神はどーだっていいとこに宿る


by god-zi-lla
近ごろ、ひょっとしてハヤリの言い回しになってんのか「フォーカスする」つうコトバをときどき見たり聞いたりする。

ようするに、ここと定めたところに注力するとか注目するとか、そういうことなんでしょうけど、すわりのいいような悪いような言い回しではある。「…スす…」てとこがよくないのかもしれない。「ディスる」とか「バズる」みたく、そのうち「カスる」とか言うようになったりして。

そういや大昔「フォーカスされる」っていう言い方があったな。たいして有名でもない芸能人がサングラスしてゴミ出ししてるとこやなんか写真撮られたりして。写真週刊誌のアレ。あれがなくなってみんなの記憶からあとかたもなく消えたから「フォーカスする」が出て来れたんだな、きっと。

それはともかく、たまにゃあハヤリの言い回しに倣ってこのブログも年初にあたりガラにもなく所信でも表明しとくとするか。


しょうむないことにフォーカスする。



ずっと前からしょむないことしか書いとらんやないかと言われりゃそうなんだけどさ。虫眼鏡でお日さまの光り集めるが如く、そこんとこにより一層フォーカスしてやろうと。

つまりアレだ。神はどーだっていいところに宿る、っつうブログのテーマにもっと忠実にやってこうという所存なのでございます。ひとさまが面白いかどうか一切考えない。もちろんひとさまの役に立とうなんて、鼻毛の先ほども思わない。

だけどこれが難しいんだ。いつもそう思ってんのに邪心が混ざる。

そして冬の京の旅の思い出の続き。

京都駅に急がなきゃと後ろ髪を引かれるように扇型機関庫を後にしたのにもかかわらず、ふらふらと「ミュージアムショップ」という名の土産物屋に寄ったんである。

それというのもホラ。あの肉うどんに浮かんでいた〈ドクターイエロー〉のカマボコがぜってー欲しいじゃないか。あれを薄く切って片方裏返しにして並べたら「2両編成」になるよな。売ってたら帰って試してみたい。もうひと編成作って「上り」「下り」でドクターイエローがすれ違うという夢のようなシーンだって、うどんの上でなら実現できる。サイコーじゃん!

そしたら売ってないんだよこれが。すごい残念。

でもまあ、せっかく覗いたんだからなんか買って帰りたいよなー。梅小路だから「梅糀漬け」なんてモンがあったりなんかしてさー。まさかそんなモンあるわけないよなー。




京みやげは梅小路で梅小路_d0027243_11184630.jpg




そしたら、ありやがんの。

京都鉄道博物館の地名
「梅小路」にちなんで、
「梅」と「糀」で大根を漬け込みました。
梅のさわやかさと、糀の甘味が
絶妙の京つけものです。

だって。しかも「西利」製だって。ゼツミョーだって。
わはは、なんだかいいねえ。京都のひと、ちょっとだけ見直しちゃったぜ。

ドクターイエローの代わりはこれだ。
冷静に考えればこっちのほうがいいかもしれない。
いや、そもそもこういうおミヤゲを買うというところでもう冷静さを失っているのかもしれないが。

とにかくミヤゲは買った。
急げ京都駅へ。






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by god-zi-lla | 2020-01-04 12:33 | 食いモンは恥ずかしいぞ | Comments(2)
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その寝台特急〈日本海〉は、いっとき津軽半島を突き抜けて青函トンネルをくぐり抜け、函館本線を札幌まで行ってんだってね。しかし大阪から札幌つうと1500キロくらいあるんですかね。その区間にJR西日本は〈トワイライトエクスプレス〉を走らせたわけだ。同じように青函トンネルを抜ける寝台特急〈カシオペア〉には一度だけ乗ったんだけどね。こいつは上野・札幌間だから、それよりさらに長距離だもんな。

考えてみれば東京発西鹿児島行きのブルートレイン、あれは〈さくら〉だったっけ、いや〈あさかぜ〉?、あれ〈富士〉かな。まあとにかく、日本最長距離を走った寝台特急にいっぺん乗っとけばよかったなんて、今になって思ったりする。惜しいことしたなあ。

つうようなわけで再び梅小路なのだった。

JR梅小路京都西駅の改札口出た真っ正面にある京都鉄道博物館のエントランスは超イマドキの建物で、ケムリで煤けた機関庫のイメージしかなかったおれはけっこう焦った(ちょっとくらい下調べしてけって)。それはどっちかっつうと自治体が多額の税金投入してこさえたハコモノみたいな感じで、じつをいうと改札を出たときの高ぶった気分が少しし萎んでしまったんである。

んーやっぱ。「くろがねの館」つう重厚感が欲しいぞ。

しかしなんとか気を取り直しそのハコモノに入って切符を買う。駅員さんのいる出札口を模したわけでもなければ駅の自動券売機でもない、イマドキの大きな美術館・博物館じゃ当たり前の券売機なり。まあいいんだけどさ。

で、館内に入った上の写真だ。扇型機関庫はどこにもなくて、ひろびろとして明るい展示室(ここをプロムナードというらしい)にC62と「湘南電車」と初代新幹線0系が並んでる。

でもなんだか、再びじわじわと気分が盛り上がってきたぞ。あー懐かしや、緑とオレンジ色の湘南電車に丸っ鼻の新幹線。そしてC62。いいじゃんいいじゃん、やっぱ鉄道博物館じゃん。

でも考えてみりゃあそうだよな。扇型の機関庫はそもそも蒸気機関車の車庫だわけでさ。だから扇型になってて、そのカナメに転車台がある。もちろん架線は張ってない。辛うじてディーゼル機関車なら使えないこともないのでしょうが、でもやっぱ蒸気機関車専用だわなあ。そこには新幹線も湘南電車も入れられません。だけどここはいまや「蒸気機関車館」じゃなくて「鉄道博物館」なんだから、やっぱ巨大な展示館が別途必要に決まってる。すまんね、勝手な思い込みで盛り上がったり盛り下がったり。


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でその「湘南電車」。いやしかしこの前面3枚ガラス窓の湘南電車は見たことないなあ。説明板読むと「湘南型」クハ86系のこれが1号機なんだってね。おれがよく覚えてる86系の先頭車両といえば、ちょびっとだけ流線型の2枚ガラス窓のやつだ。この3枚ガラスはしかし、ぐっと古めかしく見えますね。

この湘南電車やC62のところを抜けるといよいよ怒濤の実車展示なのだった。いやーあるある。中央線快速の懐かしいオレンジ色の103系(ここのはJR西だから大阪環状線の車体だったけど)とか、懐かしい流線型の電気機関車EF58だとかブルートレインの食堂車だとか。




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博物館の「本館」に入ると、さらに山ほどの機関車電車列車貨車だ。おーこれは新幹線の500系じゃありませんか。先般惜しくも引退を余儀なくされた新幹線史上もっともかっちょいい車体。なんだか試作機かコンセプトモデルをそのまま走らせちゃったような。駅でこれに遭遇したときだけは急いで写真撮ったりしてたもんだ。

でもちょっと早すぎたよなあ。世間には500系の室内が狭いと苦情をいう「心ない」乗客が多かったと聞くが、いちいちそんなクレーマーに耳傾けんなって声を大にして言いたいね。狭いったってあんたオールブラックスやスプリングボクスの2メートル120キログラムのロックじゃあるまいし。せっかくかっちょいい新幹線に乗せてもらえるんだから大人しくしてなさいって、たかが2時間や3時間。なあ。

でも、マジかっちょいいぜ。



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ほいでもって、こういう文化財級の展示機もある。1800型というんだそうだけど明治14年イギリスKITSON & CO.製。しかしよく残ってるよなあ。つか、たぶんシンプルでローテクだからちゃんと整備してさえいれば最新エレクトロニクス満載の電車よりか長く使えるってことなんだろうな。無理やりこじつけて言えば古い真空管アンプみたいなもんかもしれない。

しかしこの1800型の展示なんですけど、手前の腕木信号機がジャマになって、どうやっても全体をスパっと写真に撮れない。こういうのってヘンにストレスだったりなんかする。

全景を撮れない代わりに1800型の銘板↓

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じつはこれら屋内展示にすっかり夢中になってるうちに、扇型機関庫のことがいっときアタマから飛んぢまってたんである。もうハイになってあっちウロウロこっちチョロチョロ、いっしょに付き合ってくれた奥さん完全に呆れ顔だ。おっとこれじゃあ肝心の外の蒸気機関車を見る時間がなくなってしまう。

とにかく、ちょっと先を急がにゃなりません。しかし昼もかなり過ぎてハラも減ってきた。見れば2階には食堂があるというじゃんか。そこでとりあえずなんか食おう。

上がってみるとさすがに実車の展示は1階だけなんだな。そりゃそうだ、あんな重たいもの支える建物なんて建てるだけでも大変でしょうし、だいち、どうやって2階に上げるんだ。

でその2階に食堂(つかカフェテリア)があるんだけど、これが結構広い。しかも眼前には線路また線路。つまり見下ろす足元には梅小路の貨物駅と機関区が広がっており、その向こうには東海道本線と新幹線が走っている。

いやこれは絶景じゃないか。かつて新幹線の車窓からはるかに扇型機関区を見て、あそこへ行ってみたいなあと思ってた、あれを反対側からみた風景がこれか(写真を撮りそこなったのが残念)。

この眼前の大パノラマを見てるうちに、むかし子どもと一緒に線路にかかる陸橋の上から、下を行き来する電車を飽かず眺めた日々のことを思い出しましたね。

しかもここは通勤電車が走り、中距離電車が走り、特急が走り、時間帯によっては動態保存されているC11が引っぱる観光列車を見ることができ、一番遠くの線路には新幹線も走る。そのうえ足元は貨物駅で鉄道博物館だもん。

でその大パノラマを望む大きなガラス窓に沿ってカウンター席がある。平日昼間の、しかも食事の時間帯は過ぎているのにこの席だけは親子連れで埋まってる。だよなー。25年前にここがあって、自分ちの子ども連れてきてたら半日だって動かないと思うもん。なかには伝説の〈ドクターイエロー〉が通るのをここでえんえんと待ち続ける少年なんてのもいるかもしれない。

しかしそんなことに感激してもいられないんだ。帰りの新幹線の時間がこうしてる間にも迫ってくる。ドクターイエローのハヤシライスなんてのを食べてみたい気がしないでもなかったが、ちょっと恥ずかしいので、おいなりさん付きの「鉄道うどんセット(新幹線かまぼこ付き)」にする。1100円。うどんのくせにけっこう高い気がするけど、この絶景込みってことでヨシとするか。

順番が来てカウンターへ取りに行く。薬味のネギは青い。肉うどんの肉は牛肉だ。やっぱ関西のうどんだよなあ、なんて感心してると


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おー、なんと「新幹線かまぼこ」は〈ドクターイエロー〉じゃありませんか。うれしいなあ。



(ひとまず終わり)


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by god-zi-lla | 2019-12-31 11:33 | 物見遊山十把一絡げ | Comments(0)
むかしのものが並んでるから、むかしのことを思い出すのも必然である梅小路_d0027243_11434583.jpg


まあ博物館てのは基本むかしのモノやらコトやらを並べてあるわけですから、ちょいムカシくらいの展示に接したとき、懐かしいねえなんていういかにも年寄りっぽい感慨と一緒になって自分の来し方が思い出されたりすることもないとはいえないわけだ。

屋根のついてるだけで寒風ふきすさぶ〈トワイライトプラザ〉ってエリアがあってね。寝台列車やそれを牽引した電気機関車なんかが並んでる。そこに〈オロネ24〉つう型番の寝台特急ブルートレイン〈日本海〉のA寝台の客車があった。その窓上にある「青森」という行き先表示に、むかしのことがムワっとよみがえる。

おれ80年代初めの若いころ仕事で足掛け3年、青森県と東京を平均月2回往復しててさ。その往復のほとんどが東北本線を何本も行き来していた寝台特急列車だった。出張とはいえ20代なかばで身軽な独身だったから多分青森県にいた時間のほうが長かったと思うんだけど、ちょうど向こうで仕事してたときに祖母がもう長くないという連絡があった。

仕事が一段落したので弘前で休みを取り、ふだんは東北本線を〈ゆうづる〉だの〈はくつる〉だのっていう寝台特急で行ったり来たりしてるのを、祖母は神戸の人だから弘前駅から上りの寝台特急〈日本海〉に乗って大阪に向かうことにした。だからおれの乗った列車には「青森」でなく「大阪」と表示されてたわけだ(乗ったのはもちろんB寝台だけど)。

寝台特急〈日本海〉上りの起点・青森駅から弘前駅の距離はせいぜい40キロあるかないかだから、大阪までほぼ全線乗ったわけだ。なにしろ奥羽本線から羽越本線、信越本線、北陸本線とひた走りに走り、そこから湖西線に折れて京都から東海道本線で大阪駅っつうトンでもなく乗りでのある寝台特急でね。たしか14時間とか15時間とか乗ってたんじゃあるまいか。

弘前から夜7時くらいに乗車したおれはすぐに駅弁を使いワンカップを1本飲み干した。当時は寝台車に乗り慣れてたから、とにかく酒でもちょっと飲んで横になるとあっという間に眠ることが出来ちゃったのよ。

だけど普段はもっと遅い時間帯の列車に乗って東京と青森を往復してたわけだ。夜11時以降に上野を出る列車とかさ。それを7時頃の列車(ひょっとしてもっと早い時刻に弘前を発車したのかもしれない)に乗り酒を180ミリリットル飲んでパタッと寝たのはいいんだけど、しっかり熟睡して気持ち良く目が覚めてカーテンのすき間から外を見ると空は「黎明」とか「払暁」なんてコトバがぴったりなのだった。列車はどうやら海っぺりを走ってて、たしかまだ富山の手前だった気がする。

いやーそこから大阪までの長いこと長いこと。とにかく持ってた本も読み終わってしまい、弁当でも買って時間潰そうにも夜明け前だから駅に停車したって時間調整してるだけでドアも開かない。まったく寝台列車に乗り慣れるってのも、なんだか良し悪しだよなあ。

それでようやっと終点大阪に到着して国電に乗り換え、神戸駅から歩いて祖母の入院していた病院に向かったわけだ。

祖母は各種チューブを繋がれてベッドに寝てたけど、おれが仕事カバン担いで背広にネクタイで枕元に現れると、アンタ仕事はどないしたんや。こんなとこにおらんと早よ帰って仕事しなはれと、もう長くないって話だったのになんだか知らないけどはるばる1000キロメートル以上15時間も列車に揺られて見舞いに来た孫に対して、横になったままでそんな小言をいうんだ。

まあでも、うれしかったけどね。これならまだ大丈夫だって。

その夜は市内の伯父のところに泊めてもらい、そんなことをさっき言われたと伯父に話すと、あの人は昔からそういう人やからなあ。キツい人や。わしら若いころからどれだけあの人に尻叩かれたか。まあしかし、アレやから小さい子供5人残して親父が死んでも頑張って来れたんやろな、って。



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この電気機関車はほぼ同じ路線を通って青函トンネルをくぐって札幌まで往復してた〈トワイライトエクスプレス〉の色に塗られてるけど、おれが乗った〈日本海〉もたぶんこの交直両用電気機関車〈EF81〉が牽引してたはずだ。

今回はちょいと枝線だったな。



(まだやるぜ)

by god-zi-lla | 2019-12-29 08:16 | 物見遊山十把一絡げ | Comments(0)

梅小路、くろがねの館

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たまんねえなあ。


(さらに続く。御見物の好むと好まざるとにかかわらず)

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by god-zi-lla | 2019-12-23 07:23 | 物見遊山十把一絡げ | Comments(2)
新幹線に乗ってると見えるあそこは長年夢のまた夢で_d0027243_09515495.jpg



いやー全然時間足らなかった。また行きたい。こんだは歌舞伎見物のついでとかじゃなくて、ここメインに上洛したいもんだ。

一緒に行った奥さんなんて、おれのとなりですっかり呆れ顔だもんなー。しかしこれ以上粘ると帰りの新幹線乗る前に弁当もビールも買えなくなりそうだったから、ありもしない後ろ髪を引かれるようにしてJR梅小路京都西駅へ急いだのであった。

ああアレかと知ってる人もいるでしょうが、大阪方面から上りの東海道新幹線に乗って京都駅に到着するほんのちょっと手前のあたり、進行方向左側の車窓に広い車両基地のようなところが広がってその一番奥、大きな扇型の機関庫とそのカナメのところにはこれも大型の転車台が見えている。

けっこう目立つから、たぶん小学生のころから知ってたとおもうんだな。おれが初めて東海道新幹線に乗ったのは昭和40年、小学校3年生のときのことだと思うんだけど、そのときもう気づいてたかどうかは覚えてない。

たしか70年代の初めころ当時の国鉄がこの機関庫を蒸気機関車の展示館にして、以来たくさんの機関車を動態保存しているわけだ。だからもう、とにかくいつかは行ってみたいもんだと長年思ってたんだよ。

だけどね。京都っつうと、ほかに山ほどこちとらの欲望を刺激するあれやこれやがあるからさ。いっつもアタマのどっかを離れたことがないのにもかかわらず、つねに酒だの芝居だの宗達だの若冲だの先斗町だの祇園だの、目先の欲望にかられて「汽車」を見に行くのが後回しになってきた。

ところが今年にかぎっても京都はこれで三度目だ。来るたんびにいろんなところを歩き、見物し、お参りし、食い、飲み、騒ぎ。そうこうしてるうちに自分の欲望も少しずつ枯れてくるトシになってきた。

そしてついにその日はやってきた。

そうだ、梅小路、行こう。




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D51


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C11


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C51(お召し列車仕様)


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C53


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C59




いやー楽しいなあ。

だけどかつての〈梅小路蒸気機関車館〉はいまや〈京都鉄道博物館〉になって、扇形機関庫(これ自体が重文に指定されてる)のほかにも本館、プロムナードなど各種機関車・客車・電車・貨車の実車を展示する施設が設けられ、いやもうすごいことになってたなんてウカツにも入館券買って中に入るその瞬間まで知りませんでした。こりゃあいくら時間あっても足りませぬ。



to be continued





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by god-zi-lla | 2019-12-22 12:46 | 物見遊山十把一絡げ | Comments(0)
おじいさんの京みやげ その1レコード編_d0027243_09315519.jpg



旅といやあミヤゲであるが、旅先でレコード買うことはあんまりない。
だいち、奥さんと一緒に行動してんだからレコ屋に入るってわけにはいかない。

つかレコード屋に入れば、それが町の小さなレコ屋だろーが繁華街のビルのワンフロア占めてるようなメガストアだろーが、気の済むまでエサ箱というエサ箱を掘り続けたいじゃんか。どこから始めて、どこでヤメるか。いつ始めて、いつヤメるか。それは自分で決めたいじゃん。

ツレがいるとそれが出来ない。

ゆっくり見てていいよ、とか言われたって結局1時間もパタパタやってたりすりゃあ、ツレ自身もエサ箱掘りが道楽の人じゃないかぎり必ず顔色が変わってきます。だから言ったでしょ。

なので旅の道すがらにレコ屋があっても入らない。
ウッカリ見つけても見えなかったことにする。

エサ箱掘りは単独行にかぎる。これジョーシキあるね。

そしたら、寺町通りのとある賑やかでないあたりの雑居ビルに「レコードCD」などと書いてある看板を見つけてしまった。あっ、と思ったがそのまま例によってやり過ごそうとしたところ奥さんが、せっかくレコード屋さんがあるんだから見てったらなんて言う。

おれは、いや見てかないよ。買えば荷物になるし。レコード買いに京都来たわけじゃないし時間もないし、とかグズグズうだうだ言って通過しようとしたのに、奥さんを見れば何を思ったかもうずんずんその古くてちっこい雑居ビルへ入ってくぢゃないの。

入ったのはビルの2階のうんと小さなレコード屋で、肩から背中側へ斜めがけしてるショルダーバッグを脇へ回さないと反対側のエサ箱にバッグが当たっちゃう。そのくらい狭い店だった。

そもそも初めて入ったレコード屋を手ぶらで出たためしがないんです。必ずなんか買う。めぼしいブツがなくても買う。めぼしくないブツでも買う。それが人の道ってもんだと信じて疑ってないからね。

こうなったら仕方ない。

奥さんは片隅に並んでる本の棚を見てる(古本も置いてる店ってよくありますね。古着並べてる店だってあるし)。んー、まあとにかくチャチャっと見て、なんか掴んで買って出よう。こんな小さな店でも気の済むまでパタパタやってりゃ1時間はかかる。でもね、これから約束だってあるわけですし。

で、およそ10分、いや20分、 いや30分か。ざあーっと見たものの、とくにめぼしいブツはなかったので初めて見かけた2枚を掴んでレジへ行く(こういうとき、パタパタしなかったエサ箱にひょっとしてお宝があったんじゃないかと思っちゃうんだな)。

1枚はウィリー・ボボの〈BOBO'S BEAT〉。この人たしかラテンジャズとかサルサの人だったな。ライナーに初めてのアルバムと書いてあるように読める(英語の素養がないもんで自信ない)。

もう1枚がスコット・ジョプリンのラグタイムミュージックのアルバム〈THE RED BACK BOOK〉。シュリンクに貼ってあるステッカーに〈The Entertainer〉〈The Easy Winner〉〈The Rag Time Dance〉は映画〈スティング〉で流れる演奏と同じアレンジです、みたいなことが書いてある。

なんか、いかにも便乗商法なステッカーだな。

ひっくり返してライナー見てみると、プレイヤーは知らない人ばっかりだけど指揮はガンサー・シュラーと書いてある。なるほど、じゃあそんなイイカゲンなレコードではあるまいて。

つうわけで初めてのレコード屋さん、お近づきのシルシにレコード2枚しめて3千円ちょうどお買い上げ。

これでまあ奥さんお店そしておれ、三方一両損、あーいや、三方良し、か。

帰って聴いてみるとラグタイムのほうはじつにお行儀のいい演奏で、なんちゅうか普段乱暴な音楽聴いてるニンゲンからすると少し物足らない。

だけど、調べてみるとこれは73年当時けっこう売れたレコードみたいである。

ラグタイム音楽がちょっとしたブームになったのはもちろんあのロバート・レッドフォードとポール・ニューマンの映画〈スティング〉のおかげだけども、それに便乗するように当時ラグタイムのレコードがいろいろ出た。これもそういう1枚なのか、たまたま巡り合わせで売れたのか、ネットで見たこのレコードの国内盤のオビにはクラシックチャートで半年間ナンバーワンを走る、みたいなことが印刷されてる。

たしかにこの良くいえばお行儀のいい、悪くいえば退屈な演奏はクラシックファンにはちょうどいいのかもしれない。いやそんなこといっちゃイカンな。クラシック好きながらドシャメシャな音楽も滅法好きっつう知人は何人もいるもんなー。まあとにかく楽隊は粛々と演奏し、録音も楽隊がスピーカーの奥に並ぶクラシックっぽいサウンドになっている(いい録音だと思いますけどね)。

お行儀がいいってば、もう1枚のウィリー・ボボ選手。この人は奥ゆかしい控えめな性格の方だったんですかね。ラテンパーカッションの人のリーダー作だからもっとチャキチャキにはじけて、コンガやティンバレスが四方八方暴れまくるのかと思ったらそうでもない。

トランペットがクラーク・テリー、サックスにジョー・ファレルとライナーにあり、名前はわからないんだけどトロンボーンなんかもかなりの手練れで、ハモンドB3も相当にイケてる演奏でけっこうな聴き応えではあるんだ。

でもなー、リーダー作なんだし、もうちょっとパーカッションに暴れて欲しかったなあ。全体にジャズっぽいのはもしかしてウィリー・ボボの希望なのかしらん。クラーク・テリーとかジョー・ファレルとかってビッグバンド・プレイヤーの手練れ連中にどこかお任せ的な雰囲気もあって、NYのラテンだぁー! サルサだあーっ! っていうようなアクはあんまりない。これはラテン風味のリビングルームミュージック的ビッグバンドジャズというのが間違いのないとこかな。

だけど、これはこれでなかなかの味わいだよ。しかもこういう音楽はわが家のランサーL101に良く合ってるってことがバレバレである。とりあえず小難しい講釈は抜きにして(ナット・ヘントフがライナー書いてたりしない)、あんまり騒がしくもなく、だけどそこそこメリハリの効いた明るい音楽をアメリカのアッパーミドルのパパさんがリビングルームでくつろいで聴くって感じ。

奥さんに引っぱられてレコード屋さんに入るってのも悪くなかったな。
(つぎは注意。図に乗るのがキケン)





(写真のニッパー君は本文とカンケイありません。どかすのメンドくてね)


by god-zi-lla | 2019-09-08 08:54 | 常用レコード絵日記 | Comments(0)
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つうわけで南座で歌舞伎見物してきたんでした。
そして旅といやあミヤゲである。

芝居が跳ねて新幹線まで時間もたっぷりあるので四条河原町の高島屋の地下をうろうろ冷やかしてたら、青果売り場に見慣れぬ葉っぱが並んでる。近寄ってみれば「葉唐辛子」と書いてあるじゃんか。ぢつは、佃煮じゃなく「野菜」として売られてるのを我が六十有余年の人生で初めて見たのである(大げさだなあ)。

しかしね。こっちが人生振り返るくらいの勢いなのに、当の葉唐辛子といえばとくに特別な感じでもなんでもなく、ふつうにほかの(京都の伝統野菜とかそういうのじゃない当たり前の)野菜といっしょに並んでるんだよ。

いやーすごいなー、京都の人ってこれ買ってきてフツーにおウチで佃煮にしてたりするんだろうな。だよなー。きっと作ってんだろうなー、東京のイナカもんなんかにはヒミツでコッソリと。やだねー、イケズだよねー。うらやましいよねー。

もう葉唐辛子の佃煮好きとしちゃあコレ買ってって自分で佃煮こさえて食う以外の選択肢はありません。なにしろ葉唐辛子。「佃煮」でさえウチの近所じゃあめったに見ないんだからさ。大きなデパートかなんかの立派な佃煮屋さんの陳列ケースを仔細にチェックでもしないかぎり見つけらんないからね。

それで、どうも調べてみると葉唐辛子ってのは京阪神を中心に作られ、かつ食べられてる野菜らしい。そもそもは「伏見辛」という唐辛子の茎と葉っぱの部分が日常的なオカズになったり佃煮にされたりしたのが始めのようだから、品種の名前からして京都発祥だよな(『伏見甘』がいわゆる伏見唐辛子みたいね)。

よーするに「葉唐辛子」っていう野菜があるんじゃなくって、トウガラシの葉っぱを野菜として食べてるってことなわけね。

つうわけで能書きはそんくらいにして早速佃煮にしてやろうと袋から取り出して葉っぱを掃除してみると、青い唐辛子の赤ちゃん(青いのに赤ちゃんもないもんだけど)がいくつもくっついてる。どうしようかと思ったが、一緒に佃煮にしてやることにする。

高島屋でこの葉唐辛子を置いてあったカゴに小さな手書きのPOPが添えてあって、それには「一度茹でてから調理するほうがよいです」とあった。帰って調べてみるとアクがけっこう強いらしいので、注意書きどおりざっと茹でて湯を切ってから佃煮にしてみたのがその次の写真なり。

炊き上がってみると、おー、ちゃんと佃煮屋で買ってくるのと同じ葉唐辛子の香りがするじゃんか。もちろん食べてみれば紛れもないおれの大好きな葉唐辛子の佃煮ちゃんである。

しかしそんなに辛くはないね。ためしに一緒に佃煮になった青唐辛子も食ってみたがこれも辛くない。でも、なかなかいい感じに出来上がったじゃないか。これで材料代は299円(ちなみにボウルは直径22センチ)。ほいでもって出来上がった佃煮は、ちょいと偉そうな老舗で買やぁこんくらいの量で千円はラクに超えますぜ(ちなみにタッパーの1辺10センチ)。

まあ、しみったれた話はともかくとしてだな。葉唐辛子ってのはどうやら夏の真っ盛りに収穫する作物のようで、それをたまたま覗いた京都のデパ地下で見つけたわけだ。じつにラッキー。旅のミヤゲはすべからくこうでありたいモンだよなーなんてね。

贅沢だよな。299円のわりに。



to be continued

by god-zi-lla | 2019-09-07 00:01 | 食いモンは恥ずかしいぞ | Comments(2)
初夏の京都生き物めぐり(老夫婦梅雨時京都よろよろ日記)_d0027243_07550127.jpg



6月23日の昼下がり、四条南座へ〈NARUTO〉見物ついでに京洛をぶらぶらしようと新幹線を降りる。今年二度目の京都、といっても前回は近江の山中奥深く分け入り曜変天目拝みに行くのにカスっただけでしたけど。

しかし蒸し暑いね。ま、蒸し暑いのはこの時期京都に限ったことじゃないけど、さてどこ行くか。芝居は明日で、今夜の飲み会は7時からだ。ちなみにこの日京都の日の入りは7時過ぎだから、まだまだ当分陽は高いぜ。

さすがの京都もこの季節、「特別拝観」なんてのもあんまりない。そりゃそうだよな、こんな湿気の多い時分にお寺のお宝なんか公開してカビでも生やしたら大ごとだもんな。

だから大抵は大きなお寺の塔頭の庭園に咲く季節の花の「特別公開」とかね。まあそれはそれでなかなかに良いものではあるんです。とくにあたしらのような老夫婦には。

事前に調べてみると「重要文化財 旧三井家下鴨別邸」のアジサイの庭を無料公開してるというじゃんか。んー「無料」に弱いのよね。それに三井家の別邸ってのも全然知りませんでした。財閥だからきっとすごいんだろうな重文だし。

新幹線降りて在来線に乗り換え東福寺駅。そこから京阪電車で終点の出町柳まで行けば下鴨神社はすぐだ。その別邸は神社の参道脇にある。だいたい場所がすごいよな。

行ってみるとアジサイの庭ってのは去年作ったそうで、そんなに広くない。まあそうだな、都内でいまアジサイが見頃なのは駒込の六義園あたりでしょうが、その六義園のアジサイの百分の一くらいですかね。庭の片隅に控えめに作った感じ。

ちょうどこの庭を管理してる造園会社の社長さん(庭師の棟梁というにはややインテリっぽい人だったけど)が、いろいろ説明をしてくれる時間に当たったもんだから「土壌が酸性だと青味の強い花が付き、アルカリ性だと赤みがかった花が付きます。リトマス試験紙とは逆なんですよね」なんつうお話に、なるほどーなんて感心しながら拝見したんでした。

上の写真は旧三井家下鴨別邸に拝観料410円払って入り(『旧』というくらいで今は国の持ち物で京都市が管理してるらしいから、三井じゃなくて京都市がお金取ってる。どうもアジサイの庭の無料公開はこっちに誘導するための客寄せ企画だったみたい)、庭園の庭の池に浮かべられた(つか、なかば沈められた)アジサイの切り花。さきほどのアジサイ園で摘んだんでしょうかね。ちょっとわからない。

だけど、こういう季節季節の「作為」をけっこうやるもんなんだろうな、立派な庭園をやる庭師さんつうのは。

以前、冬の初めころの天龍寺の小さな池の底にモミジの葉がみっしりと沈められてたのを見たし、妙心寺の塔頭、退蔵院の庭の一隅にもやはり自然に吹き溜まったとは到底考えられないような量のモミジの葉がこんもりと敷き詰められたのを見た。ああいうのとおんなじ企みだろうな、この池のアジサイも。

まあこれはこれで趣向なんでしょうが、一瞬ミレイの〈オフィーリア〉を思い出したりして、キレイなんだかブキミなんだか困ったところではあったのであった。




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そのアジサイの葉っぱの先に止まる小さな、これはハエ? 金色の背と羽がなかなか。体長5ミリくらい。



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ジミで実直そうな甲虫くんは体長3ミリくらいだったかな。アジサイの花の蜜が目当てなんですかね。



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こっちはもう間違いなく蜜を吸ってるハチ、いやアブかな。これも小さい。

初夏といえば昆虫も書き入れ時だよな。ほかにもいろいろいたけどシロート写真なのでなかなかうまく撮れません。このハチは足の先のところに蜜の水滴みたいのを抱えてるように見える。すごいね。あんなに小さなアジサイの花を、どんだけ飛び回ると集められるんでしょうか。

つうわけで、あたしら老夫婦は旧三井家下鴨別邸を後にして飲み会の前に宿にたどり着いて旅装を解くべく、鴨川の河原をとぼとぼと歩き始めたのであった。

鴨川ってくらいだから鴨川にはカモがいるのかどうかはよく知らないが、とにかくカモは鴨川で珍しくない。シラサギもいればアオサギもいるが、やっぱり鴨川だからカモだろうな。まあいいんですけど。

だけど京都の人はいいよね、鴨川があって。なんとなく歩いてる若い男の子と女の子とか。小さな網持って川に入ってるオトーサンと子どもとか。ピクニックに来ておべんと広げてる若者とか老人とか外人とか。ベンチに腰かけて本読んでる人とか。司法試験のおベンキョしてる人とか。ジョギングしてる人とか。ボール蹴ってる親子とか。キャッチボールしてる親子とか。ただ昼寝してる人とか。

名所旧跡とかお寺とかはべつに近所に欲しくないけど(寺はけっこうあるし)、だけどもし、京都の人がおれになんでもいいから京都名物なんか1個だけくれるっていうんだったら、おれんちの近所に鴨川1本ください。



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まあそんなことフツーはムリだよなーなんて思いながら鴨川の水面のカモ見てて、ふっと道ばたになんか生き物の気配を感じて目を移したら、ありゃまこんなところにカモが「つがい」でいるじゃないか。何してんだろ。おれたちが近づいてもまるで動じない。

カモの甲羅干し? まさかね。

まあでも、カモといやあ道路横断して「お引っ越し」するのが各地の季節恒例のニュースになったりするくらいだから、べつに不思議でもなんでもないのか。



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じゃあこっちはどーだ。

そのカモの甲羅干しからほど近いところでリヴァーサイドの瀟洒なマンションを見上げながら、このへんのマンションはきっと高くておれたちじゃ買えないんだろうなあ、なんて言ってたらベランダのところに止まって鴨川のほうを見てるのはひょっとしてトビじゃあるまいか。んー、トビなんて空の高いところをぐーるぐる旋回してるとこしか見たことなかった。

うちのベランダの手すりにもスズメやカラスが時折止まってたりしますけど、トビが止まって羽を休めてるところがやっぱ京都だよなーって、いったいどこが京都なのよ。





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あくる6月24日は午前11時から南座で〈NARUTO〉見物。それはまた別途。
前夜は虎吉さんにとても良い酒と肴の店に連れてってもらったが、それはヒミツ。

芝居が跳ねたのは3時前だから晩メシにはまだまだ早すぎる。奥さんが調べたところ建仁寺の塔頭、両足院の庭の「半夏生」が見頃だっていう。よし、半夏生ってどんな花だか知りませんけど、きっといい庭に違いない。南座から建仁寺は目と鼻の先だしね。

「半夏生」ってのはウィキペディアによれば「天球上の100度の点を太陽が通過する日…」で毎年7月2日頃だとある。そのころに咲くのが「ハンゲショウ」で、同じくウィキペディアには「半化粧」とも書くとなっている。

で、その庭のハンゲショウが上の写真なんである。庭園の中央部ではもっとたくさん咲いてたんだけど、この小さな門と踏み石がいい感じで気に入ったので、そこの写真にしてみたんでした。

花というよりも、葉っぱが白くなってるようにしか見えない。つか、実際そういうものらしい。花がジミなので、目立つように花のすぐ下にある葉っぱを白く変化させるという作戦みたいだ。いろいろ考えるんだな。

そういやアジサイの説明のなかで造園会社の社長さんがアジサイの「花」に見えるのが実はガクで、花自体が小さくジミだからそのすぐ下にあるガクが目立つように変化したんだって言ってた気がする。おんなじようなことなんだろうな。

で、ふと思い出したんだが、これが「ハンゲショウ」というんだったら、きのう見てるじゃん。しかもそのアジサイの旧三井家下鴨別邸の庭のどっかで、これ変わってるな。なんていう植物なんだろって写真を撮った。





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あった、あった。やっぱ旧三井家下鴨別邸だ。
これが、ハンゲショウだったんだな。

by god-zi-lla | 2019-06-29 13:19 | 物見遊山十把一絡げ | Comments(2)

今年も顔見世の京都

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昼間はこの前で写真撮ってるおばちゃんとか大勢いたりして、そういうとこに混じって自分もスマホ構える勇気はないんですけどさ。さすが深夜12時を回ればひっそりと静まり返ってお客はひとりもいない河原町御池のホテルのロビーのツリーなのであった。

あと2時間くらいしたら来そうだよね、サンタのおじさん。

顔見世夜の部がはねて虎吉さんに連れられ南座からほど近いなかなかの居酒屋で旧交と胃袋を温めた帰りなのだったが、なにしろ芝居のはねたのがもう10時になろうかって時分ですからね。飲み屋のカウンターの前にいたのはちょっきり2時間くらいである。

つうわけで、この暮れも京都までわざわざ芝居見物に行ってきたんでした。われながらじつにまったく酔狂なことだと思うんだが今年は久しぶりの南座ですから。

おととしの年の初めころ、松竹のホームページに「南座はしばらく休館します」ってお知らせが、わりかし唐突な感じで出た。しばらく? しばらくってなにさ。いつからいつまでって告知がない。

さいきんビル建て替えでしばらく休業しますって貼り紙を出してラーメン屋とか飲み屋が店を閉めると、まあビルは建て替わるるんだけどその店は永遠に消えちまうって事態がよくあるじゃんか。だけどまさかね。南座だしね。重要文化財だしさ。松竹はちょっと信用できないようなとこもあるけど。

南座の長い長い耐震補強工事の期間中、「京の師走の年中行事」っていう枕詞のかならず付く顔見世興行はおととしが先斗町の歌舞練場、去年は東山のロームシアターに掛かった。

ロームシアターで見る歌舞伎には少なからずげっそりしちゃったけど、先斗町歌舞練場はよかったねえ。正直言ってここでずっとやってくれるんだったら南座がラーメン屋のように消えちまっても構わないとまで思えたもんだった。いやまったくもってあの古くてこぢんまりとした小屋の雰囲気の良さといったら。

芝居ってのは掛かる小屋によって印象がコロコロ変わっちゃうもんである。まあ、だからこそ近ごろのたとえば新国立劇場小劇場にしてもシアターコクーンにしても池袋の東京ゲージツ劇場プレイハウスとシアターイースト&ウェストにしても、改装するときに内装の基調をまっ黒けにして劇場の個性を消し、芝居の邪魔をしないようにするんだと思うんだな。

だけどやっぱり紀伊國屋ホールには紀伊國屋ホールの、本多劇場には本多劇場の、そこはやっぱり消すに消しようのない個性ってものがあって、どうしたってそれ込みの芝居の印象になる。まっ黒けに改装した小屋だってそれが薄まりはしてもそこから逃れられるってことはない。

そこいくと同じ芝居でも歌舞伎は最初っから小屋込みで楽しむもんである。やっぱり「いかにもそれらしい」小屋で、舞台には作り付けの本花道があって両脇の壁の客席の上にはズラっと提灯がぶる下がってね。まかり間違ったって壁をまっ黒けに塗るなんて無粋はやらない。

外観だってそうだよ。四条河原町の交差点のとこで鴨川を挟んで四条大橋の向こう側に帝冠様式の古い建物が見えてきただけで、あーおれはこれから顔見世見物だあーって気分が盛り上がってくるもんな。

そういう「らしさ」って間違いなく歌舞伎見物の楽しみの一部になっている。そういう意味じゃエコノミー症候群で死人が続出してても全然不思議なじゃない3階4階席のあの狭っ苦しさをなんとかしてほしいとは思いつつ、少なくとも「らしさ」についちゃあ歌舞伎座に勝ってるんじゃあるまいかしら。

かりに南座がなくなって祇園や先斗町の歌舞練場も使えず、これから先、京の師走の年中行事の顔見世はずっとロームシアターでやることになりましたなんてことにでもなれば、もしかしたらもう京の師走に用はないかもしれない。

まあそんなこんなで、そういえば初めて南座の顔見世を見物に来たのはいつだったかと思い返してみても全然思い出せないから以前のブログをひっくり返してみれば(ひっくり返しゃしませんけどね、本じゃないんだから)、勘九郎の襲名披露のときだから2012年が初めての顔見世見物だった。

新橋演舞場(歌舞伎座建て替え中で大歌舞伎の櫓は演舞場の軒の上にあった)で勘九郎の襲名興行が行われたときは勘三郎が披露口上で挨拶をしてね。とても華やかな笑いの絶えない口上が続いたんだけどさ。勘三郎が亡くなったのが12月に入ってすぐだからその年の顔見世の初日のころだったんじゃなかったか。

おれたちが南座に行ったのが23日で、披露口上は演舞場のときと打って変わって客席から啜り泣きが聞こえてくるんだよ。そりゃあ無理もないよな。だけど勘九郎と七之助の兄弟はあのとき上出来の舞台を務めたんだから、じつに天晴れなものであったと思う。

それから古い南座にはあと1回、ということは今年が5回目の「京の師走の年中行事」で新装なった南座で初めての顔見世だ。なんかもう、徐々にわたしら夫婦にとっても顔見世見物に京に上るのが師走の年中行事になりつつありますね。




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初めてここに「まねき」を掲げてもらう名題さんは、きっと晴れがましいのだろうなあ。





by god-zi-lla | 2018-12-19 11:38 | 物見遊山十把一絡げ | Comments(2)
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奈良、元興寺のキキョウ。


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ジャノメソウとキキョウ。

元興寺では禅室(国宝)屋根裏の特別公開を見学。題して「屋根裏探検」。すごい発想なり。準備に大いに手間もカネかかっている(忍者じゃあるまいし見学者に天井裏の梁を伝い歩きさすわけにはいかないわけですから)。ヘルメットと懐中電灯貸与。すこぶる興味深し。




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奈良、新薬師寺のムラサキクンシラン。


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アジサイ。

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キノコ(テングタケの一種?)

新薬師寺は十二神将像を拝観に。実物を初めて拝む。




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京都、妙心寺塔頭・東林院のギンパイソウ。


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キキョウ。


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ナツツバキ(沙羅の木)。

お茶を戴きありがたい法話を聞き、そしてもちろんこの花を見物しに行った。


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帰りぎわ、東林院の近くの塔頭のマツバギク。


そのほか赤垣屋で旧友と旧交を温めつつ温めた酒をさんざん飲み、翌日は鴨川の床を予約してあったのに雨でカウンターで日本料理の後、前日赤垣屋で旧友に勧められたのに従い東山三条のジャズの店「花屋」に新しいスピーカーが入ったというのを聴きに行く。レスター・ヤングほか。まだまだ育つでしょうけど音に殊更の違和感なし。ダイアナ・クラールがかかったので驚くとマスター、じつは好きでね、とニヤリ。

というような(大ざっぱにいえば)旅なのであった。

あ、そうそう。あと嵐電と阪急電車を乗り継いで大山崎山荘美術館へウィリアム・モリスの展覧会を見に行ったが、やや物足らず。



by god-zi-lla | 2018-06-29 09:17 | 物見遊山十把一絡げ | Comments(7)