いまの日本、アベがボトルネック


by god-zi-lla

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暗いツリー

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せんだっての萬年橋の写真を撮った日、清洲橋の東詰のあたりからふと浅草のほうへ振り向いたところ、よく晴れて真っ青な空にスカイツリーだけがみょうに不吉な感じで立っている。え、なに? スカイツリーってこんな昔の軍艦みたいに暗い灰色だっけ。しばらく状況が飲み込めなかったんだけども、空を見渡してるうちにわかった。

陽がスカイツリーを差しかかる、ちょうどそのスカイツリーとお日さまの間を遮るように、雲がひとつかかってんだよ。それでスカイツリーだけが薄暗く灰色になってしまっている。空いちめんに雲がかかって地上全体がスカイツリーといっしょに薄暗けりゃどうってこともないんでしょうが、んー、こんなこともあるんだねえ。毎日イヤでもスカイツリーが視野に入ってくる人たちには珍しくもなんともない風景かもしれないけど、めったに見ないおれなんかにはちょっとギョっとするスカイツリーなのであった。

(建設中に近くまで見物に行ったときはこんなだった)
(ことしの春、桜の枝の間から見えたときは、こんなふうで)

すいません、突然思い出したもんで。
ちなみに萬年橋は写真のすぐ右にかかっている。
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by god-zi-lla | 2014-10-28 10:27 | 日日是好日? | Comments(0)
ざくろ坂(10/25 10:22 後半のほうに1行加筆)_d0027243_90451.jpg
ひさしぶりにサンマを食った。ようやっと1尾200円を切る大衆魚値段になって、いつ以来だったか前回は割高なのをもしかしたら今年は不漁でこれで食い納めかもしれないとムリして買って焼いて食ったもんだから、なんかうれしいよ。この秋せめてもう1回くらい食いたいもんだ。

せんだって「柘榴坂の仇討」つう映画を見物したんだけど、ハテそういえば柘榴坂って名前はつい最近もどっかで見たおぼえがあるんだけど、これはどこにある坂なんだっけ。

どこの土地でも日本全国そうでしょうけど東京の坂という坂にはみんな名前がついてる。ウチのすぐ近所に幽霊坂って細くて急な坂道があるんだけど、この坂の登り口に立てられた説明板によれば都内だけで「幽霊坂」って名前の坂が七つも八つもあるんだってね。ようするにまあ坂の途中に墓場があって夜になれば薄暗く人通りの絶えちゃうような坂は日本全国津々浦々みんな幽霊坂なんだな。

で柘榴坂だ。もしかしたら架空の坂かとも一瞬思ったんだが、映画は見たけど浅田次郎の原作というのを読んだことがない。もしかして小説には書いてあるのかもしれないけど(浅田次郎の小説をこれから先も読むとは思えないし)映画のなかで「有馬様のお屋敷の…」なんていうセリフがあったから多分実在の坂だろうと思ったらやっぱりありました。わかればなるほど見たよ見た見た見ました、以前幽霊坂とおんなじような説明板がこの坂にも立ってるのを読んで、そのとき名前を知ったんでした。

上の写真は安政4年の「芝高輪繪圖」を復刻したやつの一部なんだけど、左下のほうの少し明るい楕円のところに紺色で塗りつぶした道が柘榴坂です(写真クリックすれば少なくともMacなら少し大きい写真が別窓で表示されると思う)。で地図いちばん下の紺色は海ね。だから地図の上から下に歩けば坂を下ってくることになるわけだ。

つうことは映画ではこの坂を主人公ふたりが、かたや車夫かたや客として人力車で雪の降るなかえっちらおっちら登ってきたわけだから海に沿ったやや広く描かれた道を右のほうからやってきたんだな。なぜ右かといえば車夫が客を拾ったのが新橋ステンションだ。新橋といえばこの地図の右のほうのずっと先で、このやや広い道はいまの第一京浜、ようするに東海道です。

で坂の下のドンツキの海っぺりがいまのJR品川駅高輪口どんぴしゃのその場所になっている。土地勘のある人はおわかりでしょうが坂の右側一帯にホテルGOOS(旧ホテルパシフィック)やグランドプリンス新高輪、左側一帯には京急Wingや品川プリンスホテルなんかがあるところね。でその映画のなかで「有馬様のお屋敷」と呼ばれてたのが品川プリンスのあたりに見える有馬中務大輔の屋敷なんだろうな。

というわけで二人は坂の途中の鍵の手になったあたりで果たし合いをしたのであろうか。

それはともかくとして、ちょうど明治初期の東京を舞台に同じように幕末の動乱に翻弄されて新しい時代が来たにもかかわらず大小腰に手挟んだままの男が主人公の映画を同じ時期にもう1本見てたんだよ。「るろうに剣心 伝説の最期編」ね。この2本を比べるヤツはいないって? そうかもな。だけど続けて見ちゃったもんだから比べちゃうでしょ(そもそもこの2本どっちも見たってのが変わってるんでしょうか)。

一般的にいって「柘榴坂」のほうが正統派の時代劇映画で「るろ剣」のほうは荒唐無稽なマンガである。まあそれはそうなんでしょうけど、正統派の時代劇なぶん「柘榴坂」にはリアリティが希薄で「るろ剣」は荒唐無稽なぶん、つか、荒唐無稽だからこそ人のココロまでリアルに抉ってくる感じの映画だと思っておれは見た。

幕末から明治へ、お侍さんてやつらは多分すごい葛藤のなかを生きてかなきゃなんなかったんだと思うんだよ。それも幕末の動乱(ようするに殺し合いの時代だった)の渦の真っ只中に放り込まれて死ぬの生きるのというイノチのやりとりまでしちゃった連中がココロに負ったキズというのは並や大抵のモンじゃなかったと思うんだよな。

結果、出来上がったのはそういうやつらを基本的に必要としないヨノナカだったんだから、もうキズに塩をすり込むようなモンだったろうと想像するに難くないわけだ。そういうのを出てくるヤツ出てくるヤツほとんど片っ端から感じさせるのは「るろ剣」のほうで、「柘榴坂」のほうはそれほどでもない。主人公・中井貴一の旧彦根藩士からしてそうだ。ちょっと屈託がなさすぎやしないか。一途なのはわかるけどそれに倍するような屈託を抱えないか、武士として立っていた世界があっというまにガラガラと崩れていったんだから。

まあ、そこが正統派の時代劇の正統派たる所以のものであるんだろうとは思う。遠山の金さんや水戸黄門にそんな屈託を混ぜちゃったら話は前に進まないし、だいち見てる人が鬱陶しい。

そうそう、鬱陶しいの。見てると「るろ剣」はけっこう鬱陶しい映画だよ。原作のマンガもむかし読んでてかなり鬱陶しかった。「柘榴坂」は桜田門外の変のシーンでも雪が血で染まらないくらい正統派のチャンバラで、主人公ふたりが柘榴坂で斬り合うときも雪のなかなのに斬り合う二人の息が白くなるわけでもない。こういうところは一種の様式美っていうものなんだろうな。様式美といえば井伊直弼を演ずるのが人間国宝の吉右衛門丈だしね。そこですでに極まったというべきか(歌舞伎のほうがよっぽど血みどろですけど)。

るろ剣は出てくるヤツらの屈託がいちいち鬱陶しくて、その鬱陶しさをたっぷり含んで繰り広げられる戦闘シーンがまた激しくも鬱陶しくていいんだ。その鬱陶しさがまさに時代の気分でもあったんじゃないかと思ってしまえば、いっけん荒唐無稽なアチャラカっぽい「るろ剣」のほうがずっとリアルな映画に見えてくるんじゃないかと思うんだよ。少なくともおれはそう見た。

だからさ、「柘榴坂」はきっと見終わったあと、いい話だったよなあ、なんて言いながら映画館出てくるお客さんがいっぱいいると思うんだ。だけど「るろ剣」は、少なくともいい話って感じはどこにもないし。エンディングで明治政府のおまわりやら兵隊やらが海に向かって敬礼するシーンがちょっと泣かせるために取って付けたようで非常に気にくわなかったんだけど(日本映画の悪いクセだな)、全体としたら殺伐とした映画だ。

いま、ふと思ったんだがこの映画を逃げる阿部寛の車夫の側から撮ったらどうだったんだろう。大老暗殺なんて大それたハカリゴトに加わろうって男が悩まないわけがない。そんなことに加担すればコトがなろうがなるまいが自分の命どころか係累すべてに害が及ぶのだって明々白々だし、そもそも井伊直弼を斬ることにどんな意味があるのかさんざん考えたとも思う。あげくのはてに劇中阿部寛の車夫も呟いてたけど開国を進めようとした井伊を攘夷を叫んで殺したのに、倒幕後肝心の新政府は進んで開国してしまったんだから一体自分のしたことはなんだったか。

ようするに逃げてる側はいつも大きな屈託を抱えながら逃げて逃げて逃げ続けてるわけで、片方は藩がなくなろうが幕府が倒れようが開国しようが何しようがお構いなしに、ただひたすら愛する主君のカタキを追い続けてるだけで、屈託があったとしても妻に苦労かけてすまない程度のことだから単純なもんである。だけど逆に逃げる側からみれば、その単純さはすごくブキミで怖ろしいことなんじゃあるまいか。

原作がどうなってるか知らないけど、柘榴坂の仇討のテーマは主従の愛とか武士の本分とか夫婦の愛のほうにあるってことなんだろうな。だけど多分逃げる車夫の目から同じストーリーを描き直したとしたら、おそらく殺し合いの果ての明治維新ってのはいったいなんだったのかっていう問いがおのずと出てくるわけで、そうするとどこかで「るろ剣」と共鳴しあうような映画になったかもしれない、なんてことを少し考えたのだった。

そういえば緋村剣心も逃げている。自分の人斬りという過去から逃げて逃げて逃げ切ろうと必死になっているのに、いろんなヤツが、それこそ剣心のあと勤王方の暗殺者となった志々雄というバケモノから大久保利通、山県有朋、伊藤博文、斎藤一までもが追いかけてきて剣心が逃げるのを許さない。

逃げる側のほうが物語になるのだろうな。
by god-zi-lla | 2014-10-24 08:59 | 物見遊山十把一絡げ | Comments(0)
東京の橋はかっこいい(萬年橋)_d0027243_8434996.jpg
深川の萬年橋。

橋の下を流れる川は小名木川って名前だけど、これは運河だな。写真の左側すぐのところで隅田川に合流してる。この橋の上から眺めると、隅田川にかかる橋でいちばん近くに見えるのが清洲橋という位置関係。つか、清洲橋の西詰めのあたりから眺めてたらこのきれいな橋が見えたもんだから、清洲橋を渡って深川方向へ歩いて見に行ってみたのだった。

運河にかかる橋だから隅田川の本流にかかる清洲橋や永代橋と違ってごく小ぢんまりとした橋で、大型トラックがぶんぶん走りすぎるというよりはオート三輪かなんかがバタバタ渡ってきそうなちょっと長閑な雰囲気が漂ってる。1930年に架けられたというから永代橋や清洲橋同様、関東大震災の復興事業のひとつだったんだろう。

ちなみにこの写真の奥の方向へ橋を渡ったすぐのあたりの隅田川のほとりに松尾芭蕉の芭蕉庵があったらしい。その草の庵を引き払って芭蕉翁は奥の細道の旅に出たんだな。
草の戸も住み替はる代ぞ雛の家
しかしまた芭蕉翁じゃなくておれがなんでこんなとこをうろうろしてたのかといえば夏のさかりに買った草森紳一の「その先は永代橋」って本を読み始めたら無性に実物を見に行きたくなって、天気のいい今月はじめのある日、散歩がてら日本橋高島屋の地下の食堂(好きなんだよデパートの大食堂)でお昼を食ってから永代通りをてくてくと、その永代橋の上から面白くもなんともない隅田川大橋を挟んでその先のこれも素敵な清洲橋を眺めてたらこんどは清洲橋を渡ってみたくなり、清洲橋を行ったり来たりしてるうちに萬年橋へ目が行ってしまったんでした。

しかし永代橋といい清洲橋といい、この萬年橋といい、とても印象的で美しい橋を大震災で大きな打撃を受けた直後だというのにつぎつぎと架けていったもんだなあって、災害で大きく破壊された町をたんに復興するだけじゃなくて以前よりも美しい街に作り直そうとする強い意志みたいのを感じて、鉄橋好きのおれとしてはちょっとグッときたりしてね。

というわけで新しい写真機を買って、これが初めて外へ持ち出して撮った写真でもあったんでした。下の写真なんか清洲橋西詰め付近の隅田川テラス(って名前で川沿いがずっと公園風に整備されてる)から200メートル以上先の対岸に見える萬年橋を撮ったんだが、元データ(4608 × 3456)で見ると橋のまん中あたりを女の人が渡ってるのが確認できたりして、すごくビックリする。

これから天気のいい日には東京の橋を見物に行って、写真をいっぱい撮ってこよう。
東京の橋はかっこいい(萬年橋)_d0027243_91326100.jpg

by god-zi-lla | 2014-10-22 08:43 | 物見遊山十把一絡げ | Comments(0)
終映直前、劇場に駆け込んで見た2本_d0027243_7314616.jpg
窓を閉めっきりでレコード聴いても平気な季節になって、しかし秋晴れの空は真っ青だし窓閉めて引きこもってるような場合かよという気もするんだけど、なんのことはない外に出たというのに劇場の暗闇だもんな。まあそれはそれということにしましょ。

おとついの金曜日は午後から時間ができたから日比谷有楽町銀座界隈はどうなってんだろうと思ったら、シネスイッチ銀座に長いことかかってた「めぐり逢わせのお弁当」が土曜日でおしまいというんだな。じつはずっと気になってたんだけどシネスイッチは一度かけた映画を簡単に下ろさないのもあって、たしか8月のなかばか後半にはすでに上映してたと思うんだけど、ほかに見たい映画もいろいろあったもんですからついタカをくくって後回し後回しにしてたんであった。

それとこの邦題。「めぐり逢わせのお弁当」。なんかいかにもほんのり甘いようなアットホーム系恋愛映画みたいのを想像させるじゃありませんか。じつはずいぶん前に同じシネスイッチで予告編見たときに面白そうだなとは思ったんだけど、邦題が足を遠ざけてしまったんだな。

インドの、大都会ムンバイの、サラリーマンの弁当なんだ。それを弁当専門の宅配業者というのかバイク便というのか、奥さんが作ったお弁当を各戸をまわって集荷にくるおじさんがいて、それを配送先別に分けて電車に乗せ、そこからまたおのおののオフィスへ配送し、最終的にはそれぞれのダンナの机の上まで配達するという、じつにまったく恐るべきカンペキさの配送システムがあるんだそうで、そこのとこをこの映画で見てるだけで、なんかもうインドのお弁当事情についてのドキュメンタリーフィルムでも見てるようなんだ。

でまあ、そのカンペキなはずの配送システムに狂いが生じて(とにかく集荷のおじさんに間違ってたって文句をいうと、そんなわけがない、なにしろハーバード大学の教授が調査してカンペキだって言われたくらいカンペキなんだからって、おじさん取り合わないくらい自信たっぷりなんだ)、若い奥さんが最近夫婦仲の冷え切ってる夫を振り向かせるために丹精込めてこしらえた弁当が勤続35年、定年間際の男ヤモメのデスクに届いちゃう。

そこからの展開が、もしかしたらほのぼのしそうな予感でしょ。でも、しそうでしない。ほのぼのする作り方もあったんでしょうけどこのカントクはしなかった。しかし会ったこともない相手に恋心は募ったりする。しかもダンナはどうも浮気してるらしいし。ちなみにおじさんのほうは奥さんを亡くして弁当は近所の食堂が作ったのを、カンペキ弁当配送システムで配達してもらってた。

弁当箱のなかに短い手紙を入れて、それで二人はやりとりするんだけど、ブータンに行ってみたいねえなんて手紙で会話になったりする。いい国みたいだよねえ「国民総幸福量」なんていってるし。あーインドの人たちもなんとなく隣国ブータンをうらやましいような目で見てんだなあって、スクリーン見てるこっちは思う。

ようするに二人ともなんとなく今の自分は幸福ではないと感じている。

おじさんが定年で会社を去って弁当は届かなくなり、弁当を通じた二人のコミュニケーションは絶える。で、ラストがいいと思った。シアワセになるでもなくフシアワセになるでもなく、だけどシアワセにもフシアワセにも、どっちに転んでもおかしくないような中途半端なところで、しかしここが止めどこだよなあと思わずにはいられない宙ぶらりんなとこで終わるんだ。

わかんないでしょ。それでいいんです。

インドの映画だけど音楽はほとんど鳴らない。通勤電車の走行音や子どもたちの遊ぶ声、街の喧騒に弁当配達のおっさんたちの歌うあれは労働歌? お祈りの歌?

そういえば子どもたちが路地裏でクリケットをやってると、ボールがおじさんの家の敷地に入っちゃう。子どもたちは帰ってきたおじさんに「すいません、ボール取って下さい」って恐る恐るお願いする。あーおれたちガキのころもああやって年がら年中、よそんちに飛び込んだボールを取ってもらったり取らしてもらったりしてたよなあって(おれたちはクリケットじゃなくて野球だったけど)。なんかインドなのに無性に懐かしくなっちゃってさ。

で終映間際の映画ひとつやっつけたと思ったら周防正行監督「舞妓はレディ」が有楽町のニュートーキョー本店ビル3階にあるTOHOシネマズ有楽座で、きのう土曜日までだっていうから最終回に飛び込んで貯まってたポイント使ってタダで見てきたんであった。

これはミュージカル映画だからね。もちろんわかってて見に行ったんだけど、おれはちょっとココロの準備が足らなかったのかヒロインの女の子がいきなり歌い始めたとこで椅子から転げ落ちそうになった(あとは慣れて大丈夫だったけど)。

これはもう舞妓さんになりたくてイナカから出てきた高校生くらいの女の子が、周囲のひとたちの暖かいマナザシのなかで舞妓修行をするっていう、まあマイ・フェア・レディをそのまんま京都の花街に持ってきたってばそれだけのことだけど、だからそれを存分に楽しめるようにカントクさんが料理さえしてくれれば存分に楽しんで映画館をあとにできるわけだから、こっちも何も考えずに楽しんできた。こういう映画は幸福感が充満してていいよね。ヒロインの子はかわいいし。こういう映画見るのにリクツなんか言っちゃあいけません。

しかし冒頭いきなり草刈民代の芸妓が片肌脱いで緋牡丹のお竜だもんなー。そのあとで冨司純子本人登場。冨司純子は博徒じゃなくってお茶屋を切り盛りするおかみさんです。歌も歌います。ミュージカルだから。草刈民代はもちろん踊りまくりね、日本舞踊も西洋式のダンスも。

それからヒロインほかの踊りのお師匠さんの中村久美、いやあほとんど正座したっきりでカメラも正面からだけのシーンがほどんどなんですけど伝統芸の世界を究めるめちゃくちゃ厳しいお師匠さんの迫力がすごい。だけど実際もこういう人たちなんだろうなあっていう、見たことないけどリアルな感じがしてね。

ヒロインの子は上白石萌音(かみしらいしもね)ちゃんですが、カワイイのにまったく名前が覚えられない。いまも公式サイトからコピペしてきました。
終映直前、劇場に駆け込んで見た2本_d0027243_12445224.jpg
ところで前回映画のことを書きとめてからあと、上の2本を含めて8本の映画を見た。
これらについては、またあらためて(なんつってると、やらないかもしれない)。
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by god-zi-lla | 2014-10-18 07:30 | 物見遊山十把一絡げ | Comments(5)
東京タワーの精密模型のような東京タワーの実物_d0027243_8563372.jpg
と夜の10時に東京タワー下バス停付近からツイッターで呟いてiPhoneで撮った写真も添えてみたんだが、あんまりそうは見えなかったからブログに載せたらどうかなと思ったんだけどね。

こうやって真っ暗な夜空をバックにして赤くライトアップされた東京タワーはその鉄の骨格が繊細な透かし彫りのように浮き上がって、(肉眼で見ると)まるで精密模型の東京タワーを見るようなのだった。

これはやっぱり近いうちに新しいカメラで撮り直しに行くしかないな。
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by god-zi-lla | 2014-10-15 08:58 | 日日是好日? | Comments(0)
どってことない箸休め(けど、そこそこウマイ)_d0027243_17421272.jpg
銀座に梅林ていう昔からあるトンカツ屋があって、せんだっての夜たまたまそこへ一人で入ってカツライスを注文したついでに生ビールを一杯たのんだところ、そのアテにニンジンと昆布を千切りにしたのを醤油に漬けたようなのが出てきて、最初はこれでビールをちびちびやってカツライスが来たあとはゴハンのうえに乗っけて食ってみたんだが、これがなかなか悪くない。

で、これは簡単そうだからいっぺんやってみようと千切りの昆布を買ってきてニンジンを千切りにして醤油を注ぎ、全体がひたひたになってちゃんと漬かるようわずかに水も加え(醤油だけじゃちょっとしょっぱすぎな気もしたので)、それに輪切りの唐辛子をバラっと散らして、とりあえず20時間ほど漬けておいてから食ったところ、やっぱりウマイ。

この写真に撮ったのは漬けてからもう10日もたったあとのヤツだが、浅漬かりのときもよいが、こうしてかなり昆布の粘りの出たのもオツなもんで、酒やビールのちょっとしたアテにも良し、炊きたてゴハンのうえに乗っけて食えばこれがまたなかなか色も鮮やかでゴハンの進むこと請け合いというやつなんであった。

ニンジンを千切りにする手間さえ厭わなければ(沖縄のシリシリ器などを使うのも良いか)、あとはなにほどのこともなく出来上がります。味はいまあなたがご想像のとおり。なんでもなさと、生のニンジンと昆布の歯応えがイノチだね。よろしければおひとつ。
by god-zi-lla | 2014-10-14 17:42 | 食いモンは恥ずかしいぞ | Comments(0)
マラソンセッションのシングル盤(たまにゃレコードのこともな)_d0027243_2249090.jpg
芝居といえば先月は大竹しのぶ・宮沢りえ・段田安則で清水邦夫作、蜷川幸雄演出の「火のようにさみしい姉がいて」をシアターコクーンで見た。ところが見終わってしばらくたってみると、大竹しのぶの、据わったまま宙をさまようことなく見開かれて、まるで人生に迷うことをやめてしまったような目ばかりが思い出されてならないんだ。おれはふだん宮沢りえは舞台俳優としてけっこうすごいところまで来てるよなあと思って見てるし、段田安則はもうたいしたモンだと感心しきりなんだが、大竹しのぶのあの目を思い出すとそういうすごいとか感心するとかの埒外の何かコワイものを見てしまったような気さえするのだった。

とまあ、いかにも芝居三昧のようなことをぬかしておるが、たまにはレコードだって買うぞ。

これは8月、買って2日目のカメラが故障して仕方なく神田小川町にあるサービスセンターに持ち込んで、それだけで帰るのもなんか癪に障るので古書店を冷やかしつつ神保町から坂を上がって明治大学脇にあるユニオンのジャズ東京に入り、スティーヴ・レイシーの持ってなかったソロアルバム(A面がライヴB面はスタジオ)と、このトシになってようやくすごさがわかりかけてきたような気がして少しずつレコード買ってるリー・コニッツのアルバムを1枚ずつ引っこ抜き、さてレジへ行こうかと思ってふと見るとシングル盤のセールの残骸コーナーが幅ほんの15センチか20センチあるのに目がとまったのだった。

いやーおれは全然シングル盤のコレクターでもなんでもないから、常設のエサ箱があってもめったに見ることないんだけどね。なんかこの、たまたま残りカスのようになってるセールのエサ箱を見るとつい手が伸びちゃう。もしかしたらちょっとしかないから、パッと見るのにちょうどいいってのはあるな。シングル盤てたいていジャケットないじゃないですか。そうするとレーベル面を1枚1枚じっと見なきゃ、どんなレコードなのかわかんない。つね日頃お目当てのブツを目を凝らして探索しているコレクターの方なら気力も眼力も続くんでしょうけど、べつに買う気もそんなにないくせにぼおーっとエサ箱パタパタしてる一般大衆のおれにそんな根性はハナっからない。

でこの日もつい見ちゃった。そういえばこのときもそうだった。そうか、これは新宿だったんだな。すっかり忘れてた。

でもね。当然セールの残りモノだからたいしたのはないんだ。今回のこれも盤面スリキズだらけの1500円だったしね。だけど両面マラソンセッションのマイルスからのシングルカットだしさ。A面がSteamin'からWhen I Fall In LoveでB面がRelaxin'からI Could Write A Book。しかもRVG。そもそもプレスティッジのシングル買うのも初めてならヴァン=ゲルダーの切ったシングルも初めてなんだ。

なんて思って、手に取ってしまえば運のツキ。

まーた、いりもしないものを、欲しいと思ってたわけでもないものを買っちまったなー。なんて思いながらもべつだん後悔するでもなくウチに帰って、うふふふふ、なんて顔して眺めてたんですけどね。ふと思い立ってこの2曲の録音年月日を調べてみたのだった。といったってマイルス・デイヴィスのマラソンセッションといえば56年5月11日と同じ年の10月26日の2回こっきりですからWhen I Fall In LoveもI Could Write A Bookもそのどっちかで録音されたに決まってるわけなんだけどさ。

そしたら、どっちも5月11日の録音でやんの。えへへへへ。やったね。

いやその、まえにも書いた気がしますけど、おれの誕生日って56年の5月12日なんです。念のため、大阪生まれ。だから米国時間だと5月11日。ドンピシャの祥月命日。いやいや。だから5月11日録音のマラソンセッションはちょっとだけ特別なのね。むかしはカセットにこの日の演奏だけダビングして聴いてたこともあったんだよな(もちろんLPから1曲ずつダビングした)。こんなかっこいい音楽をレコーディングしてた日におれは生まれたんだなあって、あんまり意味はないんだけどさ。でもなんか、うれしいじゃんか。

つうわけで、手に入れてみれば思いがけず自分だけに意味のあるおタカラになってしまったのであった。

(音は案の定ザリザリだけど、なんか活きのいい音がするんだこれがまた!)
by god-zi-lla | 2014-10-10 18:31 | 常用レコード絵日記 | Comments(0)

八月のたぬき

八月のたぬき_d0027243_2384764.jpg
そういえばこのとき「たぬき」はあらためてやるなんて書いときながら、れいによって放置してたら三津五郎は12月からまた休んで治療に専念するというじゃないか。んー、なんでもいいから元気になってまた出てきてほしい。いや出てこなくてもいいから元気になってほしい。おれより1つ上なだけだから他人事じゃないよ。勘三郎が亡くなったとか、桑田佳祐がガンで休んだとか、ホント勘弁してほしいです。突然だけど江川卓投手、お願いだからアンタも健康でやってください。みんなおれよか学年1コ上の昭和37年小学校入学だ。

8月の歌舞伎座は普段の月が昼夜2部のところ「納涼歌舞伎」と称して3部立てになってたので夜の圓朝作「怪談乳房榎」「勢獅子」を正規の前売り切符で見物し、第1部と第2部にわかれて上演された谷崎潤一郎の「恐怖時代」と大佛次郎の「たぬき」つう昭和の大作家の書き下ろした歌舞伎ふたつをそれぞれ別の日、暑い盛りの歌舞伎座の外の幕見の行列に並んで4階席から見物してきたんであった。

まあ納涼歌舞伎と銘打ってるくらいだから当然お客さんの背筋に冷や汗たっぷり流さしてやろうと幽霊が大活躍する乳房榎に、残虐猟奇趣味満載スプラッター歌舞伎の恐怖時代、そして死人が焼き場で復活する「たぬき」で怪談三題ってことではあったんでしょうが、思えば圓朝だって明治時代のひとだ。徳川の時代かられんめんと続く歌舞伎にしてみりゃ「新作」が三つ、朝昼晩の公演それぞれの呼び物になってるという趣向でもあったんだろうな。

さて谷崎潤一郎がどんな耽美的な世界を歌舞伎のなかに描き込んだんだろうと思って楽しみにしてたらこれがスゴくてね。むかしの武智鉄二の演出ではもっとスゴかったらしいけどバッサバッサと人が斬られて血が飛ぶんだよ。挙げ句の果てに登場人物は勘九郎演ずる茶坊主を除いて全部斬り殺されるか自刃するかしてむごたらしく死んじゃうんだもん。いやー歌舞伎ってけっこう残虐なのが多いですけど、何を思ったか大谷崎は歌舞伎のそういう残虐シュミなところを思いっきりクローズアップしたというか、さらに傷口をぐりぐりしてスプラッター三昧というのか、文豪は原稿用紙に向かいながらメラメラと嗜虐の欲情を燃やしてたんではあるまいか。

まあそういうのが好きな人もヨノナカには大勢いらっしゃるんでしょうけど、おれにはちょっとなあ。歌舞伎ってさ、見始めて知ったんですけど救いようのない話というかミもフタもない話というか、そんなのがすごく多くって初心者としてはそういう芝居のどこいらへんを江戸の人たちが愛でたのかいまだに理解できなくてさ。そんなこといったって、そこが歌舞伎なんだからもうちっと勉強しなさいっ! って言われりゃあそうなんでしょうが、なかなか馴染めないもんはやっぱりナジメない。だけどまあ昭和51年以来38年間も上演されなかったってんだから、このスプラッター歌舞伎にナジメない人がけっこういたってことの裏返しでもあるんだろうな(げんに今回残虐な殿様を演じた橋之助は、小学生の頃この芝居を見て気持ちが悪くなったとインタビューで語っている)。

それでも、もしかして七之助の演じためっぽう腕の立つ美貌の小姓が、あるじに命ぜられるまま人を斬るうち次第次第に血に狂っていく感じをもっと出せていたら、あるいは少し違った印象だったのかなと思わなかったわけでもない。だけどそれにしたってプログラムにあるように「文学性と芸術性が昇華され、独特の雰囲気に包まれた一幕」にはどう考えても見えなかったもんなあ。えー、どこがブンガク! どこがゲージツ!?ってカブキ初心者のおれは飛び上がっちゃうんであった。

それはともかくとしてだな。肝心の大佛次郎作「たぬき」でございます。三津五郎演ずるのは大店のあるじだけど番頭あがりの婿養子、家付き娘の奥さまに長年アタマが上がらないのに嫌気のさして近ごろは吉原通いで家にもロクに寄りつかないのがなぜか珍しく帰宅したところでポックリ逝って、幕が上がると場面はいきなり深川十万坪の焼き場で肝心の主役は棺桶のなかにおさまって顔も見せないうちにお葬式だ。で、それが生き返るわけです。夜もかなり更けたころ焼き場のおじさんが酒で暖まろうとしてる横で突然棺桶がひっくり返って蓋がとれ、なかから経帷子の三津五郎が転がり出てくる。

焼き場のオヤジは死人が化けて出たかと一瞬肝をつぶしたものの蘇生したとわかって、こりゃあ旦那ホントに良かった良かった、これからお家に帰りましょう。こうして着物もありますからどうぞ縁起でもない経帷子からこれに着替えてくだせえやし。というのを三津五郎の旦那は、いやオヤジおれをこのまま死んだことにしておくれ。礼はたっぷりするから他人を焼いた灰を適当に見つくろって宅のほうに届けといちゃあくれまいか。せっかくこうして巡ってきた運だ。おれはこれから別人として生き直すぜと、謝礼の十両渡すためにオヤジを連れ、恐い奥さまには内緒で囲っている若い女の住まいを目指すのであった。

すいませんが、筋はそういうことですけどセリフはテキトーです。

吉原にほど近い妾宅へ辿り着くと、七之助演ずる若い妾は旦那が死んだのを悲しむ風もなく勘九郎演ずる幇間の兄に、悲しそうな顔のひとつもしてみろいと説教されるのに向かって憎まれ口を叩いている。兄が帰ると今度は獅童扮する愛人の貧乏御家人を寝間に引っぱりこんでイチャついてるところを三津五郎は物陰から目撃してしまうのだった。自分が死んだことになって葬式まで済んでいるのをこれ幸い、妾宅に貯えてあったカネで残りの人生若い女と面白おかしく暮らしてやろうという目論見は露と消え、落胆した三津五郎は何事かを心の底に秘めるように、隠してあったカネを持ち出してイズカタともなく去っていくのであった。

でね。ここまでのとこはわりかしコミカルなタッチというか、最後に意を決して妾宅から立ち去るシーン以外、焼き場で生き返るところも妾宅を覗き込んであわてふためくところも、完全に喜劇なんだよな。それが後半いずこかへ去った三津五郎は持ち出した金でもって横浜で名前も変えて商売を始めてこれが成功していまや大店のあるじとなっているのであった。ここから後半。

それから数年たって商売仲間と江戸に芝居見物にやって来た三津五郎はその芝居茶屋でかつての愛人の兄、幇間の勘九郎と偶然再会する。幇間は死んだはずの妹の旦那が突然目の前に現れて腰を抜かすが、当の三津五郎は人違いだとシニカルな薄笑いを浮かべている。

そのあたりが上の写真の場面ですね。三津五郎はかつて若い女に騙されてたことにも気づかないようなお人好しのおっちょこちょいだったころとは打って変わり、いつのまにか苦み走ってちょいと斜に構えて眼光鋭い筋金入りの大商人に変貌していたのだった(立ってるのが三津五郎。となりは勘九郎の幇間)。

さて芝居の合間、散歩に出ようと勘九郎の幇間を伴って芝居茶屋を出た三津五郎はもとの自分の店の近くの寺に足を向けるのだった。そこへ好きな男と所帯は持ってみたものの甲斐性のない亭主(獅童)のおかげでやつれ果てたかつての愛人七之助がたまたま通りがかる。兄の勘九郎が妹の七之助に、死んだ旦那にそっくりの男がいるから見てみろと囁く。七之助はそっと三津五郎を盗み見るが三津五郎は冷たい視線を七之助に向けるだけだった。七之助は兄に、たしかに死んだ旦那によく似た人だけどあの人は別人だと言う。おりしもそこへ三津五郎の幼い息子が乳母と連れだって通りかかって三津五郎に気づく。そして気づいた途端、あ、父ちゃんだ父ちゃんだと叫び始めるのだが、乳母はもう何年もたってるのにこの子はお父ちゃんが忘れられなくて、ほんとに不憫なことだねえと言いながら息子の手を引いて去っていくのだった。

それを見ていた三津五郎は、心の曇ったオトナの目は騙せても純な子どもの目は誤魔化せねえと独りごちてから、もといた自分の店を目指して歩き始めるのであった。

えんえん説明しちまったぜ。

というような話の前後で同じ人間がまるで違うふたつの人生を生き、最後にはそれをひとつにまとめていこうとするのを三津五郎が演じていたんだが、ガンとの闘病から復帰してこの役を演じるというのはやはり何か思うところがあったんだろうと思わないわけにはいかない。で、それを見事に演じ分けて見せた三津五郎を、たいしたもんだなあと思ってこっちは歌舞伎座の天井近くから見物してたんだけど、それがまた年内休むというんだから心穏やかではいられないよ。

この芝居も10年ぶりの再演というんだけど、正直言って人生を二度生き直すこの男たったひとりのための芝居で、かつての若い愛人との間に何かが再び起こるわけでもなく、この男以外の登場人物は愛人も幇間も焼き場のじいさんも恐い奥さまも、それぞれにそれなりの見せ場はあるにせよまるで横並びの脇役にすぎないように見えるんだ。だから芝居としてはもっぱら男の心のありようが変わるさまをほとんど一人で見せていくわけで、これはけっこう難しい芝居かもしれない。だからこっちはこっちで10年も再演されなかったんじゃあるまいかと思ったりしたのだった。ちなみに10年前に演じたのも三津五郎で、もともと大佛次郎は二代目松緑(歌舞伎の舞台は知らないけどNHK『勝海舟』の父・小吉に扮した松緑さんが主役の渡哲也よりずっとカッコ良かったのが今でも忘れられない)のためにこの芝居を書いたんだそうだ。なんか、なるほどなって感じがする。

こういう陰影のある芝居ってあんまり歌舞伎で見たことないんだよな、なんて初心者がわかったふうなこと言っちゃいけないかもしれないけど、そのへんがいかにも大佛次郎っていうとこなんだろか。しかしそこにキッチリ嵌まってくる役者がいて初めてドラマとして活きてくるというか、ちょっとしっとりとしてそこそこの軽みとそこそこの重量感と原色でなく中間色の味わいのある役者が演じることによって値打ちの出てくる芝居なんだろうという気がする。

もう一度、三津五郎で見てみたいもんです。
八月のたぬき_d0027243_1746632.jpg

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by god-zi-lla | 2014-10-08 13:31 | 物見遊山十把一絡げ | Comments(0)
赤とんぼ(カメラ買いました)_d0027243_16482047.jpg
物干し台の先っぽのベランダから少し空中に突き出したところにときどき赤とんぼがやってきて、なにをしてるんだかわからないがこうやって止まってることがある。長いときは1分以上止まってることもあって、獲物でも待ち受けてるのか(そもそも何食ってるんだろう)、天敵を避けて身を隠してるのか(隠れてるようには全然見えないけど)それともたんにくたびれて羽根を休めてるだけなのか、とにかく止まってる。あんまり近づいたら逃げられそうだし、お休み中のところお邪魔するのもアレだからそおーっと2メートルくらい離れたとこから撮ってみたのが写真なのだった。

きのうきょうと少し蒸し暑いけど、赤とんぼが空に舞って、秋は秋なんだねえ。

それにしてもシロートのおれが2メートル離れたところから体長5センチくらいしかない赤とんぼをズームレンズの42mm(35mm換算で84mmか)で撮ってこのくらい写るんだから、最新のカメラってのはほんとすごいもんだと思う。なにしろファインダーの上ではまん中にトンボらしきものがちょこんとあるだけでカタチを確認できないくらいにしか見えてないんだからさ。

オリンパスのOM-D E-M10というのを8月に買いました。それがいきなり初期故障で神田小川町にあるオリンパスのサービスセンターに持ち込んで入院2週間、治ってきてからまだいくらもたってないうえにカメラ持って外に出ようと思った日にかぎって雨だったり、良い天気のときはそれどころじゃなかったりして、まだちゃんとコイツと付き合うとこまでいってないんだよな。

このときキヤノンのPowerShot Pro S1を買ってから先月でまる9年、ずっと無故障で働いてくれてたのがついにこの夏前マトモに写ってくれないようになったんだけど、この9年のデジタルカメラの進化を考えると大枚叩いて修理に出すくらいならPowerShot Pro S1と同価格帯の新しいカメラを買うだけではるかに高性能なカメラが買えるんだからそうしなさいという斯界の大家のお言葉もあって、そのつもりにはなったんだ。ところが、それではおれに必要なカメラとはいかなるものか。いやそもそもiPhoneのカメラ機能でもこれだけ写るのに別途カメラなどというものがおれごときに必要なのか、なーんて考え始めたらどうしていいかわかんなくなっちゃってね。ぐずぐずと迷っているうちに気がつけば数か月があっちゅうまにたってしまっていたのだった(ホントはおカネがないというのが一番の理由だったんだけどさ)。

つうわけでオリンパスOM-D E-M10、14-42mm3.5-5.6EZレンズ付きでお値段は多分PowerShot Pro S1より1万円くらい安かったんじゃあるまいか。それでもって性能は比べる気にもならないくらいにダンチの差ってやつだもん。

オリンパスのカメラというと大学を卒業する間際、バイトで貯めたお金で卒業記念に一眼レフのカメラを買って友だちと旅行に行こうと企んだんだ。で、その時どっち買おうか迷ってたのがオリンパスのOM-2とキヤノンのAE-1なのだった。

その後就職してからはまあオーディオとかね、あっちもこっちも薄給の身で手が回りかねたしさ。そうこうしてるうちに結婚して子どものいる生活が始まると一眼レフよりも手軽にバチバチ撮れるコンパクトカメラ(そういえばオリンパスXAを勤め先の先輩から譲ってもらったこともあったなあ)と、それになにより子どもといえば圧倒的にビデオカメラだもん。いつのまにか一眼レフカメラの出番がどんどん減ってビデオは結局アナログの時代に8ミリビデオカメラをもっぱら子どもたちを撮るためだけに二度買い換えることになっちゃった。

そして子どもたちはとっくのとうにオトナになり、オリンパスCAMEDIA C1400Lを二代目のデジカメとして求めてからもう15年以上になるのかな。そしてデジタル時代もずいぶんと深まった今年になって、36年前買うかどうしようか迷ったオリンパスのOMって名前のついたカメラをとうとう買うことになっちゃったんだよなあって、なんだか自分の人生までほんのちょっと振り返って感慨に耽ったりもしてさ。

そんなこともあって、じつは何か気のきいたふうな景色かなんか撮ってきてから「カメラ買いましたあ〜」なんてやってやろうかと思ってたんだけどね。それもなんだかおれらしくないよなあと思ってたらまた台風が来るっていうし、とりあえず赤とんぼが飛んできてくれたところでお披露目ということにいたしました。

まあそのうち、秋晴れのいい天気にでもなったら小石川後楽園とか六義園とか浜離宮恩賜庭園とか清澄庭園とか向島百花園とか地下鉄で行ける範囲の景勝地でも訪ねて、いかにもな写真など撮りまくってご報告するつもりでございますので、その節はおおいに笑ってやってくださいまし。
赤とんぼ(カメラ買いました)_d0027243_19521550.jpg
つうわけで新しいカメラをiPhoneで撮ったのだった。
by god-zi-lla | 2014-10-04 20:03 | 日日是好日? | Comments(2)