神はどーだっていいとこに宿る


by god-zi-lla

夏のお漬け物

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毎度変わり映えしなくてすいませんけど、ぬか漬け3種。小茄子と白瓜とミョウガ。けさ、ぬか床から引き揚げて刻んで盛ってみたら、あー夏だねえなんてしみじみ思ってしまったので写真。

ぬか床を作ってから今年の夏で7年だ。飽きっぽいおれが毎朝よく手入れして続いてるもんだと思うけど、なんてったってこうやってぬか床から引き上げた野菜を刻んで食えばどれもウマい。続く理由なんてそれしかないよ。

ごく小さいプラスティック製の、どこのホームセンターにでも売ってるぬか漬け用の容器で始めたんだけどさ。ちょっと育ちすぎたような盛夏のキュウリなんかだと長すぎて入り切らなかったり、こんなふうに小茄子と白瓜半分とミョウガ1個くらいで満員御礼になっちゃうくらいだから、いっときもうひと回り大きい容器にしようかなんて思ったこともないではなかった。

けど、もしかしたらこの小さな容れ物でずっとやってるのも長続きしてる理由のひとつなのかもしれないって最近はちょっと思う。

ガワが大きければそれだけ大容量のぬか床が当然出来るわけだけども、そしたら毎朝かき混ぜる要領だって違ってくるだろう。いまの大きさなら片手でぐるぐるっとやりゃあ、ものの1分とかからないうちに全体がすぐにひっくり返る。毎朝起き抜けのいちばん最初にやる仕事だからさ。あんまり重労働で億劫になるようじゃ(とくにおれのようなナマケモノだと)絶対長続きはしないね。

それにね。この小さな容れ物なら家を空けるときも1泊程度なら冷蔵庫の野菜室に容器ごと放り込んでしまえば大丈夫。2泊以上になるときは冷蔵室に入れておいて、この7年問題が起きたことは一度もない。

こういうことも小さなぬか床ならではの機動力っていうかね。

ぬか床のために旅にも出られないなんて何のための人生だかわかんないけど、ちっちゃなぬか床ひとつでけっこうシアワセな気分になれたりもするんだから、小さなぬか床ひとつある人生ってのも悪かないよ。

それから美味しくしようとか色良く漬けようなんて「工夫」はまるでやらない。前にも書いたかもしれないけど、茄子やキュウリの漬け物が悶絶するほどウマい必要なんておれにはないし他人サマと競争してるわけでもない。パリっと噛んで、おーいい具合に漬かったねえなんて独り呟くくらいの、ふつうの美味しさでもうじゅうぶん。

日々大事にかき混ぜてやりさえすればぬか床ってのはそのくらいの期待にはしっかり応えてくれるってことがこの7年でよくわかった。

ぼちぼち山形の小茄子も出てくるころかな。
ウマいんだよなあ、あれ。


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ちょっとキュウリを掘り出して記念撮影。
旬の野菜を漬け込んでやれば、おれたちもうれしいしぬか床もきっとうれしい。

by god-zi-lla | 2017-06-15 12:54 | 食いモンは恥ずかしいぞ | Comments(4)

ちゃっちゃか柚子胡椒

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先週から黄色いユズがいくつもあるもんだからコイツをどうしてやろうかと思案してたところ、落語を聞きに行ったときにちょっと覗いた恵比寿三越の地下の野菜売り場に干してない赤唐辛子が出てたもんだから買ってきた。コイツで柚子胡椒を作ろう。

それというのもだね。柚子胡椒には緑色のと赤いのとがあって、緑のほうは緑のユズに青唐辛子、赤いヤツは黄色のユズに赤唐辛子というのをホントかどうかわかりませんけど何かで読んだのを思いだしてさ。

たしかにウチでいつも使ってる柚子胡椒の瓶詰めを見てもラベルの原材料欄に「青柚子果皮・青唐辛子・食塩」とあって淡い緑色である。じゃあ赤唐辛子に黄柚子で赤柚子胡椒ってのもホントかもしれない。

しかも製法というのがどうもユズの皮をピールしたのと唐辛子の種を抜いたのを刻んだヤツをさらに細かくして塩と混ぜるだけらしいんだな。なんか、おれでも出来そうじゃんか。

瓶詰めになって普通に売られてる柚子胡椒はほぼペースト状なんだが、これは多分細かく刻んだ材料をさらに擂り鉢かなんかでさらに擂り潰しながら混ぜるんじゃないかと思うんだ。しかしおれのやったことといえば写真でも一目瞭然、フードプロセッサーでガガガガガァーっと粉砕したとこへいつも使ってるカンホアの塩を混ぜ合わせ、皮をむいたあとのユズを少し絞っただけの横着品なのであった(まあおれのような大雑把なニンゲンのすることなんてそんなモンなのさ)。

で早速、昨夜の献立のみぞれ鍋に作りたてを恐る恐る薬味として入れてみた。そしたらこれはこれで結構、いやー、そんなもんじゃなくってすごくいい。うちの奥さんも、これは(アンタにしちゃあ珍しく)いいじゃんとホメてくれる。

なんかね、居酒屋のドリンクメニューみたいな名前ですけど「フレッシュ柚子胡椒」とでも言いたい感じ。搾りたてのユズの香りと唐辛子の目がチカチカする刺激感。そりゃそうなんだけどね、さっきまでナマのユズとナマのトウガラシだったんだから、そのまんまっちゃあそのまんまだ。んー、だけどこりゃあいいよ。ペースト状の瓶詰めはそれでまた良し、こっちのちゃちゃっとこさえたヤツの作りたてにはまた別のしゅわしゅわっとした良さがある。

ひょっとするとこのまま幾日幾週間かすると熟成してきてしゅわしゅわのフレッシュさから落ち着いた味わいに変わってくのかもしれない。だけどそれはそれで楽しみでもあるよな。現在のように唐辛子が通年栽培できなかった時代には、暖かい時期に収穫した青い唐辛子を麹に漬けて保存しておいたのを柚子の収穫期に取り出して柚子胡椒を仕込んだなんて話も聞いた。そしたら次に試すときには塩の代わりに塩麹を使ってみたらどうなんだ。なんかもう、想像しただけで絶対ウマそうな気がするじゃんか。

(ちらっと写ってるのは友だちのくれた『実家の畑に生えてるミカン』。すごくうまい)





by god-zi-lla | 2016-12-25 08:14 | 食いモンは恥ずかしいぞ | Comments(0)

ソラマメ

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ソラマメたくさんもらった。ソラマメご飯にした。いっしょにもらった新タマネギとかき揚げにした。もちろんどっちも美味しい。さて、あとは何にしようか。潰してクリームチーズかなんかと和えてディップにするのはどうかな。朝ゴハンにベーコンと炒めるのも悪くない。

でもさ、ソラマメってのは茹でてそのまま食べればそれだけでじゅうぶん美味しい。

こないだシアターコクーンで芝居見たあとの夜遅くに入った店じゃサヤのまま直火で焼いたのを皿に乗せて持ってきた。サヤがところどころ焦げてるのを剥いてみたらいい具合にほくほくとしてなかなかだったけど、ようするに茹でたのと一緒で「マメそのまんまの味」だもんな。

よっしゃ。今夜はあれこれ小細工せずに茹でるだけにしよう。
サヤから出して、柔らかい皮にちょっと切り込みを入れて茹でる。
塩だけ忘れずに。

あ、ビールが。
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by god-zi-lla | 2016-05-17 18:08 | 食いモンは恥ずかしいぞ | Comments(0)

蕗三兄弟

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去年初めて作ったふき味噌を今年も作ってみた。
味噌を味醂で延ばしておいてから手早くふきのとうを刻み、少しの油でふきのとうと味醂で延ばした味噌を弱火にかけ練り合わせるようにしながら炒めて水気を飛ばしたところに砂糖を少し振って味を見て火を止める(右)。

きゃらぶきはときどき作る。
ふきの茎を洗ったら適当な長さにぶった切り、水とけっこうな量の醤油と少しの砂糖で煮る。スジも取らなければアクも抜かない。もちろん出汁なんか引かない。ひたすら煮て(これは2時間半くらい煮た)、煮詰まる一歩手前まで煮て火を止める(左上)。

ふきの葉っぱを初めて煮てみた。
大きいままの葉っぱを2分くらい茹でて水にさらしてアクを抜く(途中外出したりして4時間くらいさらしたかな)。それから水を切って細かく刻む。たまたま1本だけ残ってた青唐辛子を幅1ミリ未満の輪切りにしてふきの葉っぱと一緒に胡麻油で軽く炒めたところに醤油と砂糖を入れて水気が飛ぶまで炒め煮して火を止める(左下)。

ふきとかふきのとうとかって特別にうまいもんじゃないんだけど春になると必ず食卓に並べたくなる。凝った調理法はこの際ジャマというもので、独特のアクや香りでいかにも春を思わせるんだけどそれが食欲をそそるわけでもないから、むしろそこんところをちょっと和らげつつ炊きたてご飯のうえにほんの少し乗っけて食べれば気のすむよう醤油や味噌で濃いめの味に作るくらいがいいとこじゃないか。

おいしいねえ、というよりは、春だねえって間投詞が出ればご馳走さま。

この三兄弟が揃うのは今だけだ。
ふきのとうを食べ切れば、また来年の春まで。
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by god-zi-lla | 2016-04-26 09:02 | 食いモンは恥ずかしいぞ | Comments(0)
ふき味噌(季節のおだいどこシリーズその8349)_d0027243_941410.jpg
このまえ奥さんが有機野菜をネットで注文したら、オマケでちっちゃな瓶に少しだけフキ味噌の入ったのが付いてきてね。そうだよな、ふきのとうの季節だもんなあと、そのほろ苦いのを少しつまんで炊きたてのご飯のうえにのっけて口のなかに放り込みほっほっほーっなんかいいながら食ってたんだが、何しろオマケだからあっというまになくなってしまったんであった。いやーこれはもっと食いたい。

ふき味噌なんて作ったことなかったんだけどね。でもまあ、ようするに味噌とフキノトウでしょ。それに味醂とか砂糖とか。あとは時期が時期だから肝心のフキノトウがまだあるかだな。つうわけでスーパーで見てみればありましたありました。山形産のふきのとうが店先にあったので迷わず買い求めて早速こさえてみたのが写真です。

しかし考えてみたら子どものころはフキノトウなんて食べなかった。親は食べてましたけど、こんな苦いもん子どもはふつう食べない。親だってニンジン食べろピーマン食べろだのは言ったでしょうがフキノトウをむりやり子どもに食べさそうなんて親はまずいない(と思う)。それがいつの頃からだったかしらね。フキノトウの天ぷらだのふき味噌だのを、このほろ苦いのが春なんだよねえ、なんて教わったわけでもないのに知ったふうな顔しながら食うようになったのは。

まあ人それぞれなんでしょうが、おれのばやいはどう考えたって40代のなかば以降だった気がする。だからせいぜいがここ10年か15年。考えてみるとそれまでの人生、おれはフキノトウどころかタケノコどころか、春だろーが冬だろーが年がら年中焼肉ばっか食っていた。

こういうほろ苦いのを大人の味なんていうけどさ。おれは15年前だってオトナだったような気がするんだけどね。四十はとうに過ぎてたんだしさ。つうことはオトナの味っていうよりむしろ老人の味に近かったりするのかしらね。まあいいんですけど。

だけどもあのフキノトウの苦みというもんである。ひゅうっと伸びて大きな葉っぱを付けたフキにだって苦みもえぐみもあるわけだが、フキノトウに比べたらそんなでもない。おそらくフキノトウのこの苦みというのはやっぱり鳥や虫に大事な花芽を食われないようにする天敵よけの「毒」なんだろう。だからもしかするとニンゲンの小さな子どもにだってけっこうな毒なのかもしれない。苦いものは毒だって本能的に知ってるから(イマふうにいえばDNAに書き込まれてるとでもいうんでしょうかしら)、子どもはそういうものは食いたがらない。

オトナの味ってのはたいがいほろ苦い。つうことはそういう食い物が好きになるというのは好奇心が本能を超えてくるというか、ようするに生物的にようやっと「子ども」の域を脱したってサインでもあるんだろう。だからある日おれんとこにも本能って野郎がやってきてフキノトウを指さしつつ耳元で、アンタはもうこれ食っても平気になったんだよ。だから安心して天ぷらでもふき味噌でもどんどんお上がんなさい、なにしろオトナの味ですから。あたくしはこれで失礼しますよホホホホホ、なんて囁いたんだろう(覚えてないけど)。

まあそんなわけで近ごろはなんの憂いもなく春ともなればフキノトウの天ぷらを食い、フキ味噌をこしらえて食っているのである。

この苦みは本当に、春だよねえ。
by god-zi-lla | 2015-04-22 08:54 | 食いモンは恥ずかしいぞ | Comments(5)

つうわけで聖護院大根

つうわけで聖護院大根_d0027243_8521747.jpg
晩秋から初冬って感じの東京の朝だな。

秋といえばサンマに大根下ろしであるが、サンマがいずこかへ泳ぎ去ったあとは大根といえばおでんである。聖護院大根を毎度おなじみ食材図典95年版226ページ「京野菜」の項を引いてみると
アブラナ科ダイコン属 江戸時代の文政年間(1818〜30)に尾張の国から黒谷の寺に奉納された宮重ダイコンを聖護院に住む篤農家がもらい受け、長根種を丸ダイコンに改良。土地が比較的に浅い京都に適したことから栽培が盛んになった。甘くて苦みが少なく、煮くずれしないので煮物やおでんに最適。…
とあって、京都の人が文政年間からこのかた冬ともなれば聖護院大根をおでんに入れてあったまってたなんてことを初めて知ったんであった。いいなあ(そんなこと書いてないって)。

ところがわが家の冷蔵庫の野菜室にもなぜか聖護院大根がゴロンとふたつ。おかげでいろんな野菜が押し合いへし合い身動きも取れずにどうしたモンかと思っていたんだが、ややカタチの悪いほうを昨夜豚バラ肉を大きく切ったやつと酒、砂糖、醤油にじゃっかんの自作濃縮めんつゆを入れて煮込んで晩メシのひと品にして食ったんだが、これがまたじつにウマい。やっぱりこれからの季節は文化文政だろーが昭和平成だろーがおでんにかぎらず煮物っちゃあ大根ですよ。

で「特選」て金色のシールがおでこのあたりにぺたんと貼られたもう1個の聖護院大根は、皮をむき四つにタテ割りしたうえスライサーでひらひらの薄切りにしたところへ塩をして、しばらく置いたのをさっと水洗いしたのち結構ぎっちり絞って水気を切り、このために買ってきたユズの黄色い皮を包丁で剥いてさらに千切りにしたあと実のほうを搾って、そのすっぱくて香りのいい果汁に酢と塩とミリンを加えて味見しながら漬け汁をこさえ、こいつにせんの絞りきった聖護院大根を漬けてユズの皮も混ぜ込んで、ここまでやったのがきのうの昼前くらい。そのまま密封容器に移し替えて置いたのを晩メシのときに煮物とともに出して食ったら、これがまたユズの香りもさわやかに高くって、いやーコイツもたまらんなーってくらいにウマい。

当然のことながらまるまると太った聖護院大根ひとつまるごと漬け込んだのですから晩メシ1回で食い切れるようなわけもないんであって、写真はけさ、朝ゴハンのときに紫花豆の煮物といっしょに箸休めに出したその聖護院大根の柚子漬けなのであった。これからしばらくはゴハンのたんびに、ちょっとずつ漬かり加減の変わっていくこいつを楽しめるんだからうれしいよ。

あのね。こういう甘酢漬け系の漬け物って市販のやつはすごく甘いでしょ。おれはあれがどうも苦手でね。甘いのとすっぱいのと、これは是非すっぱいほうに比重を置いてほしいところなんだけど市販のものは十中八九甘いほうに大きく傾いてるわけです。甘酢生姜なんかもそうだよな。

だから漬ける材料さえあれば自分でこさえて食うほうがずっといい。だけどまあ、いつもいつも食卓にないと困りますというようなモンでもないわけだから、わざわざどっか遠くの産地から取り寄せたりはしませんけども、この聖護院大根のようにたまに材料が手に入れば自分で仕込んで食いたいものではあるんだ。

なんてことを思いながらこいつをぱりぱり食ってたら、そういや最近山形の赤カブを見かけないよなあ。あれの甘酢漬けがまたいいんだよなあ、なんて思い出しちゃってね。あれもキレイだしウマいんだよねえ。聖護院大根は東京のスーパーにもときどき並びますが、山形の赤カブはホントに見ないもんねえ(このとき1回きりかも)。
by god-zi-lla | 2014-11-14 08:52 | 食いモンは恥ずかしいぞ | Comments(0)
ざくろ坂(10/25 10:22 後半のほうに1行加筆)_d0027243_90451.jpg
ひさしぶりにサンマを食った。ようやっと1尾200円を切る大衆魚値段になって、いつ以来だったか前回は割高なのをもしかしたら今年は不漁でこれで食い納めかもしれないとムリして買って焼いて食ったもんだから、なんかうれしいよ。この秋せめてもう1回くらい食いたいもんだ。

せんだって「柘榴坂の仇討」つう映画を見物したんだけど、ハテそういえば柘榴坂って名前はつい最近もどっかで見たおぼえがあるんだけど、これはどこにある坂なんだっけ。

どこの土地でも日本全国そうでしょうけど東京の坂という坂にはみんな名前がついてる。ウチのすぐ近所に幽霊坂って細くて急な坂道があるんだけど、この坂の登り口に立てられた説明板によれば都内だけで「幽霊坂」って名前の坂が七つも八つもあるんだってね。ようするにまあ坂の途中に墓場があって夜になれば薄暗く人通りの絶えちゃうような坂は日本全国津々浦々みんな幽霊坂なんだな。

で柘榴坂だ。もしかしたら架空の坂かとも一瞬思ったんだが、映画は見たけど浅田次郎の原作というのを読んだことがない。もしかして小説には書いてあるのかもしれないけど(浅田次郎の小説をこれから先も読むとは思えないし)映画のなかで「有馬様のお屋敷の…」なんていうセリフがあったから多分実在の坂だろうと思ったらやっぱりありました。わかればなるほど見たよ見た見た見ました、以前幽霊坂とおんなじような説明板がこの坂にも立ってるのを読んで、そのとき名前を知ったんでした。

上の写真は安政4年の「芝高輪繪圖」を復刻したやつの一部なんだけど、左下のほうの少し明るい楕円のところに紺色で塗りつぶした道が柘榴坂です(写真クリックすれば少なくともMacなら少し大きい写真が別窓で表示されると思う)。で地図いちばん下の紺色は海ね。だから地図の上から下に歩けば坂を下ってくることになるわけだ。

つうことは映画ではこの坂を主人公ふたりが、かたや車夫かたや客として人力車で雪の降るなかえっちらおっちら登ってきたわけだから海に沿ったやや広く描かれた道を右のほうからやってきたんだな。なぜ右かといえば車夫が客を拾ったのが新橋ステンションだ。新橋といえばこの地図の右のほうのずっと先で、このやや広い道はいまの第一京浜、ようするに東海道です。

で坂の下のドンツキの海っぺりがいまのJR品川駅高輪口どんぴしゃのその場所になっている。土地勘のある人はおわかりでしょうが坂の右側一帯にホテルGOOS(旧ホテルパシフィック)やグランドプリンス新高輪、左側一帯には京急Wingや品川プリンスホテルなんかがあるところね。でその映画のなかで「有馬様のお屋敷」と呼ばれてたのが品川プリンスのあたりに見える有馬中務大輔の屋敷なんだろうな。

というわけで二人は坂の途中の鍵の手になったあたりで果たし合いをしたのであろうか。

それはともかくとして、ちょうど明治初期の東京を舞台に同じように幕末の動乱に翻弄されて新しい時代が来たにもかかわらず大小腰に手挟んだままの男が主人公の映画を同じ時期にもう1本見てたんだよ。「るろうに剣心 伝説の最期編」ね。この2本を比べるヤツはいないって? そうかもな。だけど続けて見ちゃったもんだから比べちゃうでしょ(そもそもこの2本どっちも見たってのが変わってるんでしょうか)。

一般的にいって「柘榴坂」のほうが正統派の時代劇映画で「るろ剣」のほうは荒唐無稽なマンガである。まあそれはそうなんでしょうけど、正統派の時代劇なぶん「柘榴坂」にはリアリティが希薄で「るろ剣」は荒唐無稽なぶん、つか、荒唐無稽だからこそ人のココロまでリアルに抉ってくる感じの映画だと思っておれは見た。

幕末から明治へ、お侍さんてやつらは多分すごい葛藤のなかを生きてかなきゃなんなかったんだと思うんだよ。それも幕末の動乱(ようするに殺し合いの時代だった)の渦の真っ只中に放り込まれて死ぬの生きるのというイノチのやりとりまでしちゃった連中がココロに負ったキズというのは並や大抵のモンじゃなかったと思うんだよな。

結果、出来上がったのはそういうやつらを基本的に必要としないヨノナカだったんだから、もうキズに塩をすり込むようなモンだったろうと想像するに難くないわけだ。そういうのを出てくるヤツ出てくるヤツほとんど片っ端から感じさせるのは「るろ剣」のほうで、「柘榴坂」のほうはそれほどでもない。主人公・中井貴一の旧彦根藩士からしてそうだ。ちょっと屈託がなさすぎやしないか。一途なのはわかるけどそれに倍するような屈託を抱えないか、武士として立っていた世界があっというまにガラガラと崩れていったんだから。

まあ、そこが正統派の時代劇の正統派たる所以のものであるんだろうとは思う。遠山の金さんや水戸黄門にそんな屈託を混ぜちゃったら話は前に進まないし、だいち見てる人が鬱陶しい。

そうそう、鬱陶しいの。見てると「るろ剣」はけっこう鬱陶しい映画だよ。原作のマンガもむかし読んでてかなり鬱陶しかった。「柘榴坂」は桜田門外の変のシーンでも雪が血で染まらないくらい正統派のチャンバラで、主人公ふたりが柘榴坂で斬り合うときも雪のなかなのに斬り合う二人の息が白くなるわけでもない。こういうところは一種の様式美っていうものなんだろうな。様式美といえば井伊直弼を演ずるのが人間国宝の吉右衛門丈だしね。そこですでに極まったというべきか(歌舞伎のほうがよっぽど血みどろですけど)。

るろ剣は出てくるヤツらの屈託がいちいち鬱陶しくて、その鬱陶しさをたっぷり含んで繰り広げられる戦闘シーンがまた激しくも鬱陶しくていいんだ。その鬱陶しさがまさに時代の気分でもあったんじゃないかと思ってしまえば、いっけん荒唐無稽なアチャラカっぽい「るろ剣」のほうがずっとリアルな映画に見えてくるんじゃないかと思うんだよ。少なくともおれはそう見た。

だからさ、「柘榴坂」はきっと見終わったあと、いい話だったよなあ、なんて言いながら映画館出てくるお客さんがいっぱいいると思うんだ。だけど「るろ剣」は、少なくともいい話って感じはどこにもないし。エンディングで明治政府のおまわりやら兵隊やらが海に向かって敬礼するシーンがちょっと泣かせるために取って付けたようで非常に気にくわなかったんだけど(日本映画の悪いクセだな)、全体としたら殺伐とした映画だ。

いま、ふと思ったんだがこの映画を逃げる阿部寛の車夫の側から撮ったらどうだったんだろう。大老暗殺なんて大それたハカリゴトに加わろうって男が悩まないわけがない。そんなことに加担すればコトがなろうがなるまいが自分の命どころか係累すべてに害が及ぶのだって明々白々だし、そもそも井伊直弼を斬ることにどんな意味があるのかさんざん考えたとも思う。あげくのはてに劇中阿部寛の車夫も呟いてたけど開国を進めようとした井伊を攘夷を叫んで殺したのに、倒幕後肝心の新政府は進んで開国してしまったんだから一体自分のしたことはなんだったか。

ようするに逃げてる側はいつも大きな屈託を抱えながら逃げて逃げて逃げ続けてるわけで、片方は藩がなくなろうが幕府が倒れようが開国しようが何しようがお構いなしに、ただひたすら愛する主君のカタキを追い続けてるだけで、屈託があったとしても妻に苦労かけてすまない程度のことだから単純なもんである。だけど逆に逃げる側からみれば、その単純さはすごくブキミで怖ろしいことなんじゃあるまいか。

原作がどうなってるか知らないけど、柘榴坂の仇討のテーマは主従の愛とか武士の本分とか夫婦の愛のほうにあるってことなんだろうな。だけど多分逃げる車夫の目から同じストーリーを描き直したとしたら、おそらく殺し合いの果ての明治維新ってのはいったいなんだったのかっていう問いがおのずと出てくるわけで、そうするとどこかで「るろ剣」と共鳴しあうような映画になったかもしれない、なんてことを少し考えたのだった。

そういえば緋村剣心も逃げている。自分の人斬りという過去から逃げて逃げて逃げ切ろうと必死になっているのに、いろんなヤツが、それこそ剣心のあと勤王方の暗殺者となった志々雄というバケモノから大久保利通、山県有朋、伊藤博文、斎藤一までもが追いかけてきて剣心が逃げるのを許さない。

逃げる側のほうが物語になるのだろうな。
by god-zi-lla | 2014-10-24 08:59 | 物見遊山十把一絡げ | Comments(0)
さいきんのおだいどこ 秋茄子編_d0027243_1137226.jpg
いやあ東京地方には暑い夏が戻ってきちゃったな。
いったん暑さも緩んでこのまま秋になったらいいなあなんて一瞬思いもしたんだが、やっぱりそうは問屋が卸してくれなかったとみえて秋は当分の間出荷停止の模様。おかげで今日は泣く泣く朝からエアコンをつけて熱中症にならない程度に室温管理しております。エアコンの温度設定は29度。ただいまの室内気温が31.1度。快適とはいえないかもしれないけど、このくらいにしとけばモンダイなく生きていける。

つうようなわけで、じつはここんとこ銀座へ出ると「おいしい山形プラザ」の店先のワゴンを必ず覗いてたんですけど、せんだってようやくこのちっこい茄子の並んでるところへ出くわしたのだった。いやーうれしい。待ってたのよ小茄子ちゃん。

去年の秋口にここで初めて買ったのは薄皮丸茄子って名前のやつで今回のはまた別の名前だったけどポリ袋を捨てちゃったのでわかんなくなっちゃった。だけど山形県にはいろんな小茄子があって、どういう違いなのかそれぞれにいろんな名前がついてるらしいね。これはたしか庄内地方産だったと思うんだけど民田ナスでも薄皮丸茄子でもなかった。

でさ。つい先日ピピエコさんからパット・メセニーのレコードについてコメントもらったばかりですけど、去年この小さい茄子のことをブログに載っけたところピピエコさんがいち早く「辛子漬けにするとウマいよ」ってコメント付けてくれてたのを思い出してね。そりゃあきっと山形の人がすすめてくれるんだから「おいしい山形プラザ」に辛子漬けのモトなんてものがないわけないよなと小茄子の袋つかんで店内に入ったら即発見。しかも原材料の欄には砂糖、塩、辛子粉の三つしか書いてなくてアヤシゲなものがないんだ。いいねえ。

つうわけで、こいつを使ってこれから小茄子の辛子漬けを仕込んでみようと思っているわけなんです。だけどね。この小茄子はこれが買ってきた全部じゃなくって半分。残りの半分はガクのピロピロしたとこを手でちぎって水洗いしたのをぬか床に漬けて、けさ朝メシのときに引き上げて食ったのであった。当然ながらぬか漬けもウマいんだなこれが。

だから辛子漬けも楽しみなり。うふふふふ。

ところでこのブログにはしょっちゅう沖縄の野菜と山形の野菜が出てきますけれど、それは銀座にある「沖縄わしたショップ」と「おいしい山形プラザ」が1ブロックちょい、距離にして百メートル離れてるか離れてないかくらいのとこにあるという立地上の理由なんであった。だからどっちかに行けば必ず両方を覗いてるわけなのね。とくにどっちの県に親類縁者がいるってわけでもなく、たまたまアンテナショップどうしが近いとこにあったうえにどっちも野菜を積極的に店頭に出してくれてるから、銀座に出た日は沖縄と山形の野菜が冷蔵庫の野菜室に仲良く並ぶことが多くなるという寸法なわけです。なんと申しますか我が家のおだいどこ直結のアンテナショップつう感じで非常にありがたい存在なのよね。
by god-zi-lla | 2014-08-20 12:55 | 食いモンは恥ずかしいぞ | Comments(4)

うりのおつけもの

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たんなる白瓜のぬか漬け。
夏になるとウリを浅漬けやらぬか漬けやら、あるいはちょっとした和え物なんかにもして食いたいもんだなんて若いころには毛の先ほどだって思わなかったのに、なぜか最近こういう季節季節のなんでもない旬のものが食いたくなるんだ。

これも老化の兆候かもしれないけど、それなら老化ってのはなかなかに良いもんだと思う。

ところがね、このなんでもないたんなる白瓜をウチの近所ではまるでみかけなくなってさ。たぶんこのときの写真の1本以来いちども目にしてないから買ってもいなくて、とうぜん食ってもいなかった。じつにふた夏、なんでこんなになんでもないものがと思ってたんだが、しかしこれだけ見かけないってことは、すでにもう、なんでもないものなんかではないってことなのかもしれない。

これだけ見かけなくなったってことは、ようするに買って食べるひとがいなくなったから作る農家もなくなってきたっていう、きっとそれだけのことなんだろうな。ことさらトマトのように濃い味のあるものではないし、どんな調理法にでもなじむというような野菜でもないしね。ただ蒸し暑い夏にさっぱりとしてみずみずしい風のようなものを少し食卓に運んでくるだけのような存在といえば、そういう存在だもんな。

で、こいつをどこで見つけたかというと近所の八百屋やスーパーの店先じゃなくって、こともあろうに(っていうのもナンですけど)銀座三越の地下3階の生鮮品売り場の野菜コーナーなのであった。

じつはせんだってインサイド・ルーウィン・デイヴィスを日比谷で見終わって外に出るとまだまっ昼間の日射しの午後4時でさ。このまま帰って近所のスーパーで晩メシの買い物してってもいいかなと思ったんだけど、せっかく日比谷なんだから、しかも夏になってきたんだから、そうだ! おいしい山形プラザへ行って例のおいしい小茄子ちゃんが出てたら買ってこようと銀座1丁目まで歩いてったんだけどね。

まあ野菜買うのに銀座歩ってるのもおれだけでしょうけど残念ながらまだ山形のすごくおいしい小茄子は出てないのでありました。んー残念。あれは夏というより秋口なんだな。それで仕方なく銀座中央通りへ出て、このまま手ぶらで帰るのもモッタイないので最近あんまり元気のない松屋のデパ地下はパスして三越の地下へ降りてったのだった。ようするに最初っから三越になんか珍しい野菜でもないもんかと、野菜目当てに行ったのね。

だけどだいたい夏の白瓜なんて、銀座4丁目で買うようなモンかぁ? 正直そう思うでしょ。思わない? そうかなあ。おれは思うけどな。こういうものは近所の八百屋でもスーパーでもハダカで転がってるのを1本、夕餉の材料のついでにヒョイと買ってきたい。それがなんだかポリ袋に2本入って360円、なんかすごく高いような気もするけど三越ならこんなモンかみたいなお姿とお値段でさ。

だけど置いてあったのはさっすが三越、イエーイ! といわざるをえない。

ホントは水茄子なんかあったらウレシイなと思ってたんだ。水茄子もさ、夏の食卓に涼しい風を運んでくる野菜だけど、ことさらオカズになるってわけでもない言わば季節限定のゼータク品だからね。こういうのは銀座4丁目で買い求めて三越の袋に入れてもらってシャナリシャナリ帰っても別段かまわない。

つうようなわけで水茄子も2つ入りの袋で、レジへ持ってったらウリふたつのナスふたつで千円ちょっともしたんだ。まあ旬のものは仕方ないかな。だけど仕方ないけど予算もない。この日は晩メシの買い物をいっさいヤメにして、水茄子と白瓜以外は冷蔵庫のストックだけで献立考えることにしたのであった。

白瓜はね、ぬか漬けに1本よけといて(上の写真のヤツだな)もう1本を二つに割ってタネを取り、刻んで塩して絞ったのに、別に作っといた辛子酢味噌を食べる直前に和えた。

水茄子はガクをむしったあと、縦に櫛形に切ってそのまま食う。

じつにまったく、夏だよなあ。
白瓜は銀座四丁目に限ります。
by god-zi-lla | 2014-07-05 11:42 | 食いモンは恥ずかしいぞ | Comments(0)

イカナゴ

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東京の桜も来週はじめには満開になるかな。ここんとこお花見といえば目黒川と千鳥ヶ淵しか行ってませんが、あらたまってどこかへ出かけなくても日本全国津々浦々どこにだって桜は植わっていて春になったら一斉に咲いて、おおげさに申し上げれば外を歩いて視界のなかに桜の木が見えない瞬間なんてまるでないんじゃないかね、くらいの勢いだ。うちの近所の児童公園にも立派な桜が数本あって満開になると結構な見栄えだもん。

そういえばここにはむかし柳の並木があったのがいつのころだか桜に植え替えられてしまったなんて話を、だれから聞いたどこの話だったか思い出せないんだけどつい最近耳にして、んーむ、それもなんだかなあと一瞬考え込んでしまったのだった。

まあそうはいっても、この時期いっせいに咲き誇る桜ってのはやっぱり悪いもんじゃないです。ことに今年の東京の桜は二度の大雪の記憶が消えないうちに咲いているから、なんだかよけいに華やいで見える気がするんだよな。

それはともかくとしてだな。せんだってリハビリ中の父を見舞いに磯子の病院へ京浜急行に乗って出かけたところ、神戸の伯父から届いた釘煮(くぎだき)のお裾分けを母が提げてきたのでもらって帰ってきた。それと一緒に釘煮じゃないイカナゴのちりめんじゃこ(そう呼んでいいんですかね)が別の袋に入ったのも持たされて、ウチに帰って密閉容器に移し替えようとしたのが上の写真なんでした。いやあ、ぎゅうーっと詰め込んであったようで開けてみたら容器にぼわぼわっと山のように盛り上がってしまい、なんとなくシアワセな気分になってしまったんであった。

イカナゴの釘煮もまたウチじゃあ神戸から届く春の便りみたいなものです。

ずっと以前は季節になると祖母が炊いたのを送ってくれていたのが、祖母が亡くなって8年最近は台所に立つことのできなくなった義伯母に代わって伯父が自分で炊いて送ってくれてるんだって、釘煮のぎっしり詰まったポリ袋をおれに手渡しながら母が言っていた。だからちょっと煮方がヘタなんだって。

たしかに昔ばあちゃんが作ってくれてたときのほうがしゃきっと煮上がってた気はするけど、今年のだっておれはじゅうぶん美味しいと思うんだがなあ。なんか伯父さんが義伯母さんにヤイノヤイノ言われながら台所で孤軍奮闘してる姿が目に浮かぶようだよ。

ところで2006年の6月にちょうど百歳で亡くなった祖母から生前聞いたんだけど、イカナゴの釘煮なんて戦前の神戸にはなかったというんだよ。戦後もずいぶんたってから春先になると水揚げされるイカナゴを近所まわりの奥さんたちが競うように買い求め、その奥さんたちがみんな砂糖と醤油と刻んだ生姜で甘っ辛く煮詰めた釘煮をこさえるようになったので、じゃあウチもやってみようって隣近所に合わせるように始めたんだっていうんだよ。

亡くなった祖母が暮らし、いま伯父たちが暮らしているのは神戸の長田というところで、伯父はかつて長田神社の参道筋のにぎやかな商店街の一角にあった市場のなかで果物屋を営んでいた。ついでにもう少し古いことを言うと、おれが中学生のときに亡くなった祖父もその市場のなかで乾物屋というか海産物の塩干物を商う店をやっていて、さらに遡った昔、伯父や母が若かったころは同じ場所で魚屋をやってたんだそうだ。

トシを取って毎朝暗いうちから魚市場に仕入に行くのがエラくなってきたから商売替えをしたんだそうだけど、以前の記憶をたどるとその市場のなかにたしか魚屋さんが2軒か3軒あって、いま思えばたんに朝がエラいだけじゃなくって結構熾烈な競争をしてたんだろうと思う。

そうやって祖父と伯父が商売をしていた市場が阪神淡路大震災で一瞬のうちに崩れ落ちてしまい、さいわい家族のだれもケガひとつしなかったんだけど湊川の川っぺりにあった自宅は大きく傾いて建て直さなければ住めなくなって、それを潮に伯父も商売をたたんでしまった。

そういう祖母のことだから釘煮の件もたぶんそのとおりなんだろうと思うんだよな。ちなみに戦前のいっときは神戸のほかの場所で魚屋といっしょにすし屋をやってたこともあるんだって聞いたこともある。どうりで祖母がのり巻きを作ってくれるとなんだかエッジの立ったプロっぽいのり巻きだったんだよな。

なんのハナシしてたんだっけ。

たしかに思い出してみると、おれが子どものころ釘煮を「くぎだきだよ」と言われて食べた記憶はひとつもないんだ。ああいう佃煮状の小魚はもちろん大昔からあったしイカナゴの小さいのを煮た佃煮だって普通にあったんじゃないかと思う。だけど、それを神戸名産とかいって新幹線の売店でも売ってるなんてことはなかった。

イカナゴというとね、大きさが5、6センチかせいぜい10センチまではいかないくらいのイカナゴをコンロに乗せた網の上で炙って生姜醤油かなんかで食ったのを思い出すんだけどね。まあ、うんと昔のことだからべつにたいして美味しいものだとも思えなかった。いまだったら燗酒で食うとイケたりしそうなんだけどさ。だけどまあそんな小魚をチマチマチマチマ網で炙ってオカズにするなんて庶民の日常じゃちょっとね。子どもはちっとも喜ばないし。

それで釘煮が「発明」されたわけじゃないでしょうけど、きっと安くて簡単にできて(なにしろ元果物屋だった伯父が作るくらいなんだから)そのうえ保存もきくカルシウム豊富な「ゴハンの友」だったから燎原の火のごとく神戸の奥さんたちに広まったんだろうな。

ちなみに毎度おなじみの食材図典(小学館1995年版)によるとイカナゴとコオナゴは同じものです。近畿地方ではイカナゴ関東ではコオナゴ、ほかにも全国でいろんな呼び名があるのはほかの魚とおんなじだな。ウィキペディアによれば青森のほうでは資源枯渇が深刻らしい。

ところでこのちりめんじゃこのほうはもちろんそのままつまみ食いしたってウマいし大根おろしかなんか添えてもじつに結構なんですが、きのう昼飯に残りご飯を使って古漬けのキムチとちりめんじゃこだけを具にしてチャーハンをこさえて食ったのだが、これがまたじつにウマかったんであった。ふふふふふ。
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by god-zi-lla | 2014-03-29 08:46 | 食いモンは恥ずかしいぞ | Comments(4)