神はどーだっていいとこに宿る


by god-zi-lla

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閑話休題

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左の「きょうのあたくし」欄で話題を小出しにするのがいけないんですかね。肝心のブログ本体にミが入らない。そもそもこのブログっちゃあ2、3行書けばそれで済むくらいの薄いナカミをダラダラ引き伸ばしてるだけだからね。

てなわけで少々お付き合いをいただきます。

いつだったか行きつけの古ぼけたパブみたいな酒場で萎れかけたバラを3輪、千円札数枚の勘定を済ませようとした帰りがけにレジで押しつけられたんだ。

店の女の子がお客にもらったのを忘れて帰ったというんだけど、ホントに忘れたんだか相当にアヤシイもんだな。

でまあ、なんだか知らないけどおれがそれを持って帰って仕方ないから花瓶に挿してやったのである。

しかし若い女の子にプレゼントされたはずの真っ赤なバラ3輪。持ち帰ったのは還暦過ぎのしょぼくれたおっさんだったなんて、贈ったお客さんもいいツラの皮ってやつだが当のバラがいちばん不憫なんじゃないかしらん。

持って帰った翌朝見たら3輪のうち2輪はもう枯れかかってる。そう簡単に萎れられちゃあこれが近所の花屋だったら文句のひとつも言わなきゃならないところだけど、夜の銀座で花屋が一見のしかも酔客に売りつけるバラなんてどのみちこんなモンなのかもしれない。

とはいえこのまま枯らしてしまうのも可哀想じゃないか。せめて比較的元気な残り1輪の写真でも撮ってやろうじゃんというのが上のヤツなのであった。

だけどアレだよ。
こういう真っ赤な花っておれのようなシロートにはじつにムツカシイ被写体です。

このカメラ買ってかれこれ4年ようやく今ごろになってわかったのは、なにからなにまでカメラ任せのフルオートの状態じゃ真っ赤なバラの花は絶対マトモに写ってくれないってことで、ISO感度を(手ブレ防止機能でなんとかしてくれる範囲で)できるかぎり低く設定したうえでホワイトバランスに迷い絞りの値に迷い、それから被写体に光りの当たる具合を矯めつ眇めつあーでもないこーでもないとやってみて。

その挙げ句の果てのドン突きで、マグレ当たりとかビギナーズラックを期待するって感じ。

それはともかくとして、こうやって眺めてみるとアレだな。真っ赤なバラってのはずいぶんとエッチな雰囲気の花なのね。乾いたようなしっとりしたような媚びているようでいて拒絶するようでもあり。明るいといえば暗い、暗いのかと思えば華やか。饒舌になにかを語りかけてくるようにみせて、じつは寡黙。

贈るほうも贈られるほうも、なにをどうしていいのかわからなくなるような真っ赤っか。

まあその店の女の子がしたようにこれは「忘れて」帰るほうが、みんなシアワセなのかもしれないねえ。



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と、これは一年以上前に書きかけてそのままにしてあったエントリーですけど、ここんとこ更新が滞って間が空いたので地下鉄やJR得意の「後続車両との運転間隔調整」で載っけとくことにします。

しかし夜の銀座の花屋のバラなんて、きっと高かったんだろうなあ。

ひょっとしてその晩おれが払った飲み代より高い?





by god-zi-lla | 2018-09-01 10:07 | 日日是好日? | Comments(8)

赤いゼムクリップ

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このまえの日曜日。新橋駅前ビルの小川軒のあたりでバスを降りて銀行や郵便局で用を足したあと日本橋で映画を見ようと、中国人だらけの銀座中央通りを歩いて銀座2丁目にさしかかったところ、おー懐かしいあの赤いゼムクリップが見えるではないか。

銀座の伊東屋が建て替えのため裏通りの仮店舗に移転してからもうずいぶん経つんじゃなかろうか。その伊東屋にかぎらず銀座はここ10年くらいの間にあちこちで建て替えが始まって、6丁目の松坂屋のあったところなんてほぼ1ブロックそっくり建物が取り壊されて広大な空き地が出現、一時はすごいことになっていた。

伊東屋はそんなに大きなビルじゃなかったけど、中央通りに面した1丁目から4丁目のあいだではなかなかに目立つ店でもありましたから、ここ数年の「不在」というのは結構さびしいものがあった気がするんだよな(裏通りの仮店舗で営業してますってだけじゃあ、やっぱり何かがね)。

ところで伊東屋の取り壊されたあたりからさらに進んで京橋まで目と鼻の先の銀座1丁目にはかつて「つばめグリル」の古い古い建物があったんだが、これはもう5年や6年じゃないもっと以前伊東屋が取り壊しになるはるか前、新しいビルに建て替えてリニューアルオープンしますと宣言して閉店したのでありました。

と思ったら取り壊された跡地は仮囲いのされたまま一向に新しいビルディングの建つ気配もなくてさ。こりゃあいったいどうなっちゃったんだろうと思ってるうちにそのあたり全部取り壊されて、気がついたら最近の銀座の表通りといわず裏通りといわずあちこちにはびこっているのと大同小異、総ガラス張りの一見小洒落たふうだが建って半年もすりゃあどれがどれだかさっぱり見分けのつかなくなっちゃうデカい雑居ビル(とは言わないんでしょうけど店子といえばブランドショップと飲食店と有象無象のオフィスだから実体は同じだな)が建っちゃってさ。で、そのビルのどっかに入居したに違いないと思って探してみたもののどこにもそれらしい店はなく、ついに終戦直後に開店したという銀座1丁目の「つばめグリル」はだれにもことわりなしに雲はカスミと消え失せたのである。

で、おれは伊東屋もそうなっちゃうんじゃないかと気を揉んで、いやそれどころじゃなく、きっとそうなっちゃうに違いない、あー伊東屋も哀れ地上げ屋の毒牙にかかりしかと一時は諦めておったんです。

それが日曜日の昼下がり。かつて旧ビルの看板のうえにも乗っかって、裏通りの仮店舗のうえにもあって、さながら歌舞伎座の唐破風のうえにデンと居座る芝居櫓のような伊東屋のシンボル、巨大な赤いゼムクリップが日本橋へ向かうおれの目に飛び込んできたではありませぬか。おー伊東屋はなくならなかったんだ。なんかすごくうれしい。

銀座の近辺でずっと会社勤めをしてたおれにとって、若いころから銀座の文房具屋さんつうと2丁目の伊東屋と6丁目のずっと裏手、昭和通りに近いところにあった銀座文具のふたつが店構えも大きく品揃え豊富で、上司や先輩にアレ買ってこいコレ用意しろとお使いに出されて、どちらかへ駆け込めばまず用の足らないということのない文房具屋さんなのだった。

銀座ってね、華やかな「銀ブラ」の表通りと艶めかしい「夜の銀座」のほかに、じつはやたらにたくさんある「画廊の街」としての銀座とかさ。地方の新聞社の東京支社が軒を並べる銀座とか、あまり知られてませんが以前は大中小有名無名さまざまのデザイン事務所の集まっている銀座なんてのもあって、とくに中央通りから海側になると小さな事務所のひしめく街つうのが銀座の裏通りのホントの姿だったりするかもしれないくらいなんだよな。

なので基本、文房具屋さんの需要は多いんです。しかもデザイン系の会社なんかも多いからたんに事務用品だけじゃない品揃えの文房具屋さんは非常に存在感があったわけだ。

つうわけで日本橋で映画見るまでの少しの間、新しい伊東屋を冷やかしてきたんだが、以前から伊東屋はそういう店でもあったとはいえ今度はもう下から上までどのフロアも全部あまり実用とは関係なさそうなステーショナリー(なんてカタカナで言ってみるほうがピンとくるような)中心のバラエティショップって感じになっちゃっててね。いやまあこれはこれでとっても楽しいのは間違いないからなんの文句もありません。だいちイマドキ銀座の表通りでヤマト糊やセロテープ売ってても仕方ないんだしさ。

だけどあの以前の建物のときの中二階にあった高級筆記具のフロアがね。おれなんかが若いころだと、あのショーケースをちょっと覗き込むだけで緊張するような万年筆売り場が、いかにも銀座って感じがしたもんです。

じつはもう30年以上まえのことだけども、その伊東屋本店中二階の高級筆記具売り場で20代なかばの若造には分不相応な万年筆を買ったことがあってね。ショーケースからあれこれ出してもらって試したうえで一番手に馴染んで書きやすかった国産の万年筆を緊張しいしい買い求めたのだったが、1年くらい使ったころ自分の不注意でこれを壊しちゃってさ。あーやっぱりおれにはまだ早すぎたってことかと、以来上等な万年筆(に限らず高級な筆記具)を一度も自分で買って手にしたことがない。それがここ数年こっちもそろそろいいトシになってきたことだし、もう一度あの売り場で万年筆を求めてもいいかな、なんて思わないでもなかったんだ。

こんどの新しい店はそれなりに高級なものもあるにはあるようですけど雰囲気はうんとカジュアルになっててさ。どうもそういうお高い系の筆記具は一本裏通りにある別館のほうに移っちゃったらしいね。まあそれはそれでちっともかまやしないんですけど、万年筆売り場だけは今までどおり本店のどっかに置いといて欲しかったなあなんて思っちゃうのは、きっとおれが古いニンゲンだからなんだろう。

銀座の表通りのお店でちょっと上等な買い物するって、
なかなか晴れがましいものではありますまいか。
ことに日本人にとっては。
by god-zi-lla | 2015-06-24 12:02 | 日日是好日? | Comments(4)
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日本橋にある紙屋さんの老舗「はいばら」へ行こうとコレド日本橋の永代通りを挟んで向かいあたりを見ると、その「はいばら」のあったひとブロック全部を潰して東京日本橋タワーなんてミもフタもない名前のついたデカいビルがぬうーっと建ってんだよ。そして肝心の「はいばら」のほうは影もカタチもない。ありゃあ、こりゃまたどうしたことか。あの老舗がどこかへ消し飛んだとでもいうのかい。しかし、ふと見れば歩道に立つ街灯の広告板には「はいばら」って文字があるんだ。なるほど、するとこの新しいビルディングのなかに店が入居したってことだな。

と思ってその芸のない名前のビルディングの永代通りに面した玄関の自動ドアを入ると、3フロアぶんくらい吹き抜けになったいかにもイマドキ風に広々としたエントランスロビーがあるんだが店らしいものはなーんにもなくてがらーんとしてんだよな。んー、こりゃあ名前に輪をかけて愛想のカケラもないたんなるオフィスビルの玄関じゃないか。

しかたなく守衛さん以外ひとけのないロビーを縦に突っ切って、反対側の自動ドアから外に出てみたんです。そうするとまあ今日びの高層ビルディングですからけっこう広い公開空地と思われるスペースがあってね。そこに立って右手の方角つまり永代通りと日本橋交差点で交わって京橋方向へ向かうやがては銀座の本通りとなる道のほうへ向き直るとですね、そのビルディングから広い公開空地に突き出てるように見える部分があるんだよ。

それが上の写真です。んー、まさしくここが「はいばら」じゃないか。

それでね。帰ってきてからこれはどうなってんのかとグーグルマップで確認してみたんだけどさ。そしたら下のように少し小さくてわかりにくいかもしれませんけど、永代通りに面したもともと店のあったあたりに「株式会社 榛原」と記されてるんだよ。ううむ、どうやらグーグルの地図は今日(2015年6月2日)の時点ではまだ以前のままになってるようなんだな。だから向かいのコレド日本橋はちゃんと名前が載っかってるのにこのブロックは名無しの権兵衛のままっつうか、ここがデカい1個のビルになってるってこともよくわからない(つうよりもこれは更地になった状態を示してると見るべきか)。
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まあそんなこた、どーだっていいんだけどさ。いちおうどこが「はいばら」なのかわかるようにHPから勝手に商標(赤いヤツね)をコピーして地図に貼り付けてみました。大体ここいらへんです。

つうわけで新しい「はいばら」で千代紙を1枚と小さな団扇を買い求めてから中央通りを銀座へ向かったのだったが、しかし日本橋から京橋にかけてって、ほんのこの数年で風景が一変しちゃったねえ。つぎつぎと新しいビルディングが建ってて、地下鉄を降りて地上に出るとそこが一瞬どこだかわかんなかったりするんだ。この変わりようにはちょっと息を飲むようなところがある。まあそれがいいって人も大勢いるでしょうけど、この「はいばら」なんかは建て替わる前もビルだったとはいえいかにも日本橋の老舗というような店構えだったから、新しい店舗がちかごろ銀座に急増してる欧米のブランドショップみたいな外観になっちゃったのはやっぱり残念な感じがするよな。

なんかね、上の写真をじいーっと見つめてみるとコンピュータグラフィックスで描いたパースみたいにみえてきませんか。これは間違いなくおれがiPhone5sで取ってトリミングとリサイズした以外まったく手を加えてない写真なのにすごく非現実的な風景に見える。だけどそれがなんだか、きのうこの場所にじっさいに立ったときの気分をそのまま写してるようでもあるんだけどさ。

しかしまあなんだな。おれたち庶民が日本橋の老舗で二百円や三百円の買い物して、ありがとうございますなんて言ってもらえる店なんてそうそうあるわけじゃないから、こういう店はすごく貴重でね。そういう意味じゃ店の外観がどーたらなんて些細なことを気にするよりも、急激な再開発の波に耐えながらも店が続いてくことのほうをありがたいと思わなくっちゃいけないよな。
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by god-zi-lla | 2015-06-02 11:02 | 日日是好日? | Comments(2)
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就職してすぐの1979年、初めてこの路地を先輩に連れられて相棒とおれと二人狭くて急な階段を昇ったところにその店はあった。もちろんそのときは世紀を跨いで35年、とうとう店を閉める最後の客のひとりになるなんて思いもしなかった。

こういう路地がほかの盛り場同様銀座八丁薄暗がりのそこここにあって、欧米の有名なブランドショップが女性と外国人観光客を大量に吸い寄せてきらびやかに賑わう昼間の表通りとは打って変わり、昼間はほとんど死んだようで少しドブ臭く夜も深まるにしたがってどこからともなくうじゃうじゃと涌いて出てくるネクタイ姿のニッポン男児、しかも酔客、ついでに言えばフトコロ具合がそれほど良さそうには見えないヨッパライばかりの、まあ、だからこそ居心地のいい、これも銀座あれも銀座というような路地のひとつなのだった。

言うまでもありませんが、遠くのオフィス街からタクシー(あるいは黒塗りのハイヤー)で呑みにやってくるお客というのは、めったなことでこういうところへは来ない。そういうヒトビトのためにはもうちょっとオモテ側の、きらびやかな表通りとすぐ背中合わせにあるもっとゴージャスな「夜の銀座」というのが燦然と輝いているわけです。

もう30年以上もむかしのことだけど、同業他社のやつらが3人ばかり集まって呑んだことがあってね。ちょうどこの写真を撮った位置から半径20メートルあるかなしかの範囲に3人それぞれの行きつけの店があることがわかって大笑いしたことがあった。まあビンボったらしいギョーカイではあることよ。

他社ですらそうなんだから上司同僚先輩後輩の行きつけなんていったらこの狭い一角にいったい何軒あったかわからないくらいなんだが、不思議なことにこの路地で知った顔とすれ違うことはめったになかった。あれはいったいどうしてなんだろうか。

それから写真には写ってないけど古ぼけた中華屋が1軒あって、このあたりの酒場といえばあまり気の利いた食い物を出すようなところはなくて乾き物が少しテーブルやカウンターに出るくらいで、そういうものをつまむでもなくウィスキーの水割りを飲むだけのようなところばかりだもんだから、当然帰りがけには少なからず腹も減ってきて、そうすれば冴えない中華屋にも俄然レゾンデートルが生ずるというようなものなのである。

餃子にビール、それから高菜ラーメン。
いったい何杯食ったかねこの35年で高菜ラーメン。

それはともかくとしてだな。この飾り窓をあとからコンクリートで潰したように見える建物が老朽化のために取り壊しが決まり、それと前後するようにこの店のママが脳梗塞で倒れてしまったために45年この場所で続いた店はとうとう閉めることになった。まあ、ママは80歳ですからね。これが潮時というものなんだろう。

そう思って見回してみると一度や二度は入ったことのある店の電飾看板がどれも見覚えのない名前に変わっていて、そういえばかつての上司のいきつけで、20年くらい前にここと同じような路地の三原小路から移ってきた老夫婦が切り盛りする古めかしいバーも先般店を畳んだと知り合いから聞いたばかりだった。

ひょっとしたらもうこの路地で呑むこともないんだろうな。店もみんななくなってしまったけど、こっちも勤め人をとっくに辞めて夜な夜なこのあたりを徘徊して新しい行きつけの店を開拓するなんてことは金輪際なさそうだしさ。なんだかこれで一区切りついたような感じがする。もっともそれがなんの一区切りなのかは、よくわからないけど。とにかく何かがひとつ終わった。

2014年1月31日、金曜日。
白いスタンド看板に浮かぶ「立(りゅう)」の文字。
by god-zi-lla | 2014-02-02 09:34 | 酒だ酒だ酒だ酒だ | Comments(0)
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おとついは妙齢の女性ふたりと銀座の裏通りで焼肉宴会をして焼酎しこたま浴びてへべれけになり、きのうはその二日酔いが収まらぬまに湯島でカレーをビールで流し込んだりしたもんだから胃がイガイガと異議申し立てをしている雨の日曜朝なんであった。

なのでせめてさわやかな食い物について先週の記憶をば胃ぐすりがわりにせん。

その焼肉宴会の前の前の日は虎ノ門のかかりつけの歯医者終わってとぼとぼオクトーバーフェストの始まってる日比谷公園づたいに銀座1丁目、外堀通り沿いにある沖縄わしたショップへ入ってゴーヤー、シカクマメ、ササゲ、豆腐、スパムなど買ってから中央通り方向へ今度はおいしい山形プラザへふらふらと入って見つけたのがこのちっこい茄子だったんでした。

この沖縄から山形わずか徒歩3分の小旅行ってのがいいでしょ。

だいたいね。山形県の野菜はどれ食ってもうまい。いや野菜にかぎらず果物はもちろんなにを食ってもうまいしいろいろと種類も多い気がする。なんつうかこう、そういう方面にかんしてはとにかく豊かだなあといつも感心しちゃうもんだから、きっとこいつもうまいに違いないと信じて一夜漬けにせよとPOPに書いてあるのを確かめてから写真の青いトウガラシも一緒に入ったのひと袋、ちょっと高いような気もしたが680円で求めて持って帰った。

数えてみるとこのちっこいのが30個くらい入ってた。そのほかに青唐辛子が2本。ようするにこいつを一緒に漬け込みなさいってことなんでしょうね。

でまあ、とりあえず一夜漬けのほうはあとで調べてやってみるとして10個ばかりぬか床にも埋め込んでやろうとガクのところを少しむしって洗いながら、もしかして大阪の水茄子みたくそのまんま食えたりするかなと、なかのひとつを半分に切ってそのままかじってみたけど水茄子ってのはやっぱり非常に特別な茄子なんだろうね。まあ、ああいう茄子はあれひとつでいいや。

それからなにか特別な一夜漬けに地元ではしてるんだろうかとネットで見たところ、これがまたずいぶんたくさんヒットするんだ。なるほどこりゃあきっと地元じゃ当たり前の野菜ってことなんだろうな。そして検索の結果漬け汁はどれもたいがい水と塩と砂糖とミョウバンを煮たのを冷まして一晩漬けろとあるだけなので青トウガラシも加えてそのとおりに漬けてみたんでした。

そして翌日の朝メシ。
ひと足早く漬け込んだぬか漬けと本当にひと晩漬けだだけ(8時間くらい)の一夜漬けを食ってみたんですけど、こいつがどっちもパリっとしてとてもうまい。一夜漬けもすごくいいけどぬか漬けだってぜんぜん負けてません。おれはちょっと古漬けになったあのややグニっとした感じの茄子だって決して嫌いじゃないんだけど、この元気なざくっとした歯触りってのがまた格別な感じでとても気に入っちゃったのだった。

近いうちに銀座へ出たら山形に寄ってまたこいつを買い求めることにしよう。
そうだ、ついでに山形から徒歩3分の沖縄にも寄って野菜パパイヤつうのも買ってこよっと。
by god-zi-lla | 2013-09-15 10:07 | 食いモンは恥ずかしいぞ | Comments(10)

新しい歌舞伎座

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2009年12月21日、勘三郎の野田版鼠小僧を3階席で見て以来の歌舞伎座なのだった。

毎日毎日飽きもせずに松竹の切符売りサイト(そんな名前のわきゃないけど)を見てるとキャンセルが出るのかふっと3階席に空きが出ることがあって、まず26日午前の部が買え、しばらくするとこんだは29日千秋楽夜の部が出てきてようやく開場以来2か月ちかくたってから新しい歌舞伎座へ行くことができたんでした。めでたしめでたし。

いや1階とか2階のお高い席だったら空いてる公演がないわけじゃないんだ。だけど1階は2万円以上、2階だって15000円とかするんだから有閑階級の奥さまならともかくおれらのような無産人民にはとても手が出るようなお値段じゃないからね。

だけどそれにしたってその3階のA席ですら6000円もするんだ。たしか建て替え前の古い歌舞伎座のときは同じ席が3500円だったんじゃないかと思うんだが、これから先のことを考えればこの六千円がこけら落とし特別料金であることを祈るばかりではあります。

まあそれはともかくとしてだな。
26日昼の部で見た三人吉三、菊五郎の赤い振り袖着たお嬢吉三が夜鷹のうしろについて花道から舞台にかかるあたりでふと振り向いて後ろを伺うその一瞬、盗っ人の本性を肩の動きと視線だけで垣間見せたかと思う間もなく何食わぬ顔で元の小娘に戻る鳥肌の立つような零コンマ何秒。29日夜の部の石切梶原の吉右衛門の、あのなんともいえない威厳と愛嬌のふたつを少ない動きのなかで同時に見せて大向こうから「大播磨!」と大の字がついた声のかかるところのシビレるような感じ。それから玉三郎と菊之助の、お互いがふれあうような近いところで同じ動きをしたその次の瞬間には所作が左右対称になったりして後で考えてみれば信じられないくらいの高難度に違いない踊りを、ただたたうっとりするしかないキレイさで見せる二人道成寺。

いやー歌舞伎初心者のおれだって、もうこれはたまりません。
よかったねえ歌舞伎が歌舞伎座に戻ってきて。

しかしそれにしても話には聞いてたんだがこの外観のもしかして建て替えたなんてウソだったんじゃないかと思うような変わらなさ同様、なかに入ってみてもちまちまと狭いロビーから赤い絨毯からとにかく徹底的にお掃除しただけなように見えてしまう印象の変わらなさというのがもう、ここまでやってくれれば見事としかいいようがないね。

そりゃもちろんよく見りゃあおれら貧乏人のために3階まで上り下りのエスカレーターを左右ふた組もフンパツしてくれたり、ほんの少しではあるけど何をどうやったのか3階席からでも花道が見えるようになってたり、だけどまあそういうことのとばっちりなのか以前3階にあったカレー屋さんがなくなってたりもするんだが、古い歌舞伎座の印象を保ったままちゃんと最新式の劇場になってるところがじつにたいしたモンだと思ったね。

さて明日から6月ですけど歌舞伎座は引き続きこけら落としにつき1日3回公演。いまのところ月末に1回だけ切符が取れてるんだけど、できたらもう1回くらいは見物に行きたいもんです。
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これはいままで一度も座ったことのない1階席を下手から見たところ。この日おれたちが座ったのは写真右上すみっこのあたりです。
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これは緞帳。幕間になると3枚だか4枚だかある緞帳をつぎつぎ上げ下げして解説してくれるのが歌舞伎座恒例。
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この日座った3階席の5列35番から定式幕の引かれた舞台を見下ろしている。こんなふうにして歌舞伎を見てるわけさ、わしら一般大衆は。
by god-zi-lla | 2013-05-31 10:37 | 物見遊山十把一絡げ | Comments(0)

銀座のお練り

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きのう3月27日午前、折りからの冷たい雨を突いて見物してきたもんね。
なんたってこっちはミーハーですから物見高さじゃ人さまに遅れを取りたくないんだ。

こういうのはね、多分もう二度と見られないんです。おれが生きてるあいだにもういっぺん歌舞伎座が建てかわるなんてなさそうだし、歌舞伎役者がワールドカップや五輪で優勝して銀座をパレードするなんてことがあるとはちょっと思えない、でしょ。

写真いちばん上のカットでおれが見て確認できる役者は時蔵、福助、芝雀、孝太郎、橋之助。
その下のカット(1枚の写真を半分に切った後ろの部分)では松緑、菊之助、勘九郎、新悟、獅童。ただしすべて推定(笑) ほかにも写ってるんだけど初心者だもんで誰が誰と判別できなくてすまんね。

木遣りに江戸町火消しの纏が先導して銀座の中央通りを1丁目から4丁目まで数百メートルを歌舞伎役者60数人が新しい歌舞伎座落成の記念に練り歩いたんです。沿道雨なのにすごい人出。華やかで大袈裟でなおかつミーちゃんハーちゃん気分充満なとこが非常にステキ。なんたって歌舞伎だもん。

そして肝心の新しい歌舞伎座ですけど、4月5月のこけら落とし公演は切符買うのに往復ハガキの抽選に外れてぜーんぜんダメ。2万円の1等席はまだ少し空いてたようなんだけど、こちとらふだん三千円とか五千円の3階席しか座ったことないんだから2万円の席ならあるよって言われてもちょっとねえ。

つうわけで新歌舞伎座はとうぶんの間、こうやって外から拝むのみ。
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新橋演舞場で染五郎の一条大蔵卿譚を見た帰りの24日夜。
もう唐破風のうえには櫓。
by god-zi-lla | 2013-03-28 06:53 | 物見遊山十把一絡げ | Comments(0)

故郷よ land of oblivion

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映画のことが続いてすまんね。
上映が終わっちゃうまえに書いとこうと思って。

うえのポスターの親子とカップルが主人公で、この写真に写ってる春のある1日は86年4月25日ということになっている。恋人たちのはるかうしろにかすむように写っているのはチェルノブイリの原発で、主人公たちがいるのは隣町のプリチャピなのだった。

左のおとうさんは原発の技術者で、右の若い男は消防士。
翌日に結婚式を控えた若いふたりが舟遊びをしているその畔に、父と子はリンゴの苗を植えている。

とくになにか特別な説明があるわけでもなくて、そのカップルの女の子のほうらしい声の独白が映像に少しかぶるくらいだからこの4月26日という日になにがチェルノブイリとその周辺で起こったのか知らなければ、画面は春の川のほとりで遊ぶ親子と若いふたりを写すばかりでずいぶんと間延びして冗長なイントロだとしか思えない。

だけど見てるこっちはその日なにが起こったのかあらかじめ知っていて、背後にちらちらと原発が写り込むだけでどこかしまりのないのどかなウクライナの田舎の映像を見ながら勝手に胸騒ぎを覚えるわけなのだ。

そして翌日、若いふたりが降り始めた雨に打たれながらパーティーではしゃいでいるとき夫の仲間の消防士が彼を仕事に迎えに来る。いっぽう技術者のおとうさんは職場から緊急電話を受けたあと急いで妻に窓を閉めさせ息子にヨウ素剤を飲ませクルマで避難せよと言い、自分は残る。

若い妻は消防士の夫とそれきり会えない。
息子も父親とはぐれたままになる。

……

話は変わりますが先週2月21日木曜日の朝日新聞朝刊で福島第一原発を観光地にすることを考えている人たちの記事を読んだばかりだったんだけど、夫の命を奪った大災厄から10年後その若い妻はまさにチェルノブイリ観光のガイドをやって生計を立てているのだった。

防護服を着てバスに乗ってガイドがついてチェルノブイリに「観光」に行くんだよ。
まあお客は研究者だったりジャーナリストだったりカメラマンだったりしてふつうの観光客ではないのかもしれないけど、その仕事に少なからぬ人がたずさわっているらしいことがスクリーンには映し出されていて、彼女もそういうバスの1台に添乗して案内をしている。

そしてその若い未亡人はフランス人の恋人に町を出てパリに行こうと誘われるが、すでに人の住む場所ではなくなっている故郷を捨てる決心がつかない。いっぽう父とはぐれた男の子は16歳になっていて偶然その若い女と同じ町に母とふたりで住んでいるが、お父さんは死んだのだという母親の言葉を信じられずにいる。

……

映画として必ずしも出来がいいわけじゃないと思うんだが、なんていうのか現実のチェルノブイリ原発事故のことを思い出さないでこの映画を見ることは当然できないわけで、そのうえおれたちは福島第一原発で起こったことを思い出さずに見ることもできないし、さらにいうと黒い雨が降るところで広島や長崎やあるいは第五福竜丸のことを思い出さずにこの映画を見ることすらできないわけだ。

だからこういう映画を見るとおそらく映画の本筋のところとは関係ないことをたくさん考えてしまい場合によっては映画にはなかったシーンまで自分のアタマのなかで付け加えてしまっているようで、そんな状態では映画そのものの良し悪しはとりあえず横に置いておくしかなくなってくる。だけどむしろそうであることにこういう映画をいま見る意味があったとおれには思えてくるんだよ。

チェルノブイリ観光なんていうものが現実にあるのを知って最初はすごい違和感があったけど、見終わってしばらくしてみるとその場所にとどまる必要のない人びとからとやかく言われるようなことじゃないんだろうと思えてきた。

そして少年は廃墟になった我が家にたどり着いて壁に父へのメッセージを残し、消息不明の父も息子同様捨て去られた町に向かおうとし、夫を失った若い女は故郷を捨てようとしてついに捨てられずそこでしか生きられない自分を発見する。

この映画も新しいダイ・ハードもチェルノブイリが舞台になってるわりにずいぶん遠い映画同士ですが、たまたま両方ともいま有楽町・銀座界隈徒歩5分以内の映画館で見ることができる。
by god-zi-lla | 2013-02-23 09:16 | 物見遊山十把一絡げ | Comments(0)

土曜日曜

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歌舞伎座正面の仮囲いがとれていた。
こうやって見るとまるで化粧直しただけで元のまんまの歌舞伎座のうしろに高層ビルが建ったように見えて、むかしの歌舞伎座を知っているひとはたいがい驚くんじゃないかと思えるところがとてもいいよな。

だけど建物の晴海側の道路に沿ったところは以前白い屏に囲われて閉鎖的な感じだったのが、こんだは何に使われるのかショーウィンドウのように大きなガラスがはめ込まれずいぶんと開放的な眺めになっていて、あーやっぱり建て直したんだよなあと再認識したりしてさ。

あとふた月と少し。出来上がるのが楽しみだよな。
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で、新橋演舞場に向かうと正面玄関上に櫓が上がっている。
木挽町きゃうげんづくし新橋演舞場。雪月花は演舞場の定紋なんだってね。

ここに櫓が上がっているということは歌舞伎座が建て替えられるまでのあいだ新橋演舞場が東京の大歌舞伎の常打ち小屋であるというしるしなんだそうで、新しい歌舞伎座が完成すればまたあの唐破風の上にこれが戻ってくるんだな。

その新橋演舞場できのうの日曜日、初春大歌舞伎の夜の部を見物してきた。
演し物はひらかな盛衰記「逆櫓」、仮名手本忠臣蔵「七段目祇園一力茶屋の場」、それから最後が釣女(つりおんな)。

ことしも歌舞伎はもちろん芝居も音楽も、いろんなところにいろんなライヴを見物に行きたいもんです。

そういう日曜日の前日の土曜日はウチに音と戯れる会の仲間3人が来てくれて一緒にレコードやCDを聴いて楽しんだ。これをかけて聴いてもらおうと思ってたレコードとみんなが持ち込んだレコードやCDをかけているうちに、それだったらこっちも聴いてみましょうかねとか、じゃあこいつはどうだいというふうに、これもライヴじゃないけどライヴみたいにその場の雰囲気で変化するところが少なからずあってけっこう面白い。

けっきょく用意してたレコードの半分くらいはかけずにいて、そのかわり予期せぬレコードをいくつも棚から引っぱり出して聴いた。

オーディオにはうるさいけど音楽のことはあんまり詳しくないという人の集まりだったら、もしかするとこういうふうにはならないのかもしれない。だからいかにもオーディオマニアがかけるようないわゆる高音質ディスクみたいのはただの1枚もかからない。

べつに音楽を聴かないオーディオマニアだってけっこういらっしゃるでしょうし、それがどうだっていうんじゃなくてね。まあオーディオマニアといったっていろんな流派があるっつうか、楽しみ方はいろいろだってことだな。

だけどおれにとっちゃ聴くべき音楽あってこそのオーディオで、そういう仲間がいるってのがうれしいってことです。
by god-zi-lla | 2013-01-21 08:32 | 日日是好日? | Comments(2)
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朝洗濯干すのもいつのまにかTシャツ1枚じゃ寒くなり、舗道に落ちた銀杏踏んでクサい足元にいよいよ東京にも秋がやってきたと感じる今日この頃みなさまにはいかがお過ごしでございましょうや。

おれはきのう東京国際フォーラムの東京インターナショナルオーディオショウから神田神保町の古本祭り、それから水道橋の東京ドームと午後から夜にかけて徒歩でとぼとぼと経巡って過ごしてまいりました。

ことしのTIASは3日、文化の日に国際フォーラムの中庭というのかコンコースというべきなのか恒例の大江戸骨董市が開かれる場所に音楽ソフトの市が立つというのでそれも目指して行ってみたんだけどさ。

じつはこっちの願望つうか妄想と申しますか、いろんなレコード会社がそれぞれデッドストックというか不良在庫というかそういうガラクタかはたまたゴミの山かっつうようなレコードやCDを捨て値でぶちまけて、ひと山いくらでどうだ! 持ってけドロボー! みたいなのを勝手に想像しちゃっててですね。こっちはそのガラクタの山んなかにうずもれてるごくごくわずかなお宝を血マナコになって物色するっつうような図を想像してたんだけどさ。

考えてみたらそんなとこするわけないよな。

みなさん真っ当なレコード会社ですから整然かつ上品かつ明朗会計なご商売をなさっておりまして「お客さん、こいつはジャケットがキレイなら絶対5万は下らないからね。3千円ならホント安いよ。ウチなんかこれじゃ利益でないもんね、いやホントにホント。え、ひとまわりしてきてから考える? なくなってても知らないよ」なんてことは言いません。どんなリッパに見えるお店でもどっか絶対胡散臭さの漂っている骨董市とは完全別もんなんでございました。

あはは。テメー勝手なことを考えてたあたくしがバカでした。
そりゃそうだよなー。かりにも天下のTIASのイベントだもんなー。

まあしかしそうはいってもアレだ。こういう催しは客も一体になって盛り上げていかにゃオーディオなんてシュミはあっというまにどっかに吹っ飛んじまいますからね。これはたぶんAmazonでも買えるよなーと思いながらカメラータ東京のブースでCDを1枚と、こっちのほうはもしかするとe-ONKYOあたりからダウンロード購入できるんじゃないかと思いつつ24/96のWAVファイルの入ったDVDをフォンテックのブースで1枚買ったんでした。

だけどさ。憎まれ口叩いといてこんなこと言うのもアレなんですけどこういう催しはとてもいいんじゃないかと思うよ。

なんつったって普通の人たちが通る場所だからね。もしかしたらお客の大半はオーディオショウとは関係ない通りすがりのお客さんだったんじゃなかろうか。若い女性とかも結構覗いてたし(買ったかどうかは知らないけど)オバちゃんがデカい声で「なーんだ、安く売ってるわけじゃないのねっ」なんつってるのも聞こえたしさ。

だけど人目につかないとこでやってるオーディオショウの会場内でコソコソCD売ってたって音楽業界の未来が開けるわけがないからね。あれはやっぱり天下の往来でやったとこに結構な意義があったとおれは思うんですけどね。

まあ高音質ソフト中心のわりかし偏った品揃えだから事情を知らずに覗いた一般のお客さんはヘンに思ったかもしれないけど、一部のオーディオマニアしか知らないような歌手のCDとか自衛隊の演習とかそういうモノを売ってたわけでもないからね(売ってたかもしれないけど)。来年はもっと拡大してあの広場いっぱいの店が出たりしたらほんとにいいと思う。

考えてみると銀座、有楽町界隈でさいきんCDをマトモな品揃えで売ってる店なんて山野楽器くらいしかないんだよ。ヤマハの銀座店はビル建て替える前からどんどんCD売り場がショボくなってて、新しいビルが出来たら一気に壊滅状態になっちまって行かなくなっちゃった。

昔は中央通り2丁目だか1丁目だかに十字屋っていうレコード屋もあったし数寄屋橋には2つのハンター、コリドー街にはハルモニアなんていうちょっと敷居の高いクラシックレコードの店もあったし、ついさいきんまでINZ(むかしの有楽町フードセンター)のなかにHMVもあったのにいつのまにか全滅しちゃっててさ。

そういう意味でも国際フォーラムのとこで年に1回でもそういう市が立ったらずいぶんと楽しいんじゃなかろうか、どうせ年に1回だし山野楽器の商売をジャマするとはとても思えないし悪くない催しなんじゃないかとちょっと思ったりもしたわけです。

だいち、秋晴れの空の下にたくさんのCDがきらきらと並んだ市場なんてイメージ的にもキレイでいいじゃないですか。丸の内仲通りを(買わずに)ウィンドウショッピングしてるひとたちだって、ひとつくらいお買い物して帰りたいでしょ。なんちて。

って、そんなこと書くつもりじゃなかったのに。
オーディオショウその他のことはまたあらためて明日でも。
by god-zi-lla | 2012-11-04 08:18 | 物見遊山十把一絡げ | Comments(2)