いまの日本、アベがボトルネック


by god-zi-lla
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土曜日、ひさびさに娘と息子の来訪を許可し(笑)、4人で晩メシを食った。二人ともどうにか食いっぱぐれることもなく日々暮らしているようでなにより。パンデミックの時代を、なんとか生き延びてもらいたいモンである。

しかし思い返すと前回の「本の備忘録」のとき世界はもうズブズブの渦中にあったわけだ。早いもんである。つか、おれが年寄りだから早いと感じてるわけで、いつまで続くとも知れぬ事態に若い連中はガマンならない毎日なのであろうな。

こういうときは、どんどん時の経つのが速くなっていくジジイも悪かないなと思ったりしてね。

左から。

一億三千万人のための『論語』教室 高橋源一郎(河出新書)
抵抗都市 佐々木譲(集英社)
植草甚一コラージュ日記 東京1976 (平凡社ライブラリー)
居るのはつらいよ ケアとセラピーについての覚え書き 東畑開人(医学書院)



源一郎先生の論語教室を最初のうち寝床で就寝前にちょっとずつ読み進めてたんだけど、「寝落ち」ってんでしょうか近ごろ世間一般では。ひとつの項目を読み終わらないうちにコロっといくことが増えてさ。こりゃあいつになっても読み終わらねえじゃんと、昼間明るいうちに読むことにしてようやく読了。

しかしあれなんだな。おれはよくわかってなかったんだが「論語」ってのは王様、君主、宰相、政治家、高級官僚、行政官、司法官というような人々が正しいマツリゴトを行うために自分自身をどう律して生きるべきかということを先生が弟子に説いてるのがほとんどの書物なんだな。だかたおれら一般庶民がコトに当たってどう身を処すかなんてのとはちょっと違うんですね。つかそこいらの一般庶民より高潔な人間にならなきゃ良い政治は行えないと終始一貫孔子先生は教えてるわけだ。

それをこんな時代のこんなニッポンで本にしちゃった源一郎先生はすぐに翻ってこの国の現状を見ざるをえない。そしたら怒りがこみ上げないわけがないんだ。

だからそのへんがちょっと「超訳」っぽいんである。しかし、そこが源一郎先生らしくていいとこでもあるとおれは思うんだけど、思わない人も当然いるだろうなって気がする。

冒頭いきなり明治日本を震撼させた大津事件の描写である。あとで調べてみたら描かれている事態自体にたぶん「創作」はない。

そこから次章で一変、本郷通りは「クロパトキン通り」、日本橋から銀座を貫く中央通りは「グリッペンベルク通り」、竹橋のいまの毎日新聞社のあたりには「コサック騎兵連隊駐屯地」。それから日比谷交差点のカド、いまのペニンシュラホテルのところに警視庁本部庁舎があって、内堀に沿って交差点を右折して祝田橋のところに「統監府」(ロシア式『GHQ』というべきや)がある。それが日露戦争後11年を経た東京の姿なんであった。

読了後、いろんなことが脳味噌のなかをぐるぐるする小説ではあるけどそれら一切合切全部省略してひとつ言えば、こいつは上記のような「改変」を、脳内に広げた現在の東京都心部の地図上でリアルに「再現」できるかどうかで面白さが全然違ってくる小説だな。

しかし主人公は職務に忠実で有能な警視庁の警察官。そこんとこはまったくもって佐々木譲なり。

本のうしろの年譜を見てちょっとびっくりしたんだが、おれが植草甚一の文章(単行本でなくあちこちの雑誌に載る夥しい数の雑文)をリアルタイムで読んでたのはわずか4、5年の間のことだったんだな。つまり植草甚一は79年に亡くなってるから、おれが学生だったころの何年か。書名にある「1976」といえばおれが大学に入った年で、79年植草甚一が亡くなってすぐ後におれは就職した。

あの頃おれらが読むような雑誌のどれを開いても植草甚一が出てこないことはないような感じがあって、そういう印象がこの「日記」を読んでみて裏付けられたような感じがする。J.J.氏は二度目のニューヨーク行のための資金調達(旅費・滞在費というよりか古本の購入資金だな)のためにやたらめったら文章を書きまくり稼ぎまくる。だからときどき奥さまの「梅公」が通帳の預金残高を見せに来たりする。そしてその合間を縫って散歩しバスに乗り古本屋をめぐり毎日毎日なん十冊も本を買いまくる。そんなに買わないでニューヨーク資金に回せばいいのにと読んでるこっちは思うんだが、そういう倹約家・植草甚一の日記じゃあ多分ツマラナイ。

しかしあれだ。この一冊は晶文社から続々と出された全集〈植草甚一スクラップブック〉に投げ込まれた「月報」に掲載された日記の版ヅラをそのまままとめたものだから、ほんとは「読む」よりは「眺める」ほうが本来のような気がしないでもない。そしてそういうふうに眺めた感じでは、後半より前半のほうが筆記具もあれこれ変わったりバスの中で書いたブルブル震えた線のイタズラ書きが添えられてたり得手勝手な感じが溢れてて楽しい。

大佛次郎論壇賞をミョーな書名の本が受賞して選評を読むと面白いという。買ってみるとオビに「大感動のスペクタクル学術書!」なんてフザケた惹句が刷ってあるし、読み始めてみるとけっこう軽薄でおちゃらけた文体でどこが「学術書!」なんだと思うんだが、後半著者が「伏線の回収」といい始めるあたりから俄然重たくなってくる。

著者は京大で学位を取った臨床心理士で沖縄の精神科クリニックに就職して「デイケア」の実態に初めて触れる。そこがスタート。読むこっちは精神科の「デイケア」なんてまるで知らないがそのおちゃらけた文体にまんまと引っかかりつい先へ先へと読んでしまう。そうやって中盤まで一気に読み進められるんだが、それはまるごと後半矢継ぎ早に繰り出される「デイケア」と「セラピー」のあるべき姿と現場の実際つう重たいテーマを論ずるための材料だったということが判明。

いやいやこれは、そんなテーマに興味を持ったこともないおれを最後まで引っぱりきるすごい筆力だわ。








# by god-zi-lla | 2020-06-01 10:37 | 本はココロのゴハンかも | Comments(0)
1)「緊急事態宣言」が「解除」されたということを「安全宣言」が出たと「誤読」する連中が相当数出るだろう

2)その中には安心して一挙に元の生活パターンに戻ってしまう連中もあるだろう

3)さらにその中に「無症状あるいは軽症の感染者」がいる可能性を否定できない

4)いっぽう解除後少なくとも最初の1〜2週間は開放感から、繁華街などへの人出・公共交通機関の利用者が一挙に増えることが容易に想像できる

5)ということは「安全宣言」が出たと「誤読」した連中のなかにいるかもしれない無症状あるいは軽症の感染者が、その一挙に増えた人出に加わっている可能性を否定できない

☆★☆

しかしね。こういうときに他人様の行動をとやかく言ったって仕方ないです。こういうときは自分で自分の気のすむような行動をするしかない。

なので、過去に長い喫煙歴があってやや高齢・やや肥満・高血圧で、感染すればひょっとして「重症化→すごく苦しむ→死に至る」という危険のあるおれは、緊急事態宣言解除後も最低2週間からひと月程度は現在と同様の行動を続けるほうが当面は無難という結論に達した。

ほんとは映画館なんかが再開すればその日のうちにでも見に行きたいし、馴染みの店にもすぐに顔を出して酒かっ喰らってガハハハと馬鹿笑いしたいくらいなんだけど、グッとこらえてここはいちばん臆病者に徹することにする。

取り越し苦労に終わればいいんだけどね。

以上あくまでおれ個人の憶測で、なんの裏付けもない。
20代のまったく健康な若者が同じように考えるとは思ってないし、そんな必要もない。

そんなことを思ってる心配性もヨノナカにはいるっつうことよ。




緊急事態宣言解除を控えて臆病者の胸の内_d0027243_20032847.jpg



三田「随応寺」さんの掲示板の隅に新たに添えられた絵。





# by god-zi-lla | 2020-05-24 07:42 | 日日是好日? | Comments(4)
レコードでも聴くか(出口戦略とかそういう)_d0027243_14201666.jpg




ことじゃないのよ。たまたまなの。たまたまタイトルにEXITって入ってるの。

キース・ジャレットの古いアルバム、邦題を〈人生の二つの扉〉という。たまたまそこいらへんの壁に立てかけてあったコイツを聴いた。原題は〈LIFE BETWEEN THE EXIT SIGNS〉。やっぱ「扉」と「出口」は違うと思うんだけどね。「扉」には入口もあるし。

で、ふたつの「出口」の間であっち向いたりこっち向いたりしているジャケットの本人はまったくの若造だ。68年のアルバム。じつに小生意気なツラガマエだが、そりゃそうさ。23歳だもん。

生意気で思い出したがキース・ジャレットといえば若いころからライヴでお客に向かって、演奏が完全に終わるまで拍手すんなとか、演奏中は黙って大人しく聴いてろとか注文つけちゃあたびたびお客と悶着を起こしてたつうのは有名な話だ。つうかトシ取った今でもそれは変わってないとも聞くね。

まあなんつうかアレだな。そういう発言ってもんは、若いうちはなんて生意気なガキなんだコイツとかいう感じで、それはそれで「しょうがねえなあ」である意味すまされもする。なんたって生意気は若者の特権だもん。オトナと張り合ってこそ若者は若者なんですから。

しかしキース・ジャレットもいつのまにか巨匠とか大家とか、近ごろはレジエンドともいうか。そうなるとかつての生意気な若造のイチャモンも今じゃ「お説教」である。客は神妙に聴かなければならない。ばやいによちゃあそういう「マナー」をわきまえた聴衆だけに巨匠の演奏を聴くことが許される、というようなことにもなってしまう。

おれはキース・ジャレットのソロを一度だけナマで聴いた。78年だったかな、日本武道館。満席だったかどうかは覚えてないけどブドーカンでソロコンサートやったつう事実で当時のキース・ジャレットの人気が、あの〈ケルンコンサート〉のリリース以来どんくらいスゴかったかわかる(いまウィキペディア見たら観客12,000人だったそうだ。満席じゃん)。

でね。みんな神妙にシーンとして聴き入ってるんだ(7割くらいは若い女性客だったと思う)。途中で手拍子なんかしないし、最後の一音がBOSEのPAスピーカーから消えきるまで声も出さない。キース・ジャレットが立ったまま腰をクネクネさせながらピアノ弾いてたって「ヒュー」なんて指笛吹いたり誰もしない。

おれは友だちと二人で行ったんだけど、このお行儀の良さに度肝を抜かれちゃってさ。もしかしてリチャード・クレイダーマンのコンサートなんかもこんな感じなのかしらん。とにかくおれたちはボーゼンとして武道館を後にしたのであった。

いやそんなこたーどーだっていいんだ。このアルバムのキース・ジャレットはチャーリー・ヘイデンとポール・モーシャンの二人を従えてトリオで演奏してる。キース・ジャレットは自作曲ばかりをピアノだけで弾いてるんだけど内部奏法なんかもちょろっとやってみせる。フリーっぽくもしょっちゅうなるし、ケルンコンサートなんかでお馴染みのちょい透明感のあるフレーズもあちこちに出てくる。れいの声も当然きこえる(そういえばあのヨガリ声は武道館でもきこえたのかなあ、覚えてない)。

おれはなんだってできるんだぜ、イエーイ! 突然ですけど、この「なんだってできるんだぜイエーイ」がキース・ジャレットの最大の特徴なんだとおれは勝手に思ってる。どんなスタイルでだって弾ける。どんな曲だって弾ける。お望みとあらばショスタコーヴィチだってバッハだって弾いてみせる。どんな楽器だってやれる。どんなは言い過ぎかもしれないがサックスだって吹くしチェンバロだって弾くしマイルスがやれといやあエレピだってオルガンだって弾く。ソロだってトリオだってクァルテットだってやる。そうさ、おれは万能の天才なのさ。

アレもやれるぜコレもできるぜ、なんていう「ひけらかし」は大抵のばやいウンザリすることが多いんだけど、これも才能ある若者の特権みたいなもんで、いいトシこいた大人にやられるよりはずうーっといい。23歳の若造キース・ジャレットのこの愛すべき「ひけらかし」はだからけっこう楽しい。好きだね。なので棚にしまわずダラダラいつまでもそこいらへんの壁に立てかけてあったりする。なのでimpulse!レーベルの〈宝島〉なんかも好きだな。いろいろ芸をやってみせるキース・ジャレット。イエーイ!(静聴せよとキースは言った)

以上。

せんだってこちらのブログを読ましてもらって初めてリー・コニッツが先月忌まわしいウィルスの犠牲になって亡くなってたと知った。92歳。無念だったろうなあ。

それでじつはリー・コニッツのレコードを(そんなに持ってるわけじゃないんだけど)引っぱり出して聴き始めたわけだ。でまあ、そのことをここに書いてみようかと思いつつ聴いてたんだけどさ。そしたらターンテーブルに乗せるレコード乗せるレコード、どれもこれも面白くなっちゃって。ついやめられなくなって今も時間が出来るとリー・コニッツを聴いてるんである。

そんなこともありましてリー・コニッツのことは突然やってきた期間限定リトルマイブーム(そんなコトバあんのか)が終わってから考えることにした。

そういうときにたまたま目についたのがキース・ジャレットでね。それだけのことなんです。

すいません、だいたいこのブログはいつもそんなもんですから。




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(VORTEX 2006)


# by god-zi-lla | 2020-05-23 10:15 | 常用レコード絵日記 | Comments(2)