神はどーだっていいとこに宿る


by god-zi-lla

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東京は二日連続の真夏日必至の午前中なり。その暑苦しい朝からまったく申し訳ないような写真でございます。

この人相の悪い三人組は左のカモを見つけてニヤリとほくそ笑んでるのが詐欺師のスティーヴ・レイシー、まんなかの列車強盗団の親玉がダニエル・ユメール、右は元特殊部隊員で今は特攻野郎Aチーム所属のアンソニー・コックス。この3人が組んでどえりゃーことをしでかしたんである(んなわけねーだろ)。

もう10年以上むかしに出たアルバム「WORK」がソプラノサックスとドラムスとベースでこのメンツなんだが、いまさらなんでそんなものを持ち出してきたのかといいますと、つい先日久しぶりにこいつを引っぱり出して聴いてみたところ随分と印象が変わってるんだ。

どのくらい久しぶりに聴いたのかというと、ロジャースのStudio 2Aが来てからは間違いなく一度も聴いてなくって、おそらく15年以上使い続けたアコースティック・エナジーのAE2Rでしか聴いたことがなかったと思うんだな。つうことは、どんなに近くとも2010年の夏よりも前ってことだ。

ところでスティーヴ・レイシーが亡くなったのは2004年だからもう10年以上が過ぎた。つい数年前のことかと思ってたら矢の如き光陰である。それはともかくおれはフリー、アヴァンギャルド系ジャズのコアなファンというほどじゃないが気に入ったフリージャズのアルバムならいくつもある。なかでもレイシーのレコードCDはとくに集めようと思ったわけでもないのに結構あってね。それはやっぱりこの人の音楽のシンプルさと、そこはかとなく漂って絶えることのないユーモアと、自分の音楽にたいする確固とした態度、それからなによりもあのコルトレーンとはまた違ったソプラノサックスの音色にすごく惹かれるからなんだと思う。

このCDを買ったときにはまさかその1年後にレイシーが死んでしまうなんてことは勿論考えもしなかった。そのときはたんにレイシーのニューアルバムはなかなかスゴいメンツのトリオだよなあと思いながら買って聴いてみたに違いないんだ。じっさい聴いてみるとこれはじつに塩梅よく落ち着いて聴ける、なんちゅうか酸いも甘いも知り尽くしたハード系ジャズ業界のオトナ3人が聴かせる安定感タップリの音楽でね。

まあ、あらゆる音楽は人それぞれ好きずきなわけで、こういう音楽もまた人それぞれの受け取り方があるんでしょうけど、おれはこのフリー系のジャズミュージシャンが「円熟」して(だけどビバップをやったりスタンダードをやったりするんじゃなくて)変わらずアヴァンギャルドな場所にいながら円熟を見せるというってのが、なかなかいいもんだよなあと近ごろつくづく思ってるわけなんである。

まあそのへんの境地に12、3年前の自分自身はまだ到達してなかったってのも大いにあるんでしょうが、このアルバムをつい先日ひさびさに聴いたら今までにないようなとてもいい心持ちにになってしまったんであった。

この3人のプレイというのは高いテンションを持続しつつ、だけど同時にすごくリラックスして打ち解けた感じもあるうえ曲のひとつひとつは短めで未練たらしくズルズルやんない。そしてその短いなかにいろんなアイデアを三者三様のやり方でブチ込んでくるから聴いてるほうはもう楽しくて飽きるということがない。だからきっとやってる本人たちも楽しかったにちがいないと思うんだが、とにかくまあそういう音楽なんだよ。

しかしそういう感じを以前聴いたときより今回のほうがずっと強く感じるのはなんでかと考えると、おれ自信の音楽の聴き方に変化があったということと(それは歳を取ったということと、もしかしたら同義かもしれないんだけど)やっぱり当時とはおれの使ってるオーディオが変わったってこともあるんだろうな。そう思い当たったのはアンソニー・コックスのベースがブンブンバシバシとバンドに睨みをきかせてるのに驚いたからなのだった。

あのAE2Rってやつはシャープで瞬発力のあるスピーカーだったけど、ふくよかさだとか中低域のたっぷりとした感じとかそういうものは大きさからいってもやや苦手だったし、アンプもそういう傾向のゴールドムンドの√SRシリーズだからなおさらだった。だけどまあ自分の聴き方が徐々に変わってきたからこそアンプを替えたのを皮切りにAE2Rを手放して口径30センチのウーファーがのびのび鳴るようなスピーカーを求めたわけで、このアルバムがそういうふうにきこえるよになったってのはある意味思ってた方向にウマく舵を切れたってことなのかもしれないと思ってるんだけどね。

それにしてもこうやってあらためて聴いてみると、このアンソニー・コックスのベースの迫力というのはかなりなもんだよ。量感があって音程もはっきりしていてキレもいい。これはしかしかなりの高音質録音だってことでもあるんでしょう。ことさらジャズっぽい音作りにしてるわけじゃないから、音量を上げていくと直線的にどんどんリアルな音になってく感じで破綻しない。いやこれはついヴォリュームをぐいっとやりたくなるアルバムだから気をつけないといけません。

だけどスティーヴ・レイシー。何度も何度も書いちゃあ愚痴ってますけど一度でいいからライヴで聴きたかった。そのチャンスはいくつもあったのに、これも巡り合わせってヤツなんだろうなあ。レイシーを意識して聴くようになってから少なくとも2回くらいは来日してたのに、まさか60代で亡くなるとは思わなかった。結果的にこのアルバムなんて晩年の録音のひとつになっちゃったってことだもんなあ。惜しかったよなあ。
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つうわけでこれがデジパックのパッケージで、いっけんよくありげなヨーロッパジャズレーベル的デザインですけど中を開けば冒頭の3人の写真があろうことかカンノン開きに綴じ込まれて大迫力(いや大迷惑か)なのであった。

(harmonia mundi SKE 333028・HM79)
by god-zi-lla | 2015-05-27 10:07 | 常用レコード絵日記 | Comments(2)
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じつはセロニアス・モンクのレコードやCDってそんなに持ってない。念のため数えてみたところLPが8枚にCDが4枚と、あっというまに数え終わっちゃった。まあそもそもだれのであれピアニストのリーダーアルバム自体がうんと少ないおれのレコード棚ですから、その中じゃあモンクの12枚ってのはもしかしたら多いほうかもしれないけど、初めてジャズのレコード買ってからもう40年たつんだもん。少なくともセロニアス・モンクが大好きで昔っからよく聴いてるんですなんてウソを平気で言える数じゃないよな。

それがなんで最近出た村上春樹のモンクの本に手を伸ばしたのかといえば、新聞に載った発売広告で見たこの本のタイトルがみょうに気になったからなのだった。セロニアス・モンクのいた風景。「いた風景」? ちょっとひっかかるタイトルだから最初は短編小説集なのかと勘違いしかかったんだが、惹句をみればどうも違うではないか。

こいつは村上春樹がアメリカの本や新聞雑誌の記事のなかからモンクにかかわるものを選んで翻訳したアンソロジーで、必ずしもモンクをテーマにして書かれた文章ばかりじゃなくって、別の人物についての評伝なんかの文中、モンクについてまとめて触れているようなところからも拾い集めてるところがまさに「モンクのいた風景」という書名なのだった。これはしかし、一見なんのヒネリもないようでいてじつはほんのちょっとした指のかけかたのちがいで微妙に揺れて落ちる変化球のような書名だよなあ。

でね。音楽家について書かれた本を読むと、それがだれについての本であれやっぱりその音楽が聴きたくなるのが普通なわけで、そもそも音楽本を読んでそこに書かれた音楽を聴きたくならないような本は最初っから読むだけ損なわけでね。まあその点この本はこれまでに出した音楽にかかわる本でつまんなかったのは1冊もない村上春樹の編訳書ですから、これはもう表紙にあらかじめ太鼓判が印刷されてるようなもんである。

ところで表紙といえばこのカバーイラストは一目瞭然和田誠画伯の手になるもので(装幀も)、ジャズクラブと思しきところの最前列に陣取って、モンクにタバコを差し出しているメガネのおっさんは先頃亡くなった故・安西水丸画伯なんだそうだ。そしてその安西画伯がピアノを弾くモンクの後ろ姿を描いたイラストがカバー表4にあしらわれている。このあたりの事情は本書あとがきにあるので触れないが、この本の装幀を安西水丸に捧げるオマージュとする、なるほどなあという逸話です。

それはともかく本を読んでる合間にも読後にも数少ないおれのモンクコレクションを引っぱり出しちゃあ聴いていたんだが、聴き始めてみるといくら聴いてもモンクの音楽にまったく飽きない自分に驚かされてしまってさ。けっきょく今の時点でおれの持ってるレコードCD12枚中、11枚を短期間のうちに聴き直してしまったんであった。

モンクの音楽というのは彼の演奏にしても曲にしても、例外なくゴツゴツしてデコボコですごく奇妙だけどなんかすごく優しい。非常にとっつきにくい外観だけど慣れてしまえば耳によく馴染んで、しかし右から左へさらさらっと流れて消えてしまうようなところは全然なくて、ところどころでいろんな音が耳に引っかかって消えなかったりする。

じつはモンクのアルバムは少ししか持ってなくても、モンクの曲をほかの(ジャズにかぎらず)ミュージシャンたちが演奏したレコードCDはいくらでも持ってて聴いてるわけだ。それこそスティーヴ・レイシーなんてモンクの曲ばかりやったアルバムが何枚かあったりして、そのいちいちがすごく楽しかったりする(この本にもレイシーの書いた短い文章が収録されていて、レイシーのモンクにたいする愛と尊敬がにじみ出ている)。

だからモンクのアルバムを聴かなくても普段からモンクの音楽には親しく接していると思ってたんだけども、いやあ、こうやってまとめて聴いてみるとセロニアス・モンクのリーダーアルバムを聴くってのはそれとはまた別物の楽しみであったのだよなあと、あらためて強く思わざるをえないのであった。

モンクの作った曲をほかのミュージシャンが演奏するといえば、この本のなかに66年評論家のレナード・フェザーがモンク(と奥さんのネリー)をゲストに迎えたダウンビート誌の「ブラインドフォールド・テスト」が収録されていて、こいつがすこぶる面白い。ブラインドフォールド・テストってのは音楽家にまったく情報なしにレコードを聴かせてプレイヤーを当てさせたり感想をきいたりするっていう、日本の雑誌だと今もミュージックマガジン誌に「目かくしプレイ」って連載がありますけど、もしかしたらこの手の雑誌企画の草分けがこのダウンビートかもしれない有名な連載記事で、ここではモンクの作った曲をモンク以外のミュージシャンが演奏するレコードを聴かせて感想をフェザーが聞いている。

曰くアート・ペッパーやフィニアス・ニューボンJrのレコードには余計な音が付け加えられてるだの間違ってるだの散々で、オスカー・ピーターソンがかかった日にゃ「トイレはどっちかな?」だもん。いっぽうボブ・フローレンスとかデニー・ザイトリンなんかの演奏がお気に召したようで、もう1回かけてくれなんて言ったりする。そしてバド・パウエルの比較的新しいレコードがかけられると、賞賛と共感と哀しみがないまぜになったコメントを絞り出す。

ところで今度こうやって本を読みながらいろいろ聴き返してみると、いままでなんとなくおれ自身聴きどころがとらえられなくて、どうしてモンクはこの人を長年バンドに加えてたのかなと思ってたチャーリー・ラウズのテナーとモンクのピアノが違和感なく溶け合う瞬間というのが、なぜかところどころにきこえてくるじゃんか。

考えてみたらたとえばソニー・ロリンズがモンクのバンドでテナーを吹いてるのもたしかにたいしたモンだと思って耳を傾けるわけだが、ロリンズはやっぱりどこまで行ってもロリンズで、モンクの世界観で構築されたサウンドのなかにいてもロリンズはロリンズって感じがする。

それがたとえばアルバム「UNDERGROUND」のA面ラスト、Boo Boo's Birthdayなんて聴いてるとラウズのテナーとモンクのピアノのやりとりが丁々発止とかそういうのとは全然別の、なんとなくくっついたり離れたり並んで歩いたりという独特の雰囲気があって、もしかするとこういうところをモンクは気に入ってたのかなんてシロートなりに思ったりしたのだった。

しかしなんで今まで何度も聴いてるのにそんなふうに感じてこなかったのか、それもまたこういう本を読むことが触媒になったってことかもしれない。いやーいままでモッタイナイ聴き方をしてきたもんだと思いもするんだが、まだまだ間に合うところで気がつけてホントよかったよ。

つうようなわけでこの本を読んでほぼ自分の持ってるモンクのレコード全部を聴き返してみると、ガゼンほかのリーダーアルバムもどんどん手に入れて、じっくり聴いてみたいよなあと思わずにはいられなくなってきちゃってさ。いやーこれはまた困った事態に立ち至ってしまったものだと思案投げ首な今日このごろなのでありました。

ところで村上春樹のファンだっていうだけでうっかりこの本を買ってしまって、読んでみたが珍紛漢で途方に暮れているという人もヨノナカには少なからずいるんじゃないかと思うんだよ。そりゃまあ大きな本屋の新刊台に平積みされてたこともあるから仕方ないんでしょうけど、まあここはひとつ編著者本人も巻末の「私的レコード案内」に書いているように、とりあえずモンクのリーダーアルバムどれでも1枚買い求めてそのデコボコでギクシャクしてるようにしか最初は聞こえないかもしれない音楽を繰り返しお聴きになってみることをオススメしときます。そしたらきっと本もたんなる村上春樹コンプリートコレクションの一部というだけじゃない価値が出てくるというモンです。

だまされたと思って是非そうしてください。いや、おれにだまされたと思ったんじゃあアレですが、大好きな村上春樹にだまされたと思えばハラもきっと立ちません。
by god-zi-lla | 2014-11-01 14:45 | 本はココロのゴハンかも | Comments(0)

3枚めの森と動物園

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いま一瞬晴れてる東京だが夕方になると雨降るってラジオは言っている。
と思ったらもくもくと曇ってきた。
洗濯物要注意。

それにしてもスティーヴ・レイシーの森と動物園The Forest And The Zooって現役で流通してるCDないんだな。まあそうかもしれないとは思うんだけど、こういう良い音楽もあとしばらくで忘れ去られていくんだとしたらやっぱり寂しい。

66年アメリカ人のスティーヴ・レイシーとイタリア人のエンリコ・ラヴァ、それから南アフリカのジョニー・ダイアニとルイス・モホロによって、ニューヨークでもローマでもヨハネスブルグでもなくなぜかブエノスアイレスでESPレーベルに録音されたフリージャズの森と動物園のジャケットのこれが写真です。

ジャケットの絵とレーベルのデザインとともに、いかにもこの時代のフリージャズって感じが充満してるその裏側の写真の手前、シルエットで写ってる人物がキャプションのとおりならこのジャケットのちょっと邪悪な感じもする絵を描いたボブ・トンプソンって人のようだけど、よくわからない。

中華鍋の横でレイシーがソプラノ持って、ベースのダイアニとあとドラムセットも写ってるからドラマーもいるんだろうけど、そうなるとさっきのキャプションにここはローマだとあることからすればラヴァもいてリハーサルしてるらしいこの部屋には彫刻のようなものも立っていて、もしかしたらトンプソンのアトリエというかスタジオというか、そういうところなのかもしれない。

トンプソンはベースドラムの皮になにか描いてる?

そうするとやつらアメリカ人とイタリア人と南ア人の4人はローマに集まってリハーサルをしてからブエノスアイレスで録音したってことで、そんなことはべつになんでもないことなんだろうか。大西洋を挟んだ国の人たちの距離感、移動の感覚ってのが太平洋しか知らないおれにはまったくわからない。

いやそんなことじゃないんだよな。

長いこと森と動物園てタイトルのせいでレイシーのソプラノがお猿さんでラヴァのトランペットはライオンなのか、いやライオンじゃなくてシマウマか。いや動物園にライオンやシマウマはいても森にはいないだろうからラヴァはクマかオオカミでレイシーはモモンガ−とかそういうやつかもしれない。

なんてことをうだうだと二十数年このレコード聴きながら考えてきたんだけどじつは困ったことにいっこうに森とも動物園とも、おれにはこの森と動物園のA面森とB面動物園からきこえてこないのだった。

もしかしておれはなんか間違った聴き方をしてんのか。
もしかして国内盤買うと、ここはサルここはリスここはライオンここはトラ、なんて親切なジャズ評論家かなんかがライナーで解説したりしてくれてんだろうか。

そう思いながら、それでもずいぶんな回数聴いてきたわけだから、森とも動物園ともきこえないながらもおれにはそんなことと関係なしにこれがキモチいい音楽でありつづけてきたのだけは間違いない。

で、せんだってこのおれとしたら3枚目の森と動物園を買い求めて聴いたとき、そうだよな森でも動物園でもライオンでもモモンガ−でもお猿さんでもべつにどーだっていいんじゃんか、おれだって勤め人やめて主夫始めて好き勝手にやって楽しいんだからとわけわからんことに思い当たったのだった。

そしたら突然この南アフリカのダイアニのドラムスが叩き出すビートが非常にキモチいいことに初めて気がついて、よーするにこのキモチいいビートに気持ち良くレイシーとラヴァが乗っかってそこにベースが寄り添ってキモチよくやってる音楽だったんだってことに気づいた。

よくわからないんだけどもこのたび求めたこのLPがいちばん古い盤らしい。
オリジナルなのかどうかわからないけど前に買った2枚だとよくきこえなかったベースラインがよくきこえる。シンバルの音なんかもリアルなうえにかわいい。シンバルがかわいいってのもヘンだけどカワイイもんはカワイイから仕方ないです。

だからよけい楽しく聴けるようになったんだ。間違いない。

これでやっと森や動物園から解放されそうだな。
by god-zi-lla | 2012-07-03 06:47 | 常用レコード絵日記 | Comments(2)
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東京近辺の雪は結局のところどうってことなかったな。
3連休最終日は雪もあがっておだやかな天気になってよかったんだけどさ。
でもなんかちょっとがっかりしたりもしてね。

なんてってたら、さっき一瞬はらはらっと雪が落ちてきた。
きょうも寒い。

サインがあるから買ったってわけじゃないんだけどさ。
ほんとに本人のサインかよって疑いたくなっちゃうようなぜんぜんミュージシャンぽくないサインが入ってるのは先日買い求めたスティーヴ・レイシー78年録音のHIGH, LOW AND ORDER、オランダ盤す。

しかしあのソプラノサックスのサウンドのようにシンプルでストレートで飾らない、そう思って見てみるとスティーヴ・レイシーらしいサインなような気がしないでもないのは、気のせいでしょうか。

写真ちょっとおかしな色調になっちゃってるけど、ホントは白地のジャケットにピンクのマーカーで書かれてます。いつも写真ヘタでほんとにすまん。

スティーヴ・レイシーのアルバムってイタリアやらドイツやらオランダやらフランスやらヨーロッパのマイナーJAZZレーベルにいったい全部でどのくらいあるのかわかんないくらい、まあとにかくたくさんあってさ。

がんらいフリージャズなんてそうそうレコード売れるわけもないんだから、
たくさんの録音がレコードやCDとして遺されてるってことはつまり、
この人の音楽が強く愛されてきたという、ただそれだけだよな。

レイシーのレコードを聴くたんびにいつも「そりゃそうだよな」と思う。
基本的にフリージャズの人だったから、だれにでも受け入れられるという音楽じゃあもちろんないわけだけども、なんていうか厳しく人を拒絶するようなところのない開かれたフリージャズつうか。

ほんらいフリーっていうくらいだから開かれてて当たり前だと思うんだけど、聴いてるとそうは思えないような「フリージャズ」ってけっこうあるしね。まあこういう音楽のばやいそれが悪いこととはいちがいに言えないのが難しいとこではあるんだけどさ。

このスティーヴ・レイシーとベースのMaarten Van Regteren Altena(どう発音するんだろか)のデュオアルバムは、聴いてみるとこれがまたなんだかすごく楽しい。もちろんフリージャズ以外のなにものでもない音楽なんだけど、なんかすごく楽しげな音楽だ。

ふたりしてそれぞれの楽器からヘンな音を出す。

あーこれはベースだかチェロだかの弦をピックか爪か、とにかく縦にぎぎぎぎぎぎぃーって引っ掻いてるんだよなあなんてわかりやすい音もあるんだけど、楽器持たずにレイシーはただ唸ってるだけなんじゃないのっていう音もあったりする。

もちろんふつうの奏法でやってるトラックもちゃんとあるんだけど、そういうトラックは「あ、ふつーにフリージャズじゃん」なんてちょっと安心したりね。ふつーのフリージャズ。ってのもなんか不思議な言い方だけどさ。

スタジオでたがいに顔見合わせながらヘンな音出し合ってたんだろうなあ。
これ、ライヴで見たらさぞ楽しいだろうなあ、なんてね。

もう絶対見られないから、よけいそう思ったりする。
何度か行けそうなチャンスはあったのに残念。

いつだったかずいぶん昔。
青山通りの草月ホールで昨日やってたんじゃん! 
て気づいて地団駄踏んだこともありました。

ゲイリー・ムーアはワンチャンスをモノにしたのに、
思い出してみるとスティーヴ・レイシーはまるっきりその逆だったなあ。

もう亡くなって7年たつんだな。

で、そのサインですけどこんなふうに、みごとにちっちゃいサインなんでした。
なんかまるで契約書かなんかの署名みたいでしょ。

だけどこの白地を生かしたアルバムデザインだと、こうなのかなあ。
スティーヴ・レイシー本人、サインするとき悩んだかもしれない。
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by god-zi-lla | 2011-02-14 07:44 | 常用レコード絵日記 | Comments(4)
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ニーノ・ロータがフェリーニの映画のために作った音楽をクセ者どもがカバーするという、いまならトリビュート・アルバムってんですか。あのころはそんなハイカラなコトバ知らなかった81年のアルバム。

なにせジャキ・バイアードやらカーラ・ブレイ、スティーヴ・レイシーやらビル・フリゼールやら。まあスタジオで一丁上がりみたいな仕事はどう頼んだってやってくれそうにない名前が並んでるわ、プロデューサーはハル・ウィルナーだわ。

こりゃあしかし一筋縄じゃいかないアルバムだろーなーって、それは30年前からなんとなく勘付いちゃあいたんです。ハイカラな言い方は知らなくても。

それに輪をかけてあなた。このジャケットだもん。
いまならエロかわいいってんでしょうか、当時はレコ屋のエサ箱の片隅でいつもアヤシイ光を放ってたもんでございます。

ところが若いころってこんな寄せ集めみたいなアルバム買う勇気もお金もなかったんだよな。
ジャズ聴きはじめてまだまだたくさんコルトレーンやマイルスやドルフィーや、とにかくお勉強モードで「聴かなきゃなんない」レコードがたくさんあった時期だったわけで。

こういうよけいな道草はおれにはまだ20年早い、
みたいな意識がどうしてもね。あったの。

それから幾星霜。
30年ガマンした甲斐がありました。

というより30年いろんなレコード買って聴いたおかげで、
こいつを楽しめるような自分になりました。
ありがたや、ありがたや。
なまんだぶ、なまんだぶ。

じゃなくて。

A面冒頭ジャキ・バイアードのソロピアノにはじまりB面ラストもジャキのソロ。

唐突かつムリな例えですいませんけどサンドイッチのパンの部分がジャキのピアノです。
これはもうなんて味わい深いパンなんでしょうか。

いやーこの人のジャズに限らずピアノにかんする教養の深さというのはすごいもんだね。
こう、なんというか優しくてオーソドックスなのに油断ならないソロピアノ。

それに挟まれてる「具」がさっきいったカーラ・ブレイ、レイシー、フリゼールなんちゅうメンメンなんだからこれはもうねえ。正直どんな味がするのか聴くまで想像もつかない。

なかにはムハール・リチャード・エイブラムスのバンドなんてのもあって、ここにはブランフォードとウイントンのマーサリス兄弟なんてやつらもちょろちょろいたりするけどもしかしてこのころってまだ10代のガキんちょすかね。けど、ぶりぶりと野太いテナーのソロ取ってる怪人はいまは亡きジョージ・アダムズだったりしてひと安心。

でもおれがジャキのふたつのトラックとともに惹かれたのは、カーラ・ブレイもいいしスティーヴ・レイシーだって当然さすがなんだけど、そういうコワモテの人たちをさしおいてビル・フリゼールのトラックなの。こいつがなんだか不思議にぐっとくるんだわ。

んー。この面白いんだか面白くないんだかよくわかんないんだけどミョーにひっかかる、一瞬むかし懐かしそうなフリしてるけどじつはそんなムカシなんてものはどこにもなかったようなフリゼールの世界ってのもしかし、いまに始まったもんじゃなかったんだねえ。

それにつけてもいくつもの映画のいろんな曲をトンでもないメンツが好き勝手にやってるようなアルバムなのに、アタマっから通して聴いていくと緩急のつけかたというか起伏というかストーリーというか、このアルバムじたいが1本の映画のサントラ盤を聴いてるように、なんとなくきこえてきちゃってね。

このへんハル・ウィルナーのプロデュースの冴えなのか、そもそもニーノ・ロータの音楽がエラいのか。まあどっちにしたって味わい深いパンに取り合わせまで吟味し尽くした具が挟み込まれて、もう寄せ集めなんてとんでもない誤解でありました。

ところがですね。

どうも30年前もCDの時代になってからも国内盤出なかったみたいでさ。amazonなんかで見ると米盤だかのCDもずいぶん前に出たっきり廃盤のようで、マーケットプレイスの中古に結構いいお値段ついたりする。

これはむしろLP探したほうがおトクだったりする可能性大。
つか実際問題amazon.co.jpのマーケットプレイスに出てる中古CDよりおれはLP安く買ったもん。

まあそんなわけでうっかり他人様にオススメするわけにもまいりません。

こういうものの再発って、なかなか難しいのかもなあ、
契約とかそういうことをクリアしようとすると。

再発してくれたらおれもCD買うからさあ。
(だれに言ってんだよ)
by god-zi-lla | 2010-12-19 11:43 | 常用レコード絵日記 | Comments(2)
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きょうもちょっと過ごしやすい午前中だけど、もう暑さのピークは過ぎたってことでしょうかね。そういや去年も7月のうちは「この調子で暑くなってったら8月はどーなるんだよおい!」てなことを言ってましたが、8月になったら少し涼しくなってきたもんね。

やっぱり気候全体が変化してってんだろうか。

それにしてもけさの朝刊。内柴金メダルのトップの横に新疆ウィグル自治区の騒擾とグルジアの戦争だぜ。こういうふうに同時多発的に世界規模で戦争、内戦、民族蜂起、テロ、国境紛争が起こるとき、あとはそいつらをリンクさせる何かさえあればもう世界大戦だろ。

南北朝鮮国境の緊張も高まってる。
このオリンピック期間中は、かなりヤバいんじゃないか。

とりあえず束の間の平和。レコードにでも呆けておくとするか。

6枚あるということを知ってしまったジジ・グライスとドナルド・バードの「Jazz Laboratory」のレコードですけど残り2枚のうち1枚を、ようやっとなのか素早いのかわかりませんがとにかくめっけましたもんね。へへへ。

写真のとおりオビかかってますから国内盤すね。国内盤すけどこのオビがなんかヘンだなと思いつつジャケットの中をあらためますてえとスミ一色刷ペラのライナーノートが入っております。まあ普通だわね日本盤としちゃ。しかしこいつに印刷されてんのがナット・ヘントフの「The Verve Story - The Lively Art of Recording Lasting Music」ってタイトルの英文のエッセイなの。対訳ありません。英文のみ。

これってもしかして「輸出仕様」の国内盤でしょうか。おれ初めて見た。
オビにある日本語って「ヴァーヴ・オリジナル・ジャズ・クラッシックス」つうカタカナだけ。下のほうにある文字読むと「Manufactured in Japan / Marketed by Polygram Classics, Inc. / 137 West 55th St., New York, N.Y.10019 / Distributed by Polygram Distribution, Inc.」ってクレジット。カタカナの上んとこの英文は「惹句」で最後の数行は「Verve records are pressed in Japan on the highest quality virgin vinyl, and are enclosed in anti-static sleeves.」。

だそうでございます。
これ、オビじゃなくて「obi」なんだな。輸出用の。やっぱ日本盤には「obi」が欠かせないんだねえ。欧米でも「with obi」なレコードはそのぶん高いもんね。

古伊万里とか日本の骨董でいったん欧米に渡ったものを、向こうで買い付けて再び日本国内に戻ってきたものを「里帰り品」とか言ったりしますけど、こいつも「里帰り品」て呼んでもいいんでしょうか。ちがうかな。

いやーなんか面白いなー。こういうの大好き。

それはそれとして内容。
57年のニューポート・ジャズ・フェスティヴァルの実況録音でMCの声が入ります。B面がグライス=バードの「Jazz Lab.」で、A面はセシル・テイラー・カルテット。いやー片面がセシル・テイラーってのは知ってたんだけどさ。うひゃー。フロントマンはだれかと思いきや。スティーヴ・レイシーじゃございませんか。しかもしょっぱな演奏してんのがエリントン・ナンバーの「Johnny Come Lately」。レイシーがこのあと何度も何度もレコーディングした愛奏曲のひとつだよなあ。いいねえ。

あとの2曲はテイラーのオリジナルでしょうか「Nona's Blues」と「Tune 2」。いやーゴツゴツ、デコボコとしてテイラーのピアノもレイシーのソプラノもナイドリンガーのベースもデニス・チャールズのドラムも快調。ほんの2小節くらいの単位だとテイラーのピアノには後年のフリーソロと同じようなとこも出てきて、こいつは楽しい名演だなあ。曲間の客席の拍手はなんかちょっと引いたような感じで、やっぱ当時としちゃ「なんじゃこりゃ」だったんでしょうかね。

知らなかったとはいえ、これはうれしいボーナスを頂いちゃった感じするよ。
たまにこういうのに巡り合うもんだから、レコード集めってのから足を洗えないんだよなー。いやーうれしい。

わははは。肝心のJazz Lab.のこと書くの忘れてた。それはまた最後の1枚をゲットしたときにでも。
いつになるかわかりませんけど to be continued。
by god-zi-lla | 2008-08-11 10:09 | 常用レコード絵日記 | Comments(0)
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いやーなんだか急に夏になっちゃったねえ。暑い季節はレコード聴くのも難行苦行になってくるからうれしくないよな。とくに暑がりのおれにはシンドイ季節にさしかかってきちゃったなあ。でも管球アンプなんか使ってる人たちはもっとタイヘンなんでしょうけどね。

このディヴェルソ・レーベルっつうのがどんなもんかとくに興味もないし、このスティーヴ・レイシーとデレク・ベイリー以外の人たちの盤にもあんまり興味が湧かないんだけどね。とにかくイタリアの30年ちょい前のアヴァンギャルド系のレーベルのようではありますね。

あ、写真じゃよくわかんないけど、CDだよこれ。初CD化らしいけどね。紙ジャケ仕様でインナースリーブもこれって縮小復刻なんでしょうかね。

レイシーもベイリーもソロ作品です。それぞれソプラノとギターの。説明不要の、いまとなってはジャズ史に残るフリージャズの巨匠だけど、聴いてみるとこの前衛の巨匠たちの演奏はじつになんというか、愛らしいんだよな。

まあ、あんまりこのテの音楽に「愛らしい」なんて言葉は使わないんでしょうけど、聴いてる最中からもう「これは愛らしい音楽やなあ」と思ってたんでした。なんでかわかんないけど、もし聴いてみて「そういえばそうだな」と思ったら、1票入れといてください。どっかそこいらへんの投票箱でもミカン箱でも。

レイシーのソロはふだんから聴き慣れてて、思い返せばたしかにレイシーもソロについてはどれも「愛らしい」感じではあったなあ。ただデレク・ベイリーの音楽は聴き慣れてないもんだから最初のうちはやや身構えて聴いてたんだけど、なんかどこかで聴いたことのあるようなどっか懐かしい音なんだよなこれが。

そしてやっぱこれもまた「愛らしい」。

いいねえ「愛らしい」。

まさか「愛らしい」アヴァンギャルドをメインコンセプトに作ったレーベルじゃないよな。それだったらほかのやつも聴いてみたい気がするけど、どうなんでしょうかね。

えーとレイシーのアルバムタイトルが〈straws〉。「麦わら」ですな。ベイリーのほうが〈improvisation〉。そのまんまやんけ。
by god-zi-lla | 2008-05-23 23:56 | 常用レコード絵日記 | Comments(2)
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イエローポップ渋谷店で見つけたマル・ウォルドロンとスティーヴ・レイシーのデュオアルバムだけども、いやこれは傑作だわ。すばらしいフリージャズ。最高。

いままでにおれが買って聴いたマル=レイシーの共演作をざざっとレコードCDの棚を探してみたらこれだけありました。LPがこんど買った〈SNAKE-OUT〉を含めて5枚、CDが3枚で合計8枚。そのうち他のメンバーが介在しないデュオ作品が4枚あるね。

この前watiさんに教えてもらったデュオCDはまだ手に入れてないし、そのほかにもきっと何枚もあるはずだし、どれもこれも傑作と呼んでいいようなアルバムばっかだから全貌はぜんぜんわかりませんけども、それでもこれは傑作だと思うね。

いやーおとついイエローポップ渋谷店、行っといてよかった。きょうだったらもうだれかに買われてたかもしれないし。

でも、今日も行ってたらまた別のスゴい1枚に出合ってたかもしれないし。うむむむむ。そんなこと考えてたら毎日毎日レコード屋に行かなきゃなんなくなっちゃうよ。

ばかだねえ。

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以上では、しかしあんまりにもとりとめないエントリのよーな気がして申し訳ないので、いちおう写真に写ってるLP、CDのデータを引き写して「お買い物ガイド」にかえさせていただくことでお茶を濁したいと思います。おほほほ。

●LP 立ってるの左から。
〈MAL WALDRON WITH THE STEVE LACY QUINTET〉AMERICA 30 AM 6124
Steve Potts(as),Kent Carter(b),Noel McGhie(ds),Irene Abei(cello) 1972年?

〈SEMPRE AMORE〉SOUL NOTE SN1170
デュオ。エリントン作品集。1987年

〈HERBE DE L'OUBLI〉hat MUSICS 3515
デュオ。1981年

●LP 寝てるの左から。
〈REFLECTIONS〉OJC-063(New Jazz 8206の復刻)
Buell Neidlinger(b),Elvin Jones(ds) 1958年。モンク作品集。

〈SNAKE-OUT〉hat MUSICS 3501
デュオ。ライヴ録音。1981年パリ。このたび買ったレコード。

●CD 同じく左から。
〈HOT HOUSE〉BMG BVCJ-105(原盤はnovus)
デュオ。1990年。ジャズメンオリジナル集。

〈the SUPER QUARTET of MAL WALDRON featuring STEVE LACY live at SWEET BASIL〉KING K32Y 6208
Reggie Workman(b),Eddie Moore(ds) 1987年

〈MOODS〉enja ENJ-2110 2
日野皓正(cornet),Herman Breuer(tb),Cameron Brown(b),Makaya Ntshoko(ds) 1978年

それにしても、もう二人とも亡くなってしまい新たな1枚がカタログに加わることが、金輪際ないのが残念。
by god-zi-lla | 2008-05-10 21:02 | 常用レコード絵日記 | Comments(2)
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スティーヴ・レイシーという人は50年代、トラディショナル・ジャズの世界からフリージャズの世界に飛び込んでったということだけども、いまレイシーのレコードを愛聴してる人ってそんなにいないのかもしれませんな。

レイシーはおれの知ってるかぎりではソプラノサックスだけを吹くミュージシャンで、トラディショナルなとこから出発したということだとシドニー・ベシェをアイドルにしてたのかもしれないけど、おれはぜんぜん詳しくないのでわかりません。少なくともコルトレーンの吹くソプラノの音色とはまったく違うってことはおれでもわかるよ。

そのレイシーは80年代からマル・ウオルドロンと組んだデュオ作品をいくつか残してんですね。これがとにかくいいのよすごく。レイシーのソロ作品とあわせてフリージャズは苦手という人にも聴いてもらいたいもんだよなあと、思わずお節介を言ってみたくなるんだよな。

シンプルで優しく静かで、なおかつ尖ってる音楽ってんでしょうかね。わかりにくいでしょうけど。どのみち音楽を文字で説明なんかできんから仕方ないね。

このレコードとCDはギル・エヴァンスと組んだデュオね。ギルが純粋にピアニストとして録音した作品てのもあんまりないと思うんで、そういう意味でも貴重なのかもな。ジャズ・オーケストラのシェフがピアノに専念してるっつう意味ではエリントンが相方の楽器は違うけどレイ・ブラウンと残したデュオ作品〈ジミー・ブラントンに捧ぐ〉と共通してるとこがあったりしますかね。

エリントンといえばマルとレイシーが組んだ作品でもそのエリントンの曲をやってますけど、このレコード〈パリ・ブルース〉でも1曲エリントンをやってますね。あとミンガスが3曲とレイシーの自作が1曲、CDにはギルの自作1曲とレイシーの曲の別テイクが1曲収録されとりますね。

そういやミンガスもエリントンに心酔してるジャズマンの一人で、エリントンのピアノにマックス・ローチのドラムスを加えた〈マネージャングル〉っつー名盤で共演もしてましたけど、このへんの選曲にはレイシーの好みが非常に強く反映されてるような、ジャズの非常にコアなところを愛情と尊敬をもってシンプルに歌い上げようとする意志を感じるんだけどね。

こいつは80年代後半の作品で、おれは長年ディスクユニオンのやってる「DIW」というレーベルから出た国内盤CDで愛聴してきましたが、もとはフランスの「OWL」っていうレーベルの作品ですね。

80年代後半てばレコード退潮期の作品だからLPがあるなんて考えてもいないから探しもしてなかったんだけど、あったんだなー。当時DIWでもLP出してたかどうか知りませんがこれはフランス盤ね。指紋ベタベタだったからぜってーフランスから買い付けられてきたに違いないね。だって日本人ならこういう手荒なマネは普通しませんて。

クロワッサン手づかみで食った指でそのまんまレコードいじくったよーな、拭いても拭いても取れない油性の指紋が両面ベタベタなんだもん。こーゆーことはやめるよーに法律でも作って取り締まって欲しいね。自国民に「うせろ、コノヤロ」とか罵声浴びせてないでさ猿誇示大統領。

しかしさー、まあLPのほうはともかく、こういう良盤がいまは廃盤なのが寂しいよな。でも、どっかでCDなりLPなり中古で発見されました際にはぜひ聴いてみてくださいまし。

レコードには手荒なマネするけどアメリカのジャズメン使ってこーゆー香り高い名盤作るところが、フランスはあなどれません。てゆうか日本のレコード会社はフランス人の指のツメの間に挟まったクロワッサンのパン屑煎じて飲んでほしいもんだわい。
by god-zi-lla | 2008-03-04 13:28 | 常用レコード絵日記 | Comments(4)
d0027243_3292947.jpgで、まあラーメン食ってから馬車道のディスクユニオンへぶらぶら出かけたわけさ。以上、前号までのあらすじ。

いや平日の昼下がりだってのに客がいるとこがたいしたもんですな。あたくしみたいな節句働き系の方々でしょうかね。

まあそれはともかくとして、この日は中古レコード8点9枚で税込み7392円のお買い上げ。1点平均924円。一番高い盤が1890円、一番安い盤が420円。

ブログでときどきオリジナル盤自慢をイヤミったらしくやってるおれですけども、ふだんのレコ買いなんてえものは十年一日の如く大昔っからこのレベル。たまのオリジナル盤はまあ「自分へのご褒美」だなんてトウの立ったOLのよーな言い草で気持ち悪いっすけど、そんなもんですね。

で、このスティーヴ・レイシーの名盤「森と動物園」。さっきまで自分ちで聴いてたものをフリージャズのエサ箱に発見。こいつがこの日の最高値1890円。もともとドイツのESPレーベルのレコードだけどウチのは80年頃イタリアのBASE RECORDSってとこが復刻した盤。エサ箱のやつはどうもESP盤らしい。

さっきウチで聴いてたとき思ったんだけど、どーもこのレコードはベースの音量が小さすぎて困る、てゆうか、ほとんどきこえない。「BASE RECORDS」のくせになにやってんだろ、なんてこと考えながら聴いてたんだな。

そこへ持ってきて直後にESP盤発見したら1890円だし、即買っちまいました。でまあその時はそれだけで何も気が付かなかったんですけどね。

持って帰ってウチにあったBASE RECORDS盤と何気なく並べてみたらこのとおり(写真)。上がESP盤で下が復刻BASE RECORDS盤。いやーよくあることだけど復刻のレベルが低いとジャケットもここまでおソマツになるかって見本ですなこれは。もうディテールも階調も飛んでどっかいっちゃってんじゃん。

いやーESP盤発見しなかったら、知らないままだった。
それはそれでシアワセなのかもしれないけど。

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で、音。
さすがESP盤はちゃんとベースの音が飛び出して、これじゃ音楽そのものが違ってきこえるじゃんか。だからレコードはなるだけオリジナルに近いプレスのを買わなきゃいけないんだよな。

なんてオチになれば結構だったんすけど、まー現実ちゅうのはそうそう甘かぁありませんぜ。

多少ESP盤のがベースの音が大きくきこえます。んーしかし決定的に違うというとこまではいかない。シンバルはかなり差があって鮮明なんだけど、このさいモンダイはベースなんだよな。んー困った。いやべつに困りゃせんけど。

こうなるとさ、オリジナル盤はどんなんだんべ、ってなっちゃうんだよな。んー困った。そっちは困るってば。
by god-zi-lla | 2007-05-24 03:30 | 常用レコード絵日記 | Comments(0)