神はどーだっていいとこに宿る


by god-zi-lla

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ブリテンの戦争レクイエム_d0027243_18104083.jpg




8月6日だ。

まえのエントリでも触れたようにベンジャミン・ブリテンという人が気になり始めたのはこの日の東京文化会館の、大野和士と都響による戦争レクイエムを聴いたのがきっかけだったわけだ。その前に予習のためブリテン本人による戦争レクイエムのCDを買って初めてこの大曲を聴いたんだけど、なんというか音楽を聴いて音楽そのものでもって(つまり詞とか詩によって助けられるのでなく)音楽家が怒っているとか悲しんでいると感じられることってそうそうあるもんじゃない。それがこのCDを聴いたら非常にダイレクトに、なんだかこれを作った人はすごく怒っていて、しかも悲しんでいると思えて仕方なかったんだよ。

それから文化会館へ行った。ブリテン本人による初めてのレコーディングから半世紀たっているというのに、当たり前だが依然としてこの音楽は怒り悲しんでいるというふうにきこえる。規模からいってももちろんそうなんだが、この作品をじっさいに演奏するとなると相当以上の心構えを演奏者は求められるに違いない。レクイエムというんだから当然キリスト教の宗教音楽でもあるわけだが、ブリテンの戦争レクイエムはそれを超えたプロテスト音楽なんだろうと思う。

でまあ、そんなわけだからこれはLPでも欲しいとずっと思ってたわけだ(すいません、そんなわけもこんなわけも、なんの脈絡もないこと本人重々承知しております)。せんだってあるレコード屋さんから送られてきたリストに英デッカのたぶん70年代前半くらいのプレスのやつが掲載されてたんだけどそれが5千円だか6千円だかっていうお値段なのだった。そうすると初版だったら当然のように数万円はするんだろうなと思いながら、レコード屋さんに電話を入れてみるともう売れちゃったというんだ。まあそうだよな。たいがいの人はオリジナル盤数万円だったら、ちょっと後のプレスで音質の違いなんてほとんどわかんないセカンドかサードの数千円で済ますもんな(いや、たいがいの人はCDでいいんだってば)。

ちょっとガッカリしながら、たまたまヤフオクを覗いてみると同じレコードの国内ロンドン盤が500円で転がってる。箱が結構ボロくてブックレットも少しキチャナイですという以外なんの商品説明もないんだけど、写真を見ればラベルは深溝だしこれはおそらく国内初版だろうと思われたから速攻で落札したのだったがそれが上の写真のブツなり。

まあ500円だから盤質についてはそんなに高望みしてませんでしたけど、やはり長年にわたってそれほどコンディションに注意を払われてないピックアップで再生され続けたと思しきサーフェイスノイズが全面にわたってあるんだけどさ。盤そのものは丁寧に扱われてたのか幸いなことにキズによるノイズはほとんど目立たない。

しかし毎度毎度おんなじような感想でぜんぜん面白くないんだけど、音の鮮度つうかインパクトはCDとまるで比べものになんない。なるほど今は亡き長岡鉄男先生がA級外盤にこれはセレクトするだろうという音がするんだが、長岡さんはどういうプレスをA級外盤に指定されたのでしょうか。というわけで、こいつはれいによって英国スタンパーによる正真正銘国内盤であって外盤ではないんであった。んー。しかしこうなるとこのサーフェイスノイズのために買い直すか、このままちょっとガマンして聴き続けるか迷うところだなあ。どっちにしてもCDには戻れそうにありません。

ところで初演のさいブリテンは3人のソリストにピアーズ、ヴィシネフスカヤ、フィッシャー=ディスカウを想定してたところ、ソ連政府がヴィシネフスカヤの出国を認めなかったためにこれが実現しなかったと先日読んだ評伝(デイヴィッド・マシューズ著『ベンジャミン・ブリテン』春秋社刊)にあるんだけど、この初レコーディングによってそれが実現したわけだ。そのヴィシネフスカヤは第2次世界大戦中、レニングラードにいてドイツによる900日の包囲戦に10代なかばで遭遇している。いっぽうフィッシャー=ディスカウは19歳でドイツ国防軍に徴兵されイタリアで敗戦、連合国の捕虜となって1947年に解放される。それからブリテンのパートナーでもあるピアーズはブリテン同様良心的兵役拒否を宣言して認められている。

ソ連政府がヴィシネフスカヤの出国を認めなかったのはドイツ人と同じ舞台に立つことを許さなかったためで(前掲書)、それは1962年のことだというからじつに東京オリンピックの前々年、おれが小学校に上がる前の年だけども世界はまだドイツの元少年兵とレニングラードでドイツの大包囲にあったロシア娘の同席を許さない時代なのだった。

ちなみにこの曲は1940年、英国の都市コヴェントリーがドイツ軍の無差別爆撃を受けたさいに破壊された大聖堂が再建されたのを記念する式典のためブリテンに委嘱されたのだが、LPのブックレットを読んでみるとこの爆撃は英国民に非常な衝撃をもたらしたもので、コヴェントレイトあるいはコヴェントライズという〈空爆で破壊する〉という意味の新語まで出来たんだと書かれている。

フィッシャー=ディスカウはどんな気持ちでコヴェントリーへ向かったんだろうと思う。いっぽうコヴェントリーの人たちはどんな気分でフィッシャー=ディスカウを迎えたのか。フィッシャー=ディスカウの評伝(ハンス・ノインツィヒ『ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ 偉大なる声楽家の多面的肖像』音楽之友社刊)にはブリテンの依頼を〈喜んで了承し〉としか書かれてないんだけど、それだけだったはずはないと思うんだよ。

下のブックレットにある兵士の写真は伝統的なレクイエムの詞と交互に歌われる反戦詩の作者ウィルフレッド・オーウェンで、彼は第1次世界大戦勃発によって徴兵され1918年に25歳で戦死している。
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by god-zi-lla | 2015-08-06 11:23 | 常用レコード絵日記 | Comments(0)
ロンドンレコード10インチ盤の外袋_d0027243_844274.jpg
せんだって百円で譲っていただいた古いレコードについていた外袋のこれは写真です。内袋じゃなくって外袋ね。いままでレコードの内袋についちゃブログで飽きるほどやってきたわけなんだが、ぢつはホントに飽きちゃっててね。だからここんとこ全然やってないんでした(ブログ書くのに飽きちゃっただけで、内袋眺めること自体には全然飽きてないんだけどさ)。

しかし外袋ってのはやったことなかったなあ。これは盲点だった。
なんちて。

ちかごろあまり見かけなくなったけど昔はこんな感じでレコード店の名前が入った外袋ってそんなに珍しいもんじゃなかった。まあ、そこそこの大きさのレコード店ならたいがいそういう外袋をそれぞれ誂えて使ってたんじゃあるまいか。ウチの棚にだって今でも音叉が三つかさなったロゴマークの入ったヤマハの外袋や、秋葉原の石丸電気の外袋なんかだったら2枚や3枚残ってると思うんだが、まあそういうのをあちこちのレコード屋さんが本屋さんでかけてくれるカバーのような感じで使ってた時代があったんです。

だけどこの、レコード会社とかレーベル(つうことはレコード会社が用意したんでしょうが)の外袋っていうのはこんかい初めて見たのだった。よそのレコード会社でもやってたのかどうかわかりませんが、少なくともある時期のロンドンレコードはこういう袋に入って売られていたんだねえ。

しかしどうなんですかね。これって、この袋にレコードジャケットが入った状態でエサ箱に刺さってたんだろか。それとも買い求める際にロンドンレコードにかぎってはレジのところで「ロンドンの袋、おつけしますか?」とかなんとか店員さんが訊いてくれて、「あっ、じゃあ、お願いします」なんて返事するとこの袋に入れ直してくれたりしてたんでしょうかしらね。

非常にどーだっていいことですけどね。
気になりはじめると、気になるんです。

ちなみにLONDON RECORDSの下には'Manufactured by KING RECORD COMPANY in Japan'、左肩にあるffrr耳マークを囲む文字には'TRUE HIGH FIDELITY'とある。なんだか良いねえ。「真の高忠実度」だもんねえ。

で肝心カナメの中身のレコードはアンセルメ指揮/パリ音楽院管弦楽団でA面にデュカスの「魔法使いの弟子」、B面にはオネゲルのパシフィック231つう有名な描写音楽2曲が収められているんだが、ステレオ・モノラルの表示がないところをみると50年代のプレスだと思う。もちろんこの時代のロンドンレーベルはメタルマザーそのものを輸入して日本でプレスだけをしてた例のヤツですから、おれとしてはいろいろうれしいレコードなのだった(下のダグをクリックしてちょ)。ふふふふ。

伺ったところによると、このレコードは譲ってくれた方の奥さまの父上の遺品だったんだそうだ。それを聞いて、そういえばウチにだって数はうんと少ないけど両親が持っていたSPレコードだの歌のおばさん・松田トシさんと安田姉妹(!)が歌う童謡の10インチ盤だの、おれがガキのころ小遣い必死に貯めて買い集めてたベンチャーズや日本のGSのシングル盤だの、あれらはいったいどうしちゃったんだよ。たび重なる引っ越しで捨てちまったのか、とーちゃん・かーちゃん。

そんなことをつい思い出しちゃうと、こうしてせっかくはるばる21世紀までやってきたレコードなんだから大事にしなきゃなあなんてガラにもないことを、いっぱいついているスピンドルマークを眺めながら思ったりもしたんだった。しかしスピンドルマークがたくさんついてるのにもかかわらず盤面には傷みもなくノイズも少ない。きっと大切に聴かれてたんだろうな。

ところで魔法使いの弟子とパシフィック231って曲は往々にしてガチャガチャとうるさい演奏になってるもんだが、このアンセルメ/パリ音楽院管のレコードはさすがアンセルメっていっていいのかクールで理路整然じつに見通しの良い演奏で、お祭り騒ぎのようなことには全然ならない。とくにオネゲルのほうはおれはすごい名演なんじゃないかと思ったんだが、この曲ってオネゲルがアンセルメに献呈してるんだってね。しかも24年にこの録音と同じメンツで初演されてるんだってこのレコードのライナーに書いてある。知りませんでした。
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by god-zi-lla | 2013-11-24 09:13 | 常用レコード絵日記 | Comments(2)

その百円の四季

その百円の四季_d0027243_711543.jpg
【前号までのあらすじ】前号を読んでください

しかしまあなんだな。
ゴージャスなインターナショナルオーディオショウでお値段についたゼロをいっぱい数えてヘトヘトになったあとてくてくてくてく神保町で古本祭り覗いてさ。いちばんの収穫が百円のレコードっていうところがじつに楽しくって、ああーすべからくおれの人生はこのようではあるのだよなあなんてね。いやまったくじつに充実した文化の日であったのだった。

くだんのレコードのジャケット裏には写真でご覧のとおり麗々しく「ロンドン ステレオフォニック・サウンド レコード」と特筆大書されてあってその横に印刷されたレコード番号はSLB 1となっていて、なにせ番号が「いの一番」ですからこれはもしかするとLONDONレーベルの非常に初期の(つか、いっとう最初の)ステレオLPレコードなのではあるまいかと思っていたら実際そうなんでした。

こころみにwikipediaでキングレコードを引いてみると
昭和34年(1959年)2月28日:ステレオ・レコードを発売開始(英デッカ原盤によるロンドンレーベルによるffssレコードなど)。特に第1号であるカール・ミュンヒンガー指揮、シュトゥットガルト室内管弦楽団によるヴィヴァルディ「四季」(SLB-1)は、初版で当時のステレオ・クラシックLPとしては異例の2万枚の大ヒットとなる。
とあります。そうだよそうだよ、これをぼんやり覚えてたんだよ。

じつはせんだってバックハウスのベートーヴェンを御茶ノ水のユニオンで買い求めたときにこの項目を読んだばっかりだったんでした。だからこのレコード見たときに反応しちゃったんだな。しかしまさかそこに載っている当のレコードに、よりによって神保町の古本祭りで遭遇するなんて思ってもみなかったよ。いやー、面白いモンだよなー。神保町から駿河台なんて目と鼻の先だしね。

それはともかく、クラシックのレコードで2万枚売れたってのはすごいね。

ちなみにこのジャケット裏右下すみっこに印刷された定価は2,300円です。
これをいまの物価にしてみると1万2千円から1万3千円の間くらいになるようだから、それが2万枚売れたってのは相当な大ヒットといえるんじゃあるまいかしらね。

ところで日本のステレオレコードは前年の58年(昭和33年)8月、日本ビクターから発売されたのをもって嚆矢とするそうで、日本のレコード会社としてはコロムビアに次いで3番目だったらしい。

なにせ初めてのステレオレコードだもんだから裏解説には「ロンドンffssレコードについて」っていう囲み記事がある。
 ロンドンのLPレコードは。その録音の優秀さを標示するため "ffrr" と銘記して、世界にも認められておりました。今回ステレオレコードを作るにあたっても、その優秀な技術と経験を全面的に駆使して、ffrr以上のものを完成し、これにFull Frequency Stereophonic Soundという記号をつけました。これは、高忠実の立体録音の最上級のものであることを誇示しているものです。…… 
チカラ入ってるよなあ。
ffssというのは高忠実の立体録音の最上級のものであるゆえ一同ココロして拝聴致すようにとのお達しですもんね。

そういわれるとラベル上部のffssロゴだって誇らしげに輝いてみえるじゃありませんか。

だけどね。いちばん驚いたのはこのアルバムに収められた演奏だったんでした。
なんというか、これはドイツ流のヴィヴァルディの演奏といっていいんだろうか。
時代のせいってわけじゃないよなあ。イ・ムジチのアーヨ盤とほぼ同時期だもんなあ。

うちにあるどのレコードCDの四季ともぜんぜん違う。
なんというか、こういう言い方したらイケナイのかもしれないんですけど、
ぜんぜんスイングしないじゃん。
いやー不適切な表現だとは思いますけど、おれにはそういうふうにしか言えない。こういう演奏がもしかしてスタンダードだったんだろうか。2万枚も売れたってことはこの演奏が四季の演奏として違和感なく受け入れられてたってことでもあるんだと思うんだけど、どうだったんでしょうね。

んー、カルミニョーラのスピード違反みたいな四季もちょっと行き過ぎじゃないかって思いますけど、これはまた四角四面の三角野郎というのか融通の利かない石部金吉というのか、まあおれみたいなシロートがあーたらこーたら言っても仕方ないんだけど全然聴いたことがないようなところもあるし、んー、なんていうのかなあ、もしかしてミュンヒンガーっていう人は謹厳実直、冗談なんか生まれてこのかた一度も言ったことのないのが自慢の大ドイツ帝国の音楽学校の校長先生ですか。

っていう感じの四季。
初めて聴いて、かなりびっくりした。

おれはどっちかっていうと歌ってるようなスウィンギーなやつのほうが性に合ってるなあ。

ところで、裏解説によるとミュンヒンガーは1915年生まれの「新鋭指揮者」。
90年に亡くなってますが、ご存命であったら今年97歳。

シュトゥットガルト室内合奏団の楽員の平均年齢が裏解説によれば「56年現在」で35歳。
もし当時の楽員全員がそのままご在団かつご存命でありましたら平均年齢は2012年現在、91歳ってことになるんですかね(なるわけねーだろ)。

そしてこの盤面のキズだ。
B面「秋」の第2楽章を横切るように太くクッキリ入ってる。

検盤したときに指で触れてみてもハッキリわかるくらいのキズだったんでダメかな、いやきっとダメだろうなと思いつつ一方でレコードのキズってな見ただけじゃわかんないからねえ、なんて思ったりもしてね。

ウチに帰ってクリーニングマシンできれいに洗ってから針を落としたところ、もちろんポップノイズがキズの長さのぶんそれなりの回数出るには出るんだけどそれほど刺激の強い音じゃないうえにまったく針飛びせずに最後までトレースしてくれて、やっぱりレコードのキズっていうのは見ただけじゃわかんないよなあと、あらためて思ったのでした。

なにせ百円なんだから、このくらいだったらじゅうぶんオッケーさ。
もう完全にモト取ってるし。いい文化の日でした。
by god-zi-lla | 2012-11-09 07:01 | 常用レコード絵日記 | Comments(4)
文化の日とぼとぼ日記その3古本祭りで百円レコード_d0027243_11343111.jpg
そうだそうだ写真にも撮ったのに忘れてた。

会場を出がけに入場受付のとなりにあったステレオサウンドのブースを覗いてみたら和田博巳さんの長期連載「ニアフィールドリスニングの快楽」が単行本になっているのが並んでたので買い求めたんだった。

わたくし和田さんのファンです。
和田さんの聴いてる音楽の世界がおれとしたらまず非常に近しい感じがするんだよ。そうするとオーディオについての言説もなぜか親しい感じに思えてきてさ。ブルーノートレーベルだったらいちばん聴いてるのがOUT TOLUNCHとゴールデンサークルのオーネット・コールマンVol.1なんてのを読んじゃうともう最高にうれしいじゃないっすか。

だったらきっと当然テラシマ的世界が嫌いでしょうしね(そんなことどこにも書いてなくて勝手な想像ですけど)。あと、ちょっとチャラい感じの雰囲気もオーディオ評論家っぽくなくてすごくいい感じだと思うんだな。

それになにしろ連載のタイトルがニアフィールドリスニングの快楽ですから。
なんたっておれ高校生の頃から一度もスピーカーから2メートルと離れたことありません(笑)
もうタイトルからして我が意を得たり! ってやつだもんね。

ただ最近はちょっと既存のオーディオ評論家っぽいとこも見えるようになってきた気がするのがアレなんだけど、できればセンセイにだけはなって欲しくないっす。お願いします。なんちて。

で、ウチに帰ってから気づいたんだけど、これはサイン本でした。
きっと本の近くに「サイン本!」とか案内があったんだろうな。
なんて不注意なヤツなんだおれって。

というようなわけで本1冊とディスク2枚抱えたわたくしは国際フォーラムを丸の内側へ出て三菱1号館美術館の前を抜けお堀っぱたへ向かうのであった。

三菱1号館美術館てのはそろそろ竣工3年近くになるんだろうか、出来立てのころはなんだかウサン臭いテーマパークみたいな外見だったのが風雨にさらされるうちにだんだんいい感じになってきてるよな。この調子でいくと、おれが生きてるうちにそこそこの古色がついて結構見られる外観になるかもしれない。

そうそう東京駅もブームが過ぎたらゆっくり写真撮りに行ってみましょう。
いまはまだチラチラ見てるだけにして。
文化の日とぼとぼ日記その3古本祭りで百円レコード_d0027243_9203052.jpg
と、行幸通りを横切るのであった。

で駿河台下の交差点とこに着いたらもう夕方4時をまわってて古本祭りもあと1時間で終了つう時間になってたんですけど、いやーラスト1時間、ワゴン出してるどの店も最後だからみんな値引き始めててさ。まあ古本の値段なんてどうなってるかわかったモンじゃありませんけど、それでも「付いてる値段の半額だよっ!」なんて言われると思わずチカラ入っちゃうよね。

しかもそこいらじゅうの人がみんなチカラ入っちゃってるもんですからラスト1時間けっこうな混雑なんだ。もう、内気なおれなんかぐいぐい押されてなかなかワゴンの前に出て本の品定めができません。

それでもなんとかかんとか駿河台下交差点から神保町交差点まで、おおよそ1時間かけて見てまわって稲垣足穂の初めて見た「ライト兄弟に始まる」っていう70年発行の徳間書店刊函入り上製本と、それからもう1冊、こいつは以前読んだことのある山口瞳の「行きつけの店」ってエッセイ。

この本て、なんというか、ある意味けっこう嫌味なエッセイだから再読して気持ちいいとかってもんでもないんだけど最初に読んだのが文庫本だったから、おー初出の単行本はまたこんな判型デカくて全然洒落てもいない自己顕示欲ミエミエな体裁だったんだなあ、こういう本は小ぶりな判型に軽装でさりげなさを装ったほうがよっぽど洒落てていいのにこれはなんだか俗っぽいねえ、なんてヘンに感心しちゃってさ。

手に取ってパラパラっと見たらおれがこの本に書かれている店のうち唯一入ったことのある、いまはなき銀座コリドー街のクールのマスターの柔和な顔が目に入ってつい買ってしまったのだった。

まあ、これもご縁ですからしばらくはページを繰りながらぶつぶつ言って楽しもう。

なんつってたら1軒、ワゴンのすみっこにレコードを20枚ばかし刺してある本屋があったんだ。
んー、骨董市でもそうなんだけど大概ロクなモンがあるわけないとわかっていながらレコードがパタパタしてってねって呼んでるのを無視して立ち去ることができないんです。

チラっと見るとポール・モーリアかなんかのムードオーケストラのジャケットが見えてたりするんだけどね。刺してある段ボール箱には1枚300円の文字をマジックで上からグジグジっと消して200円にしてある。だけど店の人は「全部半額ですよお」って、それは当然このレコードにも適用されてんでしょうね。そうすると百円じゃん。

で、いきなり古本市のワゴンの前に立って、おれ一人だけレコ屋の客になってエサ箱の前に仁王立ちしてパタパタパタパタってやったのだった。まわりと全然動作が違うのね。けっこう異様だったかもね。あははは。知るかそんなこと。

そしたら見つけたのが写真のやつ1枚。
カール・ミュンヒンガー指揮、シュトゥットガルト室内管弦楽団のヴィヴァルディの四季。キングレコード謹製の国内盤ペラジャケLONDONレコードじゃありませんか。

へへへへへ。

れいのやつですよ、れいのヤツ。
DECCAのスタンパー使った国内プレス。

もちろん店のおにいさんに「開けて見ていいですか」ってことわって検盤して確認しました。
検盤させてねって言っても通じないかもしれないから、ふつうに「見ていいですか」ってね。

気になるキズが1本あったけど間違いなくZAL-4035-1Eと4036-1E。
ジャケット破れアリ、天ヌケ、底ヌケ。だけど百円。
ダメでも勉強代で百円だと思えば惜しくない。

それにSLB1番ていうレコード番号も気になったしね。

つうわけで最後の最後に神保町の路上でレコードを買ってしまった文化の日だったのでした。

このレコードについてはto be continued !
by god-zi-lla | 2012-11-08 10:38 | 物見遊山十把一絡げ | Comments(0)
バックハウスのロンドンレコードに残る黄色の帯が_d0027243_1416497.jpg
1日じゅうおだやかに晴れわたったのって、ずいぶんと久しぶりなんじゃないか東京は。

みつければ思い出したようにぽつぽつと買い求めてる古い英国マザー国内プレスのロンドンレーベルだけど、さいきんいちばんの収穫はこれです。ヴィルヘルム・バックハウスのアパッショナータとヴァルトシュタインの、しかもこれは50年代はじめのモノラル録音のほう。ユニオンで税込み588円。

バックハウスのような歴史的名演奏家の演奏についておれごときがとやかく言うようなことはないので言わない。だけどとにかくいまは虚心坦懐バックハウスの演奏を古い日本製ロンドンレコードで心を鏡のように静かにして聴くのみ。それからバックハウスは鍵盤の獅子王と呼ばれたそうですけど巨匠の域に達してからの録音ばかり聴いてるせいか、その呼び名の意味がよくわからない。

バックハウスはベートーヴェンのソナタ全集をモノラル、ステレオそれぞれの時代に残したそうで、このアルバムに収められた2曲はヴァルトシュタイン(作品53、第21番)が50年の7月、アパッショナータ(作品57、第23番)が52年4月の録音。1884年の生まれというから1950年当時でも66歳だったんだな。

でこのレコードはいつのころのプレスなのかよくわからないんだけど、このセンターレーベルのレコードがいままでうちの棚には1枚もなかったことだけは間違いないんだ。

子細に見てみるとレーベルにもジャケットにも帯にもstereo、monoの表示がどこにもない。つうことはふつうに考えればロンドンレコードがステレオ盤を発売する以前のレコードだと言っちゃってもよさそうだな。さらにいうと裏解説のおしまいのほうにバックハウスが54年に来日したという記述があるところからすれば、このレコードが売り出されたのは55年以降ステレオレコード発売以前てことなんだろうと思う。

ウィキペディアでみるとキングレコードがステレオ盤を初めて発売したのが59年2月28日だそうだから、そうするとこのアルバムがリリースされたのは55年から58年あたりってことになるのかな。

だけど英DECCAのオリジナルリリースとは同じベートーヴェンのソナタだけどA面とB面の組み合わせが違ってて、ヴァルトシュタインのほうは作品26の第12番、葬送との組み合わせでLXT2532つう番号で、アパッショナータのほうはLXT2715で作品101、第28番と組み合わされてイギリスのオリジナル盤は発売されたらしい。

もしかすると日本でも当初はこのDECCAと同じカップリングのやつが出で、しばらくたってよくある売れセンを組み合わせたカップリング替えの1枚としてリリースされたのがこれなんだろうか。そのへんのことはとりあえずよくわかんないですけど、マトリックスナンバーを見るとこれはたしかにA面B面それぞれ別の時期にマスタリングされたマザーを組み合わせて1枚のアルバムに仕立て上げたらしいというのが見て取れますね。

左のARL-1223-3Dがアパッショナータ、右の見えにくいですけどARL 478 1Dがヴァルトシュタイン。書体も文字の大きさも違う。ふつうにいって1223のほうがいかにも新しそうな見慣れたマトリックスナンバーに見える。
バックハウスのロンドンレコードに残る黄色の帯が_d0027243_14163990.jpg

まあ、だからなんなんだって言われても、なんでもないんですけどね(笑)

だけど、なんだかこうやって眺めてると古いレコードってのはなかなか想像を逞しゅうさせてくれるモンだなあなんて、ようするにそれだけのことで中身のバックハウスの音楽の価値は微動だにしないんだけどさ。

それはともかくとして、この50年代後半だからおれとたいして違わない製造後半世紀を優に過ぎたこのレコードに、ちぎれても汚れてもいないかれんな黄色い帯がそのまま付いてるとこがケナゲというのか、きっともともとの持ち主の方がとても大事にコレクションされていたものではあるよなあと、じつはそこんとこにいちばん感心してしまったわけなんです。

写真でもわかるくらいこの盤にはいわゆるスピンドルマークがけっこうついてはいるんだけど、おれはスピンドルマークのあるなしと持ち主のレコードにたいする愛情ってのは、ときどきレコード蒐集家が揶揄して言うほどそんなに関係あるとは思ってないんだ。

やってみりゃわかりますけど、むかしの直径30センチに満たない小さなターンテーブルのついた電蓄に手探りでLPレコードをかけようとすればスピンドルホールのまわりをスピンドルの先端でこすらないわけにはなかなかいかない。

当時の高いレコードを買いつつ、ちゃんとしたフルサイズのターンテーブルが付いた高級な再生装置も揃えられるような人がそんなにいたとは思えないからね。伊藤喜多男さんの「もみくちゃ人生」を読んでみると、ああいう人物でさえまったくレコードを買えない経済状態が戦後のある時期まで続いたと書いてあるくらいだしさ。

このジャケットの裏には定価1,700円とあって昭和30年代前半からなかばあたりのこの金額だからたとえばふつうの勤め人が買うとしたら、1960(昭和35)年当時の大卒男子の初任給が1万6千円前後だったということからしても相当覚悟して買わないといけなかったんじゃなかろうかね。

そういう相当な覚悟で買ったレコードだからスピンドルマークがいっぱいついてしまうほど聴き込んだ。だけど盤もジャケットも大事に大事にしてきた。その気持ちがこのキレイに半世紀たっても残ってる黄色い帯に現れてるような気が、ふとしないでもないんだな。

そんなとこまで想像することもないんだろうけどさ。
by god-zi-lla | 2012-10-08 14:16 | 常用レコード絵日記 | Comments(2)
うふふ、こんなものがロンドン(HOW TO GIVE YOURSELF A STEREO CHECK-OUT)_d0027243_22394666.jpg
おれMacは大好きだし、いま使ってるこのMacBook Airだってすごく気に入ってるんだけど、スティーヴ・ジョブズはどうもあんまりオトモダチになりたいタイプじゃない。まあ向こうだっておれなんかと友だちになりたかないでしょうけど。

しかしそれはそれとして、痩せたなあ。
きょうアップルのサイトでIPad 2発表の動画見てて驚いた。
おれはジョブズとほとんど同年代だから、彼のこの健康状態はすごく気になる。
お約束のスタンディングオヴェーションが、こんかいは痛々しかった。

左の写真は白ジャケットのうえにレコード乗せて撮ったんじゃないです。一瞬そう見えるかもしんないけど右上のカドんとこをよーく見るとSLC 1650って番号があるでしょ。白地にほぼ原寸大のレコードの写真が配されたデザインなんです。んー、じつにまぎらわしい。

しかもこのジャケ写にあるレーベルが実物どおりなのかと思ったらそうじゃなくて写真右のごとくフツーのLONDONなんでした。ペラジャケ。ZALナンバーのディープグルーヴ。うふふ、そうです。相変わらず買ってる英国マザーの国内盤初期ロンドンレコード。半月くらいまえに御茶ノ水のユニオンクラシック館で掘り出してきました。

でもあれなのよ。こいつは音楽のレコードじゃなくていわゆるオーディオチェックレコードってやつでさ。英語のナレーションとチェック信号と、チェック用の音楽と楽器の音、それから最後のトラックにデモ音源としてケルテスとLSOのハリー・ヤーノシュの一部が収められてんです。

うふふ、だから聴いて楽しむようなレコードじゃないしさ。
とりあえず1回は通して聴いてみましたけど2回目はあるかどうかね。
チェックLPはずっと新しいMJが出してるやつとか持ってるしね。

もうほんとにこれは、コレクターズアイテムってやつだよな。

持ってる本人以外にはほとんど無価値で、持ってる本人にとっても「持ってる」ということ以外の価値をほとんど見いだせそうにないブツをコレクターズアイテムっていうんだと思ってるんだけど、まさにそれだもんな。

でもねえ。
エサ箱から引っぱり出した瞬間あーこれはもう元には戻せんなあーって思っちゃった。さがしてたわけでもなんでもないしさ。それどころかこんなレコード出してたのすら現物見て知ったくらいなんだけどね。こういうの手に取っちゃうと困っちゃうんだよな。自分の手なのに自分のいうこときいてくれない。そのレコード放せって脳は指令を出してんだけど放さない。仕方なくそのままレジに持ってく。

見えすいた言い訳ですいません。

裏解説は故・岡俊雄さん。
そういえば岡俊雄さんや三浦淳史さん、黒田恭一さんといった人たちが健筆をふるってたころのステレオサウンド誌って考えてみたらすごいよな。オーディオのライターだけじゃこうはいかない。それに五味康祐の随筆風私小説(だとおれは思ってる)が加わって最強。でもみんな亡くなっちゃったんだな。

いやそんな話じゃなかった。

かといって、とくに話の続きがあるわけでもないのさ。

たんなるコレクターズアイテムですから。むふふ。
by god-zi-lla | 2011-03-03 23:41 | 常用レコード絵日記 | Comments(4)
やってるんですキングLONDON国内盤(Ansermet / Pulcinella)_d0027243_917681.jpg
しかし10月10日といやあ晴天特異日だったのに雨だな。

晴天特異日だから東京オリンピックの開会式が行われ、それを記念して体育の日になったっていうのに、いまどきは明日が「たいくのひ」なんだそうですな。

どのようにして歴史はフロッピーのように改竄されたんでしょ。

たかだか続けて休みたいだけのことで記念日いいように毎年あっちゃこっちゃ動かしてさ、由来も理念もクソもなくご都合主義になんでもかんでもいじくりまくるだけで一本筋を通すってことを忘れた、そういう目先の快適さ優先する腐った根性がいまのこの国の劣化を招いたってば言いすぎでしょうけど。

そんなことしてっから、ほら見ろ。
10月10日に雨が降って、運動会は中止じゃんかよ。

それはともかくとしてだな。
あいかわらずキングのロンドンレコードのZALナンバー盤見つけるとちまちま買ってますが、これは買ってもうずいぶんたつんだけどね。この盤はおそらく66年くらいにオリジナルのSXL6230がリリースされて、このキング盤は71年かな。たぶん国内でも発売時期からして再発じゃないかと思う。

えーこのブツは白レーベルのプロモ盤両溝アリ。優秀録音にして盤面新品同様。ユニオン御茶ノ水クラシック館でたしか1500円くらい。けっこう最近は「音のいいキングロンドン盤」みたいなキャッチがついてて、いいお値段ついてたりするんだよ。やだねえ。でもまあこのコンディションで1500円なら安いかな。

でまあ、たまたま4412で何聴こうかと思って棚を眺めてたらこいつに目が止まって、そういや最近このテのことをあんまりブログに書いてないよなあと思い出したもんだから、引っぱり出して聴いたついでにジャケット写してみたんでした。

じつは歌の入ったプルチネッラの全曲版っておれはこのレコードで初めて聴いたんです。そういう意味でもなかなか貴重なお買い物ではあったんだけども、ソプラノ、テノール、バス3人の歌が入るとしかしなんていうのか、もともと古いんだか新しいんだかわかんないような曲がいよいよわかんなくなっちゃうっていうのか、あーいや逆だな。もともと新しいんだか古いんだかわかんない曲から歌を抜いて組曲にしたら多少は新しっぽくなったってことか。あれ?

とにかくまあ分離しちゃった生クリームつうか、ちゃんと混ざってないマヨネーズと申しますか、それはそれでミョーに気持ちのいいところにハマったりもする不思議な音楽ではあるんです。

雨上がったなあ。
でも運動会はもうムリだね。残念。
by god-zi-lla | 2010-10-10 09:17 | 常用レコード絵日記 | Comments(3)
地道にやってますぜLONDON国内盤_d0027243_950062.jpg
ここんとこ雑誌やなにやらのCD評とかコラムとかが休載になってるのが気になってたら黒田恭一さんが亡くなってしまったな。

おれはとりたててクラシック愛好者というほどでもないけど、黒田恭一さんはああいう文体(というか字面の見え方も含めて)でずっとむかしから評論やエッセイを書き続けていて、あれはいったい意識的につくられた文体なのかそうでないのか、以前からすごく気になってんだけどね。

ある部分吉田秀和の文体を下敷きにしたというか換骨奪胎したというか、そんなふうに見えないわけじゃないしたぶん黒田さん自身非常に影響を受けたんだろうと容易に想像はつくわけだけども、ただあの文章からすれば黒田恭一という人は吉田秀和のように偉大な批評家であるよりもまず「紹介者」であろうとしたんじゃないかと、ふと思ったりもする。

どうせ吉田秀和にはなりえないという思いがあったかどうかは知らないけども、少なくとも吉田秀和という巨人とは別の道を行こうという意識はあったような気がするね。まあしかし、れいによっておれの勝手な思い込みだけどさ。

高校から大学にかけて買った何枚かのレコードの裏解説やステレオサウンド誌の連載エッセイで読んだ黒田さんの持って回らない、つか持って回ったような表現をたぶん非常に意識的に避けて、場合によったらちょっと鼻につくくらい平易な言い回しに執着してるといえるような文章にすごく惹かれてきた。
正直なところ内容よりも文章そのものに惹かれてたとこがちょっと申し訳ないってば申し訳ないんだけどさ。

あの30年以上もむかしのステレオサウンド誌というとその黒田恭一さんのほかに岡俊雄や三浦淳史、それに五味康祐といった(みんな亡くなってしまった!)人たちの音楽やレコードやオーディオにまつわるエッセイがたくさんあって、いま考えてみてもあれはすごい雑誌だったなあと思わずにはいられないね。

すごい雑誌だったなあなんて、まるでなくなってしまった雑誌のような言い方ですいませんけど、ここんとこの弁当箱サイズのいわゆる論壇誌ってやつがつぎつぎと休刊になってくような時代に、かつてはたしかにあったはずの「こころざし」がいまは失われてしまった雑誌なんてもう枚挙のいとまもないくらいなもんだからさ。とりたててステレオサウンド誌がけしからんとかそういう問題じゃないよ。

まあ、あのへんの雰囲気をたぶんこれこそいまは亡きサウンドステージ誌は引き継ごうとした形跡が見えたけど、たぶん商業的にうまくいかなかったから休刊になったんだとすれば、結局のところそういう雑誌が読者から支持されなくなったってこと以外ないわけじゃんか。

唐突かもしれないけど、ようするに雑誌より先にまず読者が劣化しちゃったってことなわけだろうな。だからたぶんステレオサウンド誌が昔と変わってしまったんだとしたら、それはとりもなおさず読者が変わって(あるいは代わって?)しまったからじゃないでしょうかね。

なんでおれこんなこと書いてんだ。
まあとにかくその今考えてみれば生半可じゃない執筆陣のなかで、たぶん当時は若手のほうだったんだと思う黒田さんの「ぼくは聴餓鬼道に落ちたい」(だっけ? うろ覚え)や「さらに聴きとるものの彼方へ」(これも、だっけ? うろ覚え。なにせバックナンバー全部捨てちゃったもんで)を、じつは五味康祐の連載よりずっと熱心に繰り返し読んでいたのでした。

そんなわけで、じつのところほとんどレコードの裏解説とステレオサウンド誌だけというくらいで黒田さんの文章にたくさん触れてきたわけでもないくせに、そのわりには少なからざる影響を受けてしまった読者のはしくれとして黒田恭一さんのご冥福をお祈り申し上げないわけにはいきません。合掌。

でその、おれが勝手に思うところのステレオサウンド誌黄金時代を支えた筆者のひとり岡俊雄先生が裏解説を書いてるのがこのロンドンレコード国内初期盤ご存知アンセルメ/スイスロマンドの「展覧会の絵」。手に入ってうれしいす。最高。エサ箱からひっこ抜くとき思わずジャンプしちまったくらいなもんだぜい。英DECCAラージラベル深溝のオリジナル盤手に入れるのよりきっとうれしい。多分だけど。

なにせ千円ちょっとだからね、バカっ高いオリジナル盤買って一瞬「おれはもしかしてまたバカな買い物しちまったんじゃないだろうか」なんて悔悟の念が脳裏をよぎるなんてことは絶対ありませんもんね。ただ純粋にうれしいだけ。

まあ後ろめたさの快感てのも否定はしませんけどさ。

つうことで、れいによってこの演奏についてあたくしのようなものが申し上げることはございません。たんなる自慢たらたらってやつでございます。へへへへ。
by god-zi-lla | 2009-06-07 10:16 | 常用レコード絵日記 | Comments(11)
ギョーム連絡(ロンドンレコードのリスト)_d0027243_8184127.jpg
これがくだんの昭和39年1月現在ロンドンレコードのリストす。

タイトルが
ロンドン・レコード/ステレオ・クラシックス・ディスコグラフィ

となってますからモノラルのリストはべつにあるのかな。あと30センチLPのみってことわり書きも入ってんで10インチ盤や7インチ盤もあったんでしょうな。

あ、7インチのクラシックレコードってけっこうあったんだよ。おれガキのころウチにもあったんだけど、もうないだろうなあ。惜しいことしたなもう。

ロンドンレコードって住所見ると会社は尾久にあったんだな。

つうわけでjazzamuraiさん。現物を掘り出されるまでのあいだお使いくだされい。

しかしこれは負けちゃおれんな。
もちろん勝ち負けなんかじゃないけど、やっぱちょっとね。
ムラムラマチマチときますわね。

以上日曜朝からお送りしました番外編。

ここに判読可能な画像(自己責任でどーぞ)
by god-zi-lla | 2009-05-10 08:18 | 常用レコード絵日記 | Comments(3)
またまたLONDON国内初期盤ね(ANSERMET / DEBUSSY)_d0027243_17274764.jpg
黄金週間だねえ。おれにはあんまり関係ないけどさ。

勤め人辞めて1年とちょい。

30年前、初めて持たされた活版印刷の名刺を緊張しながら手渡した最初の人ってのが研修で「おまえこういうとこに電話してこういう人にアポ取って会いに行ってどういう仕事してるか話聞いてこい」って「はじめてのおつかい」みたいにして訪ねてった先の当然初対面のおじさん。

考えてみたらこんな「研修」を新入り全員にやらしたんだから、ずいぶんとまた芸の細かい念の入った研修だったんだなあって実はいまさっき突然思い出したのよね。ヒマだったんすかね世の中全体が。

でその最初の1枚からいったい30年で何千枚だか何万枚だかわかりませんけど名刺交換して、机の引き出しに最後まで残ってたそういう名刺のごく一部をぜーんぶシュレッダーにかけて会社の玄関おん出てきてから1年。そういやおれは名刺ってのを持たずに暮らしてきたんだよな。

そのあいだにも名刺もらうことはあったのよ。でも「あたしゃ名刺ってのを持ってないんでごめんな」とかなんとかいいながらヘラヘラ笑ってすましてたんでした。

これはもしかしてシツレイなことだったんではないのだろうか。
社会人として語るに落ちるとはこのことじゃあるまいか。

ぬあんてことは小指の先も思いませんけどさ。

でもまあもらったっきりでこっちが名刺あげないと、どーも相手もどうしていいかわかんないようなそぶりをする場合もあるしさ。まあしょーもないもんとはいえ1枚紙くれたんだからこっちもお返ししないとさ。

目には目を。歯には歯を。名刺には名刺を。

と思ったりもしたもんだから名刺作ってみました。イラストレーターCS4とプリンタで。

でさ。勤め人の名刺って会社名とか肩書きとか入ってるじゃんか。まあ勤め人のばやいは個人の名前なんかどーだってよくて会社とか役職のほうが大事だったりもするわけだけどさ。飲み屋のオヤジの名刺なんかだと屋号が入ってたりするよな。

まあ、余白もあることだし、おれもなんかそういうの入れておこうかな。屋号も会社も肩書きもないんだけどさ。なんかこう「なるほどおまえはそうゆう人間なのかあ」ってわかってもらえそうなやつをさ。で。
パンも焼く主夫

わかりやすいショルダーコピーでしょ。しかも色オビに白ヌキ文字。

早くだれか見ず知らずの人に渡してみたいぞ。わはははは。
そこいらへんの路地でポケットティッシュといっしょに配っちゃおうかしら。
わけわかんねーな。

アンセルメのドビュッシーはA面が交響詩「海」でB面「夜想曲」。両面深溝。

いいねえ。おれなんかが四の五の言うようなもんじゃございません。音もやっぱりこのキングレコード謹製のロンドン初期盤はいいわ。しかもこの微妙な音によるグラデーションを聴かせるためだけに作ったような、もしかしたら思想や感情を音楽で表現するなんて発想をハナっから捨ててたつうか鼻で嗤ってたかもしれないドビュッシーの管弦楽作品に、なんか非常に合う音だよねえ。

でさ。こんだの盤には中に昭和39年1月現在の既発シリーズのリストが入ってたの。こういうの残してくれてるとホントうれしい。タイトルと番号が印刷されただけの紙っぺら1枚ですけど眺めてると楽しいねえ。いろんなことを想像させてもらえますね、こういう付き物があるとさ。昭和39年1月ってば9か月後には東京オリンピック。あたしゃ小学2年生でした。

そのリストの冒頭にある宣伝文句の一部分。
 ご存知の通り、ロンドン・レコードは世界最高の録音技術と自他ともに許すイギリス・デッカで録音、カッティングされた原盤を直接輸入し、プレスしていますので、お聞きの通りの実際のコンサートでも一寸聞けない程の実に繊細でしかもダイナミックな音が再現されます。そして、あなたの再生装置がより高度なものであればある程、他には絶対類のない、素晴らしい音色を満喫できます。

この時代にもう「ナマより再生音のほうがいい音のことだってある」って言ってるのがすごいね。しかも「オーディオ装置が良ければもっといい音で鳴る」ってもう元祖キング・スーパーアナログディスク。最初っからこういうのが好きな会社だったんだな。

なんかで読んだ話で実話かどうかわかんないけど、アンセルメがスイスロマンド管を率いて来日公演したのを聴いた日本人が、けっこう失望したことがあったんだってね。レコードであれだけ素晴らしい音を聴かせてくれたアンセルメなら、さぞ実演は素晴らしかろうって期待してったら裏切られたって。

そんな話があながち嘘でもなさそうだなと思わせる音が、この時代のロンドンレコードからはきこえてくるね。
このリストに出てるレコード、かたっぱしから欲しいぞ。
by god-zi-lla | 2009-05-01 18:47 | 常用レコード絵日記 | Comments(5)