神はどーだっていいとこに宿る


by god-zi-lla

この立派すぎないところが(AN Erik Satie ENTERTAINMENT)

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昨年暮れからごたごたとしていたワタクシゴトが決着にはほど遠いとはいえ、いちおう日常生活の合間合間に溶け込んでいきそうな程度にまでは収束してきたこともあって新年は映画をもう4本も見たうえ、勢いあまって人生初のタカラヅカなんてものまで見物しちゃったのであった。

じつは上の写真のレコードを去年の初めころたまたま手にしたんだけど、それ以来いったい何回くらいこのレコードを聴いたんだか、たぶんこの1年のうちでいちばん頻繁に引っぱり出して、いや、引っぱり出すも出さないもない。なにしろ買って以来いちども棚にしまわずにいつもそこいらへんに置いといて気が向けば聴いていたLPレコードがこれなんだ。

これはサティのピアノと歌のアルバムなんです。

じつはサティの歌っていうのをまるで認識してなくてね。このレコードを見かけたときに初めて、ほおーサティは歌も作ってたのかあ。そりゃ酒場のようなとこでピアノ弾いてたりもしたっていうんだからそういうとこで聴かせる歌を作ってたってちっとも不思議じゃないよなあと思うと俄然興味津々で迷わず買い求めたくらいな認識だったんでした。

それが持って帰って聴いてみると、思いがけずとても心地いいレコードでさ。
いやほんとに、ちょっとビックリするくらい。

ジムノペディだとかグノシエンヌだとかヴェクサシオンだとかっていう、おなじみのピアノ曲の間にピアノ音楽ほどにはとんがった感じのしないちょっと穏やかでやさしげな歌がちりばめられてて、これをメリエル・ディキンスンてメゾソプラノのひとがピーター・ディキンスンという多分旦那さんだろうと思うひとのピアノに合わせて歌うんだ(注;下のコメント欄でs_numabeさんからメリエル・ディキンスンはピーターの妹であるというご指摘を頂きました。ありがとうございました)。

このピーター・ディキンスンという人はいまもご存命のイギリスの作曲家なんだそうでamazonを覗いてみると作品がいくつもCDになっているから知ってるひとはく知っている音楽家なんでしょうけど、奥さまと思しきメリエルさんについてはほとんどわからない。

だけどね。このアルバムのすてきなところというのは一にも二にもこのメリエル・ディキンスンというひとの声の質と歌い方によるものだと思うんだ。なんというのかまあ、構えたところのない、キチンと折り目正しいんだけどリッパすぎるということのない、ちょっと愛らしいといってもいいような歌い方が曲調ととても合ってる感じなんだな。

こんなこと言うとアレですが、クラシック畑の歌の人たちってみんな立派に歌うでしょ。
リッパなコンサートホールや劇場でリッパな歌をリッパな体格したリッパな歌手がリッパな声で歌うあのリッパさってのを、おれはうまく楽しめなくってね。

サティの音楽というのがそもそもあんまり立派にやって良いような音楽じゃないでしょ。つか、どっかこうサティの曲自体がそういう立派さや大仰さに対して冷笑的な雰囲気すらある気がするんだけど、そこいらへんを下世話に落ちず上品かつリラックスした感じに歌うことでリッパさに代えてるというかな。

録音は1975年10月ロンドン郊外の教会でアルバムタイトルはAN Erik Satie ENTERTAINMENTとあります。レーベルはUNICORNでレコード番号はRHS338となってますが、この一角獣レコードってのは初めて買った気がする。

ジャケットの絵はサティの若い頃の肖像画でSuzanne Valadonていうクレジットがライナーにあるから、あーヴァラドンて名前だけは聞いたことがあるよなあと思っていまウィキペディアで見たら、この人ってユトリロのおっ母さんなんだってね。へえ。ユトリロのおっ母さんが画家だったなんて、ちーとも知りませんでした。でそのウィキを見るとヴァラドンの作品のひとつとしてこのサティの肖像が載っていて、それを見ると1893年の絵とあるからこのサティは26歳とか27歳とかそのへんの年頃みたいだ。

しかし全体にモノトーンの絵のなかで唇だけがやけにぽてっと赤く描かれてて、なんだかすげー変なヤツっぽいよな。きっと画家もサティをそういうヤツだと思ってたんでしょうね。まあ肖像画を描くくらいだから付き合いもあったんでしょうし。って思ってウィキをちゃんと読んでみたら付き合うも付き合わないもあなた。この肖像が描かれた時期にこの二人って「付き合ってた」んじゃんか。あははは。そーだったんですか。ごめんごめん。なんちて。

それはともかくとしてだな。そんなわけで何度も何度も聴いてたもんだから、気がつくとサティを鼻歌で歌ってる自分に笑っちゃったりしてね。そのくらいよく聴いてた。

ただ残念なことにおれが手に入れた盤はA面に浅い引っかきキズがあって連続してプチプチ出るところがある。べつにすごく聴き苦しいというわけでもないんだが、できたらもう少しだけコンディションの良い盤に買い換えられたらなあなんて思って探しはするものの、あれっきり影も形も見かけたことがないんだ。まあそうだような。英国のマイナーレーベルのしかも地味なサティの歌とピアノだもん。だからどうもCD化もされないまま忘れられてるらしくてさ。んー。

まあムリだとは思いますが、どこかのレコード会社でCD化してくだすったら、いや、データだっていいんです。ハイレゾじゃなくたっていいです。お願いします。もう少し大勢のひとに聴いてもらってバチの当たるようなアルバムじゃないと思うんだよな。どんなもんでしょうか(だれに言ってんだ)。

つうようなわけでじつはサティの歌のアルバムってのがほかにもないものかと探したところ、これは日本でコンパイルされたもののようなんだけどERIK SATIE MÉLODIES、邦題にゲッダ&メスプレ サティ/ジュ・トゥ・ヴー[歌曲集]とあるのがEMIから出ててニコライ・ゲッダとマディ・メスプレ、それにバリトンのガブリエル・バキエっていう歌手3人にチッコリーニがピアノを弾くっていうCDがあってさ(TOCE-9846)。いやー、ハッキリ言ってこっちのほうがサティの歌もたくさん収録されてるうえに対訳付きだったりもして申し分ないんだ。ソリストもゲッダとかチッコリーニとかスターだし。いやもう立派です。

だけどね。聴くのは相変わらずちょっとプチプチいうLPレコードなのだった。
CDの対訳見ながら、さいきんはLPを聴いてたりします(申し訳ない)。

サティの歌が好きっていうより、このアルバムが好きなんだな。
ようするに。
Commented by s_numabe at 2014-01-18 22:46
このアルバム、小生もLPで聴きましたが、なかなか味のある演奏だったと記憶します。CDではどうやら再発されなかったらしい(Unicornレーベルはすでに倒産)。
メリエル・ディキンソンは作曲家の奥さんではなく妹さん。1940年生まれといいますから、ピーターの六つ年下ですね。このアルバム以外には兄貴の歌曲集、アメリカ現代歌曲集、あとはクルト・ワイルがあったくらいで、いたって地味な存在。でも、こういう人こそ忘れずにいたいですね。
申し遅れましたが、今年もどうかよろしく。
Commented by god-zi-lla at 2014-01-19 06:46
s_numabeさん こちらこそ、今年もよろしくお願いします。

あー、そうなんですか。メリエルさんは妹さん。そうですよね、ファミリーネームが同じ男女だからって夫婦と決めつけてしまったのは、早トチリでした。ご教示いただき、ありがとうございます。

だけどこの人の歌うクルト・ワイルというのは、ちょっと聴いてみたい気がします。探してみます。

ところでこのアルバムのB面最後に入っている曲はヴェクサシオン(もちろんピアノだけ)なんですが、最終溝のところまで曲の最後の数音が刻まれているので、放っておくと無窮動的に永遠に繰り返されます。

まあ曲全体を840回繰り返せというサティの指示とは異なって反則ですが、レコードでしかできないイタズラですね。
Commented by s_numabe at 2014-01-19 09:59
そのヴェクサシオンのアイディアは実に秀逸、座布団十枚!ですね。

メリエル・ディキンソンのクルト・ワイルは単独に唄ったソング集ではなく、歌手のひとりとして参加した「ワイル・アルバム」。再発CDでよければ今も安価で入手できます。
http://www.amazon.co.jp/Weill-Dreigroschenmusik-Mahagonny-Songspiel-Berliner/dp/B00001IVNV/ref=sr_1_1?s=music&ie=UTF8&qid=1390092610&sr=1-1&keywords=weill+london+sinfonietta
メリエルが参加しているのは「ハッピー・エンド」というブレヒト=ワイルの歌芝居。そのなかで彼女は「地獄の薔薇のバラッド」や「スラバヤ・ジョニー」を唄っています。機会があったらご一聴あれ。
Commented by god-zi-lla at 2014-01-20 11:44
s_numabeさん ありがとうございます。
amazonでポチっとやってきました。

サンプル音源を聴いてみましたが、この人の声にはやっぱり独特の曰く言い難い柔和な雰囲気がありますね。
Commented by K_cantante at 2018-06-17 02:02 x
初めてコメントさせていただきます。
突然、しかも4年前の記事にコメントしてしまって驚かれたかもしれませんが、どうしても気になったので一言。
このメリエル・ディキンソンという歌手の方ですが、もしかしたらデヴィッド・スーシェ主演のテレビシリーズ「名探偵ポアロ」の26話「二重の手がかり」で、作中のパーティーで歌を披露しているキャスリーンという名前の歌手と同一でしょうか?
ドラマの中で彼女はロッシーニ作曲の「約束(La promessa)」とあともう一曲フランス語の歌(題名分からず)を日系のピアニストの伴奏で歌っています。
彼女の素朴で可愛らしい歌声が気になっていろいろ検索していたら、こちらの記事に行き着いた…という訳です。

サティの音楽も大好きなので、とても興味深く楽しく読ませていただきました。
(叶うことなら、そちらがお持ちのLPもいつか聴いてみたいです。)

突然の長文、大変失礼いたしました。
Commented by god-zi-lla at 2018-06-17 13:26
K_cantanteさん コメントありがとうございます。

「名探偵ポアロ」のテレビドラマを見たことがなかったのですが、ご指摘が気になったのでAmazonで見てみました。

たしかにメリエル・ディキンソン本人ですね。テレビに写る映像とこのジャケット裏にある写真は同一人物のようですし(テレビのほうが大分後年のようですけど)、エンドロールのキャスト名でも確認できました。

日本では情報がほとんどありませんが、兄の作曲家ピーター・ディキンソンと組んでサティ以外にも録音を残すなど、もしかしたら英国ではそこそこの知名度の人なのかもしれません(人気テレビシリーズにも登場するくらいですし)。

歌声はドラマと同様レコードも穏やかな語り口なので、これがディキンソンという人の持ち味のようですね。

このレコードを都内の中古店で見かけたことはありませんが、Discogsに複数出ていたりします。英国はじめヨーロッパでは当時それなりの数が出たのかもしれませんので、当たってみてはいかがでしょうか。

ただ、上のs_numabeさんのコメントにあるとおりCD化はされていないようです。
Commented by K_cantante at 2018-06-17 20:17 x
わざわざご確認くださり、ありがとうございます。

やっぱりご本人だったんですね。彼女の歌声で聴くサティ、益々興味がわいてきました。
レコードは買ったことがないのですが、この機会に頑張って探してみたいと思います。

わたしはデヴィッド・スーシェの「名探偵ポアロ」が大好きで、しかもクラシック畑の人間でもあるので、今回、作中に耳慣れた曲が出てきたのが余計に嬉しくて…
こちらのブログのおかげで、歌手のメリエルさんだけでなく、作曲家のピーターさんのことも知ることができました。
(せっかくなので、ピーター・ディキンソンの作品も聴いてみます。)

すてきな情報をたくさん、本当にありがとうございました。
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by god-zi-lla | 2014-01-17 09:07 | 常用レコード絵日記 | Comments(7)