神はどーだっていいとこに宿る


by god-zi-lla

桜はとりあえず置いといて、こんぴら大芝居その2

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で、見物したのは午前の部〈神霊矢口渡〜頓兵衛住家の段〉〈将門〉〈お祭り〉の3つ。

神霊矢口渡(しんれいやぐちのわたし=上の絵看板右端)というのは平賀源内が福内鬼外つう人を食った筆名で書いたんだそうだが、この人は讃岐の産なんだってね。つまりご当地モノともいうべき演し物ではあるのでしょうが、舞台になった矢口渡ってのはもちろん東急多摩川線矢口渡駅が最寄りです。

詳しい物語はウィキペディアでも見ていただくとしてこんかい掛かったのはこの長い長い話のなかの〈頓兵衛住家の段〉つうひと幕だけ。ようするにここが一番派手な見せ場なので、ストーリーなんてお構いなしに前も後ろも全部すっ飛ばしてここだけ繰り返し上演されるっていう歌舞伎興行の常套手段ですね。

もっとも、おれは一昨年国立劇場でこの演目を通しで見物してるんだけど、ちゃんと覚えてるのは結局この〈頓兵衛住家の段〉だけでなんです。ようするにそれだけこの場面が強烈だってことなんでしょうね(あとは忘れてしまったおれの脳味噌のモンダイはとりあえず置いとくとして)。

だからまあ話のスジなんてどーだっていいんだけどざっと言うと、頃は足利氏が政権を掌握しようとしていた時代、愛人を連れて落ち延びていこうとする新田義岑(よしみね=義貞の次男坊)が矢口渡までさしかかり、渡し守の家に一夜の宿を借りようとしたところその家の娘に一目惚れされて言い寄られ、まあそんなにおれのことが好きになっちゃったんだったら、しょうがないから一緒に連れてってあげようかなー、うふふ。なんて落人のくせに(しかも愛人同伴のくせに)ユルいこと考えてるんだけど、じつはこの娘の父親の渡し守頓兵衛(とんべえ)はかつて義岑の兄を乗せた舟を沈めて溺死させた悪党でね。

その親父が帰ってきて自宅に落人がいるのに気づき、兄に続き弟も殺して褒美をせしめようとするんだけど義岑に惚れちゃった自分の娘がそれを邪魔するわけだ。そして親子で争っているうち誤って娘を刺してしまう父なんだが、チッ、娘の分際で父親の邪魔しやがってと逆ギレ。それでもなんとか惚れた男を懸命に逃がそうとする瀕死の娘。そして追う非道の父親。

ようするに前半の浮かれた色恋がらみの喜劇と後半の凄惨な修羅場がワンセットになって大変おトクな(まあ歌舞伎にはありがちな)ひと幕なのね。

これはだけどこの古風で小さな芝居小屋にぴったりの演目な気がしたね。なんつうかもうリクツ抜きで判りやすいコテコテの大衆演劇だもん。

それに加えて主役の娘を演ずる片岡孝太郎(たかたろう)の、細かい動きや表情の変化が舞台の近さのせいですごく効くもんだからさ(小屋の小ささをじゅうぶん意識した上での動きなんでしょうけど)。客席もけっこう盛り上がって、あーこういう感じはなかなか歌舞伎座みたいなデカい小屋では味わえないよなー。いやしかし、本来歌舞伎ってな明治になる前まではきっとこういう感じで演じられ見物されてきたもんだったんだろうなーってイヤも応もなく思っちゃうんだよ。

この日座ったのは2階の〈後舟〉つう、聞けば席番は一応振ってあるけど自由席だっていうから開場の1時間半前から並んだんだけどようするに自分のうしろはもう白い漆喰の壁で、そこに背をもたれて見物するという(ある意味ラクチンなんだけど)正真正銘の最後列なわけだ。

だけどその最後列の席からだって孝太郎の熱演が肉眼ですべてつぶさに見える(ふだんおれが歌舞伎座で座る3階席からだと、細かいしぐさや表情をちゃんと見るには双眼鏡必携)。台詞の微妙なニュアンスだってこの小屋なら最後列でも全部聴き取れる。

んー。去年、先斗町歌舞練場で〈顔見世〉を見物したときにも同じように感じたんだけど、いろいろ理由があるとはいえ歌舞伎座にかぎらず現代の劇場ってのは芝居ほんらいの楽しみを満喫するにはちょっと大きすぎるのかもね。考えてみりゃあ明治以降、劇場の変わりようが歌舞伎そのものに影響を与えなかったわけはないよな。

たとえば世田谷のシアタートラムだとか、東京芸術劇場の地下のふたつのシアターとか、ああいう300席未満の劇場で歌舞伎をやったらどんなだろうってさ。ありえないけど、ちょっと見てみたい。

それにしても孝太郎、堅実で折り目正しい女形だと思ってたんだけども、ちょっと華が少ないというか地味な印象が今まではあってね。だけど今回の矢口渡はこの小屋独特の雰囲気を自分の演技にうまく取り込んで、ちょっと弾けた感じの見事な舞台を作ったようにおれは見たんだけどさ。

歌舞伎役者にも大劇場向きの人と、こういう小さい小屋で魅力を発揮できる人があるのかもしれないな。


(to be continued)

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by god-zi-lla | 2017-04-19 09:26 | 物見遊山十把一絡げ | Comments(0)