神はどーだっていいとこに宿る


by god-zi-lla

カテゴリ:常用レコード絵日記( 833 )


SPレコード本末転倒日記 あるいは、音は二の次にしてでも聴きたいものをすぐ聴きたいだけなのよ。_d0027243_11552746.jpg



そんなつもりは全然なかったのに、なんかちょっとセピアっぽい写真になっちゃった。たしかに写ってるレコードは古いけどレコードそのものが「セピア調」なわけはないんである。でもまあいいや、SPレコードですから。

つうわけで、ぐるっと針を回せばSPレコードも聴けるGEのバリレラカートリッジを買っちゃったあの時、せっかく聴けるようになったんだからSPレコード買って聴いてみるしかないじゃんか。とにかくおれはそのとき生まれて初めてSPレコードを買った。

買って聴いてみると、わかってはいたんだがLPレコードにはない独特の味わいというか色香というか、えもいわれぬ何かがSPレコードを再生した音には色濃くあってね。そんなこんなで(どーせそんなことになるだろうとは予想してたものの)、つい最初の1枚を買ったあと2枚3枚とSPレコードを買うことになってしまったんである。

いっぽうでGEのバリレラカートリッジで聴くモノラルLPレコードにはダイレクトで若々しい音の楽しさがあるんだけど、かけるレコードによっちゃあ少し荒削りというかガサツというか、ようするにちょっと心穏やかに聴き続けられないレコードがあるのに気づいてしまったんであった。んー、そうするとモノラルLPはやっぱしオルトフォンCG25Diで聴きたいよ。

だけどね。モノラルLPは元のとおりCG25DiってことにしちゃうとSPレコード聴こうと思ったときにややこしい。GEはカートリッジ上部に切り替え用の回転軸が突き出てて、コイツをグリっと180度回してSPかLPどちらかの針先をセットするわけだ。これはGEだけ使ってるぶんにはすこぶる便利なメカニズムなんだけど、その回転軸があるため専用のヘッドシェルにしか取り付けられず、そのヘッドシェルのなかでカートリッジを上下にも左右にも動かせない。もしCG25DiとGEを取っかえ引っかえしようとすれば、針圧はもちろんオーバーハングからアームの高さから何から何まで、その都度調整し直さなきゃなんないわけだ。

はっきりいってすごいメンドい。そんなこといちいちやりたくない。でもモノラルLPもSPも分け隔てなく聴きたい。聴きたいと思ったときに速攻で聴きたいものを聴きたい。

で写真に写ってるのはオーディオテクニカ製AT-MONO3/SPつうカートリッジです。つまりなんちゅうかまあ、SPレコードの再生も出来るカートリッジがあるからSPレコードを買ったのにもかかわらず、こんだはSPレコード専用のカートリッジまで買い込んでしまったわけだ。

LPからSPへ、あるいはSPからLPへ。カートリッジをヘッドシェルごとパパっと付け替えるだけで、一切なんの再調整もせずに聴きたいレコードを聴けるようにしたいと思ったらこういうことになっちゃった。

オルトフォンにはCG65Diつう、CG25Diとは兄弟分のSPレコード用カートリッジがちゃんと現役でカタログに載ってます。姿形はまるで同じだ。コイツらなら多分なんの細工もなしに取っかえ引っかえできるはずだ。でもね、高い。ちゃちゃっと差し替えるだけでLPもSPもすぐに聴けるようにしたいっつう横着な願望だけで9万円もするカートリッジを買う勇気も予算もおれにはない。これがSPレコード五百枚も千枚も持ってるとかいうなら別だけどさ。せいぜい両手で数えられるくらいしか持ってないんだから、それはやっぱバチ当たりってもんだろ(いずれ五百枚になったアカツキには晴れて…、なーんてことを考えてはならぬのぢゃ)。

そのAT-MONO3/SPをフィデリックス製のヘッドシェルMIYCHAKUに取り付ける。MITCHAKU、通称みっちゃくん(おれしかそう呼んでませんけど)は今おれが一番気に入ってるヘッドシェルだというのはもちろんだが、コイツの自重がかなりあるというのが大事なんである。

自重33グラムくらいあるオルトフォンCG25Diと、なんの調整もぜずに取っ替え引っ替えしたいのよ。オーバーハングはオッケー、オルトフォンと数値を合わせるのになんの苦労もありません。高さもまあ許容範囲だな。

CG25Diは針圧4グラムで鳴らしてますが、オーディオテクニカAT-MONO3/SPの針圧印加範囲は3.0〜7.0グラムで標準5.0グラムと説明書にある。じゃあ5グラムくらいで使うのがいいとこかな。なにしろマイクロMA505Sの針圧印加目盛りは3.0グラムが最大である。オルトフォンの4グラムだって、1グラム分はバランスウェイトを前に出して加えるっつうインチキをやってるわけだ。ホントは7グラムって針圧をぐいっとかけてやりたい気がしないでもないんだけど、さすがにトーンアームの仕様の倍以上かけるってのはね。でも「標準」の5グラムはかけてやりたい。

しかしAT-MONO3/SPってカートリッジがけっこう軽い。説明書には6.8グラムとある。ヘッドシェルMITCHAKUが16グラムと重量級ではあるものの、カートリッジと足したって22.8グラム。CG25Diより10グラムくらい軽い。コイツらをなんの調整もせずに付け替えるだけで使えるようにしたい。

で、このようにした。まずCG25Di装着状態で針圧を実測4グラムでセットする。もうトーンアームはいじくらない。それをAT-MONO3/SP(とMITCHAKU)に付け替えたとき針圧が実測5グラムになるようにする。すなわち自重の軽いぶんを補ったうえで、針圧の不足分1グラムを補う。

鉛板を乗っけてやりましたさ。みっちゃくんの背中にたっぷりと。写真のとおりでございます。ジャンク箱ひっくり返したら出てきた厚さ1ミリメートルくらいの鉛板から、ヘッドシェルの背中に乗っかるサイズを切り出して貼り付けた。1枚じゃ全然足らなくて二枚重ねにしたところ、まだ少々足らない。仕方ないのでさらに小さいカケラを切り出して乗っけてみると、ようやくなんとかなった。

それをふつうの事務用両面テープで取り付けてやろうと思ったら粘着力がまるで弱く、鉛のカタマリが「みっちゃくん」の背中からズリ落ちそうになってアセった。そこでコレならどーだとブチル系のちょい肉厚の両面テープで貼り付けてみる。その状態で実際の針圧を計ってみたところ5.3グラム。テープの重さが加わってしまった。かまうもんか。

つうのが上の写真なんでした。

まあ神経こまやかで物理法則を重んずる真っ当なオーディオマニアは絶対こんなことしない。そうでしょうそうでしょう。でもこれでCG25GiでモノラルLPも楽しめるし、SPレコードも心おきなく買えます。いや、聴けます。めでたしめでたし。

つうわけで、うまく出来た記念にSPレコード買っちゃった。へへへ。いかんね、どーも。レスター・ヤングのA面が〈Foggy Day〉、B面に〈Down 'N Adam〉。メンバーはジョン・ルイスp、ジーン・ラミィb、ジョー・ジョーンズds。タイトルには〈Lester Young and His Orchestra〉とあるけどクァルテット。1951年5月8日ニューヨーク録音だからもうLPの時代だ。

レスター・ヤングの最盛期は兵隊に取られる前だっていうけど、おれはいつの時代のレスター・ヤングも好きだなあ。優雅でしなやかで、なおかつ男らしい。でもSPだから、なんかあっけなく終わっちゃう。え? そこまでなの、みたいな。しかしきっと慣れちゃえば、そこもまたSPレコードのいいとこと思えてくるのかも知れないな。

Mercuryレーベルでノーマン・グランツのプロデュース。同じレコード番号〈8946〉のままClefレーベルのヤツもあるけど、グランツが〈Clef〉を作ったのが51年というからMercury盤のほうが先なんだろうな。

しかし、いい音だわ。たまんないよ。



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by god-zi-lla | 2020-03-31 20:05 | 常用レコード絵日記 | Comments(0)



つうわけで毎日いろいろありますけど、最近いちばん聴いてるのはこの人のアルバムなのだった。

ずいぶん前(もしかして2年くらい前か)のことだけどYouTubeの〈Tiny Desk Concert〉のチャネルをぼんやりとあれこれ聴いてたところ、たまたま上の映像に行き当たったんである。おー、なんだかこの、おじさんバンドを従えて歌うメキシコの可愛らしいシンガーがやけにいいじゃんか。

Natalia Lafourcade、ナターリア・ラフォルカデでいいのか? だいたい名前をなんて発音するのかすらわからない。けど、なんかいいなあ、もうちょっと聴きたいもんだと、たまたますぐに買えるCDを(つまり選ぶ余地はなかった)1枚買ってみたんであった。

ウィキペディアを見るとメキシコの人だってことしかわかんない(それだけだったらYouTubeで本人が演奏の合間にちょっとだけ喋ってること聞いてりゃ、おれにだってわかるって)。届いたCDはと見れば、これがスペイン語だけでやんの。でもね、それでもいっこうにかまわない。音楽ってな聞こえるものがすべてなのさ(なんちて)。

上のTiny Desk Concertの演奏はわりかしメキシコ、メキシコしてるっつうか、おれのようなモンガイカンが聴いても、あーこれはメキシコの音楽だなあって感じにきこえる。それに対してたまたま手に入れた〈Un Homenaje Al Folclore Latinoamericano En Manos De Los Macorinos Vol.2〉ってアルバムはもっとヴァラエティ豊かに汎ラテン的つうか、ちょっとボサノヴァっぽいトラックとか、哀愁が溢れに溢れて、あーこれ聴いてると日本のムード歌謡曲ってこういうとこにご先祖様がいるんだろなーって感じのトラックとか、じつにさまざまですごく楽しい(すまん。ラテン音楽に詳しい人だったらいろいろ説明できるんでしょうが)。

だけどいっときあんまり聴いてなかったんだよな。それがこないだ、ふと思い出して久しぶりに聴いてみたんだ。そしたら案の定いい。

ふだん、おれはなんつうか癒されたくて音楽聴こうなんてまるで思わないんだけど、たまにはそういう時間があってもいいとは思う。

ブログに書いたことがあったかもしれないけど2011年の震災の後そんなに間を置かないころ、細野晴臣が〈Hosonova〉っていうこぢんまりとしたアルバムを出してさ。タイミング的にいって震災のときには完全に出来上がってたはずのこのアルバムが、なぜかドンピシャあの時期の沈鬱でいたたまれないような不安の日々のなかにじわじわと染みてきてさ。あの年の4月5月くらいは、このアルバムをたぶん毎日どころか日に何回も聴いてた気がする。

それでね。あれから9年たった2020年3月は、このメキシコのシンガーのアルバムがじわじわとココロに染みてくるもんだから、ほとんど毎日のように聴いているわけだ。

するとさ。あのころとは逆にさ。そんなふうに染みてくる音楽があるってことは、つまりおれの心持ちのなかにあの2011年の重苦しい気分に近いものが少し兆し始めてるってことなんだろうなあと思い当たってしまうんであった。

あーいや、そんな辛気くさいことを書くつもりじゃなかったんだよ。そんなことはともかくこのNatalia Lafourcadeつうメキシコの若い女性歌手の声と音楽が、なんともいえない心地よさだもんだからさ。

ちょっとイヤな感じに凝り固まってしまいそうな気分を、ちから任せじゃなくゆっくりとほぐしてくれる。このひとのアルバムと、先日ちょっと書いたジェイムズ・テイラーが出したばかりのスタンダード集がいまこの時期のここにあって、ほんとに助かったなあと思う今日このごろなり。



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Un Homenaje Al Folclore Latinoamericano En Manos De Los Macorinos Vol.2 ( Sony Music Latin 19075822822 )



by god-zi-lla | 2020-03-25 23:57 | 常用レコード絵日記 | Comments(4)
年金生活者にも手の届く「レコードの静電気とりのぞ器」、なんつて。_d0027243_10270349.jpg



つうわけで、こういうのはどーだ。

〈NON-STAT〉つう製品名がそのものズバリの、フィデリックスから出てるレコードの静電気をプラスイオンを発生さして中和するキカイなのであった(詳しい技術情報はここ見てたもれ)。

それというのもですね。もうずいぶんと長いこと使い続けてきたレコード静電気除去箱〈SK-EX〉がさすがにボロっちくなって、ハコそのものは壊れかかってるし中に貼ってある静電気除去シートもよーく見ると結構キチャナイ。静電気を取り除く代わりに汚れをくっつけられそうなくらいなもんじゃないですか。

そういやこれ買ったのって結構昔だったかなと古いブログをひっくり返してみると、ありゃま2008年の5月だからそろそろ11年になるんでやんの。そりゃあキチャナクもなるはずじゃん。

でまあ、根がシミッタレのおれもさすがにこれは買い換え時期ってモンだろうと調べてみたところ、どうやら今あるのは〈SK-EX III〉つうのが最新ヴァージョンならしい。お値段は28,000円ナリ。

んー、そんなにしたんだっけか。そうだよな10年前でもそんくらいした気がする。それにしたって結構たっけーじゃん。このおれがそんなお値段のブツを(しかもホントに効くんだかどうだか怪しげなハコを)よく買ったもんだ。

そういやその年の3月末で会社ヤメてきたんだった。

そーか、きっと退職金が出たから買ったんだな。

それにしちゃ28,000円はケチくせえ。結局おれらしかったってことか。ちぇっ。

まあそれはともかくとしてだな。退職金どころかそれから10年たって今は年金生活者のおれに28,000円の買い物はちょっと決心が必要である。なにしろアレだ。それ自体が音出すモンでもなく見たり聴いたりして楽しいモンでもないしさ。

それで、どうしようかなあなんて思ってたら去年の暮れあたり、フィデリックスのプラスイオン発射装置を雑誌で見つけたんでした。しかもお値段16,500円とある。なんとまああのハコより1万円以上安いじゃん。

フィデリックスといえば先般、上下に可動式のピンが出てるヘッドシェル〈MITCHAKU〉通称「みっちゃくん」(おれが呼んでるだけですけど)が理詰めな仕組みの音の良いヘッドシェルで立て続けに二つ買ってしまったくらいだから、ここの製品ならイケるんでないか。サイトの解説を読んでみれば、なるほどという感じだしさ。

写真のごとく、ケースの短辺のところに丸い穴が開いてる。上面のスイッチを押すと電源が入り、ケース長辺下のほうには銅箔テープが見えてますけど、それはケース下面を横断するように貼られていて、スイッチを押したらそこに指を触れたまま丸い穴をターンテーブル上のレコードに向ける。すると、その穴からプラスイオンが発射されるんである。プラスイオンはもちろん見えませんけど、ほのかに臭いがする(いわゆるオゾン臭ですかね)。電源は006P9Vの積層乾電池。

それをレコード片面ごとにやる。

このテのレコードの静電気除去のためのプラスイオン発射機ってずいぶん昔からいろいろ出てたけど、おれは初めて試してみたんだよ。まあそういうモンもあるんだなあと知ってはいましたけど、まわりに使ってる人もいなかったしね。それにやっぱりお値段は高かったし、そんなカネがあるんだったらレコード買ったほうがいいじゃんて気分は今よりずっと大きかったしね。

で、手に入れたのが静電気バリバリの冬の日々でもあったわけだ。まあSK-EXくらいの効果がありゃあ御の字だよなと思いつつ、スイッチ入れて盤面に穴を向け待つことおよそ5秒。それから針を下ろす。


なのであった。正直言ってここまでノイズが減ると思ってなかった。スクラッチノイズだと思ってたもののかなりの部分は静電気が引き起こすノイズだったってことか? いや、SK-EXだって入れるのと入れないのとじゃノイズの量がハッキリ違うんだが、そんなもんじゃなかった。

あたー。つまりアレか。こういう製品はおれが知ってるかぎりでも半世紀くらい前にすでにあったハズだよな。つことは、その頃からこういう効果について知ってる人がけっこういたってことなんでしょうか。いや、きっとそうなんだろうな。

フィデリックスの解説でもそういう製品が大昔からあったことに触れていて、たまたまこういう製品に活用可能なトランスが400個手元に残ってたので企画開発したと書いてある。しかもそういう先行製品をブッチ切るような絶大な効果があるなんてことはこれっぽっちも書いてない。なんとまあ奥ゆかしいことかとも思うけど、つまるところ昔からそれだけの効果があるということが知られてたから製品化しましたってことなんだろうな。

さて今日はもう春のような陽気の東京だ。ターンテーブルの上でA面B面ひっくり返すだけでバチバチきてウンザリする1月2月に使い、こいつはなかなかの優れモンだと大喜びしてましたけど、徐々に気温湿度の上がってくるこれからの季節はどう聞こえるんだろう。そのへんのところは1年通して使ってみなきゃわかんないけども、それなりに効果を通年で発揮する気がしてる。

ぼちぼち壊れかかって小汚いあのハコは処分してもいいかもな。





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by god-zi-lla | 2020-03-11 13:33 | 常用レコード絵日記 | Comments(2)
まあいろいろありますけど、たまにはヘビロテのエントリでもデッチ上げるかと、さいきんよく聴いてるアルバムのうち24/96のファイルになってるヤツだけ選ってみた。

つっても、そんなにいろいろしょっちゅうダウンロードしてるわけじゃないけどね。どうでもいいようなのはAppleMusicとかYouTubeとかでつまみ食いしてりゃいいんだから、もうカネ払ってダウンロードしちゃえばそれはヘビロテと決まったようなモンでもあるわけさ。

で最初は出たばっかりのジェイムズ・テイラーの〈American Standard〉なり。


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なんかさ。ある年頃になるとなのか、功成り名を遂げるとなのか、それともたんにレコード会社がお膳立てしただけなのか、それまでスタンダードナンバーなんか縁もユカリもなかったような人たちがそういうアルバムを作るじゃんか。リンダ・ロンシュタットとかロッド・スチュアートとかボズ・スキャッグスとかエルヴィス・コステロとかさ。あーエアロン・ネヴィルなんかもそうだな。

でさ、ほぼ例外なくゴーカなオーケストラとか、おサレななジャズ・ピアノトリオとかを従えたりなんかしてね。

そりゃまあそれなりの方々のアルバムですから悪かろうハズもないんだ。げんにあたしらなんぞのよーなものでも愛聴したりしてるアルバムはけっこう多いですから、文句なんてぜーんぜんないですその点について一切。

でまあジェイムズ・テイラーのばやいもそのようなモンかと思ったら、さすがというのかナンというのか、この人は優しい声で穏やかな自作曲を穏やかに明朗に歌う人ではありますけど、その路線を崩すことは鼻毛の先ほどだって考えるもんじゃあないぜっつう頑固一徹の人でもあったんだねえ。

ここにはゴーカなフルオーケストラもいなけりゃジャズピアノのトリオもいない。じゃっかんのサポートメンバーを従えて(ジョン・ピザレリとかすごいメンメンではあるが)ギター弾いてテイラーが歌う。ただし歌ってるのは自分の曲じゃなくて〈私の青空〉とか〈ムーン・リヴァー〉とか〈ニアネス・オブ・ユー〉とか〈オールマン・リヴァー〉とか〈イッツ・オンリー・ア・ペイパームーン〉とか14曲。

おれ、どっちかっつうとジェイムズ・テイラーって昔っからべつに好きってほどでもないんだけどさ(優しいイイ人っぽいとこが苦手なのかしら)、これはなんだか痛快でサイコーな気がする。出たばっかだけどもう何度も繰り返し聴いてます。

自作自演歌手が他人の曲を歌ってるアルバムとしたらキャロル・キングのクリスマスソング集と双璧で好きだな。

HDTracksでダウンロード。


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つぎは「くっすん大黒」じゃなくて「プッスンブーツ」つうミョーな名前のバンドの〈Sisiter〉。

よくわからんが多分まん中がノラ・ジョーンズだな。ノラ・ジョーンズはなんかいろんなグループ(きょうびは『ユニット』とかいうんかね)をやってるみたいだけど、この人らがどーゆー人らなのかよくわからない。もう何枚もアルバム出してんだってね。なんかカントリーっぽいのをやってるというので聴いてみたら、なかなか楽しいので近ごろよく聴いてます(つか、最近出たのか)。

わりかしのったらのったらした感じで、才気煥発とかそういう感じじゃ全然なくテキトーっぽく聞こえるとこも結構あったりして、なかには聴き覚えのある曲もあるんだけど、まあそういうことをあんまし詮索しないで楽しんでたほうが良さそうなユルさがあるな。

基本ノラ・ジョーンズが歌ってるけど、あとの二人が歌ってるところもある。これも言ったらまあ、ジェイムズ・テイラーと同じように功成り名を遂げた(つまりレコード会社の経営に十分寄与した)音楽家が、ある程度好きなことを好きにやってるつうところがあるのかもね。

この、なんとはなしの大ざっぱさがいいとこかな。同じようにゆったりはしててもジェイムズ・テイラーのアルバムにはそういう印象は皆無だけど。

これもHDTracks。



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これも好きなことやってるっちゃあ好きなことやってるなあ。内田勘太郎のスライドギターのソロです。アルバムタイトルを〈桃源郷〉という。

内田名人がジャラジャラジャランと弾いてるのは〈京都慕情〉、〈夜霧よ今夜も有難う〉、〈赤いスイートピー〉、〈男はつらいよ〉とかね。かと思えば〈スターダスト〉とか〈エヴリバディ・ラヴズ・サムバディ〉とか〈サマータイム〉とか和洋問わず古めの名曲を好き放題に。

こういう名曲をマイスター内田は名曲のメロディを優しく素直にスライドギターで奏でてる。まあ鶴岡雅義がレキントギターで几帳面に弾いてるのとは違うから好き嫌いはあるでしょうけど、フェイクしたりアドリブかましたりしてるわけじゃないからなんの曲やってんのかわかんないなんてことはない。いやーシミジミとしていいよなあ。

でここまでスライドギターでメロディをキモチ良く奏でることに専念してきた内田勘太郎がラスト〈教訓1〉。あの加川良の反戦フォークソングだけを「青くなってしりごみなさい にげなさい かくれなさい」ってギター弾きながら歌ってんだよ、優しい声でもって。

これはOTOTOYから。



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それから、〈If You're Going to the City: A Tribute to Mose Allison for Sweet Relief〉。モーズ・アリソンのトリビュートアルバム。これがまたいいんだよ。モーズ・アリソンをトリビュートしてんのはジャクソン・ブラウン、イギー・ポップ、リチャード・トンプソン、ボニー・レイットといったてんでバラバラのメンメンにモーズ・アリソンの娘エイミー・アリソンなどなど。

いやなんつうかモーズ・アリソンの曲をふつうにやるだけで、哀愁のあるようなお茶目なような明るいような人を食ったような音楽になるわけなので、各自自分なりのふつうでもって楽しんでやってる感じがじつによろしくて、そうするとそれでもうモーズ・アリソンを十分トリビュートしちゃってんだなあと。

おれはどれかひとつと言われたらイギー・ポップがタイトル曲〈If You're Going to the City〉を歌ったトラックかな。最初はボニー・レイットが目当てだったんだけどね。全部聴き通してみたらボニーも悪くないんだけどここは自分でも意外なことにイギー・ポップで決まりなのだった。

これもHDTracks。


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最後はこれでどですかでん。ビル・フリゼールの〈Harmony〉。ジャケ写右端にいるのはペトラ・ヘイデン、故チャーリー・ヘイデンの娘でカントリー系のシンガーなわけだがそもそもお父さんがそっちから来た人だからな。

これはもうビル・フリゼールご一行さまによる盤石のアメリカーナ・アルバムなり。これは去年ダウンロードしたんだが、ずっと聴き続けてる。結局おれ、いわゆる「アメリカーナ」と呼ばれている音楽が好きなんだな。そして、そういう名前のないころからビル・フリゼールはそういう音楽を作り続けてる。

でジョー・ヘンリーがプロデュースする音楽も「アメリカーナ」と呼ばれるわけだけど(つか、いまやヘンリーは『アメリカーナのアイコン』なんて言われ方すらされる)、そこはやはりビル・フリゼールの作る(あるいは、かかわる)音楽とはそこはかとなく異なってて、ビル・フリゼールの音楽は当然本人のギターがキモなんであった。

これもHDTracksで。

いまや大抵のダウンロードファイルはe-onkyoとかOTOTOYとか国内のサイトでも入手できるんだけど、国内サイトのほうがずっとお値段の高いことがほとんどでさ。たとえば最初のジェイムズ・テイラーのアルバムはHD Tracksでは20.98ドルで、ダウンロードした日のレートで邦貨2,390円だった。

ところがe-onkyoで同じものをダウンロードしようとすると3,871円もするじゃないか。これだけ違えば少々メンド臭くってもHDTracksで買うしかないのよ。前にも書きましたけどHDTracksなどに正面切って入っても、こういうメイジャーレーベルの音楽は日本からではプロテクトがかかってて買えない。なのでログインした後VPNに切り替えて目指すアルバムを「買い物カゴ」に入れた後、再びVPNを切って決済しダウンロードするわけだ。

今も昔も高い国内盤を買わず安い外盤を買うっつう、まったく同じ消費行動なのであった。
しかもレコードCDと違ってファイルをダウンロードする場合、国内サイトのぶんには日本語解説や訳詞が付いてるかってばそんなサービスもない。高いぶん日本の消費者にメリットがあるわけでもなんでもなけりゃ、そりゃあ安いほうから買うさ。

ラクして商売しようったって、そうはさせねえ。
なんつて。






by god-zi-lla | 2020-03-07 12:13 | 常用レコード絵日記 | Comments(2)
たまには王道の名盤でもどうっすか(The Popular Duke Ellington)_d0027243_17355083.jpg



来週は上野のコンサート、三宅坂の歌舞伎、池袋の芝居と三つもあったお楽しみが揃いも揃って全部中止になっちまって、なんかもう、ずずーんと気分が沈んじゃう今日このごろである。

まあこういときはやっぱ室内遊戯なんでしょうかねと思わんでもないが、どこも人出が少ないんであればお出かけしたほうが安心だったりしてさ。この時期、梅見はもう仕舞いかね。

しかしアレだよな。少なくとも根も葉もないデマに付和雷同してトイレットペーパー買うのに押し合いへし合い行列したりするのは、どう考えたって「本末転倒」ってモンだと思うよ(ホントに落とし紙が足らなくなって買いに行った人は困ったろうな)。

なんだか気詰まりなこういうときこそ、穏やかに心安らかに聴けるポピュラーな名盤だよ。あんましムツカシイもん引っぱり出して聴いてると眉間のシワがどんどん深くなっちまうんじゃあるまいかしらん。

つうわけで、たんなるコジツケなんですけど〈The Popular Duke Ellington〉である。ポピュラーなデューク・エリントンである。カタカナにしただけである。

いわゆるひとつの「エリントンナンバー」のなかでもひときわ有名どころが〈A列車で行こう〉を先頭に揃いも揃ってA面B面を占めている。だからポピュラー・エリントン。つまりそのまあ、なんつうか「ベスト盤」のようなモンといっても悪かないのではあるが、間違っちゃいけないのは既発盤からの寄せ集めじゃなく、このアルバムのために録音されたトラックがすべてである。

写真の右側は40年近く前に買った(最近こんなんばっかでスマンね)国内盤ですけど、そこに封入されている油井正一先生の日本語解説によればこのアルバムはハリウッドのRCAミュージック・センター・オブ・ザ・ワールドで66年5月9〜11日の3日間で録音されたとあり、それは二度目の来日公演の直前だったと油井先生は書いている。なるほど。

そして先生は続けてこう書く。


「エリントンはこれ以前にも何度か代表作の再演を行っておりましたが、ステレオ時代になってからは初めてのことであり、基本的なエリントン・カラーの上に、今日的なアダプテーションが施されている点でも、感動を誘わずにはおかぬ名盤となりました」


ここんとこ読んで、なるほどなあと思うまでに、じつは40年近くかかってしまった。なにしろ「ポピュラー」と名乗るくらいだから人口に膾炙したナンバーを一丁上がりで再演したお手軽盤くらいに思ってたし、実際聴くとハタチ過ぎの初心者の耳にもスルスルと入っていく心地良いオーケストラサウンドだからさ。

ところでね。このアルバムは音が良いことでも結構知られてるんじゃないかしら。そもそもビッグバンドジャズってのは、オーディオ装置にとっちゃなかなか厄介なシロモノではあるわけだ。少なくとも20代のころのおれのステレオ装置にビッグバンドジャズの再生は相当荷が重かった。とくにクライマックスでホーンが一斉に咆哮するとこにさしかかると、咆哮どころかほとんど音楽は崩壊状態でスピーカーは闇雲に絶叫するばかりで、慌ててアンプのボリュームを下げたりして。

それがこのアルバムだとそうはならなくて、安っちい装置でもそこそこ楽しめる音で鳴ってくれる。必然的にビッグバンドジャズといえばこのアルバムを聴くことが多くなるいっぽう、ほかのビッグバンドジャズのアルバムにはなかなか手が出ないっつう時期がずいぶんと続いたもんである。

で、ふと思ったんだけど、油井正一先生が「今日的なアダプテーション」と指摘したのは勿論その当時の音楽の流行だとかバンドメンバー、ソリストの顔ぶれとかに合わせてアレンジをアップデートしたってことが第一義ではあったんでしょうが、なにしろ大企業RCAの出すレコードだ。

もしかしたらレコード会社、プロデューサー、エリントン含め関係者は1966年当時の電蓄よりはちょっと高級なハイファイ装置でもって、中流家庭のオトーサンがリビングルームでゆったり快適に聞ける(つまりナイトクラブやダンスホールあるいはコンサート会場とは違った)家庭用ビッグバンドサウンドってのを拵えようとしたってことがあったりなんかしたんじゃないか。

つまりそういうアレンジに加えてレコードに刻むサウンドにまで「今日的なアダプテーション」を施した結果がこの無類の快適さなんじゃあるまいか、なんてことをちょっと思ったりもしたんでした。

いやもちろん、いつもの通りおれの勝手な妄想でしかないから信用しないように願いますけどね。

とにかくそんくらいこのレコードにはジャズリスナーの初心者・マニアを問わず、ステレオ装置の安物・高級も問わない快適なレコード音楽ってのがみっしりと詰まってる感じがするんだよな。

たとえばさ。油井先生が書いている通りこのレコードは日本およびアジアツアー出立前に録音されており、たぶん帰国直後にこんだは〈極東組曲〉を同じRCAに録音してるわけだ。

もちろんこれは全曲エリントンがアジアツアーの印象をもとに書き下ろしたもんだから、まあエリントンのコアなファン向けでもあったろうから内容からして前作とはまるで性格が違うわけなんだけど、収められたサウンドの傾向もなんかちょっと尖った感じで〈The Popular Duke Ellington〉とは違うような気がする(そう思って聴くからかもしれないけど)。

だからやっぱりね、選曲、アレンジだけじゃなくてサウンドやジャケットデザインまでトータルとして「ポピュラーなデューク・エリントン」つうレコードを非常に意識して作ったんじゃないかって思ったりするんだよ。

いやそんなことを考えるようになったというのも先日写真の左、ほとんど違いがわかんないでしょうけど〈The Popular Duke Ellington〉の初期盤を、飲み会の時間調整のつもりで入った新宿ユニオンで見つけて買ってしまったのがキッカケでね。もちろんおれが買うんだからジャケット表裏に手書きのラベルが貼ってあったり書き込みがあちこちにあったりするキチャナイ徳用盤なんだが、さいわい盤そのものはほぼ無キズでノイズもほとんどない。

いやー聴いてみると案の定というか、国内盤でもじゅうぶんいい音だと思うんだけど、もう40年楽しませてもらった国内盤を聴くことはないかもなあという、なんつうかもう一段艶が乗りパワーも加わった感じのする音でね。ひょっとしてこれはたんなるお手軽再演盤なわけはないぞ。最初から「気軽に聴けるデューク・エリントン・オーケストラの名盤」にするつもりでエリントンとレコード会社が練りに練って作り上げたアルバムに違いない。そう信じたくなる音なのであった。

ところで話は変わりますけども、我が家のスピーカーJBL L101ランサーは1965年に登場している。このアルバムの1年前だ。ひょっとしてこのへんのスピーカーで聴かれることを想定してたかもなあなんて、それはハナシとして出来すぎってもんですかね。

それで、いまちょっと検索してみたらあのAcoustic Research AR3aも1966年発売だった(オリジナルAR3は59年)。もしかするとこの時代、アメリカの中流家庭のリビングルームに無理なく収まる高性能な家庭用ハイファイスピーカーが次々登場したブレイクスルー期だったってことがありますか? そこをエリントンとRCAは狙い撃ちした? んー。ひょっとしたら、出来すぎということもないのかもしれない。




こうして芝居もコンサートも中止になった憂さを妄想で晴らす日々なのであった。


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国内盤 RJL-2515(油井正一の解説は必読。和文ライナーはこうでなくっちゃ)
米盤 LSP-3576








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by god-zi-lla | 2020-03-02 11:04 | 常用レコード絵日記 | Comments(2)
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ピーター・バラカンのラジオを聞いてたらライル・メイズが亡くなったんだという。なんでもここ10年くらいはもう音楽の仕事をしてなかったみたいだ。これでPMG=パット・メセニー・グループの最終アルバムは2005年の〈The Way Up〉になっちゃったってことだろうな。

ライル・メイズは上の写真の右端、グラブとボールが乗ったキーボードを弾いてる黒メガネの長髪野郎である。

もう何遍もブログに書いてる気がするけど70年代のケツから80年代はじめにかけて、おれはパット・メセニー・グループのレコードに助けられてきたようなところがある。人によっちゃあそれはチャラチャラした単なるハヤリもんのフュージョンミュージックにしか聞こえなかったかしんないけど、まあそういう人とおれはアカの他人だ。

そうクヨクヨしなさんな、今を抜ければきっといい日も巡ってくるさ。おれにとっちゃ40年くらいむかしのその時期、パット・メセニー・グループのレコードは日々そう励ましたり慰めたりしてくれる音楽なんであった。

もちろん今だってヤツらのレコードをかけるとそういうふうに聞こえてくるんだが、そういうふうに励ましたり慰めたりしてほしいと切実に思うことは(うれしいことなのか残念なことなのかわからないけど)おれのほうにもうない。

ライル・メイズの音楽については4年くらい前のエントリーでこういうふうに書いた。読み返してみると、いまもそのとおりのことを思ってるのでとくに付け加えることもない。

ただ、ここ10年くらいはもう音楽活動をしてなかったと聞くと、ライル・メイズの音楽というのはパット・メセニーとともにあってこそ光り輝く種類のものだったんだろうなあと、あらためて思わざるをえない。だけど逆にいうと、パット・メセニーもバンドにライル・メイズを得なければ、ああやって世界に出て行くためにもう少し余計な時間を必要としたんじゃあるまいかって気がする。

上の写真は80年のアルバム〈AMERICAN GARAGE〉のジャケットの裏だ。ECMはトリオが国内盤を出していて、ジャケットのまん中らへんに懐かしいロゴが印刷されてる。これをたぶん発売すぐに買ってきて(ECMの本国盤は枚数が出回らないうえに値段も高かった気がする)毎晩毎晩繰り返し繰り返し聞き続け、そして助けられる日々だった。

10年くらい前にドイツ盤のオリジナルも手に入れたけど、だけどまあライル・メイズが亡くなったと知ってごく個人的な感傷に浸るならこっちだと思った(おんなじ絵柄だけどさ)。

もうPMGのリユニオンは永遠にないんだな。メセニーが古希を迎えるころにはと少し期待してたんだけどさ。あったとしてもライル・メイズ抜きのPMGに意味を見出すのは難しい気がする。少なくともおれには。

ライル・メイズは53年生まれで享年66歳だったそうだ。



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去年手に入れた88年のライル・メイズのアルバム。そのうちブログになんか書いてやろうと思ってるうちに日が過ぎて、本人が死んでしまった。

ゲフィンのアルバムで、エグゼクティブ・プロデューサーとしてパット・メセニーの名前がクレジットされている。ジャケット右上に貼ってあるステッカーには「パット・メセニー・グループのキーボーディスト」とある。

それはそうなんだけど、ちょっと寂しいかな。



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(追記)
いま突然思い出したんだが、〈AMERICAN GARAGE〉はラジオでA面1曲目〈(Cross The)Heartland〉がかかってるのを聴いてイチコロでヤラれた。それですぐにアルバムを買いに走ったんだった。





by god-zi-lla | 2020-02-23 23:27 | 常用レコード絵日記 | Comments(0)
「天才少女歌手」タニヤ・タッカーを知ってますか and Grammy goes to …_d0027243_16534088.jpg




むかしむかし、たぶん75年ころ、インスタントコーヒーのCMソングに〈ハロー・ミスター・サンシャイン〉ていうのがありまして、これがけっこうヒットした。

ほら、この時代にテレビ見てた人は曲名見ただけでアタマのメロディ思い出してたでしょ。なんだっけかなあのCMは。マックスウェルコーヒーだっけ? マックスウェルはポール・アンカとかアンディ・ウィリアムズとかそういう大物路線だっけな。でもネスカフェじゃないよな。あれは「駄馬だー」とか、「アムステルダムの朝は早い」とか。まあいいや、ほかのコーヒーだったかもしれない。

ところでその〈ハロー・ミスター・サンシャイン〉は、ずいぶん後になって知ったんだけどムッシュかまやつの作品なんだってね。そう言われると、なるほどたしかにそうだよなーっつうまるで日本ぽくない音楽なのだった。

でそれを歌ってたのがタニヤ・タッカーで、タニヤ・タッカーはその何年か前に〈デルタの夜明け〉を13歳でヒットさせたカントリー系「天才少女歌手」つうことで日本でも話題になってたが、おれはあのころカントリーなんてまるで関心なかったから、あのCMで初めてタニヤ・タッカーを知ったようなもんである。

それから何年かたって、たまたまラジオを聴いてたら(考えてみるとよく聴いてたんだなラジオ)、プレスリーの〈ハートブレイク・ホテル〉を若い女性シンガーがやけにパワフルに、エルヴィスの歌い方をなぞるように歌っててさ。それがタニヤ・タッカーでニューアルバムに収録されてるってラジオがいうんだよ。へえー、こんなふうに「天才少女」は育ってんのかーってガゼン興味が涌いて、おれは初めてタニヤ・タッカーの(もっといえば初めてカントリーシンガーの)レコードを買ってみたんである。

それが上の写真だ。78年のアルバム〈TNT〉。芳紀まさに18歳のタニヤ・タッカー。ちなみにおれは21歳でした。どーでもいーけど。

けっこう聴きました、くりかえし繰り返し。だいたい女の子の歌ってるレコードなんてあんまり持ってないし。つか、そもそも21歳のときっつうと、持ってるレコードの枚数を数えるのに1分もあれば足りるくらいなんだから繰り返し聴くしかない。持ってるすべてのレコードがヘヴィーローテーションなんだから、当然タニヤのこれもヘヴィーローテーションです。

もともとカントリーシンガーとしてデビューしてこのあたりで5年くらい? これ聴くとカントリー風味のロック/ポップアイドルとしてやっていこうっつう感じだったんでしょうね、たぶんリンダ・ロンシュタットみたいな感じに。だけど、リンダよりハスキーな声で歌い方もちょっと伝法な感じでアクが強い。雰囲気もウェストコーストというよりかウェスタンつう雰囲気で、ちょっとあか抜けない(あのころのリンダ・ロンシュタットがあか抜けてたとはいわんけど)。

そしたら、そのうち名前を聞かなくなった。こっちもカントリーに興味があるわけじゃないし、なんとなく忘れてしまってたんだが、どうやら80年代に入ってからはヒットが出なかったらしい。

だけど自分のレコード棚にはいつもこのレコードが刺さってるから、時折目に触れることもある。目に触れれば、たまには聴く。20代のころは相変わらず買うレコードといえばジャズばかりで(それもドルフィーとかコルトレーンとか)、ポップ系女の子歌手のレコードなんて増えもしないから、なんとなく1年にいっぺんくらい聴いてた気がする。

それから時は移り、新しい世紀に入り、かつての若者は老いさらばえ、元号は二つも変わっちまってつい先日。

たまたまミュージックマガジンの後ろのほうにある輸入盤紹介のページを見たらタニヤ・タッカーが10年ぶりだかにニューアルバムを出したって記事があり、しかもなかなか悪くないらしい。そのうえグラミーにも数部門ノミネートされてるとも書いてある。そうか、そりゃあ懐かしいじゃないか。聴いてみるかな。



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そしてこれがそのニューアルバム〈While I'm Livin'〉。ジャケットの意匠にしてからが、この40年、アルバムの張本人がどのように変貌したかを物語ってるようなもんである。じつにまったく正々堂々、人生の酸いも甘いも知り尽くしたヴェテランカントリーシンガーのアルバムつう趣きではあるまいか。

前記マガジンの評文には「なかば引退状態の…」とあるんだが、聴いてみると「引退」じゃなくてレコード会社との契約がなかっただけなんじゃないかって感じの現役バリバリ感が充満してる。ひょっとして自分ちの近所のクラブとかパブとかバーとか、ツアーに出ずにそういうとこでずっと歌ってたんじゃないの。だって18歳の頃より衰えたという感じはまるでなくて、衰えないまま円熟味が加わって人生を歌えるシンガーに進化してる感じなんだぜ。「引退」してたらこうはいかないでしょ、ふつう。

いやー、陰ながら応援していた甲斐がありました(とか言っちゃって)。

そして先ほどグラミーの発表を見たらSong Of The Yearとカントリーミュージックのなかの3部門、合わせて四つの部門にノミネートされて、そのうちBest Country Song と Best Country Albumのふたつでウィナーに輝いている。おー、やるじゃんか。しかもこれまでのキャリアのなかでグラミーにノミネートされたことはあっても、ウィナーになったのは今年のふたつが初めてらしい。こりゃあまったく再出発に花を添える快挙というべきではあるまいか。とにかく、めでたいめでたい。

ところで、1978年おれが21歳のときタニヤ・タッカー18歳。そうすると2020年おれが63のいま、タニヤはめでたく還暦である。そうか還暦か。アメリカ合衆国でも祝うのであろうか(そんなわけないよな)。とにかく人生はこれからなのさ。



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While I'm Livin' ( Tanya/Fantasy 8 88072 10507 2 )


by god-zi-lla | 2020-01-29 23:25 | 常用レコード絵日記 | Comments(0)
テーゼとくればアウフヘーベンで、だから中身が同じじゃないんだな。なんちて(ジミー・ジュフリーなんて知らなかった その4か8か246)_d0027243_08151548.jpg




ジミー・ジュフリーのレコードを相変わらず見つけちゃあ買い込んでる。

まあ、あんまり興味のある人がいるとも思えんからさっさと終わりにしますけども、61年ジミー・ジュフリーcl、ポール・ブレイp、スティーヴ・スワロウbの三人による〈Fusion〉と〈Thesis〉が左の2枚なり。ざくっと言ってしまえばフリージャズである。

オーネット・コールマンの〈Free Jazz〉がアトランティックから出たときにフリージャズってコトバが出来たんだったら、同じ61年に吹き込まれたこのジュフリーの2枚を当時「フリージャズ」とは呼んでなかったでしょうし、聴きようによっちゃオーネットのアルバムと同類の音楽といえないこともないけど、別の聴き方すればとても同じコトバで呼べるような音楽とは思えない。

「フリージャズ」といったってイロイロであるという時代になって以降は、ジミー・ジュフリーのこの2枚も多分フリージャズである。わかったようでわからない言い方だが、しょせん音楽の「ジャンル分け」なんてものはわかったようでわからない程度のモンじゃんよ、つうことである。

で、おれがジミー・ジュフリーなんか全然気にもしてなかった92年ころにマンフレート・アイヒャーがこの2枚をリマスターし、ECMレーベルから〈Jimmy Giuffre 3, 1961〉つうタイトルで2枚組アルバムとして出てたっつうのをわりかし最近になって知ったんである。

このVerveの2枚は前にも書いたか知んないけど、クラリネットとピアノとベースが三者対等で(ベースがちょっと引っ込み加減に聞こえるのはスワロウの控えめな性格のせいな気がする)、調性があったりなかったりするけど、やってる本人たちは調性の有無が重要なことだとは感じてないふうではある。

ひとりの出した音にほかの二人がそれぞれに反応し、それにまた誰かが応じるというようで、全員が一斉にガヤガヤとやり出す集団即興みたいなことはやらない。いっぽうでビート感は終始きっちり保たれてるから、音楽は「ジャズ」つう枠組みのなかにとどまっているふうに聞こえる。

話は戻りますけど、まあポール・ブレイもスティーヴ・スワロウもECMレーベルじゃあ常連さんといっていいような音楽家だしさ。ECMがこれを再発するってのもそれはそれでアリかもな、と一瞬思っただけで特に気にも止めてなかったし、だいち廃盤なんだかどうだか売ってるのを見かけたことがなかった。

ここ5年ばかりの間、おれはジミー・ジュフリーのレコードが目に止まればその都度どんな音楽をやってるのかと買い求めてきたんだが(だれも探してないから安いしね)、この人は50年代なかばあたりからじつにいろんな「実験」をスタジオで重ねてきたらしい。なにしろ同じメンツで同じようなことをやってるアルバムに巡り合わない。買うレコード買うレコード、みんな違うことをやってる。この時期のハードバップのレコードのあれやこれやを思い出してみると、ちょっと信じらんないくらいなもんだ。

アメリカがいい時代だったんだな。もちろんジミー・ジュフリーにもいい時代だったんだよ、きっと。

それがこのブレイとスワロウとのトリオから以降、ジュフリーはこの路線(まあフリージャズか)を突き進む。いろいろジュフリーのレコードを買っちゃあ聴いてみた今になってみれば、そりゃあそうだよなと思うしかない。だってすごくいいもん、この2枚は。ジュフリー本人だって、よっしゃあコレだって思ったに違いない。ジミー・ジュフリーの行く先はこの2枚で決まった。たぶん。

そう思い当たってしまうとアイヒャーがリマスターしたECM盤もガゼン聴いてみたくなるじゃんか。

と思ってAmazon覗いてみたら、いままで見なかったECMのLPがある。なんてお誂え向きな展開なんだ。なんかおれが話作ってるみたいじゃん。最近になってLP再プレスしたのか? それともどっかから出てきたデッドストックか? まあ、そんなこたどーだっていい。買った。

というのがいちばん右のいかにもECMつう涼しげな顔つきをしたヤツである。

聴いてみると、これがまた音までいかにもECMつうあのクリスタルなんとかって言われるアレである。いやそれがアレなんだけど意外とアレなんだよ。バチっとハマってるのよ。

ECMのあのエコーが全編にかかってる。もちろん、もとのアルバムにはそんなエコーはかかってない。かかってるかもしれないけど、少なくとも、あーエコーかかってんなーと思わせるようなかかりかたは全然ない。それがなんちゅうかもう、多少遠慮ぎみと言えなくもないけど、もうモロにあのECMエコーなのよ。

でね。その魔術(ひょっとして詐術?)のせいかもしれないが音質自体がクリアで向上しているように聞こえる。言いたかないが、ホント言いたかないけど、オリジナルを聴いてるよりECM聴くほうが快適なんだよ。よしんばそれがなんらかの「詐術」であったとしても、このままダマされたままでもいいかなー、なんて。

考えてみりゃあ、そもそもジミー・ジュフリーの音楽は「クール」だとヨノナカ的には認識されてるわけだし、実際ジュフリーの音楽に暑苦しい瞬間てのはまるでない。なるほどなあ、ようするにECMのサウンドに合ってたんですね、この2枚のアルバムの音楽が。

もとのLP聴いててECMぽい音楽だよなーなんて思ったことなんかひとっカケラも鼻毛の先ほどもなかったんだけど、聴かされてみるとなるほどコイツはECMの世界ではある。さすがだぜアイヒャー。

しかしこれがね。買って聴くまで全然知らなかったんだが音も違うが中身も違うんだよ。2枚のアルバムをリマスターして2枚組のゲートフォールドアルバムにしただけじゃなかったのよ。下のラベルの写真見てもらってもわかるんだが(これはThesisのA面と、それに対応するECM盤のside3)、収録曲数と曲順が違う。

トータルのトラック数をみるとECM盤のほうが20でVerve盤が17と、3トラックECMのほうが多い。三つのうちのひとつは演奏後の『会話』だから演奏としては2トラックECMのほうが多いんだよ。あたた、そんなこと、どっかで紹介されてたか。ライナーノートもないし、そういうクレジットもない。

で、さらに仔細に見てみるとECM盤のが収録曲が多いにもかかわらずVerve盤にはあってECM盤にはないトラックがあるんです。んー。

とにかくECMのほうが2トラック多いとはいえ「コンプリート」じゃないってことだ。

ところでジミー・ジュフリーの過去のアルバムって、目立たないもののそれなりにCD化されてきてはいる。たぶん主だったアルバムは中古も探せばけっこうCDで手に入るんじゃあるまいか。

ところがこのVerveの2枚〈Fusion〉と〈Thesis〉は、AmazonでもタワレコでもDiscogsでもCDの存在を確認できない。あるのはECM盤だけなのよ。

つうことはフツーに考えればこの2枚の原盤権はECMに移っているってことなわけだな。んー。そうすると〈The Complete Jimmy Giuffre 3, 1961 Sessions〉なんつうCDをECM本体が出すとは到底思えない。

でも、まだ残りのテイクがあるんだったら聴いてみたいよなあ。そんくらいいいアルバムだと思うんだよな。


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ちなみにECM盤に収録されてない二つのトラックは〈Jimmy Giuffre 3 with Paul Bley & Steve Swallow Bremen & Stuttgart 1961〉(EMANEM 5208)つうCDに、なぜか収録されてるからまったくCDで聴けないってことでもないんだけどさ。

すまんね。ちゃちゃっと切り上げるつもりだったんだけど。

Fusion The Jimmy Giuffre 3(Verve V-8397)LP mono
THESIS The Jimmy Giuffre 3(Verve V6-8402)LP stereo
Jimmy Giuffre 3, 1961(ECM 1438/39)LP stereo





by god-zi-lla | 2019-11-25 12:03 | 常用レコード絵日記 | Comments(0)
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一生に一度だっつう惹句にまんまと乗せられてラグビーのことがアタマん中に二六時中渦巻いてる今日このごろでございます。

いよいよ金曜日が3位決定戦、決勝のイングランドvs南アフリカが土曜日である。きっとすごい死闘になるんだろうなあ。ホント楽しみだよねえ。

正直いって準決勝ふたつを見ると、ジャパンがそこへ残るためには今までとは別の努力をこれから半世紀くらいつづけなきゃなんないじゃないかと思ったね。しかもその努力が半世紀後に実るかどうかはわからない。

たぶん1970年代コクリツの早明戦に5万人もの大観衆が当たり前のように集まってた頃から始めときゃ、次の次のワールドカップあたりに間に合ってた可能性もないわけじゃなかった気がする。

ほーら、また。油断するとアタマがラグビーへ行っちゃう。ヤメヤメ。

つうわけで、ここんとこレコード屋さんでエサ箱掘りなんてこともやってないです。そのかわりっちゃあナンだけど、ひとんちのレコードほじくり返したりなんかして、その結果がジェーン・バーキンである。いちばん上のジャケットね。

いいよねえ。たまんないよねえ。

しかしこの、ひとんちのレコードほじりなんですけど。おれの前にも大勢ほじくってるはずだから、ジェーン・バーキン救出に走ったのはおれだけだっつうことだもんな。ふつう、いらないのかね。古い国内盤だってのもあるかな。歌はもちろんヘタだし。

だけどアレだよ。このお姿でもって美声で朗々と歌われたりすると、それはなんかちょっとジェーン・バーキンではない。あの、どう考えたってヘタっぴで高い音はかすれて声出ないっていうんじゃなきゃ「小悪魔的」というような表現にはならない。

いやそれにしてもいいわ。なにしろ曲も詞もアレンジもいいんだから、さすがセルジュ・ゲンズブール、最高。

ジャケットだけに惹かれて持って帰ってきたんだけどね。

コルトレーンが映画のサントラ用にヴァン・ゲルダー・スタジオで録音したっつう発掘盤はタワレコに予約してあったのが届いた。

つい買っちゃう未発表発掘盤。

お馴染みの名曲〈ナイーマ〉が2テイク、〈ヴィレッジ・ブルーズ〉という曲が3テイク、それから〈ブルー・ワールド〉1テイク。おれ的にはナイーマもいいんだけど、1テイクずつ入ってるこれもお馴染み曲の〈ライク・ソニー〉と〈トレイニング・イン〉がよかった。

それにしてもどのトラックも短くってね。前にも書きましたけど、コルトレーンにはLP片面くらい延々とプレイしてほしい。せめて最低1曲10分いや12分いや15分は聴きたい。

これから先、繰り返し聴くかなあ。どうかなあ。

ビル・エヴァンスはAmazonでなんか他のものを探してたときに見つけたか、「あなたにオススメ」とかって勝手に出てきたのか覚えてないんだけど、あの有名なヴィレッジヴァンガードのライヴのコンプリートだっていうLP4枚組のボックスセット。

おれべつにビル・エヴァンスの大ファンてことは全然ないんだけど、それでもやっぱスコット・ラファロとポール・モーシャンとのトリオはすごくいいなあ、こういうピアノ音楽は古今ここにしかないよなあと思って聴く。

ところが、おれの持ってる〈ワルツ・フォア・デビー〉のLPが大昔新品で買ったOJC盤で、それだけ聴いてたときはなんとも思わなかったんだけど、あるとき運悪くコイツのオリジナル盤を聴かせてもらったんである。

おれのOJCは音がヨレてる。なんなんだこれは。サイテーじゃん。

もちろん大ファンということじゃないからオリジナル盤を買おうなんてことはユメユメ思いもしませんでしたけど、もうちっとマシな盤に買い換えるくらいはしたいもんだ。

ところがさすがの大名盤、古い国内盤すらめったに見ないし米盤はセカンド、サードといわずそれ以降のプレスでも結構なお値段でちょっと買えない。

そうこうしてるうちに幾星霜。そしたらこんなものを見つけたんであった。4枚組で1万2千円くらい。発売されたライヴアルバムは2枚だから、こんくらいがおれのような中途半端なヤツにはちょうどいいんじゃあるまいかと買ってみたんであったが、これは正解だったね。OJCよりずっと音いいし(同じOJC盤でもいくつかのリマスターがあるらしいけど、そういう追究はしない)ブックレットもゴーカだ。

おれとしたらもうビル・エヴァンス・トリオといえばこれを聴けばオッケーな終着駅。

その下にあるのはシルヴィ・バルタンの〈アイドルを探せ〉。

湯島のスタジオでジェーン・バーキンをほじった後、少しだけあったドーナツ盤を漁ってたところ、このカラー写真の歌詞カードだけがペラっと出てきた。あ、こんだはシルヴィ・バルタンじゃん。今日はフレンチ・ガールポップの日なのね。

と思ったら盤がない。あのペラっとした歌詞カードってけっこうなくすんだよね。むかしドーナツ盤てわりかし雑に扱ってたから、ウチにも歌詞カードない盤けっこうあるもんな。

だけどカードがあって盤がないってことはめったにない。そしたらやっぱりありました。めでたしめでたし。

こうなったら先にジェーン・バーキンほじくり出してんですからシルヴィ・バルタンもいただきというのが人の道ってもんでしょ。

ついでにニッパー君の意外と四角いオデコも鑑賞して下さいまし。

最後はこの1枚だけ盤の記念撮影。センター付きです。






by god-zi-lla | 2019-10-31 10:00 | 常用レコード絵日記 | Comments(0)
おじいさんの京みやげ その1レコード編_d0027243_09315519.jpg



旅といやあミヤゲであるが、旅先でレコード買うことはあんまりない。
だいち、奥さんと一緒に行動してんだからレコ屋に入るってわけにはいかない。

つかレコード屋に入れば、それが町の小さなレコ屋だろーが繁華街のビルのワンフロア占めてるようなメガストアだろーが、気の済むまでエサ箱というエサ箱を掘り続けたいじゃんか。どこから始めて、どこでヤメるか。いつ始めて、いつヤメるか。それは自分で決めたいじゃん。

ツレがいるとそれが出来ない。

ゆっくり見てていいよ、とか言われたって結局1時間もパタパタやってたりすりゃあ、ツレ自身もエサ箱掘りが道楽の人じゃないかぎり必ず顔色が変わってきます。だから言ったでしょ。

なので旅の道すがらにレコ屋があっても入らない。
ウッカリ見つけても見えなかったことにする。

エサ箱掘りは単独行にかぎる。これジョーシキあるね。

そしたら、寺町通りのとある賑やかでないあたりの雑居ビルに「レコードCD」などと書いてある看板を見つけてしまった。あっ、と思ったがそのまま例によってやり過ごそうとしたところ奥さんが、せっかくレコード屋さんがあるんだから見てったらなんて言う。

おれは、いや見てかないよ。買えば荷物になるし。レコード買いに京都来たわけじゃないし時間もないし、とかグズグズうだうだ言って通過しようとしたのに、奥さんを見れば何を思ったかもうずんずんその古くてちっこい雑居ビルへ入ってくぢゃないの。

入ったのはビルの2階のうんと小さなレコード屋で、肩から背中側へ斜めがけしてるショルダーバッグを脇へ回さないと反対側のエサ箱にバッグが当たっちゃう。そのくらい狭い店だった。

そもそも初めて入ったレコード屋を手ぶらで出たためしがないんです。必ずなんか買う。めぼしいブツがなくても買う。めぼしくないブツでも買う。それが人の道ってもんだと信じて疑ってないからね。

こうなったら仕方ない。

奥さんは片隅に並んでる本の棚を見てる(古本も置いてる店ってよくありますね。古着並べてる店だってあるし)。んー、まあとにかくチャチャっと見て、なんか掴んで買って出よう。こんな小さな店でも気の済むまでパタパタやってりゃ1時間はかかる。でもね、これから約束だってあるわけですし。

で、およそ10分、いや20分、 いや30分か。ざあーっと見たものの、とくにめぼしいブツはなかったので初めて見かけた2枚を掴んでレジへ行く(こういうとき、パタパタしなかったエサ箱にひょっとしてお宝があったんじゃないかと思っちゃうんだな)。

1枚はウィリー・ボボの〈BOBO'S BEAT〉。この人たしかラテンジャズとかサルサの人だったな。ライナーに初めてのアルバムと書いてあるように読める(英語の素養がないもんで自信ない)。

もう1枚がスコット・ジョプリンのラグタイムミュージックのアルバム〈THE RED BACK BOOK〉。シュリンクに貼ってあるステッカーに〈The Entertainer〉〈The Easy Winner〉〈The Rag Time Dance〉は映画〈スティング〉で流れる演奏と同じアレンジです、みたいなことが書いてある。

なんか、いかにも便乗商法なステッカーだな。

ひっくり返してライナー見てみると、プレイヤーは知らない人ばっかりだけど指揮はガンサー・シュラーと書いてある。なるほど、じゃあそんなイイカゲンなレコードではあるまいて。

つうわけで初めてのレコード屋さん、お近づきのシルシにレコード2枚しめて3千円ちょうどお買い上げ。

これでまあ奥さんお店そしておれ、三方一両損、あーいや、三方良し、か。

帰って聴いてみるとラグタイムのほうはじつにお行儀のいい演奏で、なんちゅうか普段乱暴な音楽聴いてるニンゲンからすると少し物足らない。

だけど、調べてみるとこれは73年当時けっこう売れたレコードみたいである。

ラグタイム音楽がちょっとしたブームになったのはもちろんあのロバート・レッドフォードとポール・ニューマンの映画〈スティング〉のおかげだけども、それに便乗するように当時ラグタイムのレコードがいろいろ出た。これもそういう1枚なのか、たまたま巡り合わせで売れたのか、ネットで見たこのレコードの国内盤のオビにはクラシックチャートで半年間ナンバーワンを走る、みたいなことが印刷されてる。

たしかにこの良くいえばお行儀のいい、悪くいえば退屈な演奏はクラシックファンにはちょうどいいのかもしれない。いやそんなこといっちゃイカンな。クラシック好きながらドシャメシャな音楽も滅法好きっつう知人は何人もいるもんなー。まあとにかく楽隊は粛々と演奏し、録音も楽隊がスピーカーの奥に並ぶクラシックっぽいサウンドになっている(いい録音だと思いますけどね)。

お行儀がいいってば、もう1枚のウィリー・ボボ選手。この人は奥ゆかしい控えめな性格の方だったんですかね。ラテンパーカッションの人のリーダー作だからもっとチャキチャキにはじけて、コンガやティンバレスが四方八方暴れまくるのかと思ったらそうでもない。

トランペットがクラーク・テリー、サックスにジョー・ファレルとライナーにあり、名前はわからないんだけどトロンボーンなんかもかなりの手練れで、ハモンドB3も相当にイケてる演奏でけっこうな聴き応えではあるんだ。

でもなー、リーダー作なんだし、もうちょっとパーカッションに暴れて欲しかったなあ。全体にジャズっぽいのはもしかしてウィリー・ボボの希望なのかしらん。クラーク・テリーとかジョー・ファレルとかってビッグバンド・プレイヤーの手練れ連中にどこかお任せ的な雰囲気もあって、NYのラテンだぁー! サルサだあーっ! っていうようなアクはあんまりない。これはラテン風味のリビングルームミュージック的ビッグバンドジャズというのが間違いのないとこかな。

だけど、これはこれでなかなかの味わいだよ。しかもこういう音楽はわが家のランサーL101に良く合ってるってことがバレバレである。とりあえず小難しい講釈は抜きにして(ナット・ヘントフがライナー書いてたりしない)、あんまり騒がしくもなく、だけどそこそこメリハリの効いた明るい音楽をアメリカのアッパーミドルのパパさんがリビングルームでくつろいで聴くって感じ。

奥さんに引っぱられてレコード屋さんに入るってのも悪くなかったな。
(つぎは注意。図に乗るのがキケン)





(写真のニッパー君は本文とカンケイありません。どかすのメンドくてね)


by god-zi-lla | 2019-09-08 08:54 | 常用レコード絵日記 | Comments(0)