神はどーだっていいとこに宿る


by god-zi-lla

レコードでも聴くか(しかし『前衛的』ってのはアレでしょ、いソノ先生)

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つうようなわけで端午の節句である。

上の写真、いつものニッパー君がちょっとだけ右に押しやられて桃太郎ご一行さまが割り込んでいる。息子の初節句の折、神戸の伯母が突然なんの前触れもなく送ってきた。30年前のハナシ。

まあ、そういう人だからお礼の電話を神戸に入れると、元町の商店街だかどっかでこれを見つけて、よく見たら桃太郎さんの顔がアンタに似てるから送ったというんだ。「アンタ」ってのはおれのことである。息子のことではない。おれってこんな顔してるか? はぁ? うちの奥さんは大笑いだ。

まあいい、まあいい。そういうおばちゃんだし昔っから。それにおれが小さいころはずいぶん可愛がってくれたし。ゴハンも作ってくれたし。

あー突然思い出した。このおばちゃんはゴハン作るのにすごい時間かかるんだよ。美味しいものこさえて食べさしてくれるんだけど、とにかく遅い。3時間は優にかかる。

おばちゃんはずっと独身で(戦前の、うんと若いころに出戻ったらしい)祖母と二人暮らしだったんだが、この祖母が相当な皮肉屋だった。おばちゃんがゴハン作り始めると、ゴハン出来るまで時間かかってお腹空くから近所でアナゴのおすし買うてきてあげる、と言ってホントに穴子寿司買ってきてくれたんだよ。それで、お腹空いたやろ、お上がりって。

おれはどうしたらいいんだかわからない。まざまざと思い出す。昭和50年ころのことであった。

その伯母が亡くなってもう10年以上経つんだけど、端午の節句になると五月人形といっしょにこれを引っぱり出してきて飾る。

じつは五月人形一式と桃の節句の雛人形一式、子どもたちが引き取っていくことは金輪際なさそうだし、そろそろどこぞのお寺さんの「人形供養」に引き取ってもらおうかなんて奥さんと話してるんだが、この桃太郎一行は伯母の形見になっちゃったから別だなあって。



しかし本題は桃太郎ご一行でなくレコードのほうである。

せんだってレコード屋じゃない店からレコードを買った。珍しく国内盤ばかり4枚、そのうちの2枚が上の2枚なんであった。

右はサド=メル・オーケストラの〈LIVE IN TOKYO〉で、コイツは今度見かけたときには必ず買おうと思ってた盤だったんだが、ぜんぜん珍しくもなんともない有名盤のくせに買おうと決めた途端出合わなくなった。これってなんなんすかね。ふつうに考えても、これがいちばんレコード屋で手にしやすいサド=メルのアルバムのハズなんだけどさ。でも、こういうことってよくあるんだよ。不思議だ。

左は日野皓正の71年ベルリン・ジャズ・フェスティヴァルのライヴ盤で、コイツは不覚にも全然知らなかった。植松孝夫ts、杉本喜代志g、池田芳夫b、日野元彦ds。ピアノレスで杉本喜代志がいてっつうと、これはフリー寄りの演奏だなと聴く前にジャケット見て思ったら案の定。つか、これまで知らなかったのがやっぱり「不覚」な中身なんであった。

これってやっぱ杉本喜代志ですよね。杉本が皓正に火を付ける。それを元彦と池田が煽る。いや煽るだけじゃなく池田のソロがまた聴かせるんだ。植松孝夫はちょっとだけ別路線(だけど、そこがまたいいんだ)。

それにしても日野皓正の「音」がいいんだよ。パパーンとかっ飛んでくるのにツヤっぽい。よく思うんだけど、音楽家ってのはどんなジャンルの音楽であれ、どんな楽器であれ、どう演奏するんであれ、鳴らす「音」が魅力的なら80パーセント、いや90パーセントはオッケーな気がする。

いやーしかしこのときメンバー全員20代だぜ。ベルリン・フィルハーモニーホールの客に一発カマしてやれっつう気合い満々だったんだろうな。いいわこれ。

そこいくとサド=メルは当時すでに押しも押されもせぬ一流バンドです。アタマから一発カマす必要はない。余裕綽々である。74年、ところは芝の郵便貯金ホールと平河町の今は亡き都市センターホール。「郵便貯金」も今じゃメルパルクホールなんてカタカナ名前である。

聴き始めて思ったんだが、なんかローランド・ハナpの出番が多い。御大サド・ジョーンズやバンドのスター格のペッパー・アダムスよりソロのスペースが大きい気がする。だいたい、ビッグバンドジャズでこんなにピアノがソロ取るのって珍しくないか。

そういえばローランド・ハナってサド=メルの同僚ジョージ・ムラーツbと組んで、この時期日本企画のアルバムをいっぱい作ってたんじゃあるまいか。そうそう。あのジョニー・ハートマンの吉祥寺サムタイムのライヴ盤もハナとムラーツが伴奏だったんじゃなかったか。いっときのこの二人の日本での人気ってのは、なんだったんですかね。

そんなふうに日本で人気があったので、ソロ増やしたってことあるかな。あるかも知れないな。

でね。このアルバムを聴いてみると、これまで聴き慣れたSOLID STATEレーベルのサド=メルのアルバムより全体にサラッと淡彩な感じにきこえる。ピアノソロが多いとか日本人エンジニアによる製作だとかってことも影響してるんだと思うんだが、あのヴィレッジヴァンガードのライヴのような炸裂するパワー感みたいのがあんまり感じられなくて少し物足らない。べつに手を抜いてるという印象はないけど、まあ海外ツアーだからそれなりに体力温存しつつ演奏するってのはあったかもな。

でもなー、せっかくビリー・ハーパーtsもメンバーにいるんだから、もうちょっとソロ聴きたかった気がする。もしかしたら会場ではほかの曲でしっかりソロ取ってたのかもしれないけど、このアルバムでは1曲のみ短いソロが聴けるのみでちょい残念なり(Complete Live in Tokyoなんて出してくんないかな。今さらそんなモン出すわけねーよな)。

ビリー・ハーパーといえば、このアルバムのライナーノートは懐かしのジャズ評論家「いソノてルヲ」氏が書いてる。それによるとコンサートのMCもいソノ氏だということでアルバム冒頭にその声がきこえる。ラジオでよく耳にした声だ。

でそのライナーノートを読み進んでみると、B面2曲目〈Little Pixie〉の紹介に

ローランド・ハナのピアノ、次がきわめて前衛的なカラーのビリィ・ハーパーのテナー、このようなソロでもオーケストラ全体の音とブレンドするから不思議だ。


いや、こう書いてあったもんだから、ビリー・ハーパーがそんなに「前衛的」なソロ取ることもあるんだーと、少し構えてどんなに前衛的なソロを吹いたんだろうと聴いてたら、なんとずんずん通り過ぎて最後のペッパー・アダムスのソロまでいってしまった。あれ? 前衛ハーパーはどこですか。

ビリー・ハーパーといえば60年代中盤までのコルトレーンの追随者という感じのテナーを吹く人です。だからこの人の音楽が「前衛的」だったことは一度もないと思う。それを「きわめて」なんて形容までするからどんなフリーキートーンを吹いてるんだって思うじゃんか。でも聴いてみれば74年という時代からしたら当たり前の、ハーパーとしてはちょい控えめなくらいの短いソロなんである。

71年ベルリンの日野皓正グループの音楽を「やや前衛的」くらいに言うならまだしも(ホントは71年でも、この演奏を前衛的とは言わなかったと思うけどね)、いやー、いソノてルヲ先生のなかじゃ「ジャズ」はそれよりずっと手前で止まってたんだろうな。

それにしたって「このようなソロ」って書き方がさ、なんかキチャナイものでも指でつまみ上げてるような書きぶりじゃんか。よっぽどキライだったんだろうなー。思わず気持ちが滲み出ちゃってるよなー。

いやいや、半世紀近くむかしのライナーノートを嘆くこたぁないじゃんか。
ぼちぼち頃合いだ。おしまいにしよう。


LIVE IN TOKYO / Thad Jones Mel Lewis Jazz Orchestra(日本コロムビア YP-7046-N)
HINO AT BERLIN JAZZ FESTIVAL '71(日本ビクター SMJX-10128)







Commented by 虎吉 at 2020-05-06 14:44 x
ゴジラ殿

こんにちは

本題のレコードでなく 桃太郎さんに笑わせていただきました
男前じゃないですか

連休最後 今日は朝昼の散歩での人出はそれなりです
空はかなり暗くなり 雨がいつ落ちてきてもって感じになりました
Commented by god-zi-lla at 2020-05-06 16:21
虎吉さん こんにちは。

こっちも朝から雨模様で、今また降り始めました。
降り始める前の午前中、このへんは京都のように名所旧跡もないので、今日は白金台の超高級住宅地を「すごいお屋敷だねえ」なんて言いながら散歩してました。

上の桃太郎の話は全部ホントにあったことです。このほかにも何回かいきなり理解不能のモノを送ってくれました。たとえば、そのへんのスーパーに売ってるお菓子とか。けっしてモロゾフとかゴンチャロフとかじゃなくてね(笑)
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by god-zi-lla | 2020-05-05 15:39 | 常用レコード絵日記 | Comments(2)