神はどーだっていいとこに宿る


by god-zi-lla
ようするに丸太小屋みたいな家の中で大男の西洋樵夫のおっさんがテーブルの上の丸大ハムみたいのを息子たちに切り分けるのに使ってるような感じの(タイトル違いますけど、後編なのよ)_d0027243_11465971.jpg



承前

つうわけでまんまとおじさんの計略にハマって300円だけオマケしてもらって買い求めたのであった。

それにしても取って付けたような取っ手というか「柄」というかハンドルが付いてるよなあ。このハンドルってちかごろ当たり前の洋包丁や家庭用の三徳包丁に付いてるのと同じじゃないかね。刀身は見た感じ古い和包丁によくあるハガネでクロムモリブデンのようなイマドキの強化された合金じゃないのでそれなりに古いように見えるから、ひょっとしたら最初にくっついてたハンドルが長年使ってるうちに朽ちるかどうかしてすげ替えたんじゃあるまいか。

で、刃に打ってある刻印を見てみたわけだ。店のおじさんは、ほら、いちばん下にシェフィールド・イングランドって彫ってあるでしょ。あとは読めないなあとか言ってたが、あらためて帰ってからルーペで見てみると〈JOSEPH RODGERS & SONS〉というのがきっとメーカーの名前だな。インターネットで検索してみたら1724年創業の古い会社で、いっときは大きな工場で操業してたらしい。どうやら、こういう包丁はもとよりナイフ、各種テーブルウェアや剃刀なんかを製造してた会社みたいだな。

2行めに〈CUTLERS TO HIS MAJESTY〉とあるから「国王陛下御用の刃物会社」くらいのことでしょうかね。

ん? そこで目が止まってしまったんである。現在のイギリスだったらここんとこは当然〈CUTLERS TO HER MAJESTY〉と刻印されてるはずじゃんか。つことは今のエリザベス2世女王の即位される前、父王ジョージ6世が亡くなったのはいつなんだっけと調べてみると1952年のことだ。

つうことは、この包丁が製造されたのは遅くとも1952年以前、その前に'Her Majesty'と付くヴィクトリア女王が亡くなったのが1901年だから早くても1901年以降ってことか。つまり1901年から1952年のほぼ半世紀、4人の男王在位中のどこかの時点で製造されたと考えて間違いないわけだ。

意外と古いじゃんよ。悪かったね疑って。

しかし面白いもんだね。そうするとこの包丁が作られてから少なくとも66年は経ったことになるわけだ。ちなみにおれは62歳です。おれんちにおれより古い包丁はない。おれの両親のところにもそんなものはない。



ようするに丸太小屋みたいな家の中で大男の西洋樵夫のおっさんがテーブルの上の丸大ハムみたいのを息子たちに切り分けるのに使ってるような感じの(タイトル違いますけど、後編なのよ)_d0027243_12353643.jpg


この写真の下は奥さんが結婚する前から持っている菜切り包丁です。もちろん現役で使ってて切れ味サイコー、キャベツをこれで千切りにするとじつに美味しい。わたしら夫婦は結婚して35年だからこの包丁だって使い始めて少なくとも35年は経っている。

でこの菜切り包丁の「柄」は10数年前に一度朽ちてきたのですげ替えてるんです。つうことはこの不思議な包丁のハンドルも半世紀をはるかに超えた年月を使い込んでれば、一度や二度はすげ替えられてるんじゃないかと思うのが普通だろうな。もともとは丸い木の棒みたいなのが付いてたか、それとも西洋のナイフによくある鹿の角で出来たハンドルが付いてたのか。

でまあ、身元調べはそのくらいにしてタワシで刃も柄もゴシゴシと洗いよく拭いて乾かし(菜切り包丁のほうもそうだけど、こういう昔ながらのハガネの刃物は濡れたままにしたらあっというまに錆びが浮いてくるからね)、どのくらい切れるものかとあんまり期待せずにベーコンのブロックを冷蔵庫から取り出して切ってみたところ、これが結構薄くスライスできるんだよ(少なくともこれがテーブルナイフじゃないことだけはハッキリした)。

いやあ、こんくらい切れるんだったら食卓でちょっと切り分けてサーヴするような使い道ならじゅうぶん、つか、食卓にあんまり切れすぎる刃物を出すってのもなんかコワいようなとこがあるからね。研いでから使おうと思ってたんだけど、とりあえずこのまま使ってみることにした。

これは結構使えそうだよ。

コイツのデビュー戦のためにチャーシューとかミートローフとか茹で豚とか、なんかそういう肉のカタマリ料理を作ってやろうと思う今日このごろである。

でも、ほんらいはどういうモノを切るのに使う包丁なんだろうか。
肝心のそこんとこが、まだわからない。





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by god-zi-lla | 2018-10-09 06:58 | 日日是好日? | Comments(2)
赤毛のヒゲもじゃらのおっさんにでもなった気分とかいって(前編)_d0027243_16443281.jpg



つうわけでせんだっての金曜日、新宿西口の恒例西洋骨董市(と銘打ってるわけじゃないけど九割方洋物)を奥さんと冷やかしに行ったんだが、さすが初日とあってすごい混雑。お客の大半はうちの奥さんと同年配かそれより上っていうおばちゃんたちですからバーゲン会場さながらに目指すところへ突進するので、おれのような気の弱いおっさんはちょっとばかし気後れ気味なんだけどさ。

だけどこっちだってわざわざ電車賃かけて来てんですから負けてらんないです。だから、おばちゃんたちをサイドステップスワーブでひょいひょいとよけながら良さげなブツはないもんかと物色して歩き回るわけだ。

ハッキリ申し上げて日本の骨董(およびガラクタ)よりも西洋骨董(およガラクタ)のほうがわけわかんない物が多いし、付いてる値札が高いんだか安いんだか相場ってのがあるんだかないんだか、そんなこともわかんないところがなんか面白い。

で、店によっては店頭の品を手に取って矯めつ眇めつしてると、店主のおっちゃんおばちゃんが「これはねー、ちょっと珍しいでしょ。ここんとこがねー、ホラ、こんなになってんのがさ。なかなかないんだよねぇ」なんつって頼みもしないのに説明してくれたりするんだけどさ。

これがまた結構アヤシイんだよ。

実際問題、青山や日本橋あたり庶民にはちょっと入りにくいような立派な店出してる骨董屋なんてのはおれらハナっから縁がないから知りませんけど、新宿やら平和島やら、はたまた小田急の大和やら(これは青空市)の骨董市に店出すようなとこの大半はそれほどアカデミックな知識があるってわけでもない。

客)これってわりかし新しいモンでしょ。

店)いやいや、そんなことないよ。これは結構古いもんですよ。1930年代かなあ。

なんつって、まあ気に入ったから買って帰って調べてみたら60年代のブツだったなんてのは別に珍しいことじゃないからね。けど、そういうことに目クジラ立ててたら骨董市なんて面白くもなんともない(たいがい古めに言うしね)。ココロのなかで眉毛にツバつけながら「ほおー」なんて生返事しつつ、ちょっとオマケしてくんない? とか言いながらブツが気に入れば買って帰ればいいだけです。

で、上の包丁のようなもの。

なんだろうねえこのヘンテコリンな包丁は、と手に取って見てたら店のおじさんが近寄ってきた。なんでもイギリスで仕入れてきたもんらしい。ルーペを出しつつ、ここに刻印があるでしょ。シェフィールドって彫ってあるんですよ。シェフィールドっていったら日本でいうと新潟の燕みたいなところでね。刃物とかナイフフォークとかの有名な産地なんですよ。えーと、あと何が彫ってあるのかな、ちょっと見えないね。

こんなふうな湾曲したナイフって見たことなかった。テーブルナイフにしちゃゴツいしハンドルは普通の包丁みたいだし、なにより「刃」がそれなりについている。これってそんなに古いモンじゃないよね。

そう言うとおじさんは、いやいやそんなに新しいものじゃないですよ。結構古いです。って、いつ頃のものかは言わないからきっとわかってないんだろうな。こういうときオトナは根掘り葉掘り詮索するもんじゃありません。でもなんかこのハンドルというか「柄」に違和感あるよなあ。

おじさんはしきりに、これは台所で使うっていうより食卓でお肉とかチーズとか切り分けるのに使うといいんじゃないかなって勧める。いやじつは、おれも最初に見たときからそういうふうに使ってみたらどうかなと思って手に取ったんだよな。

それを見透かしたようにおじさんは、刃もちゃんとしてるからこれは使えますよと「道具」として勧めてくる。古いのか新しいのか、それは調べればある程度わかるでしょうしね。なんか、ガゼン買う気になってきた。おじさんも、コイツはきっと買うだろうなという顔をしてる。



(後編につづく)

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by god-zi-lla | 2018-10-08 09:56 | 日日是好日? | Comments(0)
承前
れいの古皿包んだ反故はといえば_d0027243_15390949.jpg
れいの古皿包んだ反故はといえば_d0027243_15595596.jpg
つうわけで我が畏友虎吉さんのお知り合いが「解読」してくだすったのであった。

箇条書きふたつはやっぱりお金のことで最初の条の〈六十文〉は「銭」、二つめの〈二歩二朱〉は「金」なんだそうです。そしてその次のひとつ段落の落ちた行にある〈五貫百九十弐文〉はその「金」を「銭」に換算した値らしい。

金額の下にある〈御政府引 三へんの小遣〉および朱書きの部分については解読不能。

とにかく、なんらかの理由で〈美濃屋徳三郎〉の件については60文と2歩2朱というお金が入り用ですよと〈半兵衛〉が〈平尾様〉に〈5月3日〉付けで宛てたメモのようなものらしいということがわかった。

でその時代なんだが、〈御政府〉とあるところからすると明治初年(4年まで)のものであろうというのが虎吉さんの知人の見解だという。んー、見る人が見ると、そんなことまで判るのか。

いずれにせよこの反故には右半分つまりこの書き付けの前半部分があったはずで、それがないことにはこれが何を意味しているのかまったく判らない。

まあでもアレだよ。ふつうに勘ぐれば商家のあるじ美濃屋徳三郎と旧幕臣平尾某の間でなんらかのトラブルがあって、たとえばそうだな。美濃屋というのが薩摩藩お出入りの骨董屋で御一新以来みょうに居丈高である。たまたま平尾某が美濃屋の店先でちょっとした安茶碗を手に取ったところがこいつをうっかり落として割ってしまった。

おっとこいつはいけない。すまぬすまぬ、安茶碗とはいえ商売物を壊してしまったからには弁償いたさねばならぬ。して主人、いかほど支払えばよいか。

それを聞いた美濃屋徳三郎、これはお客様とんでもないことをなされましたな。この茶碗はありきたりのどうでもいいような印判とはいえ薩摩藩の芋田芋兵衛さまにお納めする品でございます。先方はこの品をいたくお気に入りでございますから、ただ弁償というだけでは到底相済みますまい。そうでございますね、ざっと5両ほどもお包みいただいて芋田さまのお怒りを鎮めねばなりませぬなあ。

なに、5両だと。拙者が見たところ、こんな素性も知れぬ欠け茶碗せいぜいが5文高くても10文がいいところではないか。それを5両たぁべらぼうな、イモ侍におべっか使うのも大概にしやがれ。

なにを仰いますやら、明治の御世になったんですから貧乏御家人ふぜいにそんなご託を並べられる筋合いはございません。きのうまでエラそうにしておいででも御一新からこっちは薩摩さまの天下でございましょ。さっさと5両耳を揃えてお出し下さいまし。そうでなければ薩摩さまのお屋敷から大砲でもブチ込んでいただきましょうか。

うぬぬぬぬ、町方とはいえ徳川300年大平の世でのうのうと暮らした恩顧も一夜のうちに忘却の彼方か。そこへ直れ、手打ちにしてくれる。

ときならぬ大騒動で黒山の人だかりになった美濃屋の店先をたまたま通りかかったのが、このあたりでは篤実温厚の親分として知らぬ者のない鳶頭の半兵衛である。

どうしなすったこの騒ぎは美濃屋さん。
おっと、そちらにいらっしゃるのは平尾さまじゃあござんせんか。

ときは明治3年の晩秋。
我が国の通貨を「両」から「円」にすると定める〈新貨条例〉を新政府が出したのが、明けて明治4年5月10日のことであった。

なんちて。

by god-zi-lla | 2017-11-14 10:10 | 日日是好日? | Comments(2)
謎の反故なんとあるのか読めませぬ_d0027243_08502214.jpg


いやいや、降り続くねえ。

住んでるマンションの大規模修繕工事中でベランダが満足に使えないうえにこの長雨だ。洗濯物をどうしたらいいのか途方に暮れる主夫なのよ、ほんとマジで。

ふた月か三月前、平和島の骨董市を冷やかしに行って一枚千円するかしないかという安い印判の同じ柄の膾皿を2枚買い求めたんだよ。その2枚が店先に重ねて置かれてたんだが(そういう安物はまあふつう重ねてある)、店のおばちゃんに包んでもらおうとしたらその2枚の間に日焼けして色の変わった、なにやら細かい文字の書き付けられた紙が挟まっている。

で、そいつを外して包もうとしたおばちゃんに、その紙も一緒にちょうだいなと言ったんだ。するとおばちゃんは、あらー、ひょっとしてこの書き付けのほうがお皿より値打ちモノだったりしてー、なんつって笑いながら一緒に袋に入れてくれたんだよ。

骨董屋といったっておれなんかが安物の皿を買ったりするのは大抵が町の古道具屋さんのようなところだから、こういうときに何か尋ねたところではかばかしい答えの返ってきたためしがない。あっても眉にツバつけたいような話だったりするのが関の山というもんである。

このときも、なんて書いてあるんだろうっておばちゃんに聞いてみたけど、おばちゃんはなんて書いてあるんだろうねえとこっちの質問をオウム返しにするだけなのであった。

でもなんか面白そうな、なにやらイワクありげな反故じゃありませんか。

写真じゃほとんどわかんないけど(クリックすると少し拡大されます)真ん中らへんより少し上あたりに周囲よりわずかに焼けの少ないところが白っぽく残されてるんだよ。これはどうも結構長い間、皿と皿の間にクッションとして挟み込まれてた跡じゃあるまいか。

ウチへ持って帰って広げてみたんだが、これがまるで読めない。どうも何かの覚えか簡単な証文のようではあるんだけど、そのくらいのことしかわからない。いちばん左にあるのがこの書き付けを渡した相手だろうと思うんだが、これが「平尾様」と読めるくらい。

本文は「一」「二」と箇条書きになってるように見えるんだけど、たぶんあと半分が右側にあったのをビリビリっと裂いてお皿くるむのに使っちゃったらしい。

「二」と見える条の下のところには小さな文字で朱書きもあったりする。

じつはわたしら夫婦はこれでお手上げ。仕方ないのであっちの親とこっちの親にも、行ったついでに見せてみたんだけどやっぱり読めない。んー大正から昭和の初め生まれの老人でも読めないのか。こういう古い手紙の類というのは意外と判読できないものなんだな。差し出したほうと受け取ったほうがお互い書かれてる内容について承知してるからこそ読めるというようなところがあるのかもしれない。

たぶん宛名に「平尾様」と苗字だけでフルネームを書いてないくらいだから日頃から付き合いのある人どうしでやり取りしたんじゃないかしらん(差出人の最後の文字は『満』かな)。だからお互い中身についてはよく判ってると。

こういう半紙に筆でもってさらさらっと日常的なメモのようなものを書いてたってのは一体いつごろまでなんだろう。大正生まれのおれの父親は昭和になってからは、こういう書き付けはもう洋紙にペンや鉛筆で書くのが当たり前だったんじゃないかと言うんだけどね。

んー、なんか面白い。

でですね。
このブログをお読みの方のなかで、この反故の文字を判読できる方がいらっしゃいませんでしょうかね。

どなたか読んで下さるとうれしいな、なんて。

とくにお礼の品とかお金とかは用意してませんけど(笑)

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by god-zi-lla | 2017-10-22 09:59 | 日日是好日? | Comments(4)
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ソノシートのグリーティングカード、これもじつはせんの千代紙と同じ新宿の骨董市のときに別の西洋骨董風のガラクタを出してる店で、やっぱり店先にほかの紙ものと混ざって置いてあってね。まあだいたいこんなブツは店のメインの売り物なわけがないから、古雑誌の広告の切り抜き(こんなものが売り物になるんです)と一緒くたに放り出してあったりするなかから見つけたんでした。

おーこれはこれはソノシートじゃないの。子どものころときどきなんかのノベルティみたいのでもらったよな。ごく薄いソノシートをPP貼りのような感じでボール紙に貼り付けたやつ。しかもこいつはお誕生祝いのグリーティングカードになってるよ。なんてぶつぶつ言いながら紙束をひっくり返して眺めてたら店のおじさんが(おれより多分若い。こればっかだな)、これ面白いでしょ。1枚四百円だけど3枚だったら千円にしときますって言うんだ。だいたいそうやってどこの店でも余計に買わそうとしていろんなこと言うんだけどさ。まあ千円だったらいいかと思って何種類かあったヤツのなかから3つ選んで買い求めたんだった。

で、どれも二つ折りになっていて、開いてみると中の面はこんなふうになってまさにグリーティングカードなんだな。これは左のバレエの絵のやつを開いたとこ。
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ソノシートのレーベル部分を見ると 'I THINK OF YOU' っていうのが多分曲名で中面の左のページには'I THINK OF YOU, Thought I'm away...'って刷られているからこれは歌詞なのかな。ほかの2枚もそれぞれ 'GOD BLESS YOU' と 'ROCK-A-BOOGIE BIRTHDAY ROCK' って曲名が入っていて中面に同じように歌詞と思しきものが印刷されてる。いやこれは聴いてみたいもんだよなあと、もちろんおれはたんに飾っとくつもりなんかさらさらなくってコイツを聴いてみるつもりで買ったんです。さいきんはLPレコードを壁の飾りに買う人もいるみたいだけど、あたしゃそんなこたしません。

でね。ウチに帰って千代紙ともども、うふふふ、なんてブキミに笑いながらためつすがめつしてたと思し召せ。ふとレーベル面の文字を見てたらスピンドルホールの近くに「78r.p.m.」と印刷してあるじゃんか。え? ソノシートのSPレコードなわけこれって。んー、なんなんですかこれはと思ったもんだから、とりあえずウィキペディアでソノシートを見てみたんだ。そしたらソノシートって名前はもともと朝日ソノラマの商標だったんだってね。それが一般名詞化しちゃったらしい。セロテープやホチキスと同じだな。英語だとFlexi discと呼ぶんだそうだがモンダイはウィキペディアによるとソノシートは1958年にフランスで開発されたものだと書いてあるとこ。もう当然LPレコードの時代じゃん。ちなみにまたウィキペディアを見るとLPレコードが初めて市販されたのは1948年米Columbiaによるとあるから58年といえばすでにLP時代になって10年、この年には45/45方式のステレオレコードが日本でも売られるようになったくらいで、ヨノナカすでに33回転か45回転で回り始めて10年もたった時代のこれは78回転だもん。
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まあしかしアレなんでしょうね。そうはいったってこの時代どこのご家庭にもまだまだSPレコードはいくらでもあったでしょうし、古い電蓄を大事に使ってりゃあもしかしたらSPレコードっきゃかからないお宅なんか無数にあったでしょうしね。ましてコイツはMade In Englandだもん。ちなみに日本国内でSPレコードの生産が終了したのは日本レコード協会(RIAJ)のサイトによれば1963年というから多分イギリスじゃあもっと後まで生産されてたんじゃあるまいか。つうことは多分60年代のなかばくらいまで一般家庭じゃLPとSPがごく当たり前に混在してたんだろうな。そうするとこの時期はまだ新しい電蓄だって78回転のレコードをかけられなきゃハナシにならなかった。

というのもね。おれが小学生のころウチにあった唯一のレコードをかけられるキカイもそうしたポータブル電蓄で、いまでもよく覚えてますけど16回転、33回転、45回転、78回転の4スピード切り替えになっていた。だけどウチには16回転と78回転のレコードというのがなくて、これはどういうときに使うものかガキのおれにはまるでわからなかった。だけど78回転てのはすごい猛スピードだったから、33回転のレコードを78回転で回して大笑いして聴いてたり、レコードの上に何か乗っけといて78回転で回して、そいつが遠心力で振り落とされるのがすごく面白くて、それで遊んでときどき親に叱られてたな。

そんな時期のイギリスだからきっとレコードの回転速度としていちばんブナンだったのが78回転だったってことなんだと思う。古いものを大事に使ってめったにあたらしいキカイなんて買わないお宅でも78回転だったらなんとかなった時代だったんだよ。だから、どこのだれに渡るのかわからないソノシートのグリーティングカードは78回転で作られた。毎度毎度の勝手な想像ではありますが。

じゃあ聴いてみようじゃありませんか。78回転はウチじゃなんのモンダイもないです。SPのカートリッジこそありませんけど回すだけだったらウチのトーレンスTD521にはちゃんと78回転ポジションがある。もちろんカートリッジはベンツマイクロのまんまだけど、78回転表記のすぐ下のところにはPlay this card on your Record Player using Light-weight Pick-up.なんて一文が印刷されててさ。78回転で回すけど出来たら軽いピックアップを使ってねっていうのは、さすがにアクースティック蓄音機の巨大なサウンドボックスじゃムリですってことで、イマドキ(その時代のイマドキ)の電蓄にある78ポジションでかけてくださいってことなんだろうな。だからベンツマイクロでオッケー。ところが。
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スピンドルに二つ折りのグリーティングカードをそのまま刺してみると、わかるよね。反っている。開いたときは上の写真のような状態なんだから当然閉じたときもこのように反っている。まあ、べつにふつうのグリーティングカードだったらこんなソリなんて誰も気にしやしません。おれだって気にしない。だけどこいつはグリーティングカードではあるけどソノシートでもあるわけだ。ソノシートといったってレコードですから。

もしこれが、こんだけ反ったヤツがレコードだとしたら誰も買いません。おれだって買わない。んー、しまった。物珍しさに目を奪われてレコードとしてコイツはどーなんだという視点が完全に欠落しておったではないか。でもね。とりあえずこの状態で78回転にセットして回してみたの。どんな感じで回るのかと思って。

そしたらスゴいんだよ。だいたい日頃78回転なんて見慣れてませんからトンでもなく猛スピードで回ってるように見えるんだ。それでも、たぶんこれがちゃんと平面なレコード盤だったらどうということもなかったんだと思うんだが、この反って浮き上がってるカドのところがさ。

まるで風を切って回転してるようにしか見えない。シュッ、シュッって音すら聞こえそうなくらい。いやー。さしも大ざっぱな性格じゃ人後に落ちないおれでもここへ針を下ろす勇気はないよ。しかも1年数か月ぶりに生き返ったベンツマイクロをだぜ。こんなことでまたダメにするなんて、とてもそんなことはできません。でも、できませんけど、聴いてみたい。ちょっとだけでも、音が出るかどーかだけでも確かめてみたい。
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笑っていいよ。

反ってる四スミを養生してやった。しかも養生テープで。
あらためて写真で見ると自分でも吹き出しそうだぜ。

でさ。これで回してみたところ、まだ相当におっかない回りかたをしてはいるんだが(あー動画撮って載せたらもっと笑ってもらえるのかもしれないな。いやいや、おれは笑ってもらうためにブログやってるわけじゃないんだ。笑われるのはいっこうにかまわないんだけど)、だけどまあカドのとこが何か刃物のような勢いで風切って回転してるって感じはなくなったから、よーし、意を決して針を下ろしてみるか。って、なんでそこまで使命感すら抱きながらヤバいとこへ突っ込んでくのか自分でもよくわからない。

えーとね、なんかちょっと脱力感のあるおっとりとした歌をクルーナーヴォイスの男性歌手がうたっている。いかにも50年代っていう感じのじつにおっとりとした白人ポピュラーソングがざざざざざぁーっていうサーフェイスノイズがひっきりなしにきこえる間からAMラジオっぽい音色で流れてくるんだよ。なんつうかもう「古き良き時代」ってのをそのまんま音にしたような音なの。

だけどね。音はまあいいよ。でもこっちはベンツマイクロがトレースしている盤面から目を離せない。いくら養生テープでターンテーブルシートに貼り付けてあるったって全体としたらブヨブヨとしてターンテーブルから浮いてるわけだから、のんびりとした歌声とはウラハラにベンツマイクロはバウンドせんばかりに大揺れに揺れている。こんな光景はおれも初めて見たがベンツマイクロだってこんな悪路は初めて走っただろうなあ、って、そんなことを悠長に考えるココロの余裕を持っていいような状況ではなかった。それにいつなんどき四すみの養生テープがぴろんと外れてトーンアームをはじき飛ばさないいともかぎらない。

ほんの10秒ほど音を聴いたらもう、おっかなくて針を上げました。
いやーこれは冷や汗もんだぜ。

つうようなわけで、いまのところこのバレリーナのやつをほんの10秒かそこら試し聴きしてみただけで、あとの2枚にはどんな音楽が入っているのかもわからないままなのであった。しかしね。なんとかして聴いてみたいものではあるよ。これ多分外周をぐるっと押さえる大きなドーナツ状の薄い金属でできた、それなりに重量のあるスタビライザーを乗っけたら聴けるんではあるまいか。だけどそんなスタビライザーがあるのか? アコリバが製品として売ってる? そんなことあるわけないしな。

あるいは二つ折りを半分に切ってソノシート側だけを不要のLPレコードに接着剤でぴっちりと貼り付けてしまうっていうテもあるかもしれないけど、それじゃあ骨董市で珍しいモノを買ってきたっていうのがどっかいっちゃうからやりたくないよな(同じものを2枚ずつ買ってくりゃよかったと、やや後悔したりして)。

まあそんなわけでございますから、もしこのソノシートを聴ける日が来ましたそのアカツキには、ふたたびご報告申し上げるつもりではございますのでとりあえずto be continuedっつーことで。

それにしても降り続くなあ。
きのうから一度も上がらない。
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by god-zi-lla | 2014-06-07 07:56 | 常用レコード絵日記 | Comments(2)
版木がチビたくらいじゃお払い箱にしない(らしい)_d0027243_583119.jpg
なんだかわかんないけど、かわいくてキレイでしょ。

骨董市に行きはじめたころは古伊万里のお皿とかマイセンの磁器とかラリックのガラスとかに目が釘付けだったんだけど、そんなモンめったなこっちゃ買えっこないとおれのような一般大衆が悟るまでにたいした時間はかからない。ハッキリ申し上げてそれに気づいてからのほうが骨董市に行くのがずっと楽しくなった。いろんなモノが目に入って、それこそ粗大ゴミとの境界線もさだかでないようなガラクタから景徳鎮のパチもんまで平等に愛せるようになれば、もうこっちのモンなのだった。

でね、さいきんはとみに和服系の古着など布系のものを扱う店がうんと増えてるような気がするんだけど、紙ものを扱ってるお店というのも必ず数軒はどこの骨董市にも出てるんだね。おれはもともと印刷物とか版画とかそういう紙に刷られたものってのが、もしかしたら絵描きさんなんかがジカに紙に絵や模様を描いたものより好きだったりするほうだから、明治時代の錦絵だの古い絵ハガキだの着物の柄の見本帳だの古い洋雑誌の切り抜きだの、それから千代紙だのが並んでるとつい近寄ってぱらぱらと眺めちゃうんだよ。

せんだって新宿であった西洋骨董系が中心の骨董市に店出してたおばちゃんの(といっても多分おれよりは若い)とこで、たまたま千代紙の束のいちばん上にあったのがこれだったんでした。

これはなんの文様だろうと手に取ってみると、浴衣なのか着物なのか半纏のようなものなのかわかんないけど、一見神社でお祓いしてもらうときの人形(ひとがた)のようなカタチしたパターンのなかに青海波だったり紗綾形だったり市松格子だったり鹿の子だったり、いろんな柄がいろんな色でピンクの地に散らされててさ。いやもうこれは買うしかないよなって。

で、よく見てみると散らされたキモノ風のパターンの輪郭線となかの柄のあいだに結構シロいところが出てるんだ。上の写真でもわかるでしょ。最初は多色の手刷りだから見当がズレてるのかと思ったんだけど、そうでもない感じなんだな。そこそこちゃんと見当は合ってるのにところどころ白地が出てるところがある。

そしたら店のおばちゃんが(おれよりは若い)、こういう千代紙というのは版木が割れてダメになるまで使い倒すんだっていうんだよ。割れてもう風呂の焚き付けにしか使えなくなるまで刷って刷って刷りまくるらしい(そこまでは言わなかったけど)。とにかく版木がちょっとすり減るくらいのことではオシャカにしなかったんだそうです。んー、なるほど。するってえとこのシロいところは文様を彫り込んだ版木がところどころチビちゃったのをかまわず刷ったら出ちゃったシロなんだな。まあそうだよな。千代紙ってば子どものオモチャだもんな。少々のことなら気にしないもんな。

で、これはいったいいつごろ刷られたもんなんだろうって尋ねたところ、おばちゃん(おれよりも若い。もういいって!)が言うにはそんなに古いもんじゃなくて昭和もふた桁になってから、ことによったら戦後に刷られたものかもしれないんだそうだ。ただ版木はそこそこ古いのかもしれないって。

面白いよな。千代紙も「印刷物」だから刷版があれば時代が下がっても刷れちゃう。戦前から重版かさねた岩波文庫みたいな。オリジナルと同じスタンパーだけどけっこう新しいレイタープレスのレコードみたいな。だけどそういう本やレコードだったらデメリットになりそうな版木の摩滅が、なんかこう不思議にいい味わいになってるように見えちゃってさ。これはますます買わなくちゃなるまい。なーんて、けっきょく自分に言い訳してるようなもんなんだけどさ。

とにかく、見た感じだと刷り色は5色か6色で結構手がかかってる気がするんだけど、それがふつうなのか特別手のかかった高級品なのか、そういうことはコレクターでもなんでもないおれなんかにはよくわからない。だけどかわいらしくて華やかで賑やかで、それでいてちょっと子どものオモチャというにはオトナっぽくて粋なパターンだよな。それがさらにチビた版木のおかげでちょっとほのぼのとしてヘタウマっぽい雰囲気を醸し出してるようなね。

まあ、そういう使い古したところにちょっといい感じが出てるものを見つけに行くのが骨董市を冷やかす楽しみのひとつでもあるんだろうな。

で、これが千代紙の全体です。枠寸でおよそ短辺24.5センチ、長辺がおよそ37センチ。
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by god-zi-lla | 2014-06-02 23:07 | 日日是好日? | Comments(2)
無類に楽しい本なんですけど、だれにでも楽しい本かっていうと(SPレコード蒐集奇談/岡田則夫)_d0027243_14495441.jpg
レコードコレクターズ誌の長期(中断ありますが)連載「蒐集奇談」(いまは続・蒐集奇談)のたぶん半分くらいにあたる旅にまつわる部分をまとめた単行本なんだけど、これがもう文句なしに面白いんだ。

日本全国津々浦々古いSPレコード探して道具屋骨董屋古本屋骨董市ボロ市蚤の市かたっぱしから訪ね尽くすヴェテランコレクターの涙と笑いの道中記。探し出すブツが珍なら店も珍、おまけに当の蒐集家も珍。あらゆる数寄者蒐集家諸賢必読の名随筆待望久しい単行本愈々出来!
という感じですね。

たしか6、7年前だったか連載がいちど終わってしまったときには、なあんだレココレ買う楽しみがひとつなくなっちゃったなあと雑誌買う意欲が少なからず失せたもんだった。それが新しい編集長になったからか連載復活したのはまだ数か月前のことで、あのときはホントうれしかったね。

聞くところによりますと、連載復活を編集長つかまえて直談判に及んだコレクター氏もおられたそうです。そうだよねえ、そんなことがあっても不思議じゃない魅力にあふれた名連載だったからねえ。

それはさておいて、とかくこうしたコレクターの打ち明け話というのは往々にして自慢話臭くなるもんではありますが、この本にはそういうところがちっともない。それは著者自身語るように獲物を探し出すことにもちろん全精力をつぎ込んではいるんだけど、いっぽうでそこに至る過程を思いっきり楽しんでいて、だからはかばかしい成果をあげられなかったときも歩いた町や目指す店のたたずまい、それからそのあるじの人柄から道を教えてくれた土地のひとたち、夜になってひとりでふらっと入る居酒屋まで、むしろこの人にとっちゃそっちのほうがよっぽど大切なんじゃなかろうかとさえ思うような気持ちの構え方の良さっていうのかな。そういうところが心地よく伝わってくるもんだから読んでるこっちも楽しくなちゃうんだと思う。

しかしそうはいってもコレクターが道をきわめるってな並や大抵のことじゃないね。
楽しそうだなあと思ういっぽうで、おれはコレクターじゃなくて良かったなあと心底思うよ。
なにせ著者は1道1都2府43県すべてでSPレコードを買い求め、訪れた市町村の数はおよそ300。購入総数2万枚を超えるというのですから、ねえあなた。

だけどアレかもしれないな。
この本読んで楽しめる人ってのはおれも含めてコレクターじゃなくてもそういう気質がどこかにある人で、ぎゃくにそういう気質を持ってない人がこれ読んでもどこが面白いんだか全然わからんてことになるのかもしれない。だからだれにでも読んでみなよって勧めるわけにはいきそうもないんだけど、それでもここに書いておかなくちゃ気がすまないくらい楽しい1冊なんです。

ひとつ付け加えると、これはじつに平易でわかりやすい、ことさら文章の格調や品位を求めて書かれてるわけではないんだけど質の高いきちんとした日本語で書かれている本です(おれが言うと説得力ないなあ)。たしか読んでいる最中一読して意味が取れずに後戻りして読み直したことなんて一度もなかったと思う。とにかく読んだ端からアタマのなかにすとんすとんと落ちていく感じがあって、こんなふうに理路整然とした達意の文章でありながらざっくばらんな気分を保って書ける人はそうそういるわけじゃない。だけどそれこそがここに収録されていない残り半分の内容の意義をある意味保証しているんだといったらヘンかな。
by god-zi-lla | 2013-01-28 18:07 | 本はココロのゴハンかも | Comments(8)
ことし最後の獲物はちっこい升なのだった_d0027243_8254786.jpg
まいにち寒いけれど、考えてみたらこれほど物思う年の暮れというのは初めてかもしれないな。

ま、それはごくごく私的なことだからこのブログとはなんの関係もないです。

せんだって京都へ行くまえの日曜日は平和島で骨董市を冷やかしてきた。
しかしそういえば京都でも奥さんと二人して骨董屋を冷やかしてきたなあ。

骨董屋とくに京都でいうと祇園界隈のいかにも敷居の高い立派な骨董屋つうのは日曜祝祭日ってあんまり店開けてないから、いきおい京都なら寺町通りあたりに点在するフリの客相手の骨董とガラクタがまぜこぜになったような店を冷やかすしかないんだけども、そもそもふだん買うものといえばガラクタと骨董のあいだの、まあどっちかっていうとガラクタに入るようなものばかりだから立派な骨董屋さんなんてハナっから用がないってばないんだけどさ。

で、京都の骨董屋さんは冷やかしただけで何も買わずじまいだった。

そういえば京都で買ったものといえばなぜか大食堂(好きなんだよ!)でお昼食べるために入った大丸をうろうろしてるうちに帽子を買ってしまったのと錦市場でセリを2把買ったっきりなのでした。

話があっちこっち飛んですいませんけど、デパートの大食堂が大好きなんです。
上野の松坂屋とか日本橋の三越とか、そのためにわざわざ行ったりするもんね。

ボクはお寿司を食べたい。
キミはスパゲッティーですか。

っていうときデパートの大食堂以外では問題を解決できません。
しかも、そこそこ悪くないレベルで問題解決してくれます。
お子様ランチはもれなくあるし。

だから京都の大丸に大食堂を発見したのはうれしかった。
高島屋や阪急百貨店にもあるんでしょうか。

いやまあそれはいいんだ。

でその今年最後の平和島で買ったのが写真のちっこい升だったのだった。
写真だと大きさがわかりにくいのでおせちに買った丹波篠山の黒豆を入れてみました。

しかしこの小さい升はなんなんだろうと思って店番と思しきおばちゃん(たぶんおれより若いが)に聞いてみたらきっぱり
「マスです」
んー、聞いたおれが悪かった。やっぱおばちゃんはたんなる店番だった。

まあ骨董屋さんて店番じゃなくても結構テキトーなこと言うからね。
とくによくわかんないようなモンを中心に商ってるような店はテキトーだ。

だいぶんまえに英国のスクールチェアという触れ込みの木製の椅子を別の骨董市で買ったんだけど、そのときも店のおじさん(たぶんおれより若い)に、これはいつごろの時代のものなんだって聞いたらちょっと考えて、んー1930年代かなあって言うんだよ。

おれの見た感じだと古くてもせいぜい50年代、あるいはモトの設計はそのころでもイギリスのことだからそれを60年代から70年代まで製造し続けてたりして、そのうえそいつを直し直ししながらつい最近までガッコで使ってたんじゃああるまいか。

だからまたテキトーなこと言ってこのオッサンと思ったけど椅子そのものを気に入ったので買ってウチに持って帰ってからネットで調べてみたら案の定60年代以降のイギリスの学校で使われた椅子だったのでした。

でまあ、升は見りゃわかるんだ。
だけどこんなにちっこい升が、しかもこんな焼き物の升が計量用の実用品なわけがない。
そのうえカドのところに穴が開いていて(内側に貫通はしていない)そこに凧糸が通してあって、さらにこの「福」の字の反対側の面には「まめまさ」なんて文字も書かれてる。

だから聞いてみたんだけどね。店のおばちゃんに由来を。

「まめまさ」ってんだから豆政か豆正かわかりませんけど豆屋さんあるいは豆菓子屋さん。
升はまあ、ご商売を象徴する道具だって考えていいんだと思うんだよね。

「福」の字だからもしかすると節分の豆まきに関係があるのかな。
この升に写真のようにちょっとだけ大豆を乗せて、お客さんに配ったとかさ。
そういういわばノベルティーグッズだったのは間違いないんじゃないかね。

それから全体にキレイであんまり汚れてないからそんなに古くもなさそうだし、ことによったらつい最近作られたものなのかもしれないけどべつにそれはぜんぜんかまわない。
とにかく、なんだか面白いよなあ。

こういうことを考えだすと、もう買わずにはいられないんです。
いろんなことを想像させてくれるモノを見つけるのが楽しいんだよな。
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by god-zi-lla | 2012-12-28 08:26 | 日日是好日? | Comments(4)

ホフナングの古本

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せんだっての奥さんが女の子の絵のついた小さなティーカップ買った骨董市でホフナングのThe Hoffnung Symphony Orchestraって本が西洋ガラクタの間に挟まってるのを見つけた。ホフナングという人はだいぶんまえにレコードのこと書いたのご参照いただくとして、わずか64ページの小さい本です。本つか絵本? いや絵本じゃないな。カートゥーンていうのかヒコトママンガっていうのか、とにかくそういうやつだ。
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じつはこの赤い表紙が目に入るまでホフナングのことなんかすっかりアタマのどっかに行っちゃってたんでした。レコードだってその後あんまし聴いてないよ。これは見返しにあるオーケストラ。右肩にだれかのサイン。前の持ち主かな。
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左はヴァイオリンの「ダブル」。右はヴィオラ。ちなみにこの本は55年発行で、おれが買ったこれは62年11月発行の8刷りと奥付にある。んーむ、こいつはそうとうなロングセラーだぜ。まあEMIから実況盤が出るような「音楽祭」までやっちゃうんだから彼の地ではポピュラーな人だったんでしょうね。
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ピッコロ・ダブル・ベース(そんな楽器あるんすか。あ、ロン・カーターが弾いてるやつか)とハープ。この、なんつうか面白いんだか面白くないんだか非常にビミョーなとこがイギリスっぽいと申しましょうか。爆笑というより、ふふふっと含み笑いの世界、ですかね。
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ピアノとギター。これにかぎらずホフナングの本を古本屋で探すなんてことは考えもしなかったつうか、だいたいこんな本があるなんてことをそもそも知りませんでした。いや知ってたからって探し回りもしなかったろうし、買ったあとでamazon.co.uk覗いてみたら古本がいくつも高安ばらんばらんなお値段でマーケットプレイスに出品されてたけども、それ知ってたって買わなかったと思うね。

それが、ひょんなことで新宿の骨董市のガラクタのなかにあったりするから欲しくなる。

探してないモノをおれたちはどうしてか見つけちゃって、
べつに欲しくもないものをどうしてか欲しくなっちゃうんだ。

困ったねどうも(困ってないけど)。
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by god-zi-lla | 2011-10-17 22:49 | 日日是好日? | Comments(0)

小さなカップ&ソーサー

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きのう奥さんが骨董市で見つけてきた、うんと小さなかわいいティーカップとソーサー。

カップの直径、約7センチ。絵柄からして子ども用だね。
そしてその絵がなんとなく、いや断然ニッポンニッポンしてるじゃありませんか。
この女の子ぜったい日本人以外ではありえないよ。

しかも日本の絵描きさんが描いた日本の女の子。

そっと手にとってひっくり返してみるとなるほどノリタケ製なんだ。
ようするにオールドノリタケってやつなんでしょうか。

奥さんすかさず値切ってゲットす。
おれはこれができないんだよ。
なさけないねえ(笑)

ほくほくとしながらウチに持ち帰ってネットで調べてみると、1920年代から40年代初頭にかけて製造された欧米への輸出品だってことが、底に押された印からすぐにわかった。
汚れも欠けもなくてきれいだから戦後のものだろうと想像してたら思いのほか古いんでした。

使っていた子が少し大きくなっておとな用のカップを使うようになったある日、きっと幼い日の想い出の品のひとつとして箱に入れられ大切にしまわれたんだよ。だから使われた期間が短くてきれいなまま再び日本に戻ってくることができた。

その子はたぶんアメリカの女の子だったんだ。

20年代から40年代にかけての品だとすると、
日本や欧州だったら戦災や戦後の混乱で失われてたかもしれない。

そういう時代をくぐり抜けてきたカップなのかなと、ちょっと考える。
小さくてかわいい子ども用だから、なおさら。
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by god-zi-lla | 2011-10-10 12:52 | 日日是好日? | Comments(2)