神はどーだっていいとこに宿る


by god-zi-lla

ハヤトウリとキュウリ

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焼香を済ませて式場を出ると喪主の挨拶状と浄めの塩の入った会葬御礼というのをいただくが、たいがいはいっしょにハンカチが入っていたりするものだ。

きのう雲の上のヒトのような上司(なにしろこっちは20代のおしまいか30初めのヒラ社員であっちは役員サマでしたから)だった人の通夜に参列してきた。雲の上のような存在だから直接仕事の指示を受けるなんてことはたぶん一度もなかったと思うのに、数え切れないくらい何度も何度も酒を飲ませてもらった。

葬儀の喪主だったご子息がたしかおれと同い年で、もしかすると自分の息子と同年代の若造はいったいなにを考えているのか観察するためにご馳走してくれていたんじゃないかと、いまになってみれば思うこともあるが本当のところはよくわからない。

で、そのたいていはハンカチなどが入っている小箱を帰宅して開けてみると、なかにはチョコレートが入っていた。これは遺族の取り計らいによるのか故人の遺志によるものかわからないが、しかしこういうところでまわりが思わずニヤっとするようなことをして、その反応を見ながらニヤっとしているいかにも生前のあの人らしいチョコレートで、通夜の帰りというのに故人の思うツボにまんまとはまって思わずニヤっとしてしまった昨夜なのだった。

享年84歳。お世話になりました。

ひさしぶりにハヤトウリというやつをぬか床にうずめた。
せんだって銀座、外堀通りのわしたショップを覗いたときシカクマメ(うりずん)やモロッコいんげんなんかといっしょに段ボールのなかにどかどかどかっと入って売られてた。ゴーヤーやナーベラーはちゃんと陳列されてるのに段ボールってのは観光みやげっつうよりはアンタらもっとジミな日常のおヤサイでしょってことなんすかね。

ゴーヤーなんていまや関東地方だってごくふつうの野菜のひとつだと思うけどまあいいや。それはともかくハヤトウリはしばらく見なかったもんだから思わずシカクマメやゴーヤーや豆腐といっしょにカゴにいれてレジへ持ってったんでした。

ちかごろの銀座有楽町新橋界隈にはいろんな県のこうしたアンテナショップというんだろうか、特産品やらなんやらを売る店がたくさん進出していて、じっさいこの沖縄のわしたショップから少し中央通りのほうに向かってすぐのところに山形県のショップもある。じつは欧米のブランドショップが軒を並べる中央通りにたいして銀座の裏通りは各県のショップがいまや支えているという時代なのだった。

まあそこまではいかないでしょうけど、そういう店がどんどん増えてるのはホントです。

そういう各県のショップ、ことに東京より西の県のショップで以前よりもふつうの野菜を、ようするにあんまり地域性のなさそうなキュウリやらトマトやらダイコンやらナスやらカボチャやらそういうふつうのスーパーで売ってるような野菜を、ほんとにスーパーみたいに当たり前な顔して売ってる店がなんとなく増えてきている気がするんだ。沖縄の店でキュウリとかニンジンとか買ったこともあるしね。

しかも、お客さんはそれをふつうに買い求めている。
まあ、そういうことが日常になかに定着しちゃってるってことだ。

この沖縄のハヤトウリは以前漬け物にしたやつよりずっとデカくて皮も固い。食材図典を見ると温帯では一年草だけれど熱帯・亜熱帯では常緑なんだそうだ。それだけ沖縄産は良く育ってるってことでもあるんだろうな。以前のやつは二つに割って皮はむかずに1個だけ入ってる種を取っただけで漬け込んだのをそのまま刻んで食えたのに、この沖縄のデカいハヤトウリの皮はとても食える固さじゃなかった。

そういうわけでキュウリとならんで写真におさまってるハヤトウリはぬか床から引き上げて皮をむいて刻んだものです。

ちなみにこのハヤトウリはすごくデカかったので半分だけぬか床にうずめて、残り半分は皮をむいてからごく薄く刻んだのを塩でもんで、しばらくおいてからぎゅっと水気を絞ったのにすりゴマを振って食ってみた。あまりクセがないからこういう食い方にもよく合ってると思う。

しかしまあなんですね。ウリとかキュウリとかの仲間を漬け物にするようになってくると、あーもう夏だよなーってココロ持ちになるよなあ。蒸し暑くてうっとうしいけど、こういうものは冬食っても仕方ないというか暑い季節にこそ映える食い物ではあるよねえ。

きょうの東京はみごとな梅雨の晴れ間。
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by god-zi-lla | 2012-07-10 10:39 | 食いモンは恥ずかしいぞ | Comments(0)