも出ない。

胃のドレーンからの排出は徐々に減っている。「開通」したということか。胃腸の「張り」も少しずつ弱まる。


1月9日(月)

手術から3日目。経過良好とのことで鼻から胃に通されたドレーンのチューブを抜かれる。
背中に刺さった「痛み止め」の薬剤が終わったので、これも抜かれる。手術傷の痛みは感じない。

心電図モニターも外れた。超うれしい。あとは尿道のカテーテルと点滴のみ。

午後になって尿道の管も抜いた。いよいよ身体から出てるのは点滴のチューブのみとなる。

絶食は6日目。食べないこと自体はまるで苦にならない。これは意外なり。

身軽になったので病院1階にあるコンビニとユニクロで買い物。雑誌(Newtonとdanchy。文字が多いから時間潰せるだろうと)、爪切り、使い捨てのコップ、下着。

点滴のチューブだけになったので、夜はかなり眠れるようになる。


1月10日(火)

入院7日目。

レントゲン撮影。

午前中執刀医の回診。経過順調なので今夜から食事始めましょう。食事といっても最初は「重湯」など流動食からですけどねと。重湯でも流動食でも、とにかく機能回復しているということだからうれしい。食べられるということについて「うれしい」というのはそれほどでもなし。

夕食前の看護師の巡回で点滴のリンゲル液とチューブを外されて、針のみになる。あ、もういいんですかと言うと、口から食事が出来るということは点滴から栄養素を入れる必要がなくなったってことです。ただし発熱などがあったときのために針だけはしばらく残しておきますとのこと。針の刺さったところはネット包帯で保護。一気に自由の身になった気分。

奥さんから文庫本を1冊封書で送ったとメール。これはありがたい。先に差し入れてもらった本は読み終わってしまったところだった。すぐ読み始める。

薬剤師が来て、食事が始まったので入院前から飲んでいた降圧剤などについて当院薬局で処方したものを服用するように指示。退院まで継続とのこと。入院前に服用していた降圧剤は2種類の薬の「合剤」で当院薬局では処方していないので、2種類の薬を出しますと。

夕食。
重湯、味噌汁(汁のみ)、牛乳200ml、アイスクリーム。

アイスクリーム、うれしい(しかし退院までこれ1回だけだった)。食事の写真スマホで撮って奥さんと子どもたちに送る。全員アイスクリームに強く反応。

このぶんだと週明けには退院できるかもしれないと勝手に思う。



1月11日(水)

体重計に乗る。入院前に比べ6kg減。そりゃ何も食ってないんだからな。しかしショック。

朝食は重湯、味噌汁(汁のみ)、牛乳。アイスなくてがっかり。

レントゲン撮影。

シャワー室を看護師が予約してくれたのでコンビニへボディーソープを買いに行く。

回診で執刀医、順調なので次の食事から「五分粥」にしましょう。

点滴の針、抜かれる。身体に何も刺さってない。WOW !

14時、シャワー室で身体を洗う。3日夜以来だから8日ぶりの「風呂」。手術の「穴」3つを避けながら身体を洗う。

依然として胃腸の張りがあり「お通じ」はほとんどないし「ガス」もあまり出ない。でも、あとは退院を待つのみという気分になってきた。

昼食。五分粥、梅干し、ソフトサケあんかけ(鮭切り身のカタチに成形した練り物)、キャベツの肉味噌かけ(ドロドロ)、すまし汁(豆腐入り)。だいぶ食事っぽくなった。

夕食。五分粥、梅干し、ソフトトリニク野菜あんかけ(鶏ムネ肉のカタチに成形した練り物)、白菜のお浸し。味噌汁(玉ねぎ)、牛乳。


1月12日(木)

朝食。五分粥、梅びしお(小パック入り)、はんぺん煮付け、つぶし金時豆(ペースト状)、牛乳。

レントゲン撮影。採血。

執刀医が来て傷口を点検。レントゲンも血液検査も良好なので、もう退院しても大丈夫と言われる。じゃあ明日朝退院でお願いします! 食事もお昼から全粥に。

昼食。全粥、筑前煮、酢の物(シラスと白菜)、フルーツカクテル、かき玉汁、梅干し。

薬剤師が来て退院後の内服薬について説明される。もともと飲んでいた薬は退院と同時に再開すること。別途胃薬を3日分処方するので、これは飲み切って終わりにして下さい。

夕食。全粥、あじのソテー(成形品でなくモノホンの鯵、骨抜き)、サラダ(フレンチドレッシングの小パック付き)、かぶ煮物、バナナ1本、肉入り野菜スープ、梅干し

荷物をまとめる(大したモノはない)。


1月13日(金)

検査なし。

朝食。全粥、海苔佃煮、炒り卵あんかけ、ゆば入り青梗菜炒め、味噌汁(玉ねぎ)、牛乳

病棟の事務の人から退院手続きの説明。救急搬送時、かかりつけ病院から渡ったCTのデータCD-Rを返される。

10時。着替えてから病院1階の会計窓口で精算。領収証を持って病棟に引き返し入院患者のリストバンドを切ってもらう。

10時15分。病院正面玄関からタクシーに乗る。約5分で自宅前に到着(そのくらい近い)。道路を歩くとフラつく。このフラつきはその後2日間残った。




*退院後の日常生活復帰についてはあらためて










# by god-zi-lla | 2023-01-19 21:17 | 日日是好日? | Comments(7)