神はどーだっていいとこに宿る


by god-zi-lla

冬の入口の今日このごろ(さいきん見た芝居と、藤十郎の舞台など)

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だけど、意外に寒くならないとも言えるな。

それでも夕方ちょっと散歩に出たらプラタナスの紅い落ち葉。銀杏並木は色づく木もあればまだまだなヤツも多し。この調子だと東京近辺で本格的な紅葉を見ることができるのは例年どおり今月下旬以降だろうな。

土曜日は突如思い立って歌舞伎座へ。16時45分開演第3部の「一条大蔵譚(奥殿の場)」、松本白鷗の一条大蔵卿。思い立ったのが当日の昼ころなのに松竹のサイトを見れば目指す歌舞伎座3階席後方(普段だったら3階B席という場所)は1席も売れてない。ひゃあー、これはいったいどうしたことか。土曜日だぜ。白鸚だぜ。新聞に良い劇評が出たばっかだぜ。

実際入ってみても3階席後方の下手側半分に座ってるのは、わたしら老夫婦のみ。残りの上手側半分にしても4人か5人。んー、それもこれもみんなウィルスのせいだ。でも芝居は非常によろしい。普段だったら大向のおじさんたちも混ざる3階席いちばん後ろ(まさに『大向』っつうような場所)に座って、マスク越しに小さな声で何度か「こうらいやぁ!」とか「なりこまやぁ!」とか叫んで(キモチ的には)みたりもしたんであった。

今月の歌舞伎座もすでに第4部の「義経千本桜」の通称〈四の切〉は見た。獅童が初めて歌舞伎座で主役を張る舞台。獅童のほかは御曹司の少年たちと抜擢された名題役者というような配役で、これは見物のこちとらもいろいろ勉強になって面白い舞台なんでした。

ところでここんとこ新聞に載る芝居の劇評は、あんまり辛いことをどの筆者も書かない気がする。まあこういうご時世、芝居の初日を開けるだけで舞台にかかわる全員の大変な頑張りが必要でしょうから、いきおい芝居の質も上がってんのかもしれないけど、そこはなんとなく評者の側もそれを後押しするように普段だったらもう少し厳しいコトバにするようなところもちょっと表現を変えてる気がしてならない。

長い目で見てそれがホントに良いことなのかどうかわかんないけど(劇評も時が経てば『史料』のひとつだ)、今はしかしそれでいいのかもなあと思ってしまうんであった。だからまあ見物のこちとらも精いっぱい「がんばれよ!」の拍手を送ってるわけだ。

なんてことを書きかけたら坂田藤十郎が亡くなったとニュースに出た。11月12日に亡くなったのが14日に公表されてる。88歳。

ところで土曜日に見た一条大蔵譚には「吉岡鬼次郎女房お京」役で中村壱太郎が出ている。壱太郎は藤十郎の長男・鴈治郎の息子で藤十郎の孫にあたる。藤十郎の葬儀は身内で済ませたとあったけど壱太郎は休演せずに舞台を務めてる。藤十郎は芝居がすべての人だったというから、孫の壱太郎は舞台に立ち続けるのがいちばんの供養ってもんだろう(この情勢では代役を立てるわけにもいかんだろうし)。

話があっちゃこっちゃですいませんけど、おれのような歌舞伎初心者にとって何が超え難いハードルかといえば、老いた名優の出る芝居をどう見るかってことを一番か二番に挙げてもいいんじゃないか。国の宝と称えられる老優の、ホントに勢いのある時期を知らず「晩年」だけしか目にできないってことに、まあ巡り合わせで行き当たることがある。

その一条大蔵譚の「吉岡鬼次郎」役の中村芝翫の父、七世芝翫の晩年の舞台を一度だけ見た。傾城姿の七世芝翫が孫たちに囲まれて立つ舞踊劇でね。そもそもセリフのない「舞踊劇」というヤツが初心者には相当にハードルが高いんだから、白塗りのおじいさんが遊女の姿で登場するストーリーがあるかないのかもわからない舞台の一体どこをどう楽しめばいいのか、おれは途方に暮れるばかりだった。

坂田藤十郎はそういう意味じゃスレスレのところだったかな。

報道によれば去年暮れの顔見世、南座の「金閣寺」慶寿院尼役が最後の舞台だったそうだが、たまたまわたしらもその舞台を見た。座ったままの動きのない役だ。台詞も少ない。

その前年2018年の同じ京都の顔見世興行では藤十郎の当たり役のひとつ「冥途の飛脚」の忠兵衛、新口村の段を見た。相手役の遊女梅川は次男の扇雀だったがすでに足元がおぼつかない様子で、舞台奥、裏山の藪のなかへ逃れ消えていく最後のところでは「梅川」役の扇雀に手を取られてようやく歩いているように見えて、思わずこれじゃあどのみち追っ手に捕まっちゃうよなあと思ってしまったもんだった。

まあそもそも上方和事に出てくる主役の男はみんなイジイジとして優柔不断なヤツばかりで(そこが見どころなんだけど)、当然舞台の上をスタスタと闊歩したりはしないもんだが、いかに迫真的なリアルさなど毛の先ほども求めない世界とはいえこれはちょっと違うんじゃないかと、おれのような初心者はどうしても見てしまうんであった。その「衰え」の部分には目をつむって(=昔の記憶と刺し替えて)円熟した芸のみを見物するというのが出来ない。だってそんな「刺し替え用」の「昔の記憶」なんてないんだから。

ところがすでに80歳を過ぎていたと思うんだが、2014年春(つうことは82歳だったのか)、歌舞伎座で見た「曽根崎心中」のお初。まだ藤十郎が扇雀を名乗っていた若いころこの役を演じて一躍スターになったという当たり役のなかの当たり役というんだが、長男・鴈治郎の徳兵衛を相手にしたこのときはその年齢を感じさせなかった。なるほどこの役で一世を風靡したというのがよくわかる。可憐で一途で気丈な若い遊女「お初」が舞台にいるだけで、80歳を超えた「人間国宝のじいさま」なんてものはどこかに消えている。

あの舞台は見といてよかったなあと思う。もちろん若いころにくらべれば衰えてる部分はあったんでしょうけど、そういうとこに初心者の意識が行くようなことのない、「昔の記憶」なんて必要としない目の前の舞台だけ見ていれば十分な、色っぽくて切ない芝居だった。

一部の報道によると藤十郎はパーキンソン病を発病していたという。もしかすると「新口村」のおぼつかない足元はその前兆だったってことはなかったんだろうか。だからどうだということじゃないけど、老いによる衰えと病気(難病)とはやはり違うもんなあ。

プラタナスの紅い落ち葉で思い出したんだが、そういえば藤十郎の「乳人政岡」も見た。何年か前の国立劇場。「伽羅先代萩」のなかの〈奥殿〉という場の、坂田藤十郎の「政岡」。

「政岡」は若君の乳母に過ぎず、ずっと高位の役の女形が何人も登場する芝居なのに、まっ赤な着物のうえに打掛を羽織っている。この場面の主役だから。

このまっ赤な着物の藤十郎の印象も強烈だった。これ以外の場面での「政岡」役を次男の扇雀に任せるなど、自分のやりたいところしかやらないというような声も当時あったようだけど、そんなこたどうだっていいじゃないですか。

スターなんだから。

合掌



(散歩の話にしようと思ってたのに歌舞伎になっちまった。まあいいか)





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by god-zi-lla | 2020-11-16 13:14 | 物見遊山十把一絡げ | Comments(0)