神はどーだっていいとこに宿る


by god-zi-lla

カテゴリ:震災・原発事故( 31 )

2018.3.11小石川後楽園

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14時47分、小石川後楽園の梅林で黙祷した。
あの日も梅は咲いてたんだろうな。

by god-zi-lla | 2018-03-11 22:54 | 震災・原発事故 | Comments(0)

白いゴハン

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けさも非常用の水20リットルをいつものように汲み替えた。

備蓄用白飯の5年の消費期限が迫ってきたので新しいのを買い求め、使わずに済んだ古い白飯36食はおれの昼メシと、独り暮らしの子どもたちの食糧になった。

これも使わずに済めばいいと思う。

去年は熊本へ行って、地元で小さな旅行会社を営む後輩から避難生活の厳しい話をいくつも聞いた。どんな備えをしたらいいのか、正直途方に暮れるような話もあった。

こんな白飯が役に立つのかどうかわからないけど、何もしないよりはずっとマシだろうと思う。

とにかくそれは自分自身のことだからね。
他人事じゃない。

by god-zi-lla | 2017-03-11 08:50 | 震災・原発事故 | Comments(0)

100リットル

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朝起きると毎日このポリタンク1本分約20リットルの水を洗濯に使い、水道から新しい水を補充します。ポリタンクは5本あるので外出していたりしなければ5日でひと回り。けさも、ああ5年目かと家族が起きてくるまえに台所の蛇口でポリタンクに水を汲みながら、なんとなく考えた。

しかしじっさいにはこのポリタンクに水を溜めるようになってから、まだ5年はたってない。なぜなら最初にこれを始めようとして息子と近所のホームセンターに行ったところ、いつもだったら山積みになって売られていたポリタンクが一つ残らず売れてしまった後だったんだな。まあそうだよな。みんな同じこと考えるよなあと、しかしポリタンクがないからヤメるというような問題じゃないので店内を物色して回った結果デカいゴミ用のポリバケツをひとつ買って帰ったんだった。

最初はそのポリバケツに水道水を50リットルほど溜めた。たしか都内の浄水場が放射能汚染されたというニュースを聞いた翌日だったんじゃあるまいか。もしかしたらすでに自分の住んでいる地域の水道水を賄う浄水場も汚染されてるかもしれないと思ったけど、原発事故はさらに悪いほうへ行きつつあるように見えたから、そうすると汚染がさらに進む危険もあると思え、まだそれほど汚染されていないかもしれないうちに溜めておこうと思ったんでした(幸いなことに汚染されなかったらしい)。

だけどね。50リットルの水というと50キログラムあるってことだから、一人じゃ動かすこともままならない。水道水だっていつまでも汲み置いておけば傷むわけだから、汚染さえ進んでなければやっぱり定期的に汲み替えたい(汚染されてしまったようだったら仕方ないけど)。とにかく最初のうちは難儀しました。

で再びポリタンクが売られ始めたのが5月になってからだった。しかもいちばん右に写ってる赤いヤツしかない。完全に灯油用だよな。でも仕方ない。まずこれを1個買って水を汲み、ポリバケツのほうは少し減らすことにした。

それからまた半月ほどたったころ白いのがホームセンターの店頭にならんだので、この時にまとめて4本買い求めた。それから5年弱、毎日毎日ポリタンク1本分の水を汲み替え、けさもまたあの頃と同じように汲み替えたのだった。

だからあの5年前のことを、おれは思い出さないです。なぜなら毎朝毎朝この水を汲み替えて、おれは何のためにこんなことをしてるのか、忘れられるわけがない。トラウマという言葉が当たるのかどうかわかんないけど、あの日東京の水道が汚染されたというニュースはもう死ぬまでおれのアタマを離れないと思う。アタマを離れないものを忘れようがない。忘れてないんだから思い出す必要がない。

そしてけさ思ったのは、あのときおれたち親子より先にポリタンクを買ってった人たちは、今日も水を汲んでるだろうかってことだった。まあ他人様のことはよくわからない。

20リットルのポリタンクを並べて保管しとく場所なんて、狭いわが家にはそもそもないんだよ。でも狭いからやらないということは考えもしなかった。今だってコレがなかったらウチのなかはもっとすっきりしていいのになあと思わないではないけど、ヤメようとは全然思わない。

家族4人で100リットルの水がどれほど役に立つのか、ホントのところはよくわからない。人間が生活していくのに最低1日3リットルの水が必要と何かで読んだけど、まあ「最低」というんだからそれではすまないって考えたほうがいいのかもしれない。ひとり1日5リットル使ったとして家族4人ポリタンク1本で1日、ということはこれで5日。おれの意識としてはこの水のあるうちに次の行動を考える、その時間稼ぎのための材料のひとつという感じなんだが、それにしてもこれで足りるのか。やっぱりよくわからない。

話は違いますけど、琵琶湖淀川水系を上水道として利用している人というのは1400万人くらいいるんだってね。ということは福井県の原発に事故があって琵琶湖が汚染されたときには1400万の人たちが水道水を使えなくなる危険性があるわけだ。人口1400万人というとどのくらいの範囲なのか、おれは近畿の地理に疎いので判りませんけど、京都と大阪という大都市がまるごと二つ入ってるんだろう。同じ水源を使う地域として。

その1400万人に水を届ける給水車ってのはどこから来るんだろうか。備えをしてるから大丈夫なんだろうか。とにかく原子力発電所が林立する地域のすぐ隣りにある水系を1400万人が水源にして生活しているというのは、考えてみたらすごいリスクである。おれからすれば井戸のフチに毒薬の瓶を、フタを開けていくつも並べてあるようなイメージだ。

たまたま判りやすいから関西のことを思っただけで、たとえば京都と大阪くらいの距離感にある東京と横浜でいえば、横浜市の水源は東京とは違う水系になっているから、まあ気休めくらいにはなってるのかもしれないが福島第一原発よりずっと東京に近い東海村にも原発がある。福島第一と東京の距離の半分よりも東京に近い。そこで何かあって関東一円の水源が広く汚染されたとき、給水車はいつどこから来るのか。あるいはまるっきり来ないのか。

この5年近く、そんなことについてあーでもないこーでもないと毎朝毎朝、水を汲み替えながら考えている。この先もずっとそうしてると思う。20リットルというと20キログラムあるわけだから、いまは平気でポリタンク持ってウチのなかを行ったり来たりしてるけども、まあ、あと10年か15年か。コイツを持てる間は汲み替え続けるしかないだろう。なにしろ原発ってヤツはもし廃炉と決めても、それからホントのお終いが来るまで半世紀近くもかかるっていうんだから。

そのあいだにこの5本のポリタンクのお世話になるようなことが起こらなけりゃ最高なんだけどね。

by god-zi-lla | 2016-03-11 15:52 | 震災・原発事故 | Comments(2)

Radio Activity

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この映画を渋谷のアップリンクで震災の数か月後に初めて見たときはぜんぜん気づかなかったんだが、始まってしばらくすると映像の背後でクラフトワークのRadio Activityが鳴ってるんだった。それに気づいたのはこの前うちで同じ映画をDVDで見てたときで、なぜいまこの映画をあらためて見てたかっつうと小泉純一郎が唐突に「脱原発」なんて言い出したからだ。

フィンランドは使用済み核燃料を最終処理のために国外へ持ち出すことも、ぎゃくに国外のそれをフィンランド国内で最終処理するために持ち込むことも法律で禁じていて、どうも個々の原子力発電所はそこで発生する使用済み核燃料をどのように最終処理するか明確にしないと建設が認められないことになってるらしい。

でこの映画に出てくるオンカロっていう使用済み核燃料の最終処分場はフィンランドに2つある原発のうちのひとつオルキルオト原子力発電所の近くに作られて、その2つの原発にある計5基(将来6基になるらしい)の原子炉から生ずる「核のゴミ」を一手に引き受ける地下500メートルにこさえたゴミ捨て場なわけだ。

ところでフィンランドって国はまた新たに1つの原子炉が設置されるくらいだから脱原発政策なんてことはぜんぜんないんだけど聞いてみると原発の設置・稼働についてはずいぶん厳格な基準を持ってるようで、原子力発電をこれからもエネルギー政策の重要な柱にしていくために相当な覚悟を持って臨んでるらしいってことがわかる。

その覚悟のひとつがオンカロっつう核のゴミ捨て場で、しかもそろそろ本格稼働だっていうのに映画を見てると原子力推進派も反対派も同じように10万年後なんていう途方もない時間、この施設を安全に保つことなんてホントにできるのかって真剣に悩んでる。その悩んでるのを映画にしたのがこの「100,000年後の安全」つう美しい映画なのだった。

しかし原発推進国であるはずのフィンランドにあるその施設を現場で見たらしい小泉純一郎がなんで脱原発を言い出したのか勝手にいろいろ考えてたんだけど、このオンカロつうゴミタメ(だんだんコトバが悪くなってるな)は映画によれば過去1億8千万年だかにわたって安定な地層を見つけてそこを掘り下げて作ったんだそうで、ようするに使用済み核燃料が完全に無毒化するのに必要な10万年という途方もない年月も1億8千万年にとっちゃ屁でもないってことだというんだな。

だけど翻って地震だらけの狭いニッポンのどこにそんな場所がいったいぜんたいあるっていうんだ。あるわけない。しかもあっちの原子炉はたった5基だけどこっちにゃ54基もあるっていうじゃないか。じゃあそこで生じてどんどん溜まりつつある使用済み核燃料をいったいどーすんのか。1億8千万年も動かない地層のあるフィンランドでもあれだけ悩んでるのに年がら年中グラグラ揺れっぱなしのニッポンがなにも悩んでないのはオカシイ。ましてゴミでさえそんなにアブナイってのにグラグラ揺れっぱなしのこの国土にそんなモンが54発もあるなんて、いますぐなんとかしなきゃトンでもないことになる。ということでもあったのだろうかと思うんだな。

まあそれはともかくとしてだな。この映画をしばらくぶりに見てあらためて思ったのは遠い未来を生きる人々にたいしてどう自分たちがこさえた危険物についての責任を全うするかってことを、推進派だろーが反対派だろーがどっちも真剣に考える感じがアリアリと見えて、いまの自国の経済をどう支えていくかについて考えたり行動したりすることのなかから、そういう未来への責任を除外して考えることは出来ないという確固たるものが彼の国の人にはあるんだなあってことでさ。

まあそれは振り返って見渡してみるとこっちの国にはないよなあっていうガッカリ感でも当然あるわけだが、そう思っちゃうとそのクラフトワークの放射能の歌がさらに気怠い感じに聞こえちゃってね。

ところでさっきふと思ったことがあるんですけどドイツが福島第一原発の過酷事故をきっかけにして脱原発に舵を切ったじゃないですか。だけど考えてみたらチェルノブイリのほうがずっと近所でしかもさらに過酷な事故で自国に及ぶ危険度からすれば圧倒的にあのときのほうがヤバかったはずなのにそうならなかったのはやっぱり「あれは程度の低い人為的ミスで、うちじゃあんなアホは絶対に起こさない」つう感覚だったんだろうかね。それに比べると福島で起こったことは人智を越えた自然災害で、ああいうものに万全な対応なんか現在の人類にできっこないっていう恐怖感が生まれたってことなのかな。

おれが映画のDVDを買うなんてめったにないんだけど、自分で見直すのはともかくなんかの機会があったら誰彼なく「見てみなよ」って勧めたいなってのもあって消えてなくならないうちに手元に置くことにしたんでした。

じつはせんだっての読書会のときにでも持ってって(おれのまわりでいちばん興味を持ちそうな人が多いのが読書会のメンメンだから)、だれかに押しつけてこようとしてたんだけど風邪でアタマがぼおーっとしててカバンのなかに入れて出るのを忘れちゃってね。

この映画はかならずしもゴリゴリの反原発映画ってわけでもないです。見ればそれはわかる。だけど彼の国は原子力がめちゃくちゃヤバいもんだって前提に立って原子力政策を維持してるってことも、そこはかとなくわかってくる。そこがこっちの国と絶望的なくらいに違うらしいってこともだんだんわかってくる。だからそこいらへんを考えつつ見てみるとこいつは(たぶん制作者たちは意図してなかった)なかなかに深いメッセージを極東のおれたちに送ってきてる映画な気がする。

またこんど持ってこう。



(10月14日追記)ニブさんが下のコメントのなかで教えてくだすったKraftwerk: Radioactivity (No Nukes 2012, Tokio, Japan)の映像です。
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by god-zi-lla | 2013-10-12 08:25 | 震災・原発事故 | Comments(6)

このまえの日曜日

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以下のようなことをおれのこの能天気なブログで書くのはあんまり好きじゃないんだけど、さいきんハッキリと震災の記憶が風化してるのがわかるニュースが多いので、書き留めておくことにしました。

先月の20日、友だちの墓参りに岩手県一ノ関へ昔の仲間と連れだって行ってきたばかりだったのだけど、こんどは還暦を過ぎた先輩とべつの仲間合わせて4人の道案内としてふたたび新幹線に乗って一ノ関まで行ってきた。

そのときはとくに書いておかなかったんだが墓参りを終えてからまだ新幹線で帰るには時間もたっぷりあって、しかしせっかくこうやって死んだ友だちに引っぱられてここまで来たのだしクルマで移動もしてるんだからと、そのあと国道をひたすら走って津波で甚大な被害を受けた気仙沼まで足を伸ばしてみたのだった。

今回は年嵩の先輩も一緒だったので一ノ関で墓参りをしたあと仙台まで戻って国分町あたりで旧交を温めつつ故人を偲び一泊して翌日解散するという予定を立てたところ、仙台にある会社に勤める後輩の強い勧めもあって翌日ホテルをチェックアウトしたその足でやはり津波で大勢のひとが亡くなった仙台近郊、名取市の閖上(ゆりあげ)地区をレンタカーに乗って訪ねてみた。

とくにリンクをつけたりしませんが、検索すればそのときこの場所でどんなことが起こっていたのか映像を見れば一目瞭然なので見てください。見て記憶を新たにしておくことが、おれら直接大きな被害を被らなかった者にはとくに必要なことだろうと思う。

先月気仙沼でもほとんど同じように何もなくなった風景を見たんだけど、すでにこうやって大半のガレキは片付けられているというものの、ここに住んで生活していた人たちがもういちどここでこの状態から町を作り上げて再び元のような日常生活を築き上げるということがどれほど困難なことかなんて、ことさら想像してみるまでもない。

せんだっての気仙沼はリアス式海岸特有の海の近くまで山が迫っていて、残された映像を見ていても大勢の人たちが津波に追われてその山へ駆け上がっていったのだろうと想像するんだけど、行ってみて驚いたのはこの閖上地区というところが三陸海岸とはまったく違ってみごとに真っ平らな平野だったことだ。

ガレキの渦に追われて逃げ延びる高台もなければ高い建物もほとんどないこの広大な平野を逃げるのがどれほど恐ろしかったことか。おれなんかにはちょっと想像もつかない。

この日曜日は母の日だったから、ところどころ花が供えられた場所があったのはもしかするとそのお宅のお母さんが亡くなったのかもしれない(目を凝らすと上の写真にも花が写り込んでいるのがわかる)。

それから小さな鯉のぼりが飾られていたところもあって、そこには男の子がいたんだろうな。
おれは年食ってすっかり涙もろくなった自覚があるけど、涙が出るのはそればっかりじゃない。

ここんとこ、震災でなんの被害も被らなかった西のほうのどうだっていいような県でもって、復興予算を横領(新聞には『流用』と書いてあったが違うだろが)して被災地にも被災者にもなんの関係もないカス道路かなんか作って屁理屈こねて言い訳してるゴミ役人のようなのがいた気がするが、おれらがみんな文句も言わず復興増税払ってんのは税金くすねてそんなことに使う火事場泥棒がまさか西のほうにうじゃうじゃいるなんて思いもしなかったからだ。

ところで上の写真は高さ5、6メートルのほんの小さな土盛りのようになったところにある日和山神社というのだそうですが、この頂上にあった祠も津波で流されて、いまここに建っているのは最近になって再建されたばかりのお社らしい。その登り口のところに下の写真の掲示板があって写真はクリックすると多少大きくなるので見てもらえばおおよその感じはわかると思う。
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おれたちはこのあと、ここから少しだけ海にちかいところ(もとは漁港の公共施設でもあったような場所なんだろうか)でやっていた「ゆりあげ港朝市」を覗きに行き、地元のひとたちが露店を出して魚や野菜やお総菜や乾物や、あるいはラーメンや水餃子を売っているのを1杯200円の熱いコーヒーを飲みながら冷やかしてきた。

で、おれが買い求めたのは味噌屋さんの露店で仙台味噌2kgと自家製の味噌漬けと、農家のおじさんが出してた店ではしきりにダイコンを勧められたんだが付いてる葉っぱが萎れたらモッタイナイ気がしたんで、となりにあったちょい育ちすぎのようなゴボウを200円でもらい、乾物の店でカタクチイワシの煮干しを1盛り500円で買ってオミヤゲにしたのでした。

いやーこの味噌漬けをウチに帰って晩メシに出してみたらこれがウマいんだ。
キュウリとかダイコンとかゴボウとか漬かってて、ちょっとマイりました。
この煮干しもいかにもいいダシが出そうな香りがしてるんだよな。
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by god-zi-lla | 2013-05-14 13:01 | 震災・原発事故 | Comments(0)

3月11日

2年たった。
by god-zi-lla | 2013-03-11 15:00 | 震災・原発事故 | Comments(0)

首相官邸デモ20120727

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夕暮れどきの朧月 足を蚊が食う 痒くても原発は動かすな
なんのこっちゃ。

27日は「お休み」なんて報道がけっこうあったけど、すごく大勢の人がいた。
だれかに動員されてるんじゃなくて、自分のキモチで来てるんだ。

また時間があったら行こう。

原発は1コもいりません。
by god-zi-lla | 2012-07-27 21:14 | 震災・原発事故 | Comments(0)

366日

この1年、震災や原発事故のことについて考えなかった日というのは1日もない。

あの日おれは家にいて、奥さんは揺れがおさまったあとすぐに自主判断で会社を早退、まだ走っていた都バスに飛び乗って帰ってきた。

娘も勤め先で仕事中に遭遇し、帰宅難民になった同僚を連れて夜遅く徒歩でうちに辿り着いた。

息子はたまたま就活で新宿にいてその日のうちに帰宅することができず、翌朝ようやく動き始めた地下鉄に乗ってよたよたと帰ってきた。

ありがたいことに、ウチはその程度ですんだ。

そしたら原発が火を噴いた。
テレビに映ったのは白煙と黒煙だけだったけど、
見えない「火」を噴いた。

それから少ししたら、東京都の水道水も放射能で汚染されたことがわかった。
すべての浄水場で放射能が検出されたわけじゃなかったけど、あの時点ではこの先、いや翌日、いやそのたった数時間後にも水道水がどうなるのかまったくわからなかった。

だから水を汲んだ。
近所のホームセンターに行ったら20リットルのポリタンクは売ってなくて、しかしとにかく水を汲み置かなきゃと思い100リットルのゴミバケツを買って、それに水道水をためた。

汲み置いたその水がすでに汚染されてるかもしれないとは思った。
だけど明日になったらさらに汚染が進む危険性があると思ったので、とりあえず汲んだ。

いまあらためて東京都健康安全研究センター発表のデータを見返してみると、東京都の水道水の放射性ヨウ素とセシウムが検出限界以下になったのは5月4日のことだったことがわかる。

ちょうどその5月に入ったころになって、ようやく20リットルのポリタンクがホームセンターの店頭にならぶようになった。

100リットルのゴミバケツに100リットル汲み置いたら動かすこともできないからね。
だからそのポリタンクを5本買って、今度はそこに水を汲み置くことにした。

以来きょうまでほぼ毎日ポリタンク1本分だけ新しい水に汲み替えることにして、常時100リットルの水道水をウチでは備蓄し続けている(ほかにミネラルウォーターも備蓄してますが)。

たぶん、おれがこの20リットル満タンのポリタンクを持ち上げられなくなる日がくるまで備蓄し続けると思う。まあ、あと20年くらいはなんとかなるんじゃないかな。

毎朝起きておれが最初にする仕事がこの水の汲み替えです。
汲み替えるたびに、なにか考えない日なんてない。

ただもう、この備蓄している水を使わないですむことを祈るしかない。
だけど、使う日が来るような気がしてならないんだ。

それが東京直下の震災のときなのか、
それとも原発にまた何かあったときなのか。

それはわからないけど、だからこれをやめようと思ったことは、まだ一度もない。
たった100リットルの水道水が、いざというときどれほど役に立つものなのかわからない。
だけどもう水を汲み置かなければやってられない日々に変わってしまったんだ。

けさもいろんなことを考えながら水を汲んだ。

東京に住んでるおれですら、そんなふうだ。
3月11日。
by god-zi-lla | 2012-03-11 08:07 | 震災・原発事故 | Comments(0)

通販生活

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通販生活ってカタログ雑誌がすごいことになってるって話はちょっときいてたんだけどね。誌名のロゴくらいは「ああ、あれね」って知ってたけどなにしろ今まで手に取ったことさえなかったもんだから、いったい通販カタログのどこで震災とか脱原発とか頑張ってんだか想像もつかなかったんでした。

ところがせんだって天野祐吉さんが朝日新聞のコラム「CM天気図」に、この雑誌のスポットCMをどこのテレビ局だかはわかりませんけど放送拒否したって話を憤りを込めて書いてるの読んで、へえー、そこまで前のめりにどんな雑誌作ってるんだろうってガゼン興味が湧いてきたもんだから、目黒行ったついでに有隣堂で買ってきた。
●一日も早く原発国民投票を
●「原発なしでは電力需要はまかなえない」のウソ
●落合恵子の深呼吸対談ゲスト河野太郎「原発が危険か安全かという話ではなく、核のごみの処分方法が帰化ってないのだから原発を止めるのが筋です」
●読者の皆さまへ 来年1月からの「あなた方を忘れない救援募金」は、福島の子どもの甲状腺検査活動に使わせてください。
●震災報道の影で忘れかけていた6つの問題。
●連載 人生の失敗 取材・文 溝口敦ゲスト後藤政志(元原子炉格納容器設計技術者)「福島第一原発の事故が起きて、いても立ってもいられなくなった。黙っていたら必ず後悔すると思い、表に出て発言し始めたんです」
●連載第85回 世界の原子力発電はいまどうなっているの? 原発震災から約半年経っても終わりは見えない。
んーむ。たしかに通販カタログ誌がここまでやるかよってくらい頑張ってて読み応えもあるし意識の高い雑誌なんだってことはよくわかるけど、じゃあこれはすごく過激な内容なのかってったらそんなこと全然ない。

どこの放送局だか知りませんけど、この内容の雑誌のCM拒否したってのは腰が引けすぎっていうんじゃなくて、ようするにだれだかわかんないけど、だれかの顔色みてるんだろうな。それは政府ですか。

もしかしてトーデンがテレビCMいっぱい打ってお金落としてくれる日がまたやってくるんじゃないかなんてこと、そのテレビ局のお偉いさんからお偉くないさんまで浅ましくも信じて期待してたりするんですかね。それでクライアント様のご機嫌損ねないようにふーふー膾を吹いてるとか。

いやまてよ。
ひょっとしてオンエアはしてないけどじつはお金だけトーデンから頂戴してるとか?
こういう脱原発とか反トーデンのCMを放送しなかったらお金あげるよっつう逆CM料金つか。

んー、ぜってーありえないとは言えないかも。

いやしかし、たいしたモンです通販生活。

で、それでもってちゃんと「脱原発時代の暖かい暮し。」なんつう暖房器具なんかの特集もしちゃってるとこが商売としてしっかりやってて良いですね。こう、なんていうかショーバイがね、真っ当です。テレビ局よか数万倍。

しかし、脱原発の記事もいいんだがあたくしはこれが気になって困っている。
「旨いご飯が食べたくて ガスコンロの上にかまどをつくってしまった。」
つうコピーが踊る、
かまどご飯釜 大1〜4合炊き15000円
これってかなり欲しい気がするんだな(笑)
ショーバイうまいぞ通販生活。
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by god-zi-lla | 2011-11-25 15:00 | 震災・原発事故 | Comments(2)
泣けてしまう。
まったく同感。

読んでみてくだされませ。
by god-zi-lla | 2011-08-21 12:49 | 震災・原発事故 | Comments(0)