神はどーだっていいとこに宿る


by god-zi-lla

緑の首刎ねプロペラと毛皮のカップ&ソーサー。どっちが好き?

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きのうみたいな大雨もイヤだけど、きょうのこのどんよりと肌寒い天気もかんべんしてほしいぜ。
気分まで薄暗くなる。

こーゆーときはご陽気に一種ノーテンキな音楽でも。
足は少し治ってきたけどまだ歩くと痛いし。やっぱ室内遊戯。

ってことでもないんだけどさ。そのうちブログに載っけてやろうとずいぶん前から思ってたんだけど、まあ急ぐネタでもないし、つか、もともとそんなモンはこのブログのどこにもないんだけどね。不要不急のカタマリですから。なんつうかまあヒマネタのなかのまたヒマネタつかね。

左のブツはこのときのレコードす。これもう3年前なんだな。おらこんなブログをもう4年半もやってんだねえ。よくもまあだらだらと続けてるもんです。それをまた読んでくだすってるあなたさまも根気がいいつうか物好きつうか、まっこと相済まぬことでございます。

いやそうじゃなくてさ。ジャケット裏には「パリ(1917-1938)、ミヨー、サティ、フランセ、アウリックによる洗練されたオーケストラ作品集」なんつうようなサブタイトルが印刷されてんですこのレコードは。

洗練されたつうか、おれの感じだともっとザワザワとして猥雑で生き馬の目を抜くような油断ならざる雰囲気に溢れてて、当然のことながらなにがウソでなにがマコトか判然としない一筋縄じゃとてもいかない世界の大都会パリ。みたいな。

そういう、だから楽しくてしょうがないような音楽のアルバム。

これとまったくおんなじ演し物でコンサートやってくれたら、うれしがって絶対行くんだけどなあ。できればなんかちょっと今となっちゃ時代遅れなような古ぼけた、たとえば日比谷公会堂とか九段会館とか、そーゆーとこでやってくださると尚更うれしいようなコンサートになると思うんですけどね。

1917年から1938年のパリ。よーするにふたつの世界大戦の間のパリの、
そういう時代のそういう場所の音楽のアンソロジー的レコードなのね。

ほいでもって右。
「ダダ/シュルレアリスム」ってタイトルの米マーキュリーのレコードす。
こっちはいつ買ったんだったですかね。それでももう2年くらいはたってるかもしれない。
こんな写真じゃよくわかんないでしょうが、毛皮のようなものでできた(くるまれた?)カップとソーサー。それにスプーン。

しかもタイトルがダダだとかシュルレアリスムだとかってんでもうジャケ買い以外のなにものでもありゃしません。しかもレーベルはマーキュリーだしね。右上にパンチ穴あいたカット盤で安いしさ。

いちばん上にサティの名前があってつぎにミヨーがならんでるとこくらいは見たんだけど、それ以上あんまし確かめもせずに買い求めるという、いつもながらのズサンなお買い物ではあったんですけどね。とにもかくにもジャケ買いしようなんて一瞬でも思うようなクラシックのレコードって、もうそれだけでも貴重でしょ。

えーそれで持ち帰りましてからじっくりと眺めてみたわけですな。ばかだねえ。
そしたら左とまったくおんなじレコードじゃんかよ。

つか、ドラティにLSOですからマーキュリー原盤なんでしょうねこれって。

んーむ。まだ先頭にミヨーの名前があったら気づいてたかもしんない。
それがサティだもんな。サティはB面2曲目なんです。

それにしてもダダとシュルレアリスムってなによ。サティだってミヨーだって、あんましそういう文脈で語られる人たちじゃないんじゃないの。おれよくわかんないんだけど。サティとミヨーってダダイスムの、シュルレアリスムの作曲家なんですか。そもそもダダとかシュルレアリスムって美術方面のコトバですよね。音楽もありなの?

ミヨーの「屋根の上の牡牛」もサティの「パレード(パラード?)」もジャン・コクトーの作品(台本)だそうだけど、ジャン・コクトーだってダダの人じゃないよね。そりゃタダ者じゃないだろうけどさ。すいません。

まーたしかにふたつの世界大戦の間ってのがダダイスムやシュルレアリスムの時代ではあったんでしょうけどね。んー。このタイトルはやっぱまぎらわしいよ。

きっとマーキュリーがこのタイトルで出して、英盤をフィリップスレーベルで出すとき「これやっぱちょっと違うんでないの?」つうようなことがあったんじゃないんですかね。それで「パリ(1917-1938)、ミヨー、サティ、フランセ、アウリックによる洗練されたオーケストラ作品集」ってな説明的なサブタイトルをちっちゃくライナーノーツの上に入れるだけにしたとかさ。タイトルのインパクト的には「ダダ/シュルレアリスム」のほうがありそうなもんなのに。

えー、いつものとおり勝手な思いつきだから信用しないよーに。

と書いといて、いまになって初めて英文のライナーノーツを拾い読みしてみたんですけどね。
いやー、そもそも筆者おんなじ人だしまったく同じライナーノーツだとばっかし思ってたら、米盤のアタマの段落でダダイスムとシュルレアリスムに触れていて、サティとミヨーのこの盤に収録の作品はこうした新しい表現の先頭に立つもんだ、みたいなことが書いてあるなあ。

それが英盤になりますと、このダダイスム、シュルレアリスムに触れた段落そのものがそっくりカットされてるじゃんか。それでもってそのかわり、ここに収められた作品はふたつの世界大戦の間におけるフランス音楽のひとつの側面を示すものであるって、なんかお茶を濁しました的表現の段落に差し替えられちゃってるじゃあございませんか。

これはやっぱなんかあったな。

いやーいかんいかん。延々と横道にそれてしまいました。
ずーっと横道枝線支線引き込み線です。

えーと音の違いを書こうと思ってたの。どっちがどうって。それが本題。
でもまあいいや。どっちも悪くないです。強いて言えば米盤のが鮮度高くて、なんつうかオーディオファイル的音質。英盤のが当たり障りのない穏やかな音質。英米でそれぞれレコード会社が想定するユーザーのオーディオ装置の違いかもしれないと言えないこともないかもしれない。でもそう思って聴くから違ってきこえる程度の違いでしかないです。

まあどーだっていいや。
そんなことより、こいつは楽しいレコードですぜ。
Commented by jazzamurai at 2009-11-13 01:07
金の斧と銀の斧とプラチナの斧、全部落としたの。だから、全部欲しいの。
Commented by god-zi-lla at 2009-11-13 11:13
そーゆー欲張りはダメ(笑)
でも、どっちのジャケットもそれなりに面白いですよね。

じつはこの毛皮のカップ、最初はカップだと気づかず帽子だと思い込んでいました。だから「なんで帽子のとなりにスプーンがあるんだ? ここらへんがシュールなんか?」なんて的外れなことを考えてたんですよね。われながらホントにウカツなやつ。

しかし、これの国内盤って、もし出てたんだったらどういうジャケットだったのか気になって困ってしまいます(困るか!)
Commented by ん。 at 2009-11-13 18:10 x
>きっとマーキュリーがこのタイトルで出して、英盤をフィリップスレーベルで出すとき「これやっぱちょっと違うんでないの?」つうようなことがあったんじゃないんですかね。それで「パリ(1917-1938)、ミヨー、サティ、フランセ、アウリックによる洗練されたオーケストラ作品集」ってな説明的なサブタイトルをちっちゃくライナーノーツの上に入れるだけにしたとかさ。

マーキュリーが付けたもともとのタイトルが「パリ 1917-1938、ミヨー、サティ、フランセ、オーリックによる洗練されたオーケストラ作品集」です。
サティは、多くのダダイストと交流がありました。また、コクトーはシュルレアリストではなく、ブルトンとの対立はありましたが、影響はあったと考えられています。たとえばアポリネールは、コクトーの作品をシュルレアリスムと評したことがあります。
Commented by god-zi-lla at 2009-11-13 21:48
なるほどなるほど。ご指摘ありがとうございます。

ということはマーキュリーが再発するときにインパクト重視で「ダダ/シュルレアリスム」ってタイトルに変えたということなんでしょうか。

まあ、どちらにしてもすごく楽しめる音楽なので、大好きです。
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by god-zi-lla | 2009-11-12 11:21 | 常用レコード絵日記 | Comments(4)