神はどーだっていいとこに宿る


by god-zi-lla

高橋悠治の日

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どうもこんにちは。

10日くらい前だったかな。御茶ノ水に出る用事があったんだかなかったんだか忘れたけど、ついでのようにユニオン「クラシック館」を覗いたんだよ。

それで新着のエサ箱を端からほじくっていたところ写真左の〈高橋悠治バッハ・リサイタル〉つうCBSソニーの盤を見つけたんでした。オビには「SX68MARK II」の文字、ジャケットには「昭和46年芸術祭参加」の金シール。んー、これは持ってなかったねえ。

高橋悠治のバッハというと〈Three Keyboard Concertos〉(OX-7033 ND)と〈Inventions and sinfonias〉(OX-7091-ND)つう2枚のDENONレーベルの盤を、もうずいぶん長いこと(まあ40年くらいは)愛聴してきたんだよ。

聴きながら高橋悠治の弾いたバッハってほかにもあるのかなあなんて何度か考えないではなかったけど、まあそこはズボラなおれのことですから調べもしなきゃ探しもしなかった。

なにがどういいのか高橋悠治の弾くバッハはと尋ねられてもウマく言えないんだけど、ジャズのレコードをよく聴くようになってからは高橋のバッハを聴くとモンクのピアノを思い出したりするようになったりしてさ。しかし、セロニアス・モンクのことなんか全然知らないころから高橋悠治のバッハを好きだったんだから、それとこれとはまるで関係がないんだけど、なにかしら(聴いてるおれにとっては)共通項があるのかもしれない。すくなくとも、どちらも「普通」ではない。それから、どちらも安易に泣いたり笑ったりするのを拒絶している。

もちろん一瞬の躊躇もなくエサ箱から引っこ抜きレジへ持ってった。バッハのなにをこのレコードで高橋悠治は弾いてるのか、じつはろくに見もしませんでした。レコード会社はソニーだし、おれが持ってる2枚はDENONだしダブってるわけないもんな。老眼鏡の「度」も最近合わなくなってるし。

結局その1枚だけを買い求めてユニオンを出たんだけど、国内盤の日本人演奏家のしかも70年代のレコードとしたら安いとはいえない2000円だったから、きっと探してる人は探してるんでしょう。すみませんね探してないおれが買って。

でまあ、ユニオンを出てうきうきと楽器屋の前なんか歩きながらその日はJAZZ TOKYOを横目で見つつパスして明治大学の前の坂道を下り、まだ時間があったもんですから靖国通りも渡ってすずらん通りの東京堂書店へ入ったんでした。

東京堂には〈知の泉〉って考えようによっちゃイヤミな名前のついた新刊台がレジ前にあるんだけど、これをぐるりと一周するだけで万巻の書物を読破したのと同じご利益があると言われている有名な棚でね。その日もその新刊台を端からぼおーっと眺めてたんだよ。

そしてぼちぼち1周するかというあたりで〈高橋悠治という怪物〉(河出書房新社)つう本が目に刺さってきた。写真の右。おーまたなんという偶然か。著者は青柳いづみこ。もうこの時点で気持ちの半分くらいは買うつもりになってるんだけど、いちおうパラパラと立ち読みし始めた。もくじを見ると最初の章の題は「グレン・グールド」とある。

まあ、それはあるだろうなグールドと高橋悠治を並べて比べるというのは。なんていかにも訳知りふうなツラで文字を追ってたら

 グールドはデビューCDが『ゴルトベルク』だったが、高橋の初バッハは一九七一年、アメリカ時代の後半、サンフランシスコ在住のころに、日本に一時帰国して収録した『バッハ・リサイタル』(ソニー)である。『パルティータ第六番』をメインに、『四つのデュエット』『三声および六声のリチェルカーレ』。現代音楽以外では初めてのアルバムだったが、非常に高い評価を得た。

思わず小脇に抱えてたユニオンの黒い袋を開けて確かめようかと思ったぜ。

いやしかし確かめるまでもない。いまさっきそいつを買い求めて駿河台の坂を下ってきたばかりじゃないか。そうなのか、これが高橋悠治の初バッハレコードだったのか。いやー面白いこともあるもんだなあ。おれが信心深い人間だったら神様にお礼を言ったりするんだろうな。

帰宅後、レコードも本も思いっきり楽しんだのは言うまでもありません。


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(引用文中『デビューCD』とあるのは重版のときに訂正されますように、版元様)




Commented by s_numabe at 2018-10-26 23:06
高橋悠治&バッハをめぐる興味深いシンクロニシティですねえ。その悠治さんの初バッハLP、今ではかなり探しにくい一枚です。呼ばれましたね。
青柳さんは著者用見本として届いた最初の一冊を眺めていてすぐ、その誤記に気づいて地団駄を踏んだそうです。増刷時に必ず訂正されることでしょう。
Commented by god-zi-lla at 2018-10-27 22:21
s_numabeさん こんにちは。

じつは東京堂で本を手に取ったまま、おっ、と声を上げてしまいました。こういうこともあるんですね。

しかも読み進んでいくと s_numabeさんの証言も出てくるじゃありませんか。

ぼくは世代的にそうなのか、高橋悠治を時代の先端にいる人として仰ぎ見るような感覚はまったくないのですが、思い返してみれば〈ことばをもって音をたちきれ〉と〈音楽のおしえ〉と〈たたかう音楽〉は10代のおしまいから20代のはじめころに読んでいます。内容はすべて忘れてしまいましたが。

しかし、それよりもDENONのバッハ2枚と、同じDENONのケージ〈プリペアドピアノのためのソナタとインターリュード〉の計3枚によって高橋悠治という名前が脳に刻みつけられました。

青柳さんの本を読んで、自分が高橋悠治のピアノに惹かれるのはなるほどそういうことなのかもしれないという「心当たり」がありましたが、うまく言葉にはできません。

しかしすぐれた文筆家で批評家でピアニストで、おまけに共演者でもあるなんて、「初めての高橋悠治論」は青柳いづみこさんというこれ以上ない著者を得たって感じですね。
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by god-zi-lla | 2018-10-26 12:09 | 常用レコード絵日記 | Comments(2)