神はどーだっていいとこに宿る


by god-zi-lla



つうわけで毎日いろいろありますけど、最近いちばん聴いてるのはこの人のアルバムなのだった。

ずいぶん前(もしかして2年くらい前か)のことだけどYouTubeの〈Tiny Desk Concert〉のチャネルをぼんやりとあれこれ聴いてたところ、たまたま上の映像に行き当たったんである。おー、なんだかこの、おじさんバンドを従えて歌うメキシコの可愛らしいシンガーがやけにいいじゃんか。

Natalia Lafourcade、ナターリア・ラフォルカデでいいのか? だいたい名前をなんて発音するのかすらわからない。けど、なんかいいなあ、もうちょっと聴きたいもんだと、たまたますぐに買えるCDを(つまり選ぶ余地はなかった)1枚買ってみたんであった。

ウィキペディアを見るとメキシコの人だってことしかわかんない(それだけだったらYouTubeで本人が演奏の合間にちょっとだけ喋ってること聞いてりゃ、おれにだってわかるって)。届いたCDはと見れば、これがスペイン語だけでやんの。でもね、それでもいっこうにかまわない。音楽ってな聞こえるものがすべてなのさ(なんちて)。

上のTiny Desk Concertの演奏はわりかしメキシコ、メキシコしてるっつうか、おれのようなモンガイカンが聴いても、あーこれはメキシコの音楽だなあって感じにきこえる。それに対してたまたま手に入れた〈Un Homenaje Al Folclore Latinoamericano En Manos De Los Macorinos Vol.2〉ってアルバムはもっとヴァラエティ豊かに汎ラテン的つうか、ちょっとボサノヴァっぽいトラックとか、哀愁が溢れに溢れて、あーこれ聴いてると日本のムード歌謡曲ってこういうとこにご先祖様がいるんだろなーって感じのトラックとか、じつにさまざまですごく楽しい(すまん。ラテン音楽に詳しい人だったらいろいろ説明できるんでしょうが)。

だけどいっときあんまり聴いてなかったんだよな。それがこないだ、ふと思い出して久しぶりに聴いてみたんだ。そしたら案の定いい。

ふだん、おれはなんつうか癒されたくて音楽聴こうなんてまるで思わないんだけど、たまにはそういう時間があってもいいとは思う。

ブログに書いたことがあったかもしれないけど2011年の震災の後そんなに間を置かないころ、細野晴臣が〈Hosonova〉っていうこぢんまりとしたアルバムを出してさ。タイミング的にいって震災のときには完全に出来上がってたはずのこのアルバムが、なぜかドンピシャあの時期の沈鬱でいたたまれないような不安の日々のなかにじわじわと染みてきてさ。あの年の4月5月くらいは、このアルバムをたぶん毎日どころか日に何回も聴いてた気がする。

それでね。あれから9年たった2020年3月は、このメキシコのシンガーのアルバムがじわじわとココロに染みてくるもんだから、ほとんど毎日のように聴いているわけだ。

するとさ。あのころとは逆にさ。そんなふうに染みてくる音楽があるってことは、つまりおれの心持ちのなかにあの2011年の重苦しい気分に近いものが少し兆し始めてるってことなんだろうなあと思い当たってしまうんであった。

あーいや、そんな辛気くさいことを書くつもりじゃなかったんだよ。そんなことはともかくこのNatalia Lafourcadeつうメキシコの若い女性歌手の声と音楽が、なんともいえない心地よさだもんだからさ。

ちょっとイヤな感じに凝り固まってしまいそうな気分を、ちから任せじゃなくゆっくりとほぐしてくれる。このひとのアルバムと、先日ちょっと書いたジェイムズ・テイラーが出したばかりのスタンダード集がいまこの時期のここにあって、ほんとに助かったなあと思う今日このごろなり。



小さな机で小さなメキシコ娘が_d0027243_23481176.jpg


Un Homenaje Al Folclore Latinoamericano En Manos De Los Macorinos Vol.2 ( Sony Music Latin 19075822822 )



# by god-zi-lla | 2020-03-25 23:57 | 常用レコード絵日記 | Comments(4)
アレのストレスで衝動買いしたわけではない、と思いたい。つか、そういう物欲を刺激するテのブツじゃないし(お題も長いがマクラも長いうえにサゲはない)_d0027243_22571464.jpg


なんか最近、めずらしくこのブログ更新が頻繁になってんなー、たいしたネタでもないのに。と訝っておられる方もいらっしゃいましょうが、そうなんです。お察しのとおりこれはストレス解消策のひとつでございます。

どーでもいいような話題をあーでもないこーでもないとこねくり回してれば、その間はアレのことを考えないですむからね。

あ、そうそう。今後このブログでは「アレ」のことを「アレ」の脅威が去るまでのあいだ、直接「アレ」の名前を記さないで「アレ」と表記することにしたんです。もう決めてしまったので「アレ」がなんのことなのか、もう書くわけにはいかない。

でもまあ、イマドキ「アレ」といえばアレのことに決まってるから分かるでしょ(つか、かえって煩わしいか)。

つうわけでトランスが上の写真である。トランスといってもステップアップトランス、電灯線100ボルトを115ボルトに昇圧するトランスです。いわゆるひとつの外国の電化製品を日本で使うためのアレね(『アレ』といってもむろんあっちのほうの『アレ』ではない)。

つまり別段オーディオ専用のキカイつうわけではない。だからこいつにアメリカ製の電気炊飯器なんかを繋いだっていっこうにかまわない。かまわないんだがウチにゃそんなモンないし(どこならあるのかUSAの電気釜)、アメリカの家電品(って呼んでいいのか迷いますけど)ちゃあおれんちではアンプである。

でコイツを秋葉原に買いに行ってもよかったんだけどアレのこともあるしさ(不要ではないが不急ではある)。それにどう考えたって金属のカタマリだから重たいので、ラジオデパートにあるトランス屋さんのネット通販で買って宅配便で届けてもらったんでした。

でもそれがさ。配達に来た宅配便の人は若いニイチャンでなくて、もうちっと年配の、つか、ずっと年配の、ひょっとしたらひょっとして、おれとあんましトシの変わらないふうに見えるおじさんでしかもやや弱っちい雰囲気の、どう見たっておれのほうがいかついガタイのおじさんなんである。

我が身を振り返り、ビミョーな罪悪感を感じる。

このおじさんにこんな重たいもの持たすんだったら、アキバへおれが行ったほうがよかったのではあるまいか。おれってなんか人の道を外したことしてんじゃないのかって。

話は変わりますけど、ちょっと上等なホテルなんかでチェックインするとベルボーイがさっと寄ってきて荷物を持ってくれたりなんかするでしょ。まあ、それはそういうモンだからそれでいい。でもさ、近ごろはそれがベルボーイじゃなくて「ベルガール」だったりすることが結構多い。

あれ困るんだよな。お客さま、お荷物お持ちしますったって、お嬢ちゃん、アタシがアンタに持たすのかい? こっちがもう足元もおぼつかないようなヨボヨボのじいさんならいいけどさ。どう見たって荷物持ってやるのはこっちのほうだって。お嬢ちゃんに荷物持たしたら、ほかの人が見たらまるでおれが虐待してるみたいじゃんか。

これが若いニイチャンだったらひょろひょろだろうが青瓢箪だろうが、腕の太さがおれの半分だろうが、おう頼むぜって遠慮会釈も情け容赦もなくドンと持たせるんだけどさ。

って、そういうのないですか? かりに吉田沙保里や浜口京子のような人なら別だけど、なぜかそのようなベルさんを見たことはない。

いやいやそんなことじゃないんだって。

もう、かれこれ12年近くにもなりますか。marantz 7をステップアップトランスを使わずにずっと使ってきたんだよ。こいつのリアパネルの電源コードの生えてるあたりには117ボルトと印字されています。まあ本来こいつはその電源電圧で使うべきモンであることは承知のうえで、しかしトランスを介さずに使い始めたんであった。

その前にね、そもそも我が家の電灯線にはいったい何ボルトの電気が来てるんだろうかとテスター突っ込んで調べてあった。そしたらいつ計っても105ボルトより下になることがないんだ。だったらまあいいんでないかい? 昔のアメリカの家庭用電源ってのはけっこう大ざっぱで高かったり低かったり、そもそも117ボルトなんて中途半端な数字そのものがアヤシイ。

marantz 7を100ボルトで使うと音がナマるとか優しくなるとかという話はいくつか耳にした。そうなのかもしれない。でもウチは105ボルトだしって開き直ったりなんかして。

それからしばらくしてプレーヤーとかプリアンプとか、システムの上流を屋内配線からアイソレートさせる用にプライトロンのトランスを入れたんだよ。ステップアップするんじゃなく1対1のタップから引き出してコンセントボックスを付けてさ。

で、間違いなく1対1のタップなのにテスターで計ったら107ボルトくらい出るんだよ。でもまあいいや。マランツもここに刺そう。それが11年前のことで、それ以来ときどきテスター突っ込んでみましたけど107ボルトより下だったことはないから、わがmarantz 7はずっと107ボルトで鳴らしてたわけだ。そしてそれに、なーんの不満もないまま幾星霜。

でもさ。そこはそれ。なんとなく長年にわたって「定格」117ボルトで鳴らすとどうなんだろか、とか。やっぱご老体だからちゃんと定格電圧で使ってやったほうがいいでないか、とか、そういうことを折に触れ思わないではなかったんだ。でも、やってみようってとこまで行ったことは一度もない。横着だから。

それがいまさらなんなんだと言われれば、そう「アレ」のせいなんである。言い換えるなら「アレ」のせいで小人が閑居してたら、つい不善を為しちゃったんである、ポチっと。現代の「不善」はまさに一瞬のデキゴトである。

そして届いてみると前述のごとく、宅配便のおじさんに持たすのが悪いと一瞬思うくらの重さがあるし、段ボールから出してみると(あらかじめ寸法を確認してから注文してるのに)思ったよりもデカい。んー。そういえばウチにはもうこんなブツを置く場所なんてないじゃんか。でもね。来ちゃったものはもうしょうがないんだよ。

来ちゃったものは使うしかない。まずはコイツを何か板っぺらに固定してやろう。

こういうものは経験上なるだけ厚みと重さのある材料に固定してやったほうがいいと分かってる。それに、ともかく「台座」に取り付けてやんないと、取り回すときあちこち傷つけたりして危ない。ちなみにプライトロンのトランスは東急ハンズで買ったカリンの端材に2口のコンセントボックスと一緒に固定した。いっときカリンの端材が横浜ハンズの材木コーナーにいっぱい積んであってさ。そのときにけっこう買い漁ったんだよね。

でもさすがに10年以上前のことだから、家じゅう探してもカリンはもう風呂の焚き付けにもならんようなカケラしか残ってなかった。そのかわり21ミリ厚のシナ合板の端材が残ってたから、これから切り出して台座をこさえ木ネジで固定してみたのが写真である。

そしておもむろにコイツを壁のコンセントに繋いでテスターを刺してみたんであった。するとテスターは119ボルトを表示する。ちなみにトランス自体の定格表示では「input 100V / output 115V」となっている。

いや、そもそも壁のコンセントに105ボルト出てるんだから「100→115」のトランスなら117ボルトくらい出るよなーとは思ってたんだけどね。んー、こんだは定格より高めかあ。まあでもアメリカの電源電圧は115ボルトから120ボルトの範囲ってことのようだからオッケーってことで(だから『なか取って』117ボルトなんてハンパな表示になるんだろうな)。

それでも念のため(オッケーとか言いながら内心気になってる)、「April 1959」と末尾にクレジットのあるmarantz 7のインストラクション・マニュアル(ネットで見つけたPDFファイル)を見てみると、

Pulg the power cord into source supply 105 to 125 Volts, 50 to 60 cycles AC only.

なーんだそうだったのか、おれんちじゃ最初っからずっと許容範囲だってことじゃんか。今ごろ気づいてどーすんだ。すいません、英語苦手だもんでちゃんと目を通してませんでした(しかし、これって当時のUSAの家庭用電源事情を反映してるってことですかね。大変だねアメリカの家電メーカーは)。

つうわけで、めでたくmarantz 7は公称115ボルト、実測119ボルトで稼働し始めたのであった。スイッチオンするとパイロットランプが以前より心なしか明るく輝いているような気がするが、多分気のせいだろう。

音のほうはといえば、107ボルトのときより気持ちバリッと張りのある音になって低域の輪郭が少しはっきりしたような気もするが、気のせいかもしれない。いっぺんトランスの有り無しを比較してみればいいんだが、なにしろ横着者だもんでね。一体いつのことやら、ホントにやってみるのやら一向にわからないのであった。

つうわけでマクラばかし長くてすいません。ちなみにトランスはゼネラルトランスのU-1500EDで「オーディオや音響、ギターアンプ向き」と紹介されてます(『オーディオ』と『音響』はどう違うのであろうか)。ゼネラルトランスはアキバの老舗「ノグチトランス」を引き継いだ会社のようだね。








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# by god-zi-lla | 2020-03-23 12:48 | オーディオもねぇ… | Comments(0)
花見にはまだちょいと早い東京だがしかし_d0027243_00125598.jpg



まあ、概ねこんな感じではあったからね。来週なかばくらいからが見頃ですか。

しかしいくら地ベタに座りこんで宴会やらないったって、歩くのも押し合いへし合いな上野恩賜公園や目黒川沿い、それから千鳥ヶ淵なんかはちょっとなあ。人通りのそれほどないひっそりとした桜並木とか、そういうとこを探してそれも平日にちょっと散歩するくらいが吉、ですかね今年は。

こないだに引き続き老夫婦は芝公園方向へ。もう少し咲いてるかと思ったら芝公園はまだほとんど咲いてない。あんまり聞いたことないけど「一分咲き」ってくらいですかね。とりあえずタワーの先っちょが写り込むワザとらしい写真を撮ってみましたけど、満開になりゃあきっとタワーは見えなくなります。

まあしかしアレだ。今日はほんとは歌舞伎の切符を買ってあったんだよ。それがこんなことで結局今月は初日も開かないまま中止ということになった。こういうときウチに籠もってると鬱々とした気分が積もってきて身体に悪い。だから桜もまだかもなあと思いながら、とりあえず外に出てみたりするわけだ。

そういえば今月はなにを見る予定だったんだっけなあ。もう忘れちゃったよ。昼の部には福助が出るから、それを見に行くつもりだったかなあ、なんて。

それでこのあと、閑散とした東京プリンスホテルへ入ってコーヒーを飲んでひと休み。それにしてもこの東プリのガラガラぶりはどうよ。なにしろロビーの宴席案内掲示板がすべて空白なんだぜ。こんなことってアリか。いつもの年なら短大の卒業謝恩会とかそういうのがズラズラズラっとあって、そこいらじゅうに振袖ハカマの小娘が充満してる季節じゃあるまいか。んー。

いや、ヤメとこう。おれがここでそんなこと書いて事態が好転するわけじゃなし。

それにしても今月は芝居やらコンサートやら全部中止で払い戻しになっちゃったし、このカネでウマイもんでも食いに行くかレコードでも爆買いするかなんて、考えている今日このごろである。

下の写真は赤羽橋の交差点のとこの桜。この木はけっこう咲いてましたね。五分咲きの手前くらい。この開花の早い遅いの違いは何で決まるんでしょう。日当たりだったら芝公園のほうが良さそうだしな。早い木は毎年早いし遅い木は毎年遅い。これもなにか「種」の生存のための知恵なのかしらん。

でその桜に止まって何か食ってる鳥がいる。これはヒヨドリですか?



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# by god-zi-lla | 2020-03-20 23:59 | 物見遊山十把一絡げ | Comments(0)